MENU

Novel

小説

SFG人類の継続的繁栄 第2章『安易な目論見』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

再開される実験

 今回の実験結果の分析と今後の方針についての、プロジェクトによる会議が開催された。

「高度な知能を持つ人間の開発には失敗したが、貴重な技術を沢山入手する事ができた。結局、知能を高くすると最後には微小生物と同じ道をたどることになる」
「高度な知能は最終的に満足度を最大にしてしまう。ある意味では当たり前の話である。しかし知能を高くしても自滅しない方法はないだろうか」
「普通に行うと、当然満足度を最大に引き上げる事につながる。知能を高くしても満足度を最大にする事がないような本能ソフトを作るのはどうだろうか」
「満足度の向上は行わない本能が必要だ。満足度は程ほどに抑えて、眠り込まずに絶えず活動する本能だ」
「本能に支配欲を追加するのはどうだろう。知能が高く他者を支配する本能だ。活動しなければ支配する事はできない。支配欲があれば微小生物のようになることはない」
「支配欲を強くしすぎると仲間との間に軋轢が生じる。仲間への支配欲は低めにとどめ、自分たちとかけ離れた生物への支配力を強くすれば良いのでは」
「頭がよく、支配欲が強く、体も強ければ、我々が支配されてしまう可能性も考えうる。体の改造だけは禁止しよう」

 本能に支配欲を入れ、2回目の実験を行なう事になった。再び実験参加者を募集し、応募者の中から1000人が選ばれた。
支配欲を組み込んだ本能ソフトが開発された。満足欲は自然に発生するので本能ソフトには組み込まなかった。また自分の体の改造を禁止する本能ソフトも追加した。
支配欲と自分の体の改造の禁止、という2つの本能を組み込んだ本能ソフトが作成され、実験参加者1000人の脳の深い部分に書き込まれた。
実験を効率よく進めるため、前回の実験で問題がなかった、前半部分についての資料を作成し参加者に説明し、前回の実験で開発された最新の装置を複製し、孤立天体に持ち込む事にした。また万一本能に逆らって人体を改造する事のないように、監視カメラを隅々にまで配置した。

高度な脳が生み出す野望

 孤立天体での2回目の実験が始まった。前回の実験資料と最新の装置により、すぐに大幅な知能の向上に成功した。無論本能は維持され、さらなる知能の向上に取り組み、スーパー人間へと進化した。
彼らには仲間に対する支配欲はなかったが、まとまって行動するためにはリーダーが必要である。リーダーには神田氏が推薦された。
 彼らに埋め込まれた本能には、彼らから見て知能が低ければ低いほど、その生物に対する支配欲が強くなるようになっていた。彼らから見ればこの実験を企画した人類の知能は著しく劣っている。当然ながら知能の劣っている普通の人類に対する支配欲が芽生えてきた。
 知能の高い彼らには「脳内監視によりこの事をそのまま知られてしまってはまずい」と全員が暗黙に共有していた。
 神田氏が2人の脳内ソフト開発担当者にそっとその事を触れた。2人はすぐにフィルターソフトを作成した。このソフトは脳内データの内、不都合なデータの処理を行うもので、このソフトを組み込めば、監視されたくない都合の悪い情報は別の情報に置き換えられる。
 ソフトが完成した事を神田氏に目配せし、神田氏は、今は使われていない倉庫に全員を集めた。先ず2人の技術者が互いに脳内にソフトをインストールした。次に神田氏にソフトがインストールされ、神田氏は残り全員に整列するように命じた。 ソフトが次々にインストールされ、1000人全員に対するソフトのインストールが完了した。
 
「全員にフィルターソフトがインストールされた。今後はプロジェクトに監視されても問題ない。我々は普通人とは桁違いの知能を有するスーパー人だ。我々が普通人を支配し、導こう」
「それには強靭な体も必要だ。我々には自分の体を改良できない本能が組み込まれている。知能の低い普通人は間の抜けた本能を我々の脳に植えつけた。自分で自分の体を改造するのは元々不可能で、体の改造作業をするのは自分でなく他人だ。他人なら何のちゅうちょもなく体の改造を行う事ができる。ただし、改造している事を監視カメラで見られるのは絶対に避けなければならない」
「ここに監視カメラがあれば、口の動きで会話の内容を知られてしまうだろう」
「事前にここには3台の監視カメラがある事を調べてある。監視カメラの前に空箱を置いてあるので大丈夫だ。監視カメラ専用のフィルターソフトを作り、全ての監視カメラにインストールしよう。監視カメラは見つけにくい所にも設置されている。監視カメラ探査装置も早急に開発しよう」
「全部の監視カメラにフィルターソフトをインストールしてから、体の改造を行おう」

 知能のさらなる改良と平行して、監視カメラ用フィルターソフトの開発と、監視カメラ探査装置の開発が行われた。桁違いに知能が高い彼らには極簡単な開発である。
 全ての監視カメラにフィルターソフトをインストールされると、準備が整ったとばかりに体の大改造を行う。第3地球に帰った時に気付かれないように、改造跡が残らないように慎重に行った。知能も体の改造も完了し、文字通りのスーパー人となった。
そして、スーパー人のまま第3地球に戻るための作戦会議が行われる。

