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SFF人類の継続的繁栄 第3章『死と誕生についての哲学』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

エネルギー問題

 何もない宇宙空間に停止することを決めた人類を乗せた惑星船団は、その後直面するであろう問題、主にエネルギー問題についての議論を深めていた。

「エネルギーを消費するのはほとんど我々人間だけだ。建物を建ててもインフラを整備しても、物は残り質量は変わらない。建設やインフラ整備を行う重機には使用したエネルギーをほとんど回収する装置が備えてある」
「人間が消費するエネルギーについて羅列してみよう。自動車など人間が使用する装置にはほとんどエネルギー回収装置を装備してある。純粋に人間が消費するエネルギーだけを羅列してみよう」

  1. 動く時に消費するエネルギー
  2. 体を乗り換えて移動する時に必要なデータ通信時の電磁波エネルギー
  3. 考える時、脳で消費するエネルギー
  4. 会話する時に放出する、声の代わりの電磁波エネルギー

「脳で考える時に使用するエネルギーは、メモリーなどのチップを小さくすればよい。情報のやり取りだけの事だから、いくらでも小さくできる」
「最も多くエネルギーを消費するのは何と言っても体を動かす時だ」
「それならば体は動かさず、動かしたという信号だけを脳に返せば良いのでは」
「それでは脳内ゲームと同じだ。究極はあの微小生物になってしまう」
「他の機械と同様に、我々の体の各所にエネルギー回収装置を取り付ければ良いのでは?横の移動は同一ポテンシャル上の移動なので原理的にはエネルギーは必要ない。完全回収が可能である。上下運動については上がるときにエネルギーが必要だが下がるときにエネルギーが回収できる」
「体を乗り換えるときや会話する時に電磁波を使う。指向性が強く拡散角の小さな電磁波に変更しよう」
「カーボン変成機関連の技術が益々進展し、今でも可動部にほとんど抵抗はなく、熱への変換はほとんどないが、さらに改善は可能だ。全ての改善を行えばエネルギーは今までの10%程度に抑えられる」
「エネルギーを消費する事により原料としての天体の物質を消費し、消費する分天体が小さくなると考えていたが、この天体でエネルギーをいくら消費しても、この天体からエネルギーが宇宙に放出されず天体内にとどまれば、この天体が小さくなる事はないのでは」
「天体の中で盛んに活動すれば天体自体が熱くなる。熱くなれば宇宙に熱が放出される。やはり省エネしないとこの天体はだんだん小さくなる」
「問題は、この天体から宇宙へエネルギーが放出されるか否かだ。例えばエネルギーを全て反射するシールドシートでこの天体を包み込めば、中でどんなにエネルギーを使用してもこの天体のエネルギーや質量が小さくなる事はない」
「確かにそうかも知れない。気体の中に瓶を置き、瓶の蓋を閉めれば、閉じ込められた気体は温度に応じた分子運動を盛んに行う。いくら運動を行おうと周りの温度と同じならエネルギーが瓶から漏れる事はない。何億年瓶の中で分子が運動しようが関係ない」
「結局閉じられた境界面の内側でどんなにエネルギーを消費しても、境界面から外部にエネルギーが漏れ出さなければ、内側のエネルギーや質量が減る事はない。当たり前と言えば当たり前の事だ」
 この様な議論を経て、「何もない真空中にとどまっていても宇宙空間へ放出されるエネルギーの量を少なくすればエネルギー消費による問題はほとんどない」との結論に達した。

停止準備

こうして船団は減速を続け、2つの恒星群の間の真空中に停止する事を決定し、停止場所について検討に入った。
 無論、航行中も恒星による日射がないので、天体宇宙船の温度は低く、絶対温度は平均150度であり、それにあわせて可動部の材料や電気部品も設計されていた。今後完全に停止するとさらに温度の低下が予測される。
 天体宇宙船の絶対温度が低下する事は、宇宙へのエネルギーの放出が抑えられる点ではプラスだが、より低い温度で使用できる部材を開発する必要がある。現状の技術では絶対温度100度が限界である。
 絶対温度が100度でも、何もない宇宙空間ではエネルギーを放出するだけであり、この観点から停止位置の議論が行われた。

