MENU

Novel

小説

SFM人類の継続的繁栄 第4章『天秤が釣り合った宇宙で』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

多くの課題

M氏政府と第4太陽系政府、及び第5太陽系政府による新たな三者会議の議題は、今後の方策についてだった。三者会議によってやり込められた三者の道先には、数多の課題が転がっていた。

第4:「クラウド装置が大きすぎて、このまま宇宙に放出するためには中型の宇宙船が必要となる。宇宙船には長距離航行用の活性化エンジンが必要となる。そのためには危険極まりない活性物質が必要だ。第5太陽系が平和を目指す国家になったのに、また活性物質を大量に扱わなくてはならない」
第5:「我々も活性物質にはこりごりだ。理想物質なら少し残っている。小さなロケットで宇宙に放出できるようにクラウド装置を小さくできないか。人口1000億人は多すぎる。元はごく少数の人間だったので1000人を1人に統合する事はできないか」
M-1:「それは不可能だ。我々も1人から5億人になった。元は1人でも1000人の別の人間になり、別々の行動により別々の記憶を持った1000人を1人に統合するためには、ほとんどの記憶を消去せねばならない。ほとんどの記憶の消去は死を意味する。ただし、1つの体を時分割で使用する事は可能だろう」
M-2:「脳を時分割で使用する場合には、記憶部だけ人数分そろえておけば問題ないが、体はそうはいかない。バーチャルとはいえ、1つの体を時分割で使用する場合は、人数分だけ体を動かさなければならない。そのためには体の姿勢など、ありとあらゆる体の情報を記録するメモリーを人数分だけ備えておかなくてはならない。スムーズに体を動かすためには、かえって多くのメモリーが必要になる」 
第4:「バーチャル世界全体を時分割にする事はできないだろうか」
M-1:「演算領域については時分割が可能だが、例えば1000年を1年ずつに分けた場合でも、最後のデータは取っておく必要がある。ただしこのデータは極高密度の保存用メモリーに圧縮して保存でき、電力も全く消費しない。この方法なら時分割により大幅に小型化が可能だ」
第4:「1000年に1年だけ動くなどとんでもないことだ。とても時分割とはいえない。彼らが納得するはずはない」
M-2:「1000年に1年でも、1秒に1年でも中で暮らす人にとっては全く同じである。動いていない時間は認識できないので何の違和感も持たない」
第4:「1億分の1の速度の世界から1分の1の速度の外界を眺めると、外界が一億倍の速度で動いて見える。我々には基本的に死はないが、外界が第1世代の人類が住む地球だとすると、人が生まれたと思ったらすぐに年を取ってあっという間に死んでゆく。長時間観察していると、火山の噴火や造山運動などで陸地の変化していく様子が見える。まるで自分が創った世界が変化する様子を、創った神が見ているような気分になるだろう。逆の場合より遅いほうがよほど良い。このように説明すれば彼らも納得するだろう」

 新三者会議により宇宙政府の扱い方が決まり、1万分割の分割世界を作り、人口1千万のバーチャル世界を1万個作ることになった。このための特殊なクラウド装置を設計し、従来の宇宙政府のクラウド装置に対し、数百分の1の大きさの特殊クラウド装置が完成した。自治政府のクラウド装置も同様に製造した。 
 2つの時分割型クラウド装置に質量電池を接続し、理想物質を燃料とする超長距離エンジンを取り付けた中型ロケットにこれらの装置を搭載し、何もない安全な領域を目的地として発射した。
 宇宙政府や自治政府のクラウド装置は、はるか宇宙の彼方に放出され、第4太陽系、第5太陽系とも以前の状態に戻った。

