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SFG人類の継続的繁栄 第15章『訪れた平穏と新たな改革』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

手術のスケジュール

 無脳人体構想の施行に伴って、脳が格納されるシェルターの建造が開始された。瞬時通信機能を備えた100万人分の脳の集積チップが大量に生産された。第4太陽系の各所に脳通信基地が設けられた。
これらの新規に製造するものについてはあまり費用も時間もかからないが、無脳人体への改造作業が大変である。
これらをどのように行うか、特に全人体の改造が終了し無脳人体システムを稼動するまでの、過渡期の問題に対する〔過渡期対策プロジェクト〕を発足させた。

「無脳人体システムに完全に移行するまでの過渡期には2つの移動方法が混在する事になる。移行の初期は無脳人体の数が少なく、移行が進むにつれ現状の人体が少なくなる。早く手術を受けた人の場合、最初は不便だが時間が経つにつれ便利になる。逆に遅く手術を受ける人の場合、最初は移動の問題は少ないが、時間が経つにつれ従来の人体が少なくなり、移動しづらくなる。職業や本人の希望により手術を受ける順番を決めなくてはならない」
「具体的な手術の内容はどうなるのだ。たとえば手術時間はどのぐらいかかかる、手術するのは医師なのか」
「手術は医師と関連技術者のコンビで行う。装置としての人体の手術は脳チップを取り去り瞬時通信チップに交換するだけで良い。本人の人体の手術は、万一に備え記憶を保存装置に保存し、本人の脳に入っている数々のソフトと記憶をシェルター内の脳保管庫の脳にコピーし、頭から脳チップを取り去り瞬時通信チップに交換する。全部で1時間近くかかる」
「それでは時間がかかりすぎるだろう。交換専用のロボットを開発し、10分程度で済むようにするべきだ」
「その案を採用するとして、どのような順番で行う」
「最初に手術を担当する医師と技術者は当然、手術前の者だ。最初に手術を施す対象者は今後の手術を担当する医師と技術者だ。手術された医師と技術者は、最初は移動できないので病院に泊り込みになる。手術が忙しくて観光旅行など当分できなくても良い。2000億体の人体の頭のチップ交換作業を行うので第4太陽系全体では1千万組の医師と技術者が必要だろう。次に手術するのは通勤の必要のない自営業者だ。最も大変なのは通勤する勤務者だ。本人専用人体と仕事先で使用する人体とを同時に手術する必要がある」
「同時に手術するといっても家と職場が別の天体にある場合も多くある。手術のスケジュールを組むのは大変だ」
「手術のスケジュールは階層型コンピュータを使用すれば簡単に解決するだろう」
「最後に手術するのは観光地などで使用する人体だ」
「それでは観光業者が困ってしまう。休業補償金が必要になる」
「他の職業に使用する人体の手術の合間に少しずつ行えばよい。超並列階層型コンピュータにより総合的観点から最良のスケジュールを組んでもらおう」

 頭のチップ交換専用のロボットが大量に生産され、階層型コンピュータにより、手術の順番が決められた。作業は順調に進行し、2年で2000億体の手術は完了し、無脳人体システムに完全移行した。

無脳人体システムへの移行

 完全移行してから5年が経過した。無脳人体システムは順調に運用されていた。
上田大統領は500億人の脳が保管されているシェルターの見学を希望した。シェルターには大統領専用の無脳人体が配備される。ただ、大統領専用と言っても、無脳人体そのものは一般の人体と同じで、服装のみ大統領にふさわしくされただけである。
 大統領が専用の無脳人体を指定し、大統領の顔データと声データが送信される。すると大統領専用無脳人体との瞬時通信が始まり、大統領がシェルターに現れた。
上田大統領は、脳管理省の長官とシェルター管理長官と上級技術者と共に、厳重に管理された建物の幾つもの扉を通り、脳保管庫に案内された。脳保管庫は5つの小部屋にわかれ、それぞれ100億人の脳が保管されていた。小部屋の大きさは縦横高さ2メートルで、超強化カーボンガラスの窓から中を観察できるようになっていた。
大統領は脳保管庫が小さなことに驚いた。そして、上級技術者に「私の脳はどこに有るのかね?」と質問した。上級技術者は2番目の小部屋に案内し「この中にありますが、セキュリティ上大統領にも具体的な場所は申し上げられません」と答える。

「私はここにいるのに私の脳はこの小部屋の中にあるということか」

大統領がそうつぶやくと、シェルター管理長官が答える。

「大統領がどこにいようと、たとえ第3遠天体を視察していようと、大統領の脳や記憶はこの中にあります。大統領が事故に合い、体が粉々になっても決して死ぬ事はありません。ただし、痛みと恐怖の記憶は残りますのでくれぐれもご注意ください」

