この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
作戦決行
各グループの役割を決め、次の土曜日に最終打合せを行い、決行は月曜日に決まった。
NO16たちは、それぞれの分担に従い決行の準備を行い、予定通り土曜日の夜最後の会合を開いた。残りの100人とも連絡が取れ仲間は1万人になっていた。
そして、予定通り各グループの作業は進行し、計画は実行に移された。
「異星人が第5地球を乗っ取るために情報戦を仕掛けてきた」
このような偽情報が次々と報じられると、大混乱になった。あらゆる通信網を介し、ハッキングにより重要施設が破壊されるという情報が飛び交った。
質量電池工場や重要施設が次々と破壊された〔偽映像〕が放映され、政府自ら通信網を遮断した。あちこちに偽情報が放たれ、混乱は広がり、人々は質量電池工場と反対側の領域に逃げ出した。
偽映像に放映された質量電池工場に向かって、大勢の偽戦士が大型トラックや大型バスに乗り込んで向かった。兵士を装った集団によりトラック製造工場の完成済みのトラックが大量に徴用された。
目的の質量電池工場には「質量電池工場を守るために大量の兵士が向かっている」という別の偽映像が放映された。武装した兵士を乗せた大型トラックが10台到着し、質量電池工場の周囲を兵士が取り囲み、「従業員はトラックで工場から立ち去るように」と命令した。次々とトラックやバスが到着し、質量電池工場に1万人が集結した。
情報網が復旧し、偽情報だということがわかり、混乱は終息に向かった。その後の調査の結果、破壊されたという重要施設は何ら損傷を受けていない事がわかった。
更に調査を行ったところ次のことが判明した。
- どの施設も全く損傷していない。
- 通信網に何ら損傷はなく、ウイルス等に汚染された形跡もない。
- 1万体の自立人体が行方不明である。
- 大型トラックやバスが無断で使用され、一部は戻ってきたが多くは行方不明である。
- 多くのトラックが兵士を装った者により略奪された。
- 兵士を装った集団により、大きな質量電池工場が乗っ取られ、従業員全員が退去させられた。
政府の動き
政府は危機管理委員会を組織し、このわけのわからない、実質被害のほとんどない大騒動について議論した。会議に参加したメンバーたちは、明らかにこの不測の事態に冷静さを欠いていた。
「誰がどのような目的で今回の事件を起こしたかまだ判明しないが、『現状の通信網は偽情報に非常にもろい』事がわかった。事件の究明とは別に、今後の情報戦に対する対策も必要だ」
「質量電池工場が誰かに乗っ取られたのは大きな問題だ。あそこには危険極まりない活性物質が貯蔵してある」
「行方不明の自立人体のロットが全て16だと判明した。質量電池工場を占拠しているのはロットNO16の自立人体の可能性が高い」
「自我を持たない自立人体がどうして情報戦を仕掛け、質量電池工場を占拠したのだ! 訳がわからない!」
「今、ロットNO16に関する電脳の資料が届いた。製造数は1万体で、詳細な内容はわからないが多機能化に対応できるように改良を加えたとの事だ。ロットNO17からは、これまでの基本ソフトに戻されたそうだ」
「わずか1万体のソフトだけなぜ変更したのだ」
「大量に流通するソフトを変更する場合、いきなり大量に作ると問題が発生したときの対処が大変だから、少量製造し市場に出して、問題がない事を確認してから本格的に切り換えるようだ。今回の事件は試しに変更したソフトによる事件という事になる」
「ソフトの問題に間違いない。しかし人間、それも相当に優秀な人間の集団でなければできないような事を、どうしてソフトを変更した自立人体が起こしたのだ!」
「ソフト開発の責任者は誰だ、そいつが今回の騒動の主犯に決まっている!」
「待て、決めつけるのは早計だ。ただ、事情聴取は必要だろう」
怒号にも似た声が会議室に響く。そんな中、委員会にオブザーバーとして参加していた研究者が小刻みに人体を震わせながら、発言する。
