この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
もう一つの実験
活性化エンジン関連技術者も加わった〔活性円筒刃検討チーム〕では、A惑星から利用できる大きさの天体を取り出すための、色々な実験を行っていた。とりあえず大きさや形状にはこだわらず、引力の強いA惑星から、岩石等の物体を取りだす実績作りに集中する事にした。
チームにより、扁平形状を主に、様々な活性筒刃が試作され、ついに厚さ5m、幅10m、長さ20mの岩石を、A惑星の表面から削りだす事に成功した。
削りだした岩石の内側から網をかけ、強力な活性化エンジンを使用して、A惑星の引力圏を脱し、A惑星を周回する軌道に設置する事にも成功した。
取り出した量は、人間が定住できる衛星として使用できる量には程遠いが、エネルギーとして考えればこの第4太陽系の全住民が1000万年生活できる量に相当する。
検討チームは、月の政府や住民に1000万年分のエネルギーの取り出しに成功した事を大々的に報告した。しかしながら、エネルギーに換算すれば大きいが、天体としては小さすぎて注目されず、大きな実績作りにはならなかった。あまり大きな反響が無かった事に対し、チーム内での議論が行われた。
「A惑星から大きな岩石体の取りだしには成功したが、あまり大きな反響は無かった。あのくらいの大きさの天体は、どの惑星にも小衛星として多数存在している。やはり人が定住できるような、ある程度の引力のある丸い天体が必要だ」
「A惑星から、引力が生じるぐらいの量を丸い形で切り出す事はできない。たとえ切り出せても、第4太陽系の宇宙船や活性化エンジンを総動員してもA惑星から引き離す事は全く不可能だ」
「物質消失検討チームでは『物体全体を活性化させエネルギーに変換し消失させ、そばにある核となる物体の周りに消失した質量と同じ質量の物質を生成させる事に成功した』と聞いている。その技術を使用すれば、今回切り出しに成功したような異形な小さな物体でも、沢山有れば丸い衛星に作り変える事ができるかも知れない」
次の日、遠天体にある物質消失検討チームから関連技術者数名が、体を乗り換えてこの建物に到着し、チームの議論に参加した。
一連の説明を受けた技術者は次のように発言した。
「我々が行った実験とスケールが違うだけで、本質的には同じなので可能だろう。最大の問題点は、エネルギーに変換し消失させる対象の物体があまりにも大きすぎるので、100%エネルギーに変換できれば問題ないが、1%でも消失できずに残ると大爆発になる。これだけの質量が大爆発すれば、そばにある衛星や惑星に大きな損傷を与える事だ」
「だからといって第4太陽系の圏外まで運んで行うのは割が合わない。細かく砕いてから行えば良いのではないか」
「それで行こう。細かくするのは簡単だ。ところで、消失させる物体が岩石でも、生成される物質は核となる物体と同じ物質になるということだが、星となる1つの物質を選定するなら、断然カーボンだろう。カーボンなら何をするのにも都合が良い」
A惑星から取り出した岩石を消失元の物体とし、核体として直径10cmのカーボン球による実験を行なう事にした。実験に先立ち、A惑星の衛星となったこの小さな異形天体に、小さな基地を設営する事にした。この衛星はあまりにも小さすぎて実質的に引力はなく、基地は岩盤に固定し、そこで働く隊員は長いロープで基地につながれた状態で働く事になる。
小型宇宙船により、関連資材がこの異形天体に到着すると、1人の開拓隊員と2人の実験隊員が下船した。そして、岩盤に杭を打ち込むと、基地を固定し、人体や関連資材をロープで杭につなぎとめる。
2人の実験隊員の補助の下、開拓隊員がこの衛星を掘削し、大小10個の岩石片を取り出した。実験用宇宙船がこの衛星に接岸し、開拓隊員から10個の岩石片を受け取り、2人の実験隊員を乗せて10キロ離れた実験領域に到達した。
真球への道
2人の実験隊員により丸い衛星作りの実験が開始された。宇宙船のロボットアームにより、核体として直径10cmのカーボン球が宙に置かれ、2メートル先に最も小さな岩石片が置かれた。宇宙船は10mほど離れ、最初の岩石片の消失実験が行われた。宇宙船の全隊員は、無論、他の天体に二重に存在している。万一事故が起こって宇宙船が破壊しても命を落とすことはない。
