この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
A大きくなる新天体
新天体の製造から50年が経過し、第5暦2000年となった。新天体となる核体は直径100kmに達しようとしていた。政府では核体上で直径100km到達記念のセレモニーを企画されるくらい、プロジェクトは日常であり、かつ順調でもあった。
遠天体では物質消失検討チームの技術者の1人が、核体として使用する原子の密度と、消失させる物体の原子の密度と、消失させた物体が核体上に生成される限界距離との関係を研究していた。様々な物質の組み合わせと各種条件により変わる生成有効距離を測定する、時間のかかる地道な研究である。
原子番号の大きな物質同士の組み合わせから始め、やっと最も原子番号の小さな金属であるリチウムについての実験を行うところまで来ていた。これまでの実験結果から、生成有効距離は消失させる物体との間には大きな関係はなく、核体のみに関係し、核体の原子番号が小さくなるにつれ急激に距離が長くなる事がわかってきた。
原子番号が小さく、金属として存在するリチウムを核体とする実験結果を楽しみにしながらリチウムの球体を手作りしていた。
セレモニーに出席する予定の上司から電話がかかってきた。急を要する重大な要件ができたため、セレモニーへの代理出席の依頼だった。会場に行く宇宙船の最終便は6時間後である。ここから体を乗り換えて宇宙船基地に行くには電波として飛んでいる時間だけでも5時間もかかる。あわてて支度して、移動基地に向かい、やっと最終便に間に合った。
セレモニーは、まだほとんど引力のない直径100kmの核体上で行われる。宇宙船はセレモニー会場に接岸し、核体の表面を削って形成された取っ手につかまって会場に降り立った。
会場といっても、なるべく核体を汚染しないように、マグネットシートが敷かれているだけだった。マグネットシューズに履き替え自分の立ち席に向かった。できるだけ核体を汚染しないように、核体上のセレモニーは上田大統領と宇宙開発省のトップのスピーチだけだった。
核体上のセレモニーはごく短時間だったが、政権には重要な意味があった。人類が天体を作ったのである。核体上でのセレモニーは簡素だったが、会場を月に移して大々的な式典が続けられた。
式典が終了し、核体の拡大作業が再開された。拡大作業も大規模になり、核体を10隻の宇宙船が取り巻き、1日で発射容器20個分の岩石片を消失させ、消失させた質量分のカーボンが核体に生成された。
不穏なシミ
ある日、セレモニーを行った場所付近に小さなシミが発生した。シミは日を追うごとに拡大し、作業を中断しシミの原因を調査した。シミはカーボンの替わりにリチウムが生成された事によるものだった。シミが最初に発生した場所はセレモニーの時に使用した取っ手だった。
活性物質研究所で、物質消失検討チームによる原因と今後の対策会議が開かれた。会議にはセレモニーに代理出席した技術者も参加した。
「核体表面の一部の場所にカーボンの替わりにリチウムが生成された。拡大作業の度にリチウムが生成される範囲が広がっているようだ」
「セレモニー時に使用した、宇宙船から乗り移るために、核体の表面を削って作った取っ手から始まったようだ。セレモニーの時にリチウムが取っ手に汚染した様だ」
これを聞いた代理出席した技術者は、自分が汚染させたと気が付いたが、それを隠したまま次のように発言した。
「核体の原子番号が小さくなるにつれ、生成有効距離は急激に長くなる。核体の拡大作業を継続すると、今後急速にリチウムで覆われる範囲が広がり、最終的には核体の表面全体がリチウムに覆われるだろう。リチウムはカーボンに比べ密度が4分の1程なので、生成される体積は4倍程度になるだろう。生成有効距離が非常に長いので、相当遠くからでも拡大作業ができるだろう」
この説明を受けてさらに議論が行われた。
「相当遠くというと、生成有効距離はどのくらいだ」
「仰角との関係がまだはっきりしていないが、100万km以上になるかも知れない」
「100万kmならA惑星から岩石片を核体の近くに運ばなくても、A惑星上で岩石片を消失させれば良い事になる。拡大作業が一挙に進む」
「本当にできるか実験してみよう」
