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SFB人類の継続的繁栄 第8章『第3世代人類の新たな一歩』5

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

野党の誕生と若手のホープ

「……このように人々の疑念は高まっております。政府は誰もが納得する説明をする必要があるのではないですか」
 選挙の結果、第3世代人類の議会において初めて“野党”というものが誕生した。その野党議員の人数はなんと53名。穏健的な反政府組織から選出された議員に加えて、一般社会の労働組合がバックアップして当選した議員、そして反井上派ともいえる与党議員も合流、これらが集まって新党が結成された。
あの記憶ドラッグが民衆に植え付けた疑念と、その解明には健全な二大政党制がなければならないというスローガンが民衆の支持を得た結果である。
「……そのような事実はないわけでありまして、その疑念の根拠はどうも違法に出回っている記憶ドラッグということで……、それは、陰謀論者によって面白半分に加工されたものであるとの調査結果も出ております」
「私たちも独自に調査を行いましたが、加工の形跡はないようです。政府の調査報告が正しいという、誰もがわかる根拠はあるのですか」
「信頼できる調査だと認識しております」
「では、一般記憶の規制強化が始まった時期から、いわゆる記憶ドラッグ中毒というような症状がみられるようになったのはなぜですか。やはり関係があるのではないですか」
「そのような因果関係は確認されておりません。一般記憶の規制はあくまでも限りあるメモリーを効率よく使おうというものであって、記憶の使用に規制をかけた事実はありません」
 野党の誕生に伴って、議会の様相もこれまでとは大きく変わった。政府首班である井上は、連日のように議会で野党質問の答弁に立ち、その様子を民衆に判断されるというこれまでになかったプレッシャーにさらされた。

「くそっ、何なんだあいつは! ぽっと出の癖に調子にのりやがって!」
 執務室に戻ると、井上は控えていた秘書に向かうでもなく言い放った。
「最多得票ですからね、野党内でも期待されているようです」
「そんなことは分かっている! 私は礼儀の話をしているんだ」
「……失礼しました」
 本日、議会の質疑に立ったのは野党議員でも若手ホープとの呼び声高い、荒木議員だった。荒木は、ステータス方式が導入されて以降に誕生した若手議員であり、野党側の推薦で当選した一人だ。
議員になる前は建築作業員として働いていたが、議員選挙の数ヶ月前頃から野党勢力の政治家との交流が確認されている。僅かな期間で、その才覚によりめきめきと頭角を表し、陰謀論支持者と若い世代の代弁者として、また現政府への鋭い追求で支持を拡大。選挙では最多の得票数を得て、今期より議員となった。最多得票数のインパクトと、その才覚から彼に期待する声はさらに高まっており、来年の大統領選挙に野党が候補として出馬させるのではないかとの評判だ。
 これまでの井上であれば、そんな評判は気にもしなかったが、現状の政府支持率はさらに4ポイント低下。その一方で、野党支持は10%ほど伸びている。現状では、54%vs19%との大きな差があるが、無党派層が野党側に転べば僅差となる。大統領選挙の際に状況がどうなっているかは分からない。
 このように突然現れた野党ホープに期待してしまうというのは、一つの人の心理であろう。新しいものが好きというのは、人類に変わらない部分なのかもしれない。
また、政府に国民的人気の上田が参加していないのも井上にとっては痛かった。上田は、そもそもステータス方式に反対であり、何かあったときには井上が「責任を取る」といったことで身を引いた。その何かあったときに備え、司法のトップという立場から井上を監視している。上田を強引に内閣の重要ポストに就けることができていれば、事態はまた別の方向にいっていたであろう。
「それで、あいつの身辺調査はどのくらい進んでいる。叩けば出る埃くらいあるだろ」
「荒木議員はスラム出身ですが、それが支持層獲得につながっているところがあります。その埃が同情票につながる恐れがありまして、なんとも……」
「議員になってからだって、あれだけチヤホヤされているんだ。調子に乗ってバカなことやったとか何かあるだろ」
 井上の言い様は、白を黒と言えといっているようなもので、まさに八つ当たりだった。対して秘書は、井上が満足するような答えをなんとかひねり出そうと思いつきで答えるしかなかった。
「そういえば、最近まったく関係のない事件で捕まった容疑者が、荒木議員の昔なじみだとか何とか……」
 その報告は、秘書にとってはその場しのぎのものだった。いつもであれば、このような裏も取れていない曖昧な情報を井上の耳に入れたりはしない。
「なんでもいい、何かみつけろ。それより新見はどうなっている。さっさと奴の身柄を抑えて、この事態の責任を取らせろ!」
 井上は、新見を確保し、民衆の前で世を混乱させたペテン師として吊るし上げることで、事態を収拾させるのが一番だと思っていた。証言の捏造、記憶の改竄、身柄さえ抑えてしまえばやりようはいくらでもあった。しかし、新見の居所の手がかりは今もほとんど得られていなかったのである。