バーチャル世界の拡充

リアル人とバーチャル人とが共存する、第3、第6太陽系連合と、リアル人だけからなる第4太陽系、第5太陽系連合の2つの連合からなるこの領域の人類世界は、勢力争いにもだましあいを行っても意味がない事をやっと悟り、坦々とした日々が続いた。
 その中でも第5太陽系には穏やかになった第5太陽系人と、理性的で知的で協調性のあるM氏たちによる2つの政府が協調して、平和な理想郷を目指して、特にレジャー産業の育成に努めてきた。
第5太陽系にはバーチャル世界はないがバーチャル世界はリアル世界と異なり、簡単に色々な体験をする事ができ、特にレジャー産業の観点からバーチャル世界の研究が続けられた。特に理性的で知的で協調性のあるM氏を基にした5億人の人口を抱えるM氏政府にとって、バーチャル世界の研究は得意な分野である。
またバーチャル人のいない第4太陽系、第5太陽系をバーチャル人のいる第3太陽系、第6太陽系から自衛するためにもバーチャル世界の研究は重要だった。
第5太陽系人政府と協議の上、M氏政府に〔バーチャル世界研究省〕を設け、大規模に研究する事になった。
 バーチャル技術研究省の中に、複数のプロジェクトを設ける事になり、その1つに〔時間軸研究プロジェクト〕を発足させ、時間軸に対する自由な議論が始まった。
「バーチャル世界を2つの領域に分け、互いにクロックを変調出来る2つの世界ゲームは面白いだろう。自分がいる側の世界では、自分の世界のクロックでも相手の世界のクロックでも、いくらでも自由に動かすことができる。無論、相手の世界を過去に戻す事はできないが、ゆっくりと動かしたり高速で動かしたり速度を揺さぶったり、色々と動かして遊ぶことができる。1人ずつの対戦型ゲームも面白そうだ。砲弾が相手の顔に命中する直前の、驚いている時の顔をスローで観察する事もできるし、早送りにしたり、相手の速度をゆっくりにして先回りする事もできる」 
「3つの世界のゲームも面白いものができそうだ。2つは全く同じ世界で、3つ目は観客がいる世界だとしよう。観客がいる世界では2つの同じ世界の速度を別々に調整できるようにして、両方の世界を眺められるようにすれば、別々にどのように変調しても、同じ未来をたどることがよくわかる」
「同じ世界を2つ作って、各々が相手のクロックを変えられるようにする。どんなに相手を変調しても未来は同じ道をたどってゆく。ただしこれでは同じ未来をたどっている事をどちらも確認できない。両方に相手の世界を見るのぞき窓がある場合、のぞき窓から相手の世界を見た瞬間に、相手の状況を知った事による影響を受け、見た側の未来が変わってしまう」 
「全く同じ世界を同時に動かせば、のぞき窓を見るタイミングは全く同じになる。同時にのぞき窓から相手の世界を見て、全く同じ影響を受けるので、両方の世界とも全く同じ未来を進む事になる。しかし、片側の時間の進み方が早ければ、先にのぞき窓を開き、過去の姿を見てしまうので、その影響で自分がいる側の未来が変わってしまう。全て当たり前といえば当たり前だ。時間と未来を考察するのには役立つだろうが、レジャー施設としてはあまり面白みがないようだ」
「リアル世界の中にいる我々には、リアル世界の時間軸がどんなに変調されていても認識する事はできない。しかし我々の暮らすこのリアル世界の中にバーチャル世界を作り研究する事は、リアル世界の時間軸の解明にもつながる。バーチャルレジャーの研究は、レジャーだけでなく本質的な研究だ」
「タイムマシンを考えてみよう。リアル人がデータ化してバーチャル世界に行き、またリアル世界に戻ることを考えてみよう」
「バーチャル世界というとややこしくなるのでタイムマシンと呼ぶ事にしよう。タイムマシンはバーチャルで出来ていて、リアル人がデータ化しタイムマシンに乗り込んで時間軸を自由に操りリアル世界に戻るのはどうだろう」
「なるほどこの思考実験はなかなか興味深い。ならば、仮にタイムマシンに乗り込む人を加藤氏としよう。加藤氏がタイムマシンに乗り込めば乗り込んだ時点でリアル世界から加藤氏は消え去る。タイムマシンの中の加藤氏がタイムマシンのクロックを1億分の1に設定すれば、タイムマシンの中からリアル世界を見ると、リアル世界は1億倍の速度で流れてゆく。タイムマシンから5分後に加藤氏がリアル世界に戻ると5億分後の世界に戻って来たことになる。そこは5億分後、すなわち約1000年後の世界であり、第1世代の人類の場合で言うと自分の30代目の子孫に会う事になる。リアル世界にいる人から見るとタイムマシンに乗った加藤氏はいつまで経っても帰ってこない。加藤氏がタイムマシンに乗ったまま失踪した話は代々受け継がれ、30代目の子孫がやっと加藤氏が帰ってきたことを知る事になる。まさにタイムマシンその物だ。一瞬で未来に行けるタイムマシンは簡単に作ることが可能である」
「しかし第1世代の加藤氏が1000年後に行こうとするのなら、タイムマシンに乗らなくても1000年間冷凍保存されているのと同じことなのでは」
「完全な冷凍保存なら同じという見方もできる。何れにせよ未来に行く事には何ら矛盾はない」