「知能も体も大改造に成功し、スーパー人になった。このまま第3地球に帰って第3太陽系、第4太陽系の普通人を支配し、指導しなければならない。先ずは怪しまれずに第3地球に戻る事が必要だ」
「戻ってからの体を乗り換えはどのようにするべきか。我々専用の体を要求したらあやしまれる。体については無事第3地球に戻れ、危険がなくなったらどうでも良い。問題は脳だ。同じ仕様の脳がないと体を乗り換える事はできない」
「いずれにせよ大統領やプロジェクトの目的は、第3太陽系の人類の知能を引き上げる事だ。我々だけ知能が高いという、都合の良い事はありえない」
「第3太陽系の全員の脳のハードウエアを我々のものと同じにして、奥深くに知能を制限する本能ソフトを作り、我々の本能ソフトと同じだと言ってインストールさせれば良いのでは。頭の悪い彼らには、我々が作る制限のかかったソフトを見破ることはできない。こうすれば我々の体の乗り換え問題は解決し、我々と同じ知能だと信じさせて、我々より低い知能に抑えることができる」

 このように頭の良い彼らにとっての解決案が簡単に見つかり、第3地球に帰った後に採る行動について、次のように確認した。

  1. 人類に対する強い支配欲がある事を気付かれないように、細心の注意をはらう。
  2. 脳の改良点については、ハードウエアは全てデータを出し、ソフトウエアは使用範囲制限のかかったものを提供する。
  3. 孤立天体OB会と称し、定期的に会合を持ち、その後の戦略を検討する。

帰還、そして

 無事第3地球に戻り、政府の会議室で、阿部大統領と数名の政権幹部、プロジェクトの主要メンバー、神田リーダーを中心とした5名の実験参加代表者の会談が行われた。
 ねぎらいの挨拶のあと、大統領が声をかける。
「我々よりずっと知能の高いあなた方を、立場上、君たち、と呼ぶ事を許してほしい。君たちは我々よりどのぐらい知能が高くなったのか」
「大統領が我々を、君たち、と呼ぶのは当然です。具体的には、計算速度、記憶力は100倍程度で、判断力やその他諸々の能力も、数値で表す事はできませんが桁違いに良くなりました」
神田氏はこう答えた。もちろん演技である。
「プロジェクトからの報告だと、あの微小生物のようにはならず知能を高くするのに成功したのは、『本能に支配欲を加えた事』によるところが大きいとの事だが、頭の良い君たちが頭の悪い我々を支配したいと思うかね」
この質問にも、神田氏は笑いながらごく自然に答えた。
「正直なところ今は少しあります。しかしすぐになくなるでしょう。すでに、ハードもソフトも、全てプロジェクトに提出済みで、手術が済めば皆同じスーパー人になります。正直なところ少し差をつけたいところですが、同じ仕様にしないと体を乗り換えられなくなります」 
 続けてプロジェクトのリーダーが質問する。
「この仕様が最適でしょうか。これ以上の改善の余地はないのでしょうか」
「我々の知能で十分に検証済みだ。これ以上に行うとあの微小生物に近づく恐れがある」
神田氏は、少しむっとした表情で答えた。
「肉体には何も手を加えなかったと聞いていますが、本当でしょうか。『監視カメラの一部に不審な場面があった』との報告をうけています」
「そんなことあるはずないではないか。移動するには体を乗り換えなくてはならない。例え体を改造しても何の意味もない。これだから君たちは馬鹿に見えてしまう」
そう言い放った後、神田氏は自らの発言を後悔した様子をみせる。しかし、すぐに笑いながら大統領に「支配欲や上から目線は、こんな時に現れてしまいますね」とフォローする。大統領も笑いながら「その程度の上から目線は、私なんぞ日常茶飯事だ。気にすることはない」と器の大きさを見せる。
「だが、リーダーのいうことにも一理ある。その他の特筆すべき変更点や何かアドバイスがあったら教えてほしい」
「大きな変更点は100年前の記憶が消去される事をやめました。あれは根本的に矛盾がある方式です。100年前の記憶を消去しても、あとから思い出した記憶を消去する事はできないので、ほとんど意味がありません。記憶容量が100倍程度に増えたので、1万年分の記憶は残る計算になりますが、実際には重要度の低い記憶ほど早く消去するように、より自然な方向に調整しました。無論第3世代からの各種の改良、例えば、『不都合記憶の除去フィルターや快楽に関する工夫』などは実質的にそのままにしてあります。アドバイスという点では人体に関するもので、1回目の実験で開発された超小型の質量電池を全人体に備えるべきです。質量電池を備える事で充電する必要がなくなります」

 プロジェクトのメンバーの1人が「充電をなくしてしまうと各種充電方式を組み合わせた食事のバライティの問題はどうなるのでしょうか?」と質問すると、大統領が「あんな形式だけで作った実質の伴わないものなどどうでも良い。私も君たちが馬鹿に見えるようになってきた」とプロジェクトのメンバーに向かって言った。
 神田氏の芝居が功を奏し、大統領や政権幹部から完全な信頼を得る事に成功した。

小説一覧

© Ichigaya Hiroshi.com

Back to