大統領は、この不思議な状態に次々と質問した。

「第3遠天体へ行くには光速でも5時間以上かかると聞いているが、脳と体がそれほど離れていても違和感なく行動できるのかな」
「瞬時通信技術を使用しているため、瞬時に行けますし体の動きに信号遅延はありません」
「天体宇宙船団は1000光年以上離れたところに停止しているらしい。仮に私がそこに行っても普通に動けるのかな」
「原理的にはそのとおりです。しかし瞬時波でも距離と共に減衰するので、そこまで届くかわかりませんが」
「万一このシェルターに事故が発生した場合に備えて、脳データ保管庫を他の太陽系にも設置する計画は進んでいると聞いているが……」
「この太陽系内に、こことは別の2箇所に保管庫を設置しましたが、他の太陽系への設置の件は中断しています。理由は、他の太陽系、たとえば第3太陽系に設置するのには最低でも100年かかります。脳データ保管庫という物を運ばなければならないからです。データは瞬時に送る事ができますが、物はそういうわけにはいきません」

 このようなやり取りを踏まえ、大統領の視察は無事に終わった。無脳人体システムへの移行は、現状では問題なく進んでいるといえた。

電式質量電池の開発

第4太陽系の無脳人体システムへの移行が進む中で、そのはるか彼方、1200光年離れた天体宇宙船団にある活性物質研究チームとダイオード膜研究チームは、ダイオード膜の原理を質量電池に応用する研究を行っていた。膜の替わりに強靭な中空の球体を作り、そこに電磁波を照射する研究である。
外側から電磁波が内部に貫通し、内部から外側には電磁波のもれることのない、強靭な材料の製造の見込みがついた。試作する前に、関係者が集まり思考実験を行った。

「ダイオード物質で作った中空の球体に電磁波を照射し続けたとしよう。中が電磁波だらけになり、内壁に衝突を繰り返す。球体を秤に乗せたら球体の質量は増加するだろうか」
「増加する前に球体が暑くなり熱伝導で外に熱が漏れてしまう」
「ダイオード物質で作った中空の球体を大小2つ作り、内球と外球との間を真空にすればどうなる。内球は熱くなっても間が真空なので熱伝導で熱が外に漏れる事はない。輻射熱は電磁波の一種だ。外球から外部に漏れる事もない。内球が熱くなるだけだ」
「照射する電磁波の種類によっては内球があまり熱くならない事も考えられる。照射した電磁波のエネルギー分、球体の質量が増加する事だけは確実だ」
「質量の増加はどこから来るのだ。大昔の資料だと電磁波には質量がないとされている。実際にどうなのかはわからないが……」
「電磁波の質量の有無は関係ない。エネルギーがあれば質量の増加につながる」
「内球を外球の中に浮かせるのはどのようにするのか」
「それは磁石の反発力を使えばよい。磁石にもダイオード特性を持たせる事は可能だ」
 
このような思考実験を経て、内球と外球からなるダイオード装置を製造し、実験する事にした。
 二重構造の球体を製造し秤に乗せた。電磁波を照射し続けると、照射したエネルギーに対応した分、質量が増加した。10グラム重くなったところで照射を中止し、球体の中を調べることにした。
それから、外球を半分に切断し内部を観察した。特段の変化は見られず質量も元のままだった。内球の質量の測定も行われた。これは事前の想定通り内球の質量は10グラム増加していた。外径は元のままで外観も特段変化は見られなかった。
続けて内球を2つに切断し内部を観察した。内壁の外観も特段の変化は見られなかったが内径が10グラム分小さくなっていた。照射したエネルギーに対応した分、内面と同じ物質が生成されていた。だいぶ以前行った物質の消失による核体への物質の生成実験と同様の結果となった。
この実験結果を経て、議論が始まった。

「今回の実験により、電磁波のエネルギーを閉じ込めて、質量に変換する事が可能だとわかった」
「今回の実験ではダイオード物質自体が内部に生成されたが、内部に活性物質を塗っておけば、照射したエネルギー分の質量の活性物質を生成する事ができるだろう。電磁波充電式質量電池の開発につながりそうだ」
「今までの質量電池は活性物質がなくなればそれで終わりだ。充電ができるようになると使い勝手が格段に向上する。第3太陽系の人体にはバッテリーの替わりに超小型の質量電池が使われている。我々は無脳人体に使用する充電式の質量電池を開発しよう」
「無脳人体に組み込む場合、その上に着る服はどうするのか。光も大切なエネルギー源だ。服を着ないわけにはいかない。透明な服では服の意味がない」
「服は本質的な問題ではない。充電式の質量電池を開発してから考えれば良い」

 充電式の質量電池の開発に成功すれば、これは天体宇宙船団が抱えるエネルギー問題、すなわちいつか使い尽くしてしまう質量電池問題を大きく改善することになる。研究所では、その一歩が大きく踏み出されようとしていた。

 

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