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SFG人類の継続的繁栄 第10章『密室』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

微小生物絶滅手段の検討

 ステルス宇宙船での絶滅に失敗したのは、シールドとして使用されている屋根にあたる銅板を電磁波で過熱した時、部屋の温度が100℃に達した時点で、彼らの住む内部住居ごと自動的に地下空間に移された為だとわかった。今回何らかの方法で攻撃する場合、予め内部住居が地下空間に移動できないようにする必要がある。 
微小生物が居住する環境などの制御可能なシステムをどのように制御しても、彼らを絶滅させる事は不可能であり、彼らを深い眠りに導く環境を設定する事、内部住居ごと地下空間に退避するのを阻止する事、気体の生成や放出する事、のみが可能だと明らかになった。
 プロジェクトで攻撃手段についての議論が始まった。

「システムの制御だけでは絶滅させられないことがわかった。別の攻撃手段を考えねばならない。しかし第4太陽系には作戦を手助けしてくれる人はいない」
「第4太陽系の人類自ら微小生物を絶滅させるように、脳内ソフトを書き換える事はできないだろうか。こちらでされた本能ソフトの追加と同様に行うのはできないか」
「こちらでされた事と同じ事を仕掛けるのでは、いくら知能が低いといっても気付かれてしまうだろう。人道的にも本能ソフトの変更には問題がある」
「微小生物の住居に出入りしている世話担当官がいる。世話担当官を利用できないだろうか」
「世話担当官はどのようなことをしているのだ」
「システムでは制御できない細かい事をしているようだ。数日前には床に揮発性液体をまいていた。彼らが好む気体の微調整を行っていたのだろう」
「当然ながら、微小生物の世話担当官が彼らの一番近いところで働いている。世話担当官は2人だけだ。このうちの1人だけでも味方につける事はできないか」
「味方につけるといっても、洗脳か催眠術のような方法しかない。世話担当官の脳に直接アクセスする事はできない」
「仮に洗脳できたとして、その後はどのような方法で始末するのか」
「床に液体をまき気体の微調整をしているという事だが、有機物で出来ている生命体なら毒殺という手もあるが、彼らは我々同様無機物だ。無論無機物でも腐食させることや劣化させることができる。彼らがどのような物質で出来ているのかわかれば良いのだが」
「我々の脳のチップも昔に比べ10桁は高密度になっている。彼らの脳はその技術の延長線上にあるに違いない。まず我々の微小な脳を調べよう」

 脳の微小チップ関連の技術者が会議に加わった。その技術者によると、超高密度化すると、ある種の酸に腐食されやすい事がわかった。

「もしその酸に腐食されやすいのなら、超高密度の脳チップを耐酸性の物質で覆っているだろう。我々の脳はどうなっているのか」
「そのような酸は自然界には存在しない。また我々の脳はシールドされているので酸対策は行う必要はない。しかし彼らの脳はチップ状ではなく、むき出しだ。以前、我々の脳に寄生した時、体、体と言っても脳だけだが、体を構成している物質をばらばらにしてシールドの分子間を通り抜けている。酸対策など行っているはずはない」
「その酸はどのようにして作るのか」

 関連技術者が会議に加わり、その酸の作り方について説明し、議論が再開した。

「まず、A溶液とB溶液とをある割合で目一杯蒸発させる。人体には全く無害であり、呼吸をする事はないので、気体中の濃度が相当高くなっても世話担当官が気づくことはない。気体のままだと微小生物も気が付かないだろう」
「気体のままだと彼らにも無害のようだが、どのようにすれば液体にできるのか?」
「気体の温度が高ければ、高い濃度で気体中に存在できるが、温度を低くすると気体で存在できる量が少なくなる。その分は物体の表面に液体状に生成され、2つの液体が反応してその酸になる。眠っている微小生物のむき出しの脳が、その酸に覆われれば間違いなく脳が腐食する」
「その戦略で行こう、この戦略なら万一失敗しても気付かれない」

作戦の決行に向けて

 微小生物の絶滅計画は次のように策定された。

  1. 最も熱心な世話担当官を洗脳し、A溶液とB溶液を容器にいれ、微小生物居住室内に置き蒸発させる。
  2. 部屋の温度を高めに設定し、十分な濃度にする。
  3. この間、気体以外の環境条件は最も深く眠る条件に設定する。
  4. 一定の濃度に達したら部屋の温度を0℃まで下げ、むき出しの脳を液体の酸で覆う。

