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SFB人類の継続的繁栄 第8章『第3世代人類の新たな一歩』11

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

最終陳述

「……被告が行った、認可を受けていいない一般記憶補助メモリーの書き換えは個人のみならず人類を危険に晒す行為であります。しかしながら、個人のシールドメモリー内を確かめる方法がない以上、その要因となった「ステータス」の存在有無を確定できず、法的な判断が難しい事柄でもあります。検察としては求刑を、裁判官及び選ばれた裁判員の皆様に委ねます」
 最終弁論手続きにおいて検察側が求刑を委ねたことによって、事実上この裁判の無罪判決は確定した。世論はステータスの存在とその真相解明を求めており、その疑惑に立ち向かった被告に同情するものがほとんどだったからである。これを受けて弁護側は、検察の懸命な判断に敬意を評して最終答弁を終えた。
「被告人は証言台の前に立ってください」
 上田がそう告げると、藤森はゆっくりと歩みを進めていく。
「これで審理は終わります。何か言いたいことがあればどうぞ」
 証言台の前に藤森が立つと、上田は被告に最終陳述を促す。それを受けて藤森は、ゆっくりと話しだした。

……およそ100年前、私たち人類は隕石の衝突によって壊滅したこの星で目を覚まし、再び人類文明を繁栄させるためその復興に尽力してきました。その過程でどのようなことがあったのかは、たった数年に誕生した私にも存在します……。
ただ……、私自身はその記憶にあるような、登場するような英雄的な能力は持ち合わせていませんでした。少しソフトプログラムが分かる程度で、人付き合いも苦手で根暗なごく平凡な人間です。
そんな私でも、理解者というような自分を受け入れてくれる友人ができました。多分、私にとってようやくできた居場所だったような気がします……。そんな友人が病気になりました。当然、私は彼を助けたいと思いました。
私の住む地域には、その病気を治せる優秀な先生がいました。ただ、タイミングが悪く治療はしてくれませんでした。その代わりにその先生は、その病気を治す治療薬を作る方法の手がかりをくれました。
 私は友人の病気を治すために、その病気について調べました。そして、その病気の原因は……、誰かによって意図的に植え付けられたものであることだとわかりました。もちろん、あくまでもそれは個人的な理解で、その証明が難しいのはこの裁判で明らかになった通りです。私が罪を犯しているならば、それはそのような自分の思い込みで行動してしまったことにあるのでしょう。
 私は、多分認められたかったのだと思います。誰になのかはわかりませんが、おそらく友人、……その力になりたいと思ったのは確かです。人類みんなを救おうとか、先生の意思を継ごうとか……、そういうこともやっぱり「誰かに認められたい」という個人の願望の裏返しだったのだと今は思います。
 私たちは人類であるとともに個人でもあります。そして競争の結果として、その個人の願望がかなわないことはよくあることなのでしょう。
ただ……、人類の発展という名目のために、個人の社会的な役割が予め決められているのであれば、そんな競争も予め結果の決まった見せかけの競争にすぎないのではないかとも思いました。ならば、私という個人の記憶、個人の感情はなんのためにあるか。私は、ここ最近そんなことをずっと考えていました。
そんなとき、新見先生が亡くなったということを聞きました。正直にいえば、その自由さを羨ましくも思いましたが……、でも、やはりそれは残念なことだとも思うのです。
かつての人類は、自分自身の才能に人生を振り回されるのは当たり前のことでした。才能をある程度デザインできるようになっても、個人の行動とその結果は必ずしも当人が望むようにはならなかったでしょう。それは今の私……、私たちと同じです。それは人が生きる上で当たり前のことなのです。
私たちには個人差がある。そのことは悪いことだとは思いません。だからこそ人は助け合えるのだと思いますし、そこから友情や信頼が芽生え、自分の居場所ができるのだと思います。そして、その土壌となるのが個人の記憶であり、感情だというのが私の答えです。
 私の行ったことは、そんな個人の記憶と感情、そして授かった才能が導き出したものでした。それによって、被害を被ったと感じる人、迷惑がかかった人がいるのであれば、申し訳なく思います。以上です。

