MENU

Novel

小説

SFB人類の継続的繁栄 第15章『新婚旅行』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

第3暦800年 地上の衰退

 宇宙エレベーター始動を皮切りに人類が宇宙に拠点を築いてから500年。その間、宇宙領域での活動は活発となった一方で、巨大な地震が発生する地上での活動は減退していた。政府の中枢も宇宙に移り、地上政府は宇宙政府の下に置かれていた。
 第3暦800年には地上の人口は100万人にまで減少していた。地上で暮らす100万人にも手術が施された。
宇宙から見ると、地上は資源採掘の鉱山のような位置付けに定着してきた。堆積した灰の中から宇宙で必要な材料を取り出し、宇宙エレベーターで宇宙居住区へ出荷するというのが現在の地上の立ち位置だ。
特に人体を新たに3000万体作るという今回のプロジェクトにより、原料としてカーボンが大量に必要となり、宇宙居住区の拡大に伴うカーボンと合わせて、カーボン採掘の動きが活発化した。
 体が乗り換われるようになると、宇宙と地上との間で、体を伴う人の行き来は必要なくなり、データのやり取りにより、地上と宇宙とは簡単に行き来ができるようになった。
 宇宙での生活は便利だが、宇宙の居住区から一歩外に出ればそこには何もなく、広大な空間があるだけである。これに対し地上には色々なものがあった。動植物はまだ単純なものしか生まれてないが、埋もれた都市を発掘すると、そこには好奇心を刺激する遺物が沢山あった。危険な場所でありつつも、宝物も溢れている。トレジャーハンターや考古学者、冒険好きな人種にはたまらなく魅力的な場所であったし、他の人類においても母星への愛郷心はいまも根強い。
 地上政府は、発掘した都市を整備し観光立国を目指すことを考えはじめた。地上整備省を組織し、観光産業について本格的に検討を始めた。
 地上整備省の中に観光検討委員会が設置されると、検討委員会はまず、宇宙での生活に対し、地上の優位点を羅列した。

1.宇宙は何もないが地上には色々なものがある。
2.宇宙では回転する居住棟以外には重力がないが、地上には重力があり活発に活動できる。
3.宇宙での生活は宇宙に放出される危険があるが、地上はその心配は全くない。

 
このように羅列して検討した結果、観光は無論、スポーツ等を楽しむ娯楽の場として地上は非常に適しており、地震が治まってきている兆候が見られる今、宇宙より快適な場所になりつつあるとの結論に達し、〔地上活性化計画〕がスタートした。

地上活性化計画

 新人類に移行して10年が経過した。あれほど激しかった地震は、頻度も規模も明らかに減退しており、収束に向かっていることを示していた。地上で生活するリスクが低下してきたこの時期に、地上政府による観光化計画、娯楽施設建設計画が本格的に実施された。
 その手始めには、各種スポーツ施設とスポーツや観光のための、俊敏な人体や、堅牢な人体が200万体用意された。また人体移動基地や、マイナーチェンジのための医院も整備された。
 これが宇宙に暮らす人に大人気となった。地上への新婚旅行はすぐに定番化し、地上は新婚旅行のカップルや、観光旅行、スポーツを楽しむ人でにぎわいだした。
 この時代の、地上への新婚旅行の手順や様子は次のようなものだ。
 新婚旅行を予定しているカップルは、観光旅行社に行き、地上のどこを旅行するかを相談して行き先を決める。行き先といっても、開拓されたのはまだ数地域だけで、スポーツ施設も数か所ばかり出来上がったばかりでプランの数は少ない。
行き先を決めるほかに、地上で使用する体についても選ぶ必要がある。新婚旅行なので、当然ながら男性は男タイプの体を、女性は女タイプの体を選ぶ。旅行内容により、普通体か俊敏体か堅牢体のどれかを選ぶ。普通体の人が普通体を選んだ場合には、体の仕様は今の体と全く同じである。
旅行のスケジュールがタイトな場合や、旅行先でスポーツを体験する場合には、一般的に俊敏体を選ぶ。旅行先に危険地帯が含まれている場合は堅牢体を選ぶ。
 山田夫妻の場合、宇宙ではほとんどスポーツができないため、スポーツのできるプランを選んだ。旅行先で使用する体はスポーツに合わせて俊敏体を選んだ。
新婚旅行に出かける当日、旅行代金と旅先での費用を持って観光旅行社に行き、旅行先での費用も含め代金を支払い、移動室に案内された。
 まず、2人の顔と声と記憶がデータ化され、地上の旅行センターに送信された。地上の旅行センターの移動室に用意された、男女の俊敏体にそれぞれの顔と声が形成され、脳に記憶が書き込まれる。
書き込みが完了してその確認が終了すると、旅行センターから完了信号が発信される。完了信号受信後、宇宙の移動室に残された2人の脳から記憶データが消去され、顔と声も初期化された。