タイムマシン構想、煮詰まる

「それではこの逆を考えてみよう。加藤氏がタイムマシンに乗り、クロックを10万倍に設定した場合を考えてみよう。加藤氏がタイムマシンの中からリアル世界を見ると、ほとんど止まったように見える。50年間タイムマシンの中で過ごし、老人になった加藤氏がタイムマシンから降りてみると、わずか4時間程しか経っていない。家族から見ると、タイムマシンに乗った加藤氏が4時間後によぼよぼの老人になって降りてくる。これでは過去に行ったのではなく、単に急速に加齢しただけの話であまり面白くない」
「タイムマシンでは過去には行けない事は最初から明白だ。タイムマシンでなく、リアルの世界と全く同じ内容のバーチャル世界としよう。加藤氏には子供がいて、子供をリアル世界に置いたままクロックの速度が1億倍のバーチャル世界に行ったとしよう。1000年経ち加藤氏の30代目の子孫の時代になったとしよう。その30代目の子孫がリアル世界に戻ったとしよう。戻った子孫は1000年前、厳密には1000年より5分ほどすぎたリアル世界に戻った事になる。戻った子孫は加藤氏の子供である自分の29代前の先祖と対面する事になる」
「これはおかしい。矛盾がある。リアル世界で加藤氏の30代目の子孫が加藤氏の子供、すなわち戻った子孫の29代目前の先祖を殺してしまったら、その子孫は生まれないではないか」
「矛盾は何もない。リアル世界とバーチャル世界で考えるからややこしくなるのだ。2つとも全く同じ仕様のバーチャル世界にすればわかりやすい。片方の加藤氏が別のバーチャル世界に移る時点で別の動きになる。わずかでも動きが異なればその先の動きは全く別になる。結局過去には絶対に行けないということだ」
「リアル世界であろうとバーチャル社会であろうと現在までの過去は完全に確定している。完全に確定している過去に影響を与える事は理論的にできない。問題なのは未来だ。未来も既に確定しているか否かが問題だ。我々は鼻を掻くのに右手で掻こうが左手で掻こうが自分の意志で自由に行動できる。そのように考えると未来は確定していない。しかし閉じたバーチャル世界なら未来は確定している。階層型コンピュータであろうとどんなに複雑で巨大なコンピュータであろうと、閉じた世界ではプログラムと初期条件が同じなら、結果は既に決まっている。したがって、閉じたバーチャル世界では過去も未来も一律に確定している。バーチャル世界の中にどんなに知的な生物がいようと、どんなに感情豊かな人がいようとその人の起こす未来の行動は既に決まっている」
「私と君が何かのトラブルでけんかしたとしよう。興奮してどの様な行動を起こすかわからないようにも思えるが、頭の中の記憶や外部の状態、全ての事が超素粒子レベルで細部に至るまで同じ状態なら、次に起こす行動は確定している思うほうが自然だ。バーチャル世界であろうとリアル世界であろうと、閉じた世界は未来が一律に決まっているようにも思える」
「宇宙を壮大な閉じたコンピュータと考える事もできる。全ての物質はその物質としての情報を持っている。物質、電磁波などの物質以外のエネルギーも含めて、物質同士の反応をコンピュータの演算と見なす事もできるだろう。その場合には未来は完全に確定している」
「逆に未来が確定していない場合のほうが怖い世界だ。我々の取る行動1つ1つが未来を変えてしまう。私が鼻を掻いたために活性物質の連鎖で宇宙が消滅してしまうかも知れない。未来に対しそこまでの責任を負っていたらなにもする事もできないし、なにもしない事により宇宙を消滅させてしまうかも知れない」
「我々は、元は1人のM氏だ。だから考え方がどうしても似てしまう」

