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SFF人類の継続的繁栄 第4章『人類の胞衣』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

死と誕生についての議論

天の川銀河の果てまでほど近い暗黒空間にとどまった惑星船団は、この地に天体群を形成すると、かつての人類も繰り返し考えてきた問題について頭を悩ませていた。

「第1世代、第2世代の人類は、ほとんど何もできない状態で母体から生まれて、それを大事に育て、教育して知識を持たせ、自立できるようになるまでの投資が大変だった。そこまで行う事にしたら絶対に賛同を得られない。しかし死については賛同を得られるかも知れない。なにしろ我々は死に対する恐れを持った事がなく、死に対する抵抗感がない」
「今までのように100年前の記憶が消失するのではなく、誕生という概念を持たせ、誕生から100年後に全ての記憶がなくなれば、第1世代の死に近づく。誕生といっても育てる手間がかかるのでは賛同が得られないので、誕生した瞬間に一般記憶は持っていて、個人記録だけ空白ならばそれで良いのでは」
「死とか誕生とか言っても人体はどうするのか」
「死んだら脳から記憶が全て消え、単なる抜け殻の人体になる。誕生の時はその抜け殻を再利用して、いきなり大人の体で誕生させれば良い」
「それでは第1世代の人類とかけ離れすぎる。死んだら体が分解する必要がある。分解した人体は材料に戻し、リサイクルを行うようにしよう」
「死についてはそれで行くとしても誕生はどうするのか」
「誕生時には小さな人体を使用して、一定時間が経ったら体の中からもっと大きな体が出てくるようにすれば良いのでは。それを5回ぐらい繰り返し、最後に大人の大きさにすれば良い。技術的には不可能な事ではない」
「それではまるで、大昔の昆虫の脱皮と同じだ。さすがに昆虫の脱皮方式はまずい」
「誕生時には体が小さく、20年掛けて大きくなるようにすれば良いのでは。無論、自然に物体が増加する事はありえない。しかし現在の比重制御技術は大幅に進歩した。誕生時の人体に使用する材料は比重を大きくして、成長するにつれ比重が小さくなり、それにつれて形が大きくなるように作るのはそれほど難しくない。無論、誕生時の体重と成人となった時の体重は同じだが」
「死んだ後、体を分解させるのはどの様な方法で行うのか。小型の時限爆弾を体内に仕掛けるわけにはいかない」
「爆弾は仕掛けないがタイマーだけは仕掛けて、誕生から100年経つとタイマーが働き、記憶を全て消去して、体のパーツに特殊電流を流せば良い。活性化で使用した技術の応用だ。電流が流れると体のパーツは粉になり分子に戻る」
「誕生から100年後に突然死ぬのは問題だ。せめて1ヶ月ぐらい前からわかっているほうが良い。突然死ぬのでは仕事の引継ぎもできないし、家族の心の準備もできない。多少の技術開発は必要だが、1ヶ月前から体のパーツの劣化が始まり、1日前には記憶が消失し、その後粉になるのが良いのではないか」
「それだと死ぬ本人が死の恐怖心を持つ。賛同が得られないのでは」
「それなら記憶記録装置に記憶データを保存して、次に誕生する時にその記憶を入れる事を保証すれば良い。本質的には体を乗り換える移動と同じだ。生まれ変われる事がわかっていれば死の恐怖は無くなるだろう」
「その方法には違和感がある。生まれたばかりの幼児が、最初から記憶を持つのは不自然だ」
「それはソフトでどのようにでもなる。誕生した時点でその記憶を入れるが、最初はその記憶は表面化せず、成長するにつれ次々と表面化させれば良い。家族が死んで少し経ったら、その家族の間に死んだ人の記憶を持った幼児が生まれる。家族が1人死んだ後、死んだ人の記憶を持つ新たな家族が誕生する。これなら家族の人数も変わらずに、死んだ人も誕生してよみがえる。これなら本人も恐怖を持つ事もなく、家族も安心する」
「その方法なら賛同が得られるだろう。体を乗り換えて移動できるようになるのは何歳からにしよう。生まれたばかりの幼児が体を乗り換えて移動できるのは不自然だ」
「成人してから乗り換えられるようにしよう。成人するまでは、体を乗り換えての家族旅行はできなくなるので成人年齢は10歳にしよう。10歳になるまでの家族旅行は乗り物を使用すればよい」
「10歳になれば1人で歩けるが、幼児は家族が抱っこして歩かなければならない。幼児といっても体重は大人と同じで重過ぎる」
「それは簡単に解決できる。大小問題に使ったのと同様な技術だ。幼児を抱くと、幼児の大きさに対応した重さに変換された信号が脳に伝わるようにすれば良い」
「10歳まで体を乗り換える旅行ができないのは不便だ。何か対策はないか」
「大人は体を乗り換える方法で旅行先に行き、子供は電源を切り荷物として運ぶ方法があるが、荷物として扱うのはさすがに抵抗があるだろう。子供を育てるのに苦労を伴うのがより自然だ。しかし10歳まで体を乗り換える旅行ができないのは不便だ。5歳に引き下げよう」
「ほぼこれで完璧だ。結果を箇条書きにしてみよう」

  1. 明確な生と死を設ける。
  2. 1ヶ月前から老化が始まり、死ぬ時期がわかり、仕事の引継ぎや家族の準備ができる。
  3. 誕生から100年後に完全に死に、人体は粉になり分子材料に戻る。
  4. 記憶は記憶記録装置に記録して、死んだ後、新たに誕生する事にして恐怖心を和らげる。
  5. 死後1ヵ月後に、死者の記憶を潜在させた幼児がコウノトリ便で届けられる。
  6. 幼児の体の密度は高く、体重は大人と同じだが、抱くと軽く感じる。
  7. 成長するにつれ、記憶がよみがえる。また体の密度が低くなり体が大きくなる。
  8. 5歳から体を乗り換える移動ができる。それまでの家族旅行は乗り物を使用する。
  9. 家族から見ると最も年長な家族が100歳で死亡し、1ヵ月後に記憶を引き継いだ子供が誕生する。