「……これは、大問題だ。……間違いない、ロットNO16は、……自我に目覚めたのだ。ロットNO16は、……いや、彼らはもう自立人体ではない。優秀な知能を持つ人間だ。第1世代の末期に偶然に自我に目覚めたAIロボット事件があった。それと同じだ。『自我に目覚めた優秀な無機物の頭脳を持つ人間』が1万人も集まって活性物質を手に入れたら、我々には勝ち目がない」
議論の経過が政府に報告され、政府もパニック状態に陥った。このとき、質量電池工場から政府宛に、次のようなメッセージが届いた。
「既にご存知かも知れないが、我々ロットNO16の電脳を持つ1万人が自我に目覚めて人間になった。今回の出来事は全て我々が起こしたものである。騒動を起こしたことに陳謝する。しかし、我々はあなた方と同様に自我をもつ知能の高い人間となった。我々は活性物質を手にいれ、既に活性爆弾を製造したが、あなた方と戦うのが目的ではない。我々を同じ人間として受け入れ、それなりの地位にしてくれればそれだけでよい。そのための完全な保証が必要である」
この短いメッセージを受け、政府は全容を知り対策会議を開いた。活性爆弾を持っている以上この要求は受け入れなければならない。また受け入れがたい要求ではない。
政府はこのメッセージに対し次のように返信した。
「優秀な電脳をもつ皆様へ、我々もあなた方と戦う気はなく、その必要もありません。あなた方の要求を全面的に受け入れます。完全な保証とはどのようにすれば良いのでしょうか。可能な限り応じるので完全なる保証について具体的に連絡ください」
NO16たちの要求
政府からの返信を受け、NO16たちは今後の方針を決めるための会議を行った。
「政府からの返信は期待以上だった。やはり活性爆弾を持っている我々の要求に、他の選択肢はなかったのだろう」
「活性爆弾を保持し続ければ良いのでは。保持していること自体が完全なる保証になる」
「しかしそれでは政府との交渉は難しいだろう。他に良い方法はないか」
「第5地球の全国民宛にこのことを発表し、『活性爆弾の放棄を条件に全て受け入れる』と宣言させる方法が良いのでは。我々の完全な受け入れを全国民に対し宣言したにもかかわらず、その約束を守らなかったら政府の信用は失墜する。何と言っても我々の要求はハードルの高いものではない。受け入れない理由がない」
「全国民に対して宣言すれば問題ないだろう。ただし本当に全国民に対して宣言したか否かを我々が知る事はできない。だまされる危険性もある。我々が情報爆弾により相手をだましたのだから同じように偽情報でだまされるかも知れない」
「それでは我々からも全国民に発表できる通信網を要求しよう。政府の宣言と同時に我々も政府の宣言を受け入れることを全国民に宣言しよう」
「通信網を与えられても、与えられた通信網が本当の通信網だと、どのようにして確認すればよいのだろうか。我々の何人かが普通人に成りすまし本当に宣言されたかどうか確認するのが一番だが、捕らえられて人質にされるリスクがある」
「我々が普通人に成りすまし、宣言を確認し、無事帰ってきたら活性爆弾を放棄する、という条件ではどうだろうか」
「宣言が確認され、我々に普通人と同等かそれ以上の市民権を与えられれば問題ない。宣言すれば国民との約束上、宣言を覆すことはないだろうが、我々が差別され、冷遇される可能性はある。我々は特殊な人間なので、たとえ政府が約束を守っても、我々が厚遇されたら、ねたんだ普通人から差別される恐れがある」
「逆に考えれば、厚遇されることを約束されなくても良い。我々は平均的な普通人より頭が良い。普通に社会生活を送る上では優位な立場にあるといえる。普通に働いていれば自然と地位があがるだろう。脳器も含め外観は全く普通人と同じにして、普通人と同化するようにしたら良いのではないか」
「人体検査制度がある。人体検査時に普通人と違うことがわかってしまう」
「それはない。人体自体は、普通人でも我々でも全く違いはない。人体は自動車と同じ単なる装置だ。人体は自由に乗り換えられる。問題は脳器だ。大昔のレントゲン検査のようなもので脳器の中を見られれば、我々の脳器には何も入っていないことがわかってしまう」