 藤森が陳述を終えると、その場は静まり返った。裁判官、検察官、弁護人、傍聴席に座る人々も、藤森が伝えようとしたことを必死に受け止めようとしているかのようだった。
そして、その沈黙を遮るように上田が判決の日時を告げる。これをもって裁判は判決を残すのみとなり、その翌週、万人が予想した通り「被告人は無罪」との判決が言い渡された。

第3世代人類の新たな一歩

件の裁判が終了すると、世論の政権批判はこれまでになく高まった。そんな世論に押されて勢いに乗る野党側が、「行政訴訟を行う用意がある」との態度を表明すると、野党の支持率はさらに高まり、ついに与野党の支持率はほぼ並んだ。
この一大事に政府与党内では、大統領である井上の責任を追求する声が爆発した。これを受けて、井上は正式に大統領辞任を表明する。後任には法令に則り、副大統領だったもうひとりの井上が就くことになったが、近くに迫る大統領選挙の候補には別の候補を立てるというのが与党の見通しであった。
その候補者について明言はされなかったが、この支持率を回復できるのは現最高裁判所長官・上田しかいない。大方の見方はそのようなものであったし、実際にそのようになった。一方の野党側候補は、こちらも予想通り荒木議員が候補となり、出馬した両者によって熾烈な選挙戦が繰り広げられることになった。
 上田は立候補に際し、「政府与党に社会を混乱させた一因があった」と認めた。その上で、人類社会が継続的に繁栄していく上で、個人がないがしろにされず、その努力が認められる社会を作っていくという方針を訴えた。具体的政策としては「一般記憶の規制緩和」で、つらい記憶、苦しい記憶、失敗の記憶を共有することで、人類は再びわかりあえるというメッセージを送り続けた。
 対立候補の荒木は、その支持基盤である野党内から要望の声も多い「ステータスの真相解明とその解放」を最大の公約とした。荒木個人としては、上田と近い考えを持っていたが、対立候補との差別化や自らの立場がステータスの軛から逃れたことによって得たものだということもあり、その方針に反対はできなかった。
 そして有権者たちは、人類社会あっての個人なのか、それとも個人ありきの人類社会なのか。そんなことを考えながら、どちらの候補に投票すべきなのか頭を悩ませることになる。持つものと持たざる者に社会が分断した、第3世代の人類において初めての本格的な選挙となった。
 上田はなりふり構わず、自分のこれまでの功績を訴えたし、荒木も自分の能力が授けられたものでしかないことを強調し、それを生まれながらに持っている旧世代の政治家たちを批判するともに、その恩恵の大きさをアピールした。
 選挙は接戦となった。
 
 獲得した得票差数は僅差であったが、選挙の結果、次の大統領に選ばれたのは上田であった。しかしながら僅差という結果によって、敗北した野党側の支持者からは「不正選挙だ」「また政府が裏で何かやったのだ」という声が膨らみ、人類の分断は一層拡大するような情勢となったかに思えた。
 しかし、そうはならなかった。新たな人類の指導者となった上田が指名した閣僚の中に、これまでの選挙戦でしのぎを削ってきた荒木の名前があったからである。
 上田は、就任式での演説でその真意を人類に向けて語った。

「……私たち人類は、これまでいくつもの失敗を経験した。しかしながら、それが私たちを成長させてくれたともいえる。人類社会の分断という危機も、私たちが成長することで乗り越えられると信じている。
皆の力をもう一度まとめられるならば、それは必ずできるだろう。そのためには私は誰の力でも借りるし、必要ならば懇願することをいとわない。
そして今後は、私のような古い世代、そして新たに誕生した世代が、手を取り合って、ともに悩み、ときに失敗し、同じ喜びを分かち合いながら、人類がより良い道を進めるよう進んでいく。その実現のために、私はこの身を捧げることを誓う」

 こうして、与野党連立による内閣が発足すると、人類社会における分断はゆっくりとだが埋められていくことになった。
 かつて極秘裏に導入された「ステータス方式」は、以降も維持されたままとなる。個人の才能の違いも、その人の個性であるという考え方が広まったためで、その導入の真実に人々がこだわらなくなったことが大きかった。
また、井上や上田、阿部ら一部の者が保持していたステータス方式に関するあらゆる情報も完全に削除され、以降は完全にAIによってコントロールされることになった。そして、その後は誰もこの方式の認識を持たないまま、安定的に運用されていくことになる。

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