この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
第3太陽系の主治医たち
人体研究所に忍び込み、第3太陽系人類の本能ソフトに「馬鹿になるソフト」をはじめとした各種ソフトが追加されていた事実を知った30名の隊員は、宇宙船内でその事実についてそれぞれの考えを話した。
「誰がどのように行ったかわからないが、本能ソフトに馬鹿になる一連のソフトが追加されていた。我々を除く、第3太陽系の全住民の脳も同じように書き換えられたのに違いない。我々は移動基地のない遠くの天体を探査中で、第3太陽系のネットシステムの外にいた。ネットシステムが何者かによりハッキングされたに違いない」
「この状況をどのようにすれば打開できるだろうか。大統領に説明しても無駄だろう。大統領も疑心暗鬼に陥っているはずだ。変に我々が下手に説明すれば、我々が疑われてしまうリスクがある」
「大統領の脳から馬鹿になる本能ソフトを取り去り、正規の本能ソフトに入れ替えられないだろうか。大統領さえ正気に戻せば、あとはどうにかなる」
「大統領奪還作戦を行おう。我々30人の優秀な知能を使えばきっと成功する」
「先ずはもっと情報が必要だ。宇宙船のコンピュータをネットシステムに接続して色々調べよう」
宇宙船のコンピュータを第3太陽系のネットシステムに接続し調査を開始した。本能ソフトの保管場所を見つけ、履歴を調査したところ巧妙な操作が行われていた事がわかった。本能ソフトを扱うときに、馬鹿になる本能ソフトが追加されたようである。
操作元を調べると、普段は接続されていないところから操作されていた。巧妙な操作内容の調査を進めると、操作者はスーパー人よりはるかに知能の高い、とんでもない知能の持ち主である事がわかってきた。
重大機密である大統領の予定表を調べると、3日後に脳内健康診断を受けることがわかった。
「3日後の脳内健康診断がチャンスだ。大統領の脳を奪還しよう。脳内診断は大統領府の主治医が行っている。主治医が乗り換える人体を調べ、その人体に誰かが乗り込もう」
「主治医の顔データと声データは私が調べる。主治医と大統領の最近の話題を調査できないか。主治医の記憶データを入手できれば最高だが」
「主治医は3日前から明日まで休暇をとり第3地球を観光している。観光前には記憶データを記憶保存装置に保存してあるはずだ。政府関係者には定期的な記憶保存が義務付けられている。記憶データの入手は私が担当する」
「正式な本能ソフトは私が保管してある。本能ソフトの交換時に、大統領の脳に我々の存在や今までの調査結果を残しておこう。脳に残すメッセージは私が担当する」
「主治医が明日戻ってきては厄介だ。その対策は私が担当する」
「主治医の役割は医療経験のある私が行なう。顔と声の件はよろしく頼む」
脳内健康診断の当日。予定通り主治医に成りすまし、大統領の脳内の本能ソフトを正式なソフトに置き換え、脳内にメッセージを残した。
覚醒の後で
大統領が目を見開いた。脳内に残したメッセージで何もかもがわかった。第4太陽系の微小生物が関与している事もわかってきた。
大統領が主治医に成りすましたスーパー人に「ありがとう。何もかもわかった。君も30人の1人だね」と言った。
大統領とスーパー人の代表10人が、大統領執務室で今後の対策を打ち合わせ、先ず政権の幹部と大統領の側近の脳内ソフトを元に戻すことにした。
誤解を招かぬよう、大統領のコメントを追加したメッセージを側近たちが使用する人体の脳内に残すようにした。その日の内に政権幹部と側近全員が正気にもどり、全員が加わり、大会議室で今後の対策会議を開催した。
詳しい方法はまだわからないが、第4太陽系の微小生物によることだけは確かである。会議では危険な微小生物を今度こその絶滅する事が決定された。
しかしながら、どのような方法で第4太陽系に監視されているかわからない現状、当面は関係者を絞って作戦を行うことにした。秘密裏に作戦に携わる5万人のリストが作成されると、第4太陽系に気取られないよう細心の注意を払いつつ、彼らを正気に戻していくことになった。
人員が揃った後の行動は素早いものだった。月面の穴に埋め込まれた装置類を掘り起こし担当技術者が整備を行った。ネットシステムから消去された活性物質や質量変成等の関連資料も復活させ、離天体に勤務する技術者も元の職場に戻った。