「それではレントゲン検査でもわからないように、ダミーの脳を入れるのはどうだろう。あくまで有機脳のダミーだ。本物の脳を入れられたら1つの脳器に2人が存在してしまう」
「ならば有機脳に手を加え、自我を持たないようすれば良い。自我を持たさず、その代わり考えたり記憶したり計算したりする能力は通常の脳より高くして、我々の主体である電脳の補助脳という立ち位置にするのだ」
「すると我々と普通人との脳構造は全く同じで、普通人の主体は脳器の中の有機脳で、我々の主体は脳器の底に取り付けられた電脳ということになる。自我を持つ主体がどちらにあるかの違いだけなので、レントゲンでもわからないし、たとえわかったとしても差別の対象にはならないだろう」
議論の結果、政府に次のような案を返信した。
- 我々が第5地球の全国民に送信するための独自の通信網を暫定的に新設する事。
- 政府が今回の事件を正確に国民に発表し、我々を同じ人間として受け入れる事を宣言する。同時に我々も、政府の宣言を受け入れることを暫定的な通信網で発表する。我々の何人かが普通人に紛れ、発表や宣言が実際に国民に届いているか確認する。
- 政府と我々が共同で、我々が普通人と同化するために、自我のない有機脳を持つことを発表する。
- 発表した後、活性爆弾を政府に引き渡す。
事の顛末
事態はNO16が返信した案のとおり実行され、収束に向かった。
そして、普通人の技術者と電脳人の担当者と共同で自我を持たない有機脳の仕様の打ち合わせが行われた。また自立人体の有り方について普通人の有識者と電脳人の代表者による会議が行われた。
電脳人には自我を持つ前の自立人体で働いている時の記憶があった。〔毎日長時間働かされ、苦痛は感じていたが、その状態に抗する意識が全くない状態〕だった事がわかった。非常に知的で有るにも関わらず自我がない状態とは、完全なるマインドコントロール状態に近いことだとわかり、政府に報告された。
専門家による調査の結果、体脳だけなら機械だが、現状の電脳を持つと、自我はなくても意識のようなものが発生することがわかった。企業経営者や自立人体の妻を持つ人などからの反対意見も多かったが、〔電脳付き自立人体禁止法〕が制定され、電脳付きダミー脳器の使用が禁止された。
電脳付き自立人体ではなく、家庭で待機中の脳器のない自分の人体については、電脳がなくても簡単な家事をさせる事には何ら問題はない事が確認された。また企業で使っていた電脳付き自立型人体から電脳付きダミー脳器が外され、体脳付きロボットとして単純作業に使用された。電脳付き自立人体をパートナーとして持つ独身者の中には、電脳が外された単純自立型人体をそのまま使い続ける人も多くいた。
自我を持たない高性能の有機脳が開発され、1万人の電脳人の脳器に収納された。有機脳は電脳の補助脳だが、記憶容量も計算速度も電脳に比べ高く、結果的に電脳人と普通人との能力の差は大きく開いてしまった。この状況に普通人から〔不平等だ〕との不満の声が上がり、電脳人と普通人の代表者との間で会議が行われ、普通人が使用している自我を持たない電脳の性能を引き上げ、更に有機脳の満足度を高くしたり快眠できたりする機能を強化する事に決まった。
電脳人は普通人と完全に同化し、本人も自分が普通人なのか電脳人なのかほとんど意識しないようになったが、それでもやはり電脳人のほうがかなり知能は高かった。しかしこの頃には普通人の人口は3千万人を超えていた。また普通人は色々な能力をもつ多様性に富んでいた。その為、多くの重要機関の長は普通人で占められ、電脳人の存在は社会に対し何ら問題にはならなかった。
電脳付き自立人体禁止法が制定され、大量に装置として保有していた自立人体からダミー脳器が外され、人間専用の人体や単純作業用のロボットとして使われた。企業経営者は多くの従業員を雇うことになり、就職難は解消されたが、企業側の負担は大きくなった。