記憶ドラッグ中毒の治療薬

 議会において荒木の厳しい質疑があった前日、第2都市のスラムにある警察署は、いつもどおり忙しかった。
かつては一般記憶に制限がかかっていなかったため、この社会では犯罪というものが存在しなかったし、あってもすぐに露見した。しかしながら、一般記憶への規制が強められた結果、個人の行動についてすぐにわからないことも増えていた。大きな犯罪を抑止するために規制を強化したが、そのため小さな犯罪は増えたということである。
また、現在の人類は一般記憶をある程度までしか共有しない反面、個人の自我がより強固なものになっているようだった。特に規制が開始されて以降に誕生した人類にはその傾向が強く、世間ではいまだ多数派の古参者によって“新人類世代”などと揶揄されている。彼らの中には、社会に溶け込めず引きこもる者や、自分を受け入れてくれる新たなコミュニティへ流れる者も少なくなかった。吹き溜まりとしてのスラムは、このように成立している。

「だからぁ、記憶ドラッグ中毒を治す薬を作っただけなんですよ、僕は。これって人助けじゃないですか。悪いことしてないでしょ」
 取り調べ室で、捜査官を相手にそんな風に管を巻く者は多い。今日も、そんな日常的が取り調べ室で繰り広げられている。
「あのね、人の身体を勝手に開けたり、個人のメモリーを弄ったりするのは違法なの。たとえそれがいいことでも、だめなものはだめなの」
「刑事さんだって苦しんでいる人がいたら助けるでしょ? それと同じじゃない」
「こっちはそれが仕事なの。って、そんなことあなたも分かっているでしょ」
「僕、わっからな~い」
「……あのさぁ」
 取り調べられているのは、風貌から明らかにスラムの住人とわかる人物で、名前を藤森という。記憶ドラッグ中毒を発症したらしい人物に「タダで治療してやる」と声をかけ、自宅に連れ去ったのを偶然見ていた警察官が尾行し、自宅で治療行為を行おうとしたところを誘拐と傷害の現行犯で取り押さえられた。
取り調べでは、「お互いの合意はあった」「治療行為は悪いことではない」「応急手当は法でも認められている」と容疑を否認。スラムの所轄に配属になったばかりの新米刑事は、この界隈の住人相手は荷が重かったか今のところ取り調べ調書の筆もまったく進んでいない。
これを見かねたベテランの刑事が、新米刑事の肩にそっと手を置く。それを合図のように取り調べ担当者はベテラン刑事に交代された。
「それにしても、藤森さんの作った薬、“本当に”治せるなら凄いね」
 ベテラン刑事は、おだてるように挑発する。
「本当に治せるよ。患者さんがここにいるならすぐに証明してあげるよ」
 藤森は挑発されてすこしカッとなったが、「できるわけないだろう」と、こちらも挑発し返す。しかし、さすがにベテランの刑事だけあって、挑発を上手くかわして自分のペースに引きずり込んでいく。
「そうだね、もし本当ならば無罪放免。むしろ警察病院の方からあなたにお願いして正式に高給で雇用するなんてこともあるかもね」
「え~本当に? なんか怪しいなあ」
「まあ、私みたいな下っ端じゃもちろんそんな権限はないけど、薬の有用性がちゃんと分かれば偉い人たちも興味を持つだろうし、何よりそんな薬があるんだったら大企業が放っておかないだろうね」
「そうかな、ははは」
「何にせよ、調書を作らないと上にも報告できない。どういう薬で、どう凄いのか教えてくれるかな」
 藤森は、自分よりも年配であろうベテラン刑事に煽てられて警戒心を見せる。ただ、「聞かせてほしい」とお願いされれば気分よく話たくなるものでもある。藤森は、知らず識らずの間にベテラン刑事のペースに引き込まれていった。
 藤森が話した、薬の仕組みは次のようなものである。
 まず記憶ドラッグ中毒の原因は、外部から取り入れた記憶にシールドメモリーが拒否反応を示した場合、その記憶を受け取らないように小型通信機に命令を発信するというものだ。これによって小型通信機内のソフト、あるいは小型通信機そのものが動作不良を起こしてしまう。小型通信機の動作不良は、一般記憶の受信に傷害を引き起こし、それが知能指数を低下させたり脳中枢を混乱させたりする。ここまでは、例の記憶ドラッグが拡散して、新見の仮説が広まったことによって研究がすすみ、世間でも確定的な事実として周知されていた。
 藤森の作った薬は、このシールドメモリーの拒否反応を小型通信機に伝達させないというものであった。
「つまり、シールドメモリーに干渉するということなのかな」
 ベテラン刑事はこれまで温和な態度を崩さなかったが、このときばかりは少し厳しい口調で問いかけた。シールドメモリーへの干渉は重大な犯罪になるからである。
「いやあ、さすがにやばいでしょそれは。シールドメモリーに手をつけたりしませんよ」
 藤森もそれが分かっているようで、それをきっぱり否定する。そして、得意気にこう続けた。
「一般記憶ってみなさんの体内にも最低限の補助メモリーとして入っていますよね。ほら、たまに思い出したようにアップデートがくるやつ。そっちを少し弄ってあげるんですよ。つまりシールドメモリーからの命令を補助メモリーで上書きしちゃうっていうか、より上位の命令を小型通信機に出して無効にしちゃうって感じにしてあげるとね、治っちゃうんですよ」
 自作した薬の種明かしを、藤森は「凄いだろ」とばかりに披露した。この証言には調書を書いていた新米刑事も一瞬手を止め、尋問ベテラン刑事ですら息を呑んだ。
 政府の公式見解は、ウィルスの可能性ということになっているが、明確な証拠はなく世間ではさまざまな説が飛び交っている。その中には、新見の記憶に触発されたようなものもあった。
 藤森の説は明らかに新見に影響されているものだったが、もしもそれが真実でありそれが可能であるのならば、最近になって必死に勉強したばかりの記憶ドラッグ中毒関連の情報と照らし合わせても齟齬がない。そして、それを踏まえた上で藤森の治療方は、ある意味では盲点のような方法だった。

