MENU

Novel

小説

SFE人類の継続的繁栄 第12章『好奇心と警戒心』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

天体宇宙船構想

「あの小惑星とセルフエンジンの組み合わせは面白い。今まで漠然と考えていた、人が暮らしている天体ごと宇宙を移動する、天体宇宙船の実験に使用できそうだ。自転を止めた後の大型活性化エンジンは、そのまま進行方向を変えるための舵としても使用できる」
「セルフエンジンの実験自体が小惑星の軌道を変える事になるので、衝突の事は全く考える必要はない」
「まず基地を拡大し、本格的な調査活動を行えるようにしよう。人体も1000体ぐらいは用意しよう。カーボン変成機などインフラの整備に必要な機材も配備しよう」

 将来予測される小惑星衝突という事態への対策から始まった議論において、その回避策のひとつとして議題に挙がった「天体を動かす」というアイデアは、いまや科学者の間では最もホットな話題であった。
 そのアイデアを実用化するための具体案はすぐさま政府へと提案され、政府もこのアイデアを了承した。こうして試験としてはいささか大きすぎる、天体宇宙船化へ向けたプロジェクトが開始されることとなった。
大型宇宙船数隻により大量の機材と1000体の人体が運ばれた。探査隊員やセルフエンジン関連の技術者などの100人が1000体の人体に乗り換えてやってきた。各種施設が建造され、まるでこの星を開拓するような光景である。
 遠天体に集結した活性物質関連の主要技術者が集まり、セルフエンジン専用の活性物質について議論した。

「みんな知っての通り、小惑星の軌道の変更ではなく、天体宇宙船へ向けての実験を始める事になった。天体の軌道を変更する事と、天体宇宙船ではまるで規模が違う。天体宇宙船を目指したセルフエンジン専用の活性物質が必要だ」
「惑星の軌道の変更だけなら活性物質を複数回爆発させるだけで済むが、活性化エンジンと同様に安定した爆発を連続して行わなければならない。活性化エンジンは実用化しているが、天体自体を宇宙船にするためのセルフエンジンは推力が何桁も異なる」
「推力が何桁も異なるのは当然だが、基本構造の違いはどこにあるのだ」
「活性化エンジンの場合、最初は起爆剤としてA物質とB物質を噴射して活性物質を作り、その後は通常物質を後方から噴射し、噴射された通常物質が活性物質に変換され連続的に爆発するが、セルフエンジンの場合、起爆剤としてのAB2物質を天体の表面の小さな面積に吹きかけ活性物質を作り、その後は活性物質に接触した天体の表面自体が活性物質に変換され連続的に爆破する。つまり燃料となる通常物質を後方から噴射するのではなく、天体の表面が自動的に活性物質に変換し、変換した部分がその分くぼみ、くぼみの深さが少しずつ拡大する事が大きな違いだ」
「活性物質への変換が天体の表面から内側に進行すれば良いが、表面を横に広がってしまわないか」
「薄く吹きかければ横に広がる率は非常に小さいが、自然物だから何が起こるかわからない。やはり不活性物質で作った、活性物質に腐食される事のない長い円筒を打ち込み、円筒外に活性化が広がらないようにする必要がある」
「出力の制御はどのように行うんだ」
「制御方法はまだ考えてない。とりあえず実験では底のある円筒を天体の表面に打ち込み、その中に燃料として天体から取り出した通常物質を入れて、表面が活性物質に変換され連続して爆発エネルギーが放射され、燃料が全てなくなり自動停止する仕様にする」

 こうして、多少いきあたりばったりの部分もありつつも、天体宇宙船の実用化へ向けたプロジェクトは動き出した。

実験開始

 小惑星上に各種施設が完成し、実験が開始された。まずは自転を止める必要がある。
小惑星の赤道上の180度離れた2地点に巨大な活性化エンジンを据え付け点火し、エンジンの出力を調整しながら時間をかけて自転を停止させた。
メインエンジンであるセルフエンジンについての実験は、最初は直径10cm、長さ50cmの底板付きの不活性処理された円筒を埋め込み、中に小惑星の硬い表面から切り出した厚さ3mmの円板を収め、表面にAB2物質を吹きかけた。
最初は変換率50%で連続爆発するようにAB2物質の量を調整した。吹きかけてから5分後に円筒から激しく粒子が噴射し、噴射はいつまでも止まらなかった。基礎実験は成功し、噴射を続けている円筒を放置したまま次の実験を行う事にした。
今度は推力と燃料消費量を正確に測る実験である。円筒は同じ物を使用し、燃料は0.1mmの岩石の薄板を使用した。円筒は地中に埋め込まずに強力なコイルバネ秤上にセットした。
10分後に噴射が開始し、噴射の勢いにより強力なコイルの長さが30%まで短縮した。噴射は20時間続き、燃料がなくなり停止した。コイルバネの短縮量から推力を計算し、噴射持続時間からエネルギーを計算した。計算通り質量の50%がエネルギーに変換されていた。
 条件を変えながら実験を繰り返し、実験と綿密な計算によりこの小惑星を天体宇宙船にするためには次のようにすれば良い事がわかった。

  1. エネルギー変換率を95%にする。
  2. 物質から活性物質に変換する変換速度を10倍にする。
  3. 円筒の直径を100メートルにする。
  4. エンジンを4基使用する。

 この条件でセルフエンジンを作ればこの小惑星を宇宙船に変身可能な事がわかったが、肝心な問題が残っていた。出力の制御の問題である。活性化エンジンの場合には燃料となる通常物質の噴射の量を調整すれば良いが、この場合はそのようにはできない。
この結果を受けて技術者たちが招集され、議論を行った。

