MENU

Novel

小説

2050年 サイバネティク狂騒曲 第10回「終章 愚かな妙案」

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

小惑星落下対策開始

2250年。10年後に小惑星が落下することが明らかになった。隕石落下後は、30年間、平均日照量が1%程度まで低下することがシミュレーションにより明らかになった。この結果を受けて、世界政府で大規模な対策会議が開かれた。

「恐竜絶滅の時の様に多くの動植物は絶滅するだろう。電力がエネルギー源の我々には食料は必要ないのでその点は問題ないが、日照量が1%では必要電力の1割にも満たない。30年間をどうしのぐか、それが問題だ」
「脳は電力をほとんど消費しない。体が大きいことが電力消費の問題だ。小さな体を作るのには今からでも十分間に合う。体を小さくして日照量が1%でも持続可能な社会にしよう」
「多くの人は体を小さくすることに反対だろう。いずれにせよ世界住民の住民投票が必要だ」
「人口が多いのが問題だ。記憶を統合して人口を1割にできないだろうか」
「他人の記憶の統合など絶対無理だ。1人が10人に分身した場合でも、10日もたてば絶対に10人を1人に統合することは無理だ。その間の記憶に誰の記憶を使うかで喧嘩になる。分身した時点で他人になると考えた方が良い」
「30年間冬眠していれば良いのでは。体は動かさず、脳だけ活動していれば良いのでは」
「脳はクロックで動いている。クロックを下げればいくらでも省エネできる」
「バーチャル世界のクロックを1億分の1にしたのはひどすぎた。クロックを下げることはあの時のバーチャル世界との苦い思い出に繋がるので、多くの人が反対するだろう」
「バーチャル世界の電力の問題も合わせて対策しよう」
「バーチャル世界が存在する巨大コンピュータの電力は商用電源から受給している。商用電源はいつ使えなくなるかわからない。太陽電池に切り替える必要があるが、その太陽の日照量が1%になってしまう」
「巨大コンピュータの今のクロックは非常に遅く、バーチャル世界はほとんど動いていないので、ほとんど電力を消費しない。劣化しないソーラーパネルと充電式バッテリーがあれば問題ない」
「バーチャル世界の対策はそれで問題ないだろう。問題なのは我々の対策だ」
「脳はほとんど電力を消費しないので、クロックを下げる必要はない。冬眠中も脳だけは活発に動いていても全く問題ない」
「活発に動いて問題ないのなら、冬眠中は楽しい夢を見るようにすれば良いのでは。技術的にはごく簡単なことだ」

 このような議論を経て、世界住民に対し、「体を小さくして電力消費量を減らしてしのぐ」、
「楽しい夢を見ながら冬眠する」の2択の住民投票が行われ、圧倒的多数で冬眠方式が採用された。
 小惑星の落下対策についてバーチャル世界にテロップで次のことを説明した。

1 10年後に小惑星が落下すること。
2 30年間平均日照量は1%程度になること。
3 バーチャル世界のある巨大コンピュータには1%の日照量でも十分な性能の[劣化しないソーラーパネルと充電式電池]を備えたので、何ら問題はないこと。
4 リアル世界の人間は全員30年間冬眠すること。

世界政府内に[楽しい夢を見ながら冬眠する]、を具体化するためのプロジェクトが設けられ、議論が始まった。

「今は再び各国の政府の力が強くなってきた。冬眠時は各国とも無防備である。一国の住民だけ先に目覚めてはならない」
「我々、世界政府で冬眠時の統一仕様を決めなければならない。夢発生システムの製造は一社に絞り、完全に統一仕様にしないと全世界の国からの支持は得られないだろう。国による差は少しでもあってはならない」
「早速世界中にこのことを通知して、世界中から夢発生システムを公募し、応募したシステムの中からひとつに絞ろう」

夢発生システム

 応募を予定している企業、A社での出来事である。
「世界中から公募して最終的に一社に絞るようだ。夢発生システムの発注量は全世界人口分の50億台だ。すごい金額だ。ぜひ受注したい」
「30年間飽きの来ないストーリーが必要だ。既存の小説などのストーリーでは絶対無理だ」
「30年間飽きがこない物なら記憶のリセット方式が良い」
「脳内の操作は禁止されているので記憶のリセットは無理だ」
「リセットの方法は後で考えよう。社内で被験者を募集し、とりあえず脳内をモニターしながら実験してみよう」

