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SFI 人類の継続的繁栄 第7章『人の身体とその記憶』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

人の記憶、その性質

 政権は人体研究プロジェクトに、更に検討を加えるように指示した。人体制御の専門家も加わり、プロジェクトで議論が始まった。

「瞬時通信装置の小型化は問題ないようだ。装置というより回路ブロックという程度に小型化できそうだ。なので、小型化はできることを前提として議論していこう」
「人間にとって生命の本質は、自分が自分として認識できる自分の記憶だ。記憶は電子脳の中に入っている。その電子脳が破壊されないように厳重に保管されていれば命の危険は全くない。電子脳と人体それぞれに瞬時通信機能があれば、どの人体も使用する事ができる。人体は誰でもが共用して使用する事ができる。TPOにあわせて人体を使えば良い」
「確かに記憶は本質の大部分を占める。しかしながら、無意識の記憶は脳以外の部分にもあるともいえる。人体を共用して使用する事になると人が使った後に別の人が使うようになる場合、だから人と人体とのマッチングも重要だ。人には癖がある。スポーツを練習して、脳だけ上達しても、体がついて来ないと問題だ。スポーツをする場合に限っては自分専用の人体が必要になる」
「それでは中途半端だ。脳と人体との連携はスポーツだけに限ったものではない。緻密な体の動きが必要な場面は他にも沢山ある。完璧にしようとすると何もできなくなる」
「体を制御している制御部が単純なのが問題の本質だ。体を単に制御するのではなく、もっと緻密な制御ができるように体専用の脳、いわば体脳を使用するのはどうだろうか。体脳には各筋肉などを動かすための多種類のパラメーターを設け、1000人がその人体を共用するときには、1000人用のパラメーター群を持ち、1000人の使用者にそれを割り付け、使用する時に割り付け番号を入力すれば、その使用者のパラメーターが呼び出され、その使用者の癖などがある人体になる。スポーツに使用すれば、練習すればするほど脳と体との連携が良くなる。間に下手な人が使用しても、次回その人体を使用する時に、自分のパラメーター群を呼び出せば問題ない」
「それは良案だが使用者が限定される。使用者を登録しなければならないし、使用する時に登録番号を入力しなければならない。体脳のパラメーター群は1組だけにして、使用者、すなわち電子脳側に副脳を付加して、使用後はパラメーター群を副脳に移せば良い。次に使うとき副脳に移してあったパラメーター群を体脳に移せば、いつ誰が使っても自分専用の人体と同じ事で、練習すればするほど成果が上がる」
「電子脳側に副脳を付加するのはなく、副脳は人体側に設けたほうが良いのでは? 人体側に少し知的な副脳があれば今後の色々な要望に対応できる。パラメーター群の量などたかが知れている。一種の記憶として電子脳で記憶していれば良い」

 人体研究プロジェクトは、再度検討結果をまとめ、中野政権に報告した。中野政権では更に期待が膨らみ、実行する方向で本格的な議論に入り、プロジェクトには、色々な角度から問題がないか検討するように命じた。

鏡の中のような感覚

「中野政権は実行する事を決断したようだ。我々、プロジェクトには、色々な角度から問題がないか検討するように命じられた。ここからは特にテーマを決めずに、人体に関することを自由に議論しよう」
「第1世代、第2世代の人類には五感があった。我々には味覚と嗅覚がない。視覚や電波を使った聴覚は充実しているが、これ以上充実しようがない。しかし触覚はいくらでも充実させることができる。触角について掘り下げて検討するのはどうだろうか」
「目や耳をふさいでも自分が立っているか座っているか、自分の手はどこを触っているかは触角でわかる。脳はどこにあろうと関係ない。触角が最も重要だ」
「仮に触覚がなくなったら、座っているか立っているかも認識できないし歩くこともできない。右足が前にあり、左足が地面から上がっている事もわからない。足の位置を目で確認しなくては一歩も歩けない。目の前で右手と左手を合わせた場合、目では右手と左手が接している事が確認できるが、実際に右手と左手が接触している感覚は全くない。目の届かないところでは自分の手がどこにあるかもわからない」
「触覚がある場合にも、感じているところが体の部位と一致していないと大変なことになる。キーボードを打つときは、たたいている指先がキーボードから圧力を受けているので打つことができる。右手でキーボードをたたいている指先への触覚が、右手でなく左手の指に発生したら、キーボードを打つことはできないだろう」
「それはおもしろい。実験してみよう。私が実験台になる」