人と娯楽

「第5太陽系人政府から依頼されたバーチャルレジャー施設の話に戻そう。我々は第3太陽系や第6太陽系のようなバーチャル世界は作らないことにしている。あくまでも観光やレジャーのためのバーチャル世界だ」
「観光やレジャー目的でも、そこにはリアル人がデータ化して入れなければならない。データ化してそのバーチャル世界で観光案内をする業者や、レジャー施設の作成を行う技術者も、長期間滞在できるようにする必要がある。無論リアル世界との往来は頻繁にできるようにする必要があるが、本格的に作るとなると第6太陽系にリアル政府とバーチャル政府があるのに似てくる。バーチャル世界でトラブルが起きないようにそれなりの組織も作らなくてはならないだろう。自治政府のような組織が必要だ」
「バーチャル世界の自治政府のような組織はあくまでもリアル世界に作るべきだろう。規則や方針などを決める会議はリアル人の状態で行う事にしよう。バーチャル世界には出張する形を取る事にしたほうがいい。観光業者や技術者が所属する事業者の本店はリアル世界に置き、バーチャル世界には出張する形式ということだ。1ヶ月以上の長期滞在は禁止して、全体の時間の3割はリアル世界にいることを義務付けておけば、変なトラブルの心配も減らせる。いわゆる、バーチャル世界で独立運動などが起こる危険もなくせるはずだ」
「3割という決め方があいまいだ。バーチャル世界の施設の中にはクロックを変えられる施設も必要だ。特にクロックを早くしたときにはリアル世界では1日でもバーチャル世界では1年に当たるかもしれない。クロックが非常に速い大きなバーチャル施設ではこの点を考慮しなくてはならない」
「バーチャル世界に行く人には業者でも観光客でも、滞在時間計測機能ソフトを付加しよう。例えば1年以上の長期滞在は禁止すれば良い」
「1年では面白い時間遊びはできない。例えば最高を10年とし、1年以上滞在する人は脳内検査を実施し、適性検査に合格する事を条件にするのがいいだろう」
「脳内検査で気がついたが、バーチャル世界でのレジャーに比べれば脳内レジャーの規制を緩和したほうがずっと安上がりで、住民にも歓迎されるだろう。独立運動などの危険を伴うバーチャルレジャーより脳内レジャーのほうが良いのではないか」
「脳内レジャーは安上がりで簡単にでき、独立運動の危険もないが、脳内レジャーは中毒につながる危険な方法だ。政権の支持率を上げるために満足度指数を上げることが人類史上度々行われたが、満足度指数を上げすぎたために死の淵にさらされた事も幾度となくあった。脳内のソフトの操作は政権にとって最も簡単な人気取り政策だが、不健全で、独立運動より危険な要素が大きい」

――どんなに文明が発達しても、人は楽しくなければ生きていけない。

――ただ、楽しいだけでは堕落してしまう。

何光年離れても、何億年経っても、人は変わらず、そんなことを日々、悩み、生きている。

小説一覧

© Ichigaya Hiroshi.com

Back to