宇宙の移動室から地上の移動室に用意された人体に体を乗る換える

山田夫妻の新婚旅行

 地上の旅行センターで2人は目を覚し、互いに見つめあった。そこにはいつもと変わらないパートナーがいた。この新婚夫婦にとって地上は始めてである。立ち上がると、いつもより重力は強く感じられた。
旅行費用を受け取り、2人は旅行社の用意した観光バスに乗った。観光バスは同じような新婚カップルでいっぱいである。
 観光地に向かって出発したバスの車窓からは、山や川などの自然の風景が見えた。宇宙でも無論、地上の風景の映像を見たことはあるが、実際に見るのは初めてであり、感激し車窓を見続けた。山には大きな木は無かったが、山肌には草が生え緑で覆われていた。
バスは最初の観光スポットに到着し、2人はバスから降りて近くを散策した。宇宙での生活では味わえない快適な散策を楽しんだ。俊敏体の人体なので軽やかに動くことができる。飛び上がっても宇宙に放出されることはないので、駆けたり飛び上がったりじゃれついたりして、地上の安定した引力を堪能した。
 所々に小さな草木が群生し、花も咲いていた。2人は思わずその花を摘む衝動に駆られたが、草や花は彼らには初めてであり、摘むことはやめ観賞するだけにした。蜂が飛んできて花にとまった。宇宙では絶対に見られない光景である。バスの出発時刻になり、感動の余韻に浸りながらバスに戻った。
 バスは、第2世代の人類が築いた都市の中心部に到着した。縦横100mの範囲が観光地として整備され、地震で壊れた建物は修復されていた。2人は第2世代の人類が住んでいた建物を感激しながら見学し、あっという間に2時間が経過しバスに戻った。  
バスは1泊目のホテルに到着した。ホテルは第2世代の人類が使用していた状態に修復されていた。現代の第3世代も人類には必要ない設備までも当時のままに修復されていた。 
最も驚いたのは浴室だった。浴室のレバーを回すと上から水が降ってきた。水に触れるのは初めての経験だった。2人は裸になりシャワーを堪能した。
2人はベッドに横たわり、いつもよりずっと激しい性行為を行った。
 朝になり、自体のタイマ-により2人は目覚めた。昨夜の激しい性行為の影響で電池がかなり消耗し強い空腹感がある。2人は好みの充電方式を選び、充電という朝食を楽しんだ。地上で食べる初めての朝食は、特別な味わいだった。
 2日目もバスに乗り込み、次の目的地のスポーツランドに向かって出発する。
まだこのスポーツランドは工事中で、バトミントンとトランポリンとその他の数個の設備だけが利用できた。
夫妻はインストラクターによりバトミントンの指導を受け、地上でのバトミントンを体験した。宇宙にもバトミントンの施設があるが、宇宙には空気がない。空気の抵抗を受けるバトミントンは2人にとって初めてであり、空気の存在を実感することができた。
 次にトランポリンを楽しんだ。重力が均一でない宇宙の施設にはトランポリンはない。2人にとってトランポリンは初めての体験である。最初はぎこちなかったが、少しずつコツがつかめ、引力に逆らうこのスポーツに熱中した。
他にも遊戯施設は完成していたが、宇宙では絶対できないこのスポーツに夢中になり、バスの出発時間まで、空腹を忘れ熱中した。
危ないところだった。電池切れ寸前だった。電池の残量が減ると激しい空腹信号が出るが、あまりの面白しさに熱中しすぎていた。
バスに戻ると激しい空腹感に襲われ、バスの座席に備えられた充電器で思い切り食事をとった。
 このようにして、1週間の新婚旅行はあっという間に終了し、旅行センターに戻った。実に充実した1週間だった。宇宙から地上に来た時と同じ手順で宇宙に戻った。
宇宙の移動室に用意された人体はこれまでの人体と同じ標準体だが、彼らが使用していた人体と同じものかどうかはわからない。同じか否かはほとんど意味がない。

地上の観光を楽しんだ人のうち、引力の安定した、色々なものが存在する地上の生活に憧れ、そのまま地上に残る者もいた。無論、地上で遊んでばかりではいられない。金を稼がなければならない。
地上に移住して生活する方法もまちまちだが、単身者による次のような方法も多かった。
宇宙では肉体労働はほとんどなく、仕事で得られる収入も職業による格差はあまりないが、地上での重労働は金が稼げる。そこで地上に移住し、重労働により金を稼ぎ、金が溜まったら遊ぶ方法である。重労働を行う時には、体を作業用超大型男性に乗り換える。無論、作業用超大型男性への乗り換えには使用料の差額は大きく、この差額はあらかじめ確保しておかなくてはならない。
乗り換えた後は重労働に従事し、沢山金を稼ぎ、金が溜まったら俊敏中型に乗り換え、稼いだ金でスポーツや旅行を楽しみ、金が少なくなったら、また体を乗り換えて重労働で金を稼ぐ。この繰り返しで地上での生活を送るライフスタイルは、破天荒ながらも一度くらいはやってみたいと思うような享楽的な暮らしとして広く一般に認知されることになる。

小説一覧

© Ichigaya Hiroshi.com

Back to