実験隊員は、目を測定器モードに切り替えて10m先の核体を観察した。核体は消失させた岩石片の質量に正確に対応して増加していた。次々と実験が行われ、核体は順調に拡大した。
計10回の実験が終了すると、核体は宇宙船に回収され、実験室で精密測定が行われた。わずかだが岩石片と対向した側の拡大が大きいという結果が報告された。半分に切断し、断面を検査したところ、今回の実験で生成し、拡大した部分も純粋なカーボンだった。
今回の実験で得られた結果から、岩石片を100%エネルギーに転換し消失させ、消失させた質量分、核体のカーボン球が大きくなる事は確認できた。しかし真球度については問題が残った。
既に、核体を構成する物質による〔消失対象の物体と核体との最大間隔〕の関係はある程度わかっていた。原子番号が小さく軽い程、距離を離してもエネルギーを核体上に生成する事が可能である。鉄に比べればカーボンのほうが断然軽いので、距離をかなり離す事ができる。距離を離すほど球体の表面に生成される量が均一になる。
こうして、残された課題である真球度の問題を解決するために、何処まで距離を離せるかの実験が行われることになった。
異形天体から岩石片が掘削され、実験用宇宙船により実験領域に運ばれ、実験が行われた。2mから始め、4m、8m、16m、32m、64m、128mまで進んだところ、128mでは消失した質量の半分ほどしか核体の質量は増加しなかった。実験隊員は100%増加するか全く増加しないかのどちらかだと考えていたので、この中途半端な結果に納得がいかなかった。実験を中断し、月の研究所に戻り原因を調査する事にした。
宇宙船は月に戻り、関連技術者が集まり、原因究明会議が開かれた。実験隊員により実験の様子が詳しく説明された。しかし実験中の宇宙船の位置についての説明がなかった。技術者の1人がこの点の質問をすると、記録がなく記憶もあいまいだった。しかし、宇宙船の制御システムには実験中の宇宙船の位置も明確に記録されていた。その記録を調べるため会議を中断し、メンバー数人が体を乗り換えて宇宙船基地に移動し、係留されているその宇宙船に向かった。
宇宙船の外装のほとんどの部分は、カーボン変成機による強化カーボンが使用されているが、今回の実験に備えて、宇宙船の船体に物質が生成されないように、予め重金属の塗装が施されていた。その為、実験隊員は宇宙船の位置にはあまり気を配っていなかった。
メンバーの1人が宇宙船の外壁の塗装に異様な部分があることに気がついた。近づいてみるとカーボンが盛り上がっていた。盛り上がった部分のカーボンの量を測定すると、128m離した実験時に不足した量と一致していた。その時の宇宙船の位置も岩石片から100m位の空間に位置していた事がわかった。
メンバーは研究所に戻り、会議が再開され、この事が報告された。
宇宙船の塗装に塗布もれがあり、その部分のカーボンが露出していた為、消失した質量の一部が宇宙船の外壁に生成された事が明確になった。
宇宙船から、盛り上がったカーボンを取り除き、重金属を塗装し、距離の実験を再開した。実験により、カーボンの場合は500mが限界だと判明した。また500mまで離した場合には、ほとんど真球度への影響はなかった。
これらの実験結果が天体問題検討会の事務局に報告されると、再び天体問題検討会が開催され、今後の方針について議論を行った。
「これまでの実験によって、A惑星から採掘した岩石によりカーボン製の球体を作れること。核になるカーボン製の核体と消失させる岩石との距離は500mまで離せる事。さらに500m離せば真球度を損なわない事までが確認できた」
「真球度の点では問題がある。400m離した場合、核体の直径が200mになれば岩石と対向する面までの距離は300mに、反対側は500mになり、真球度は損なわれる」
「核体を回転させれば真球度の問題は解決できる」
「核体の直径が300mになったら裏側には生成されない」