 右指と左指が受ける触覚を逆にする、簡単なソフトの変更が行われ実験してみた。当然ながら、まともにキーボードを打つ事はできず、触覚を無視して、目でキーボードを確かめながら打ち、打ち込む速度は1/20程度になってしまった。
 触覚は非常に重要である事を再認識し、更に詳しい調査を行った。触覚のセンサーについては従来の人間と同等か、それ以上に充実していることが確認でき、このまま変更しないことにした。変更が必要なのは触覚に対する脳のソフトである。
一般的なソフトは従来通りとし、痛みについては今より軽減する事にした。痛みは元々人体の異常を知らせる信号である。従来の人間にとって、損傷が重大なほど、死を招いたり通常に生活する事ができなくなるリスクが高くなり、そのリスクを小さくする為に、体の損傷の程度に応じた苦痛をもたらすシステムである。人体の損傷がほとんど死に結びつかない現在の人体には、激しい苦痛を伴う痛みはあまり意味がない。しかし人体が損傷しても全く苦痛が伴わないと、人体を乱暴に扱い、人体の修理費等の負担につながる。従って人体の損傷の程度に応じた痛みは設けるが、大きな苦痛を伴わない痛みに変更した。 
快楽、特に性行為による触覚的快楽については政策的に大きく向上させることにした。
 最終的に、人体の仕様の変更は人体から電子脳を外し、代わりに瞬時通信回路付きの副脳を取り付け、体の制御回路は充実させ、名称を体脳とする事にした。

5つのプロジェクト発足

 人体の電子回路以外は何も変更しないで済むことがわかり、触覚の改善についても、電子脳のソフトの変更で対応できることがわかった。電子脳のソフト次第で、ほとんどの事が解決できることがわかったことで、議論のテーマは電子脳、特にソフトについて移っていった。

「当たり前といえば当たり前だが、ほとんどが脳のソフトで解決できる。『過去も現在も充実して幸せだ』と思わせる事もできる。しかしこれをやりすぎると問題を起こしかねない。満足度を高くしすぎると結局は何もしないで眠ってしまう」
「我々の脳は第2世代の有機脳を電子回路に忠実に置き換えた電子脳だ。だから脳は劣化する事はなく死ぬこともない。しかし従来の人間に近づける意味から記憶は自然に薄れるようになっている。この点について改善する必要はないか」
「記憶容量はいくらでも大きくする事はできる。しかしそれでは従来の人間からかけ離れてしまう。また記憶容量が大きすぎると、いざという時、必要な記憶を取り出せなくなってしまう」
「地球のバーチャル観光を大々的に行なうことになった。地球に関する重要な記録は専用のコンピュータに保存されているが、観光地等の資料はあまり保存されてない。観光地等の資料は我々の脳の中に沢山記憶としてあるはずだ。しかし地球を去ってから時間が大幅に経過し、かなり記憶が薄くなっている。薄くはなっているが記憶の奥のほうにある程度残っているはずだ。この記憶を取り出せないだろうか」
「少しでも残っていれば取り出すことが可能だろう。脳内記憶検索ソフトを作って、脳内から『地球』や地球の名所をキーワードにして検索すれば膨大な地球に関するデータを集められるだろう」

この議論以降、元々地球で暮らしていた10万人を対象に脳内検索が行われ、専用の巨大コンピュータに資料が追加された。
 人体研究プロジェクトは再度、検討結果をまとめ、中野政権に報告した。中野政権は報告に沿って人間の改造、人口の大幅増加、観光産業の育成を行なうことにした。いずれも巨大プロジェクトである。これで当分この星の住民が時間をもてあます事態は避けられる。
 政府は正式に〔人間仕様変更プロジェクト〕、〔人口増加プロジェクト〕、〔地球観光プロジェクト〕、〔瞬時通信プロジェクト〕、〔瞬時レーダープロジェクト〕の5つのプロジェクトを発足させた。 
 瞬時通信自体は技術的に確立され、すでに隕石防衛システムに使用されているが、電子脳と、脳のない人体を瞬時通信でつなげるためには瞬時通信の小型化が必要であり、小型化に成功しないと他の計画も絵に書いた餅で終わってしまう。
瞬時通信プロジェクトは小型化に向けて邁進した。

 瞬時通信の小型化が成功する事を前提に、人間仕様変更プロジェクトと人口増加プロジェクトは合同で、今後の方向にについて議論し、時系列にそって箇条書きにすると次のようになった。

  1. 脳ソフトの変更、特に触覚についての新ソフトの開発を行う。
  2. 人体の制御は制御回路の代わりに体脳とし、大幅に機能を強化する。
  3. 裏半球側で、50億個の電子脳製造に必要な貴重物質と100億体の人体製造に必要な貴重物質の採掘を行う。
  4. 50億個の電子脳の製造を行う。
  5. 瞬時通信機能と副脳と体脳を持つ、新仕様の人体5億体を新規に製造する。
  6. 10億個の電子脳を格納する電子脳シェルターを5か所に建造する。
  7. 5億人の人体から順次電子脳を取り外し、取り外した電子脳の一部ソフトを新ソフトに入れ替えたあと電子脳シェルターに保管し、保管された電子脳は瞬時通信により新規製造された人体とつなげ、新規仕様の人間になり仕事を継続して行う。
  8. 電子脳を取り外した人体に副脳と体脳と瞬時通信機能を取り付け、新仕様の人体に改造する。
  9. 人体を増産し、最終的に人口を50億人、人体を100億体とする。

そして、当初の予想通り瞬時通信の小型化は難なく成功、これに合わせて新仕様の人体の製造が始まった。電子脳や人体の製造開始と同時に裏半球側の資源採掘能力の大幅拡充や最新型の半導体製造装置、大幅改良したシリコン変成機、各種コンピュータ、その他の関連装置の大量生産が行われた。

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