ハッキング元を詳しく調査すると、第4太陽系を監視していたステルス宇宙船の交信室につながった。核心コンピュータと超光速通信機を結ぶ、双方向通信用の信号変換器も見つかり、第4太陽系を監視していた宇宙船からハッキングされた事が明らかになった。
一方その頃、第4太陽系では安堵感が広がっていた。
第3太陽系人の脳を操作する事も、活性物質や電磁波砲などの危険な技術や物質変成機などの最新装置を放棄させる事も、関連文献を消去する事も、すべて予定通り進み、第3太陽系から危険を取り除く作業は完了した。
そして、事前の計画通りその後にやるべきことが着々と進められていた。
超能力人の脳から微小生物が離れ、ステルス宇宙船の隊員の脳を操った微小生物も脳から離れて行き、全ての微小生物が元の住みかに戻った。遠天体に替わる第2遠天体では、遠天体に優る設備の建造が開始された。
第3太陽系から来たステルス宇宙船3艦は、人類史博物館に移され展示された。
宇宙船の隊員は監禁され、厳しい監視の下、時々第3太陽系の様子を探るための通信隊員として交信業務を命じられていた。交信業務といっても向こうから何の返信もない、意味のない業務だった。しかし第4太陽系にとっては、何の返信もないことを確認する、意味のある業務だった。第4太陽系の普通知能の人では、複雑な手順が必要な超光速通信機は扱う事はできないので、宇宙船の隊員は通信隊員として意味のない交信業務を強要されていた。
第3太陽系の反撃開始
ある時、それまで何も返事がなかった通信機に短いデータが届いた。通信隊員は一瞬驚いたが、監視役に「何か向こうで操作しているようだ」と冷静な顔に戻って言い、何かを返信した。
翌日、大量のデータが送信されてきた。監視役が「その大量のデータは何だ」と聞くと、通信隊員は怪訝な顔をして「直並列通信機に入れるデータを間違えて送信してきたようだ」と言った。監視役が上司にこの事を連絡しに出て行った。その間に通信隊員はすばやくこのデータをコンピュータに転送した。
監視役が上司を宇宙船に連れてきて「このデータは直並列通信機に入力する操作を間違えて送信してきたという事だが、どういう内容だ」と聞くと、「直並列通信機のアルゴリズムは非常に複雑なので、超光速通信機を介して送信されたデータは直並列通信機に入れ直しても全く無意味だ。使い方は間違っているが、どうやら向こうの通信員は超光速通信機を使おうとしているようだ」と言った。さらに「念の為このデータを直並列通信機に入力してみましょうか」と言うと、監視役は、「そうしなさい」と言った。
通信隊員はそのデータを直並列通信機に入力した。すぐに直並列通信機が大量のデータを出力した。監視役とその上司が出力されたデータに目を奪われている間に、すばやくコンピュータを操作し、〔ABCDE〕と書かれたメッセージを読み取った。
元の知能に戻り、超光速通信機を操作できるようになった第3太陽系の操作員は、宇宙船からの連絡に備え、受信状態のままにして帰宅した。
翌日〔FGHIJ〕と書かれたメッセージが受信されていることを知り、ステルス宇宙船プロジェクトに参加した上級技術者に相談した。上級技術者は短い暗号を書き、これをそのまま送信するように言った。その暗号の意味は「すべて理解した。作戦続行」という意味だった。
これらの事を受け、阿部大統領は政権幹部と関連技術者を集め、緊急会議を行った。
「超光速通信機が復旧し、宇宙船との間で交信できるようになった。交信相手は宇宙船の隊員のようだ。無論監視されていると思われる」
「相手にわからないようにこちらの状況や戦略を隊員に連絡しよう。宇宙船のコンピュータを使用しないと解読できないように暗号化して送ろう。直並列通信機で送信するデータを間違えて送信してしまったように見せかけよう」
「通信相手が隊員でない場合も考えられるし、まだ隊員に微小生物が取り付いている可能性もある」
「当面は、第4太陽系の戦略は全て成功し、我々は馬鹿になっている、との芝居をしよう」
「それなら間違って直並列通信機用のデータを送信しなくても始めから普通に芝居をすれば良いのではないか」
「間違って送信したふりをするのも芝居のうちだ」
このような議論により芝居戦略を取ることになり、馬鹿になった当時の状況を思い出し、長大な暗号文を作成し、翌日、芝居戦略の第1弾を送信した。