「裏側に生成されなくても表側に生成されれば良い。回転させれば解決できる。消失させる岩石を核体の対向面から500m以内にすれば、対向面に生成される」
「核体が小さいうちはそれで問題ないが、大きくなるにつれ引力を持つ。引力が大きくなると作業が難しくなる」
「大きくなれば、多分500m以上離しても問題ないだろう。生成できる条件は距離よりも仰角と考えるのが自然だ。消失させる岩石から核体を見た仰角が一定以内ならば問題ないと思う。仰角一定の法則がなり立つはずだ」
仰角一定の法則は多くのメンバーから支持され、とりあえず限界まで大きくさせる実験を行う事にした。しかしながら、あの異形天体の岩石だけだと直径10mの球体を作るのが限界である。核体を大きくする実験を行いながら、A惑星から岩石体の取りだし作業を行った。
消失・生成実験が行われると、消失した物体を、消失させた分だけ、核となる物体(核体)に生成し、将来人類が居住できる天体にするための核体の大型化作業は順調に推移していた。
作業開始から10年後、核体の大きさは直径1kmに到達した。
再び天体問題検討会が開催され、今後の方針について議論した。
「10年かけてやっと直径1kmになった。しかし、比重を考えると最低でも直径5000kmは必要だ。このペースでは何万年もかかってしまう。スピードアップが必要だ」
新天体の製造
引き続き、新天体の製造、その高速化についての議論と実験が行われた。
「材料があれば桁違いにスピードアップができる。問題は岩石体の取りだし作業だ」
「あの活性筒刃方式では限界だ。別の取りだし方法を考える必要がある」
「A惑星の表面を切り出すのではなく、岩石を砕いてから網で引っ張り上げれば良いのではないか」
「活性爆弾を使用して砕く事は可能だろうが、砕かれた岩石を網に入れる作業が必要だ」
「A惑星は引力が強いといっても第4地球の8倍程度だ。住む事はできないが一時的な作業をするのは可能だろう」
「作業のために機材や人体を運ぶ方法がない。宇宙船の発着は外側惑星までが限界で、A惑星では引力が強すぎて無理だ」
「あの天体は気体で覆われている。パラシュートを用いれば降りるだけは可能だ。強力な人体を、移動基地や必要な機材と共に投下容器に収納し、大型宇宙船でぎりぎりまで運び、そこから落下させて大気圏に突入したらパラシュートを開けば良い」
「そんな荒っぽいやり方だと機材が破損する。せめて原爆砲エンジンを取り付けるべきだ。第4次代に極小さな衛星を別の衛星に合体させた時に使った方法だ」
「そんな大げさな方法でなく、爆薬を使った簡単なロケットエンジンを使用すれば良い」
天体問題検討会により今後の方針の報告書が作成され、宇宙開発省を通し政府に報告された。政府はこの報告に大いに満足し、この方針を承認した。政府としても時間がかかる大事業は歓迎だが、何万年単位の事業では問題である。千年単位のこの事業は政権の維持には都合の良い大事業である。
強い引力のA惑星での作業可能な、300体の強力な作業用人体の製造が開始された。岩石切断用の各種形状の活性刀、大量の岩石を包み込むための強力な網も製造された。強力な引力に対応した仕様の移動基地、カーボン変成機、質量電池など一連の装置が製造された。5名の先発隊員専用の小型人体も製造された。
3個の大型投下容器と1個の特殊投下容器が宇宙船基地に運ばれた。3個の大型投下容器には、簡易移動基地用の機材と質量電池と50体の強力な作業用人体が収納された。特殊投下容器には、簡易移動基地用の重要部品を携えた小型の人体を使用した5名の先発隊員が乗り込んだ。大型宇宙船に4つの投下容器が搬入され、A惑星に向けて出航した。
大型宇宙船は、A惑星にぎりぎりまで接近し、1つ目の投下容器を投下した。ロケットエンジンが点火され落下速度を調整しながら大気圏に突入した。パラシュートが開き、投下容器は無事A惑星の地面に着地した。
2つ目の投下容器、3つ目の投下容器も投下され地面に着地した。最後に、5名の小型の先発隊員が乗り込んだ特殊投下容器が投下された。特殊投下容器には操縦室があり、ロケットエンジンの繊細な操作とパラシュートの繊細な操作により、第5衛星の地面にソフトランディングした。