――こいつは、ただのホラ吹きじゃないな。

 二人の刑事の胸中には、そんな感情が働きだしていた。

藤森の経歴と刑事の勘

「少し休憩しよう」
 ベテラン刑事のそんな一言で、取り調べは一時中断された。そして2人の刑事はオフィスに戻ると、藤森の証言について意見を交換する。
「どう思う」
「今のところはなんとも。でも、奴の態度をみると嘘はいっていなさそうな気がしますね。その理屈や治療の効果についてはともかく、少なくとも証言したような事自体はできるのではないかと僕は思いました」
 藤森が実際に治療できると思っていて、証言通りに治療しようとしていた。このことについては、お互い同意見のようだった。
「ということは、すでに他でも治療を試した可能性が高い。が……」
「そこははぐらかしていますね。多分やってるんでしょうが、余罪が増えちゃいますもんね。このままじゃ正直には吐かないでしょう」
「聞き込みの連中がもう戻ってくるはずだ。何か新しいことがわかるといいが……」
 二人がそう話していると、ちょうど二人組の刑事が藤森の身辺調査を終えて戻ってきていた。
「おつかれさまです」
「今までとりあえずの事情聴取をしていたんだが、今ひとつ要領を得ん。分かったこと何でもいいので教えてほしい」
 普段そんな風に弱音を吐くことがないベテラン刑事が、珍しく困っている様子だったので聞き込みをしていた刑事は「ほう」と小さく嘆息を漏らしたが、すぐに報告をはじめる。
「ええっと、誕生は8年前。基礎教育学院で問題を起こした記録はありません」
「そこら辺はこっちでも調べた。ただ、なんでスラムにいるのかわからん。あいつ結構優秀だったんじゃないか」
 このベテラン刑事の推理はあたっていた。
「そうですね。大企業の下請けですが、割と評判のいいソフトウェア開発会社に勤務していて優秀だったようです。ただ、そこで親企業と開発の方針か何かで揉めて退職、2年前からフリーランスのソフトウェア開発者ということになってますね」
「また新人類世代の歪みってことか……」
「あの、僕もその世代なんですが。差別ですよそれ」
「すまん、そういうつもりじゃなかったんだ。悪かった」
 新米刑事にそう諭され、素直に謝罪するベテラン刑事。しかし、このような世代間の小さな齟齬は、今では社会のどこにでもある。ひいては、それが政治にまで反映され、第3世代の人類社会において初の野党誕生という事態にまでつながっている一要因ともいえた。
「まあ、今回は未遂ですよね。前科もないですし、不起訴ですかね」
 他にも事件をたくさん抱えていることもあり、聞き込みに行っていた刑事は早く終わらせたいという態度を隠さなかった。
「普通ならな。ただ、余罪がある可能性もありそうだし、他にもちょっと気になることがある。鑑識の報告もしっかり聞きたい」
「気になることとは」
「まあ、刑事の勘ってやつだ」
 個人記憶に蓄積された経験値が導く、根拠なき仮説である“勘”。すべての因果を把握はできないが、なにか重要な事柄とこの事件はつながっている。ベテラン刑事のシールドメモリーに刻まれた経験は、そんな風にいっている。
「なら、この件はまかせちゃっていいですかね」
「ああ、あとはこちらで引き受ける」
 そういうと、聞き込みに行っていた刑事は、別の仕事へと向かい、ベテラン刑事と新米刑事は「家宅捜索からそろそろ戻っているはず」と鑑識課へと向かった。

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