 被験者の大脳に脳内モニター装置が接続された。
最初の実験は、快楽記憶のリセット実験である。これは被験者が好みそうな4コマ漫画を作り、そのマンガを見て被験者が大笑いをした後、そのマンガの記憶をリセットして消去し、再び同じマンガを見せ大笑いするはずで、その後に再びリセットする、ということを繰り返す実験である。
実験が開始し、予定通り被験者はマンガを見て大笑いした。リセット後も同じマンガを見て大笑いした。この実験は脳内モニター装置を接続したまま行われた。大笑いするたびに満足係数は増加した。10秒間隔で1時間行い、360回の大笑いを繰り返し、休憩のため一旦中断した。
中断後1分も経たないうちに、被験者が「マンガを見せてくれ」とせがんできた。実験の再開は10分後だ、と告げると被験者は怒り出した。完全に中毒症状である。この実験はこれで終了することになり、被験者が暴れだす前に被験者のスイッチを切り、予定どおり被験者の記憶は実験前に戻された。
実験前の状態に戻った被験者は実験の様子について医師に質問した。医師は、実験の様子をありのままに説明し、被験者は苦笑いをした。
 この実験中の各種データは、脳内状態記録装置に記録されていた。医師と担当技術者によりデータが分析され、発症したのは10秒間隔という短時間に繰り返したためで、時間を置いて行えば中毒症状にはならない、と予測された。
 次に被験者を5人に増やし、各人それぞれに興味のあるマンガや笑い話が作成された。今度の実験は安全な大笑い間隔を見つけるための実験である。1時間毎、2時間毎、5時間毎、10時間毎、20時間毎に一回、大笑いする被験者が割り振られた。この実験中は脳内モニター装置を外し、代わりに頭部にリセットスイッチを取り付け、実生活を続けながら行うことにした。
「時間が来たらリセットスイッチを押し、マンガや笑い話を読むこと、それ以外は通常に生活すること」と指示され、実験が始まった。
 実験開始後3日が経過した。1時間間隔の被験者が体調不良になった。医師は脳内モニターを接続し各種指数を調査した。中毒の初期症状が見られ、この被験者の実験はここで中止した。
10日経過後、医師は残りの4人に体調について質問した。4人とも「特に異常はない」と答えた。念のため医師は脳内モニターを接続し4人の状態を確認した。2時間間隔の被験者に、初期症状らしき小さな変化が見られた。医師は、体調が少しでもおかしくなったら受診に来るように、とその被験者にいった。
 20日経過後、4人は医師に呼ばれ体調についての質問を受けた。2時間間隔と10時間間隔の被験者が「少し体調がおかしい」と申し出た。10時間間隔の被験者は「ちょっとしたトラブルがありそのためかも知れない」と付け加えた。医師が4人を診察したところ、2時間間隔の被験者にはわずかな初期症状が見られ、実験はこれで終了した。10時間間隔の被験者には、この実験に関連する事柄に何も異常はなかった。
 50日経過後、残りの3人の被験者が医師の診察を受けた。3人とも全く異常は見られなかった。医師はこの実験結果をプロジェクトに報告した。プロジェクトは実験内容を精査し、リセット間隔については「5時間以上間隔をあければ問題無し」との結論に達した。

 この実験結果を受けて技術会議が開催された。
「予測通りの結果だが5時間間隔では長すぎる。4コマ漫画は1分もかからない。残りの4時間59分はどうすれば良いのか」
「休憩時間を1時間59分としよう。残りの3時間をどう繋ぐかだ」
「残りの3時間は映画で繋ぐしかない」
「しかし、何回も同じ映画を見れば飽きてしまうだろう」
「その映画の記憶もリセットすればよい」
「4コマ漫画の記憶のリセットもそうだが、映画の記憶のリセットも脳内記憶をリセットするしかない」
「世界政府での指針は、夢発生システムを大脳と接続することを前提としている。大脳と接続なしに脳を制御することはできない。夢発生システムは[作った情報を脳内に送り込む]だけでは成立しない。脳内から邪魔な情報を取り除かないと成立しない」
「しかし、脳内情報の操作は禁じられている。矛盾している」
「原理的に脳内情報の操作なしに夢発生システムは成立しない。しかし役人にこれを説明しても脳内情報操作禁止の方針は変わらないだろう」
「4コマ漫画による短期的な大爆笑と、3時間の映画による長期的な感銘とが互いにリセットの役割を果たす、と説明すれば、脳内情報操作だとわかっていても、その説明で通るだろう」
 2000件の応募の中から見事A社の夢発生システムが採用された。

滅亡

「すごいことだ。このシステムだけでも巨額の利益が出るが、我が社は実質的に全世界50億人全員の脳を支配できる。小惑星落下から30年後、夢から目覚めた後[A社の製品を使いたい]と強く思うように洗脳しておこう」

 小惑星落下に向けての準備は済み、すでに全世界の住民に夢発生システムが繋がれていた。
入眠タイマーが入り、全世界の住民が一斉に眠りに落ちた。

――小惑星が落下し、地表は大量の煤を含んだ大気で覆われた。

――――小惑星落下から30年が経過し、薄日が射すようになってきた。

 起床タイマーにより、全世界の住民は一斉に目が覚め、[A社製品を使用したい]という強い衝動に駆られ周りを見てA社製品を探した。夢発生システムがA社製であることに気が付き、入眠タイマーを押し、再び眠りに落ちた。
 
 クロックが1億分の1に下げられたバーチャル世界の[リアル世界観察担当者]は、地球上の数十カ所に設けられたカメラが映し出す光景を観察していた。

 一瞬鋭く輝き、10秒間薄暗闇が続き、すぐに明るくなってきた。
 地球上の全住民は装置を繋いだまま寝ていた。
 山の木1本1本がすくすくと成長し、あっという間に朽ち果てた。
 川の流れが次々に変わっていった。山の形が変わっていった。
 眠っていた人々が朽ちていった。

小説一覧

© Ichigaya Hiroshi.com

Back to