 研究所の敷地に微小生物居住ダミー棟の建造が始まった。可能な限り細部まで再現した実物大の居住室が建造された。環境の制御システムも可能な限り現物に近づけて製作した。微小生物の替わりに、微小生物に近づけた超高密度半導体が作製された。
 最適な条件を見つけるため、繰り返し実験を行った。この結果A液体とB液体が気体中に十分な濃度に達するまでに時間がかかりすぎることがわかり、この対策について議論を行った。

「自然蒸発では時間がかかりすぎる。もっと早く行わないと気付かれてしまう」
「液体を特殊加工すれば蒸発速度が速まるが、世話担当官にそれを作らせるのは無理がある」
「いずれにせよ世話担当官を洗脳しなくてはならない。先ずは世話担当官を洗脳する方法を考えよう」
「世話担当官に『A物質とB物質を気体に大量に含ませる事は微小生物にとって非常に有意義な事』だと思い込ませる必要がある」
「世話担当官は時々微小生物についての資料を検索し、微小生物がもっと快適に過ごせる環境を調べている。A物質とB物質が微小生物にとって非常に有意義だという情報をネット上に載せればいいのでは」
「いつものように検索していたら突然その情報が見つかるのでは不自然だ。不審感を持たれる恐れがある」
「あの微小生物は元々我々の脳に共生していた。我々が微小生物に関する詳しい情報を持っていてもおかしくない。我々が微小生物と会話して得た情報という事にしよう」
「あの世話担当官は『微小生物』と他のキーワードとを組み合わせて検索している。調べた範囲では第3太陽系というキーワードは使用していない。微小生物と第3太陽系というキーワードで検索するように洗脳すれば良いのでは」
「あの世話担当官は微小生物と快適環境というキーワードで度々検索している。このキーワードで検索すると5つの文献が検索される。先日までは検索される文献は4つだったが、つい最近文献が一つ増え5つになった。もう一つ文献が増えても全く不自然ではない。新たな文献なので詳しく読むだろう」
「第3太陽系から得た文献だとしても全く問題ない。第3太陽系と第4太陽系が超光速通信でつながったことや、第3太陽系が第4太陽系の指揮下にある事は誰でも知っているはずだ。あの世話担当官は、微小生物が快適に過ごせることに腐心している。この方法なら成功間違いない」

この戦略で行うことを決定し、微小生物に関する詳しい技術資料を作成する事になった。「微小生物が快適に過ごせる環境」という欄を設け、現在の微小生物の居住環境とほぼ同じ内容を載せ、その中にA物質とB物質の情報を記載した。気体に混ぜる理想的濃度として、具体的に1立米あたりに必要なA物質とB物質の量を記載し、さらに気体中に蒸発させるための条件として、A物質は80℃、B物質は70℃に加温する事を記載。作成した技術資料を、超光速通信により第4太陽系のネット内に掲載した。
微小生物を駆除するための罠、仕掛けの準備は整った。
 

密室での完全犯行

 微小生物の絶滅計画は次のように策定された。

 世話担当官がネットを検索し新たな文献を見つけた。第3太陽系で脳に共生していた時代に作成された貴重な文献である。読むうちにこの文献が如何に貴重なものかわかってきた。また自分が行っている方法が、ほとんど間違っていない事も確信できた。ただし1点だけ行っていないことがある。A物質とB物質の点である。そこを精読すると、A物質とB物質が微小生物の健康のために非常に重要な物質であるか理解できた。 
早速その2つの物質を手に入れて、文献に記載されている通りにA物質とB物質の量を調整し、A物質を80℃、B物質を70℃にセットし、文献どおりに蒸発していることを確認し帰宅した。

 一方で、絶滅プロジェクトでは世話担当官の行動を逐次観察していた。世話担当官はこちらの作戦通りに行動していた。

――世話担当官が帰宅後、内部住居が地下に避難するのを防止する為のロックをかけた。

――その2時間後、A物質とB物質は完全に蒸発した。

――温度設定を最低設定温度の0℃に下げた。

――部屋の温度は徐々に下がり、A物質とB物質が霧のようになりゆっくりと落下した。

――霧がすべて落下した事を確認後、少しずつ温度をあげ元の設定に戻した。

――床に落下したA物質とB物質が反応し酸になり、床が濡れだした。

――微小生物が酸に溶け出した。

――完全に溶けて液体になった事を確認後、部屋の温度を100℃に上げた。

――床から徐々に酸が蒸発し、微小生物が溶け込んだ液体も蒸発した。

――部屋と外を繋ぐ管の弁を全開しにした。

――微小生物が溶けて蒸発した気体が室外に放出され、室内は真空になった。

――外につながる管の弁を閉め、気体生成機を作動させ、内部を気体で満たし、温度を再度設定温度に戻した。

こうして、証拠を残すことなく微小生物の完全除去に成功した

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