「あと一歩で天体宇宙船の技術を確立できる。問題はセルフエンジンの出力制御方法だけだ」
「セルフエンジンといっても結局不活性物質で作る円筒は必要だ。活性化エンジンを使用すれば良いのではないか」
「活性化エンジンとセルフエンジンとでは精度や複雑さが全く異なる。製造費用が桁違いだ。やはりセルフエンジン方式の制御方法を考えよう」
「連続的な制御はできないが、たとえば円筒の底側に高さ20cm程の15枚の壁を用いて16のブロックを作り、各ブロックに液体を注入する小さな孔を作り、そこから岩石を液体状に変性した液体燃料を注入すれば良いのではないか。16ブロックに全て液体を注入し、たとえば液面を21cmにすれば、直径100メートルの表面全体で活性物質への変換と連続爆発が起こり最大出力になる。8ブロックだけに液体を注入すれば出力は半分になる」
「それは良いアイデアだ。しかし出力全開から半分に落とすとき、8ブロックの燃料の供給を停止しても燃え尽きるまでに時間がかかり、急な制御はできないのでは」
「供給を停止するのではなく、燃料を注入孔から引き抜けばよい」
「あとは細かい工夫をすればどうにでもなる。16ブロックとは別に中央に小さなブロックを作っておけば、出力を実質的に停止した後、再起動時の種火として使用できる」

 このような議論を経てセルフエンジン方式は試作段階に入った。最初は5分の1の大きさの試作機を作る事にした。小惑星の岩石を液体に変成するための液体変成機も製造した。5分の1スケールの試作機と液体変成機が小惑星に運ばれた。

 小惑星のエンジン基地ではすでにセルフエンジンを据え付けるための躯体工事が完了していた。躯体にセルフエンジンを取り付け強固に連結し、円筒型のエンジンの底板に燃料注入用の16本のパイプを接続し、細部を調整し、テスト航行の準備は完了した。
 16ブロック全部に燃料が注入され、質量の95%がエネルギーに変換するように改良されたAB2物質を、混合しながら燃料の表面に塗布した。しばらくしてエンジンから高速の粒子が噴出。エンジンを調整しながら各種データを取得した。
衛星の天文台から観測データが送られてきた。この惑星はわずかながら加速を始めた。天体宇宙船への第1歩は成功し、実験の詳細内容が宇宙開発省に報告された。

第5暦1200年

 上田氏が率いる政府が第4太陽系の主要な惑星や衛星を開拓し、阿部氏が率いる自治政府が第3太陽系の主要な惑星や衛星を開拓し、その間の主要な天体の調査にも着手した。
第5暦1200年、第3、第4太陽系を中心にして人類の総人口は400億人、人体の総数は4000億体に達していた。
これまで幾度となく人類絶滅の危機に瀕したが、情報技術の研究を禁止し、人類の継続的繁栄の理念の下、人類の枠から大きく逸脱する事なしにこの広大な領域を掌握した。無論この領域には人類の知能をはるかに超える微小生物や、有機物の体を持つ中途半端な知的生物も多く生息しているかも知れないが、実質的に全てが人類の支配下に置かれていた。
しかしながら広大な領域を支配したといっても、この大宇宙全体から見ればほんのわずかな領域である。天体宇宙船の開発の第1歩が成功した事により、さらに広大な宇宙を探査する大きな夢が膨らみ、それが人類共通の目標となってきた。
 政府はさらなる宇宙大国を目指す方針の下、本格的な天体宇宙船構想を推進するために、宇宙開発省を拡大し、その傘下に5億人の技術者を中心とした天体宇宙船局を設けた。
 30年に及ぶ各種調査を経て、具体的な天体宇宙船計画を次のように策定した。

  1. 宇宙船団は10個の天体宇宙船からなる。
  2. 先頭を高速で航行する旗艦には高速航行中に多くの小天体の衝突が予測されるので、あの大きく硬い、実験に使用した小惑星を充てる。
  3. 2番艦には次に大きい小惑星を充て、政府機関を置く。
  4. 3番艦には中型の小惑星を充て、人体製造等の重要物製造工場を建造する。
  5. 4番艦は貴重物質を多く含む多数の鉱山クレーターのある衛星を充てる。
  6. 5番艦から10番艦には中型の衛星を充て、主に居住や一般目的として使用する。
  7. 旗艦を先頭に、直線的な隊列を組み、旗艦を楯にして航行する。
  8. エンジンは後方斜めに4基設け、噴射粒子が後続の宇宙船へ照射するのを防ぐ。
  9. 銀河の先を目指して、障害物は迂回しながら直線的に航行し続ける。
  10. 途中で〔燃料でもある天体宇宙船〕自体が小さくなったら、他の天体に乗り換える
  11. 連絡は事実上取れないので、計画変更等の判断は全て船団が独自に行う。

 また、これに先立つ準備計画も次のように策定された。

  1. 天体宇宙船となる10個の天体への移住者60億人を募集する。
  2. 旗艦となる天体には15億人、その他の天体には5億人ずつ10個の天体に移住する。
  3. 移住者によりその天体のインフラなどを整備し居住環境を整える。
  4. 各天体の赤道に自転を止めるための活性化エンジンを取り付ける。
  5. 各天体の大きさに応じたセルフエンジンを4基取り付け、天体宇宙船を完成させる。
  6. 自転を止めて、セルフエンジンに点火して天体宇宙船の試験航行を行う。
  7. 旗艦を先頭に天体宇宙船10艦が隊列を組む。

こうして、人類はさらにその生存域を拡大しようとしていた。
それは、人類が生物であった頃から根強くある強い好奇心と、これまで何度も滅びかけた経験から生じる警戒心、リスク分散という危機管理。その2つを同時に満たす行動でもあった。

小説一覧

© Ichigaya Hiroshi.com

Back to