A惑星から消失・生成実験を行う事が決まった。その前に核体の表面全体をリチウムで覆う必要がある。拡大作業が再開され、間もなく核体全体がリチウムで覆いつくされた。
早速、A惑星からの消失・生成実験が行われた。実験は成功し、今後はたやすく拡大作業ができる事が確認された。この間の経過は宇宙開発省を通して政府に報告された。
上田大統領出席の下、宇宙開発省で大規模な会議が開かれた。
「核体に新たに生成される物質がカーボンからリチウムになってしまった。しかし、A惑星から岩石を消失させ、その質量に対応した量のリチウムを核体に生成できることがわかった。A惑星の衛星としてリチウムで覆われた大きな衛星を容易に作る事が可能になった」
「リチウムで出来た衛星の使い道があるのか。リチウムは不安定な物質だ」
「不安定という事は、裏を返せば他の物質と容易に反応するということだ。必要な引力の強さになるまで大きくし、その後、必要な部分を他の物質と反応させ、安定な化合物にすれば良い」
「第4太陽系の惑星や衛星間の物流拠点として利用できないだろうか。物を安定に置ける程度の引力にとどめれば、離発着は楽にできる。引力に対し大きさが大きいので、いくらでも物流拠点を拡大できる。物流拠点として最適な引力まで拡大しよう」
このように議論は進み、第4太陽系の物流拠点としての理想的な天体を作る事になった。宇宙大国を目指す上田政権にとって、まことに理にかなう事である。
直接、A惑星上から岩石を消失させ、核体上にリチウムを生成させるための手順が策定された。 策定通り実行され、作業能率は100倍に上がり、10年後には直径1000kmまでに到達した。
出現する星
ある日、核体上にシミ状の点が観測された。その原因を調べている間もA惑星での岩石の消失作業は継続され、シミは面積を拡大していった。シミ状の点は水素である事が確認され、原因究明と今後の対策のための会議が開催された。会議中も消失作業は継続され、すぐに核体の表面全体が水素に覆われ、あわてて作業を中断した。
「生成される物質が原子番号3番のリチウムから原子番号1番の水素にかわってしまった」
「原因はわからないが核体の表面に水素が付着し、水素のほうがヘリウムより核体状に生成されやすいので水素で覆われたのだろう。このまま作業を継続すると、水素のまま拡大するだろう」
「すると今製造している天体は、直径100kmまではカーボン、直径1000kmまではリチウム、直径1000km以上は水素になってしまうのか。周りが水素で覆われるとあまり利用価値がないのでは」
「おそらく生成有効距離の実験に使用するぐらいしか利用方法がないだろう。珍しい天体を作った事で満足し、ここで中止しよう」
「ところで水素だと生成有効距離はどのくらいか」
「水素のデータは取ってない。リチウムまでの実験結果から推測すると50億km以上は間違いない」
第4月の宇宙開発省の会議室から、A惑星は小さく見えていたが、直径1000kmの核体は小さすぎて見えなかった。だから、最初は誰もが目を疑った。突然、A惑星の隣にさらに大きな天体が出現したのである。
突然、核体が巨大化して新天体になった経緯は、後の調査で判明した。
小惑星の衝突に備えた活性爆弾の開発時に、第4太陽系の周辺では小天体を標的に天体の消失実験が盛んに行われていた。これにより天体が消失し、エネルギーに変換され、眠ったエネルギーとして第4太陽系周辺に蓄積していた。
そこで、核体の表面が水素で覆われた事により、眠っていた大量のエネルギーが一挙にその上に生成されたのである。質量はA惑星と同程度だが、直径はA惑星よりはるかに大きい。そして、A惑星とその天体は連星のように互いの回りを回転し始めた。
幸いにも他の天体への大きな影響はなかったが、今後、互いを回るおかしな運動をするA惑星群の影響により、第4太陽系内の天体のバランスに影響を与える事は間違いない。
人類はすでに惑星の軌道を変える技術を習得している。衝突しそうな小惑星は軌道を変えればよいのだが、今後は物体を消失させ、眠ったエネルギーを溜め込む事は行なってはならない。
以降、上田政権は第4太陽系の天体にこれ以上手を加える事をやめた。第4地球、第4月、内側惑星、外側惑星、遠天体、その他の都合の良い引力を持つ多数の衛星の生活環境の整備に努めることになる。
こうして、第5暦4000年には人口は500億人に達した。