「2つの恒星群の中間に停止した場合、この天体からエネルギーが一方的に出てゆくだけだ。他の天体からエネルギーをもらい、バランスを改善する事が必要だ」
「恒星群の中に入らなければ天体衝突の問題はないだろう。恒星群の外側で、恒星群から出来るだけエネルギーが受けられる領域に停止しよう」
「ここから近い最適な領域を探す必要がある。そこに向けて方向を転換する必要がある」

 最適な領域に向けて方向転換し、しばらくエンジンを停止して航行する事にした。すでに8割がた減速は済んでいたため、目的の領域に到達するまでにはかなり時間を要する。
この間に停止する手順について検討が行われた。完全停止を行う前に10個の天体と傘艦の配置を決めなければならない。隊列を組んだまま停止させれば、互いの引力により天体同士が衝突してしまう。
最も重い重量の旗艦の天体を中心に、他の天体をその周りに周回させる方向で計算したところ、次に重い天体との関係により、全体のバランスに無理がある事がわかり、旗艦の天体と次に重い天体とを比較的近くに配置して、連星のように互いの引力で回りあい、その周りに8個の天体を公転させると安定する事がわかった。

停止、そして天体群を形成

出航後2500年が経過した。目標の領域が近づいたので減速作業を再開し、さらに200年が経過し第5暦4300になった。
天体宇宙船団はその領域で位置や速度を調整し、特殊な並びの天体群を形成し、全体として停止した。停止といっても、その恒星群の動きに対しての相対的な停止である。
この領域なら天体が衝突する恐れは全くなく、恒星群から電磁波も一定量受ける事ができ、エネルギーの収支バランスも改善できる。 
エンジンが停止し、温度が一段と下がったので、人体や機械装置の部材の一部も極低温対応部材に変更した。絶対温度100度の世界では、有機物で出来た体では絶対に生存するのは無理だが、無機物で出来ている体では、一部のパーツを交換するだけで活動可能である。
 天体宇宙船団から冷えた特殊な天体群になり、この形態を保ったまま延々と暮らし続ける事になった。天体宇宙船の減速を決定した10名が集まり、今後についての議論がなされた。

「第4太陽系や第3太陽系の様子は知るよしもないが、ついに我々400億人が、この領域で安定して暮らす事になった。少なくてもこの領域での人類の継続的繁栄は実現できた。今後どのような方針で行なうべきか決めよう」
「この領域の環境が従来の太陽系での環境と大きく異なる点は、他の天体が衝突する恐れがない事、恒星の光がほとんど届かず暗い事、温度が非常に低い事だけだ。暗い事と温度が非常に低い事への対策は済んでいる。実質的に、太陽系で生活するのと同様な生活を安心して行う事が可能である」
「精密に計算しないとわからないが、これまでと同様にエネルギーを使っていても、少なくとも10億年は持つだろう」
「傘艦はもう必要ない。傘艦を燃料として使用するだけでも1000万年は持つだろう」
「すると我々には何も努力せずに、平和に暮らし続ける事ができる。逆に言えば『ミッションがなにもない』ということか」
「ミッションがない事は深刻な問題だ。ミッションを見つけなくてはならない。ミッションになりうる事を挙げてみよう」

  1. 省エネ仕様の体に改善する。
  2. この天体群から宇宙へのエネルギー放出を少なくすための、大事業を行う。
  3. 第1世代、第2世代の人類にさらに近づける。
  4. 4

  5. 天体宇宙船団の初期の〔銀河の先を目指す〕という、とんでもない理念はかなわないので、その代わりの目標を設ける。

「人口は400億人もいるので難しいミッションを複数行っても良いのでは」
「『4』については、観測なら問題ないがロケットを飛ばすなど、この天体群から物質を外部に放出する事は、その質量分のエネルギーがなくなるのでやめよう」
「第1世代、第2世代の人類に近づけるとは、具体的にはどの様な事か?」
「最大の違いは死についてだろう。他の事、例えば、体が有機物で作られているか無機物で作られているか等はどうしょうもない。死については、我々の記憶は100年前の記憶は消える。従って100年後には死ぬとも考えられる。しかし実際は単に100年前の記憶が無くなるだけだ。第1世代、第2世代の人類に当てはめると、100年前の記憶がなくなるだけの事で、多少ぼければ当たり前の事だ。100歳の人なら50年前の記憶でもほとんど覚えていない」

こうして停止した船団に暮らす人類は、死と誕生についての哲学を始めた。

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