 関連する各種技術者にそれぞれのテーマが与えられた。ハードウエアについてはあまり難しくはなかったが、記憶をどこまで甦らせるかについてはさらなる議論が必要だった。

「何処までの記憶を甦らせるかが問題だ。それはいわば前世の記憶だ。これが多すぎると誕生した子供の記憶に主体性がなくなり、自分が死者に乗っ取られてしまうように感じる恐れがある」
「生きていても記憶はあいまいだ。おぼろげな記憶でよい」
「死ぬ人の自己満足だけの問題だ。誕生した人が不快な思いをしない程度に留めよう。このシステムの発表時には逆に甦る事を強調して発表しよう。生きている人には生きている事の既得利権があるが、まだ生まれていない人には当然既得利権はない。もうすぐ死ぬ人が既得利権を主張しだすと話がややこしくなる。とにかく甦る事を強調してスムーズにこのシステムの法制化を図ろう」

 このようにして「誕生後100年後に死に、体は粉に分解し材料に戻るが、記憶は残り、次に誕生する時におぼろげな記憶が蘇る」という生と死を繰り返すシステムができ上がった。
そして、この政策とシステムは全人口400億人のほとんど全ての賛同を得て、正式に制度化され運用された。

ダイオード膜

 江田政権は、次に、この領域でエネルギーの補給無しで人類が延々と繁栄するためエネルギー問題に着手した。一時期、人体の各部にエネルギー回収装置を取り付け、できるだけ省エネをはかり、この天体群の消耗を減らそうと計画していた。
しかし省エネを図ればこの天体群の消耗をおさえ、この天体群での人類の繁栄期間を延長できるが、それは本質的な解決策ではないので、本質的な解決方法を探し出すために〔エネルギー永続プロジェクト〕を組織した。
こうして江田大統領自ら議長となりプロジェクトによる検討会が開催された。

「この天体群は孤立状態にある。この領域にはこの天体群以外に何もなく、我々の生存を脅かすものも何もないが、エネルギーの補給源もない。いくら省エネを図ってもエネルギーは放出される一方で、供給は極僅かしかない。エネルギーの需給バランスが非常に悪く、この天体群は消耗し続ける。エネルギーの根本的な収支バランス対策が必要である」
「この天体群から宇宙に放出されるエネルギーと、あの恒星群から供給されるエネルギーのバランスを図る根本的な方法は、もっと恒星群に近づくしかない。恒星群から距離を置いて天体衝突などのリスクを下げるか、恒星群に近づいて収支バランスの改善を図るか、どちらか選択するしかない」
「それ以外の方法を探すのがこのプロジェクトの目的だ」
「例の、21世紀初頭の技術者が残したメモに〔ダイオード膜〕というものがある。これが実現できれば根本的に解決できるかも知れない」
「ダイオード膜とはどの様なものなのか?」
「一方向にしか電磁波を通さない膜だ。仮にこの膜を用いてこの天体群全体を覆う事ができれば、この天体群から外側へのエネルギーの放出はなくなる。逆に宇宙から来るわずかな電磁波は、膜を透過してこの天体群の中に入る。一旦膜の中に入れば外に漏れる事はないので、その分エネルギーが増加する」
「これが実現した場合、この天体群は消耗せずに、僅かだが増加し続ける事になるのか。これは面白い。もしこれが実現できた場合どのような事が起こるか箇条書きしてみよう」

  1. いくら内部でエネルギーを使っても、天体群全体としてエネルギーが減る事はない。
  2. 外から吸収したエネルギーの分、僅かだが天体群の重量は増加し続ける。
  3. 外から内側へ電磁波は入るので、外の観測は可能となる。
  4. 他の天体からこの天体群は観測できない。

「他の天体から、照射型電波望遠鏡を使って観察した場合はわかってしまうのでは」
「照射型電波望遠鏡とはどの様なものだ」
「電磁波ビームを照射して反射を捉えるものだ。ただし、近いところの観察には使用できるが、遠いところの観察には実用的でない。500光年先の天体を観測するには1000年かかかる」
「ここからあの恒星群までは500光年は離れているので、当面はあの恒星群の知的生物から観察される事はないだろうが、仮にすぐそばに天体があり、そこからこの天体群を観測したらどのように見えるのか」
「例えば300万キロ先から観測された場合、この天体群がダイオード膜で覆われていない場合には20秒後に反射波が返ってくる。ダイオード膜で覆われている場合には、ダイオード膜を透過して天体群の中でエネルギーに変換される。いくら待っても反射波は戻ってこない。2億年経っても戻ってこなければ1億光年までの間には何もない事になる。結局照射型電波望遠鏡を使っても観測する事は不可能である」

 プロジェクトの検討結果を受け、この天体群をダイオード膜で覆う方針を決定し、〔ダイオード膜プロジェクト〕が発足した。難問だらけのプロジェクトである。しかしこれが完成すれば、ダイオード膜に覆われたこの天体群の中で、どんなにエネルギーを無駄遣いしようとエネルギーは減少せず、どんなに大騒ぎをしようと、外から見れば何も見えず誰も気がつく事ができないこととなる。
 この選択が吉と出るか、凶と出るか。少なくとも今の人類にとっては、最善の選択のように思えていた。

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