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SFI 人類の継続的繁栄 第14章『現実となる危惧とその対策』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

残された問題

一家6人制度はシステムとして完全に機能し大成功となったが、一つだけ危惧があった。それは隕石による問題である。隕石防御システムはほぼ完璧なシステムだが、まだ宇宙には予測できない出来事もある。全く予測していない、とんでもない方向から隕石が落下する事もあった。電子脳はシェルターの保管庫に保管され、地下深くにある記憶記録装置にも常時記憶が記録されているので、例え人体が隕石の直撃を受けても死ぬ事はない。しかしながら人体の頭部に収納されている副脳は頭部に隕石の直撃を受ければ、即、死亡する。
危惧していた事故が発生し、プロジェクトによる対策会議が始まった。

「危惧していた隕石による死亡事故が発生した。一体化している3人の内、直撃を受けた人体の副脳が死亡してしまった。電子脳が保管されているシェルターには十分な隕石対策が施されているが、副脳には何ら対策が施されてない」
「副脳が人体の頭部に収納されているのが問題だ。電子脳と同様に体から切り離してシェルターなどに収納すれば良いのではないか。副脳の替わりに制御回路に置き換えて、瞬時通信によりつなげば実質的に今と同じ生活ができる」
「それでは今の本人が所有している本人の2体が、装置としての人体と同じ仕様になってしまう」
「そうなるが割り切るしかない。人命が最優先だ」
「副脳をシェルターに格納してもそれで万全とはいえない。電子脳だって万全とはいえない。どうせ副脳を人体から取り出す大事業を行うのなら、万全な対策を施したほうが国民の賛同を受けやすい。第1世代の末期の21世紀にインターネットが進展を続け、クラウドという概念が出てきた。我々の脳も個々に設けるのではなく、瞬時通信網のあちこちの巨大メモリーや多数のコンピュータの中に多重に存在するようにすれば、どこに隕石の直撃を受けても死ぬ事はない。電子脳も副脳も関係なく、150億の脳全部を、瞬時通信網全体に雲のように存在させれば良い」
「これは大事業だ。多重に脳を存在させるとなるとメモリーやコンピュータの大増産が必要だ」
「大事業なのは確かだが、最も金と時間がかかるのは人体から副脳を取り出す作業だ。必要となる瞬時通信網の整備は、クラウドに脳を存在させる簡単なシステムを構築するだけで良い。150億の脳の容量などたかが知れている。情報関連技術の研究が解禁されてからメモリー容量は何百桁も進化した。今は水素メモリーが主流の時代だ」
「水素メモリーの名前だけは知っているが具体的にはわからない。わかるように説明してくれ」
「活性物質の研究中に発見された方式だ。情報の最小単位は言うまでもなく最小の物質だ。大昔に素粒子といわれたものは今では巨大粒子と呼ばれるようになった。大昔に言われた素粒子はそれよりずっと小さな粒子からできている。今後も更に小さな粒子が見つかりメモリー密度は何桁も上がるだろう。今では極普通のメモリーが水素メモリーだ。水素の原子核を構成している、ある種類の巨大粒子の配置により1か0かが決まる、今では最も普及している密度の低いメモリーだ。150億の人間の脳をクラウド上に存在させるのに、メモリーの容量など全く問題ない」

このような議論を経て、プロジェクトは脳のクラウド化構想についてまとめ、政府に報告した。

雲脳の誕生

 脳のクラウド化構想について報告を受けた政府は、関連省庁の長官や、有識者を集めてこの提案について審議した。150億体の人体から副脳を取りだし制御回路に置き換える大事業を伴うが、従来の生活とは全く変わることはなく、隕石による事故死の問題が完全に解消するこの提案を前向きに評価した。
また副脳の替わりに制御回路に置き換えた人体を、これまで通りその人の所有物として他の作業用人体と明確に区別する事により、国民の賛同が得られるとの結論に達した。
 政府から国民へ、この方式に対する丁寧な説明が行われた。隕石による副脳の死亡事故以来、あれだけ円満だった家族の間でも、死の可能性がほとんどない電子脳と、死の可能性のある副脳との間で、多少のわだかまりが生じていた事もあり、反対意見はほとんどなく、実行する事が決定し、プロジェクトにより実行手順が作成された。
 手順通りに実施され、無事150億の脳は皆クラウドの中に移された。これで例え隕石の直撃を受け、人体がばらばらになっても死の危険は全くなくなった。
なお、装置としての人体と、自分専用の人体を明確に区別するように、自分専用の家庭で使う人体と職場で使う人体には最初から本人の顔を形成し、それ以外の装置としての人体には顔や声は初期化するようにした。 
脳がクラウドに移行しても、以前の生活との間に特段の変化はなかった。一家は6人の脳で構成され、2人6脳4体制度はそのまま継続された。6つの脳は多数の記憶装置やコンピュータ上に存在している。今後クラウド上に存在している電子脳と副脳は全て雲脳と呼ぶ事が決められた。

第6太陽系の人類における、現在のとある家族の暮らし

 ここで現在の第6太陽系の人類における、典型的な家族の日常生活について説明する。
自宅にいるA氏とBさんのカップルは元からのカップルで、2人の雲脳はそれぞれの人体の頭にあった副脳だった。職場でのC氏、Dさんは一家6人制度のときにカップルに合流した家族で、2人の雲脳はC氏、Dさんそれぞれの人体の頭にあった副脳だった。残りの2人の雲脳も一家6人制度のときに合流した、それぞれ今は別の家族の人体として使用されている、E氏、F氏の電子脳だった。
 すなわちA氏、Bさんの元からのカップルにC氏、Dさん、E氏、F氏が合流した家族である。A氏、C氏、E氏の3人の雲脳が一体化し、自宅ではA氏の人体を使い職場ではC氏の人体を使用している。同様にBさん、Dさん、F氏の雲脳が一体化し、自宅ではBさんの人体を使い職場ではDさんの人体を使用している。家族の内、元電子脳にあたるE氏、F氏だけ自分と対応した人体はないが、3つの雲脳を一体化させるソフトをもつ、それぞれの中心的な存在である。

 A氏は人体製造会社に勤務し、Bさんは政府機関の職員として勤務している。家庭ではA氏とBさん専用の顔の人体を使い、もともとのA氏とBさんの雲脳が主に表に出て仲良く暮らしている。
A氏が人体製造会社に出勤するときはC氏の人体番号を頭に浮かべ、「移動」と心の中でつぶやくと、A氏の人体から瞬時通信が切り離され勤務先のC氏の人体に瞬時通信でつながり、A氏からC氏に変身し出勤する。C氏の人体には初めからC氏の顔や声が形成されている。勤務中は一体化した3つの雲脳の中から元々のC氏の雲脳が表に出て勤務する。一体化している他の2つの雲脳は満足度を高めたまま半分眠っている。休憩時間中に上司に話しかけられると口下手なC氏の雲脳から口の達者な別の雲脳に替わり、上司と上手な世間話などをおこなう。
 瞬時通信から切り離されたA氏の人体は、制御回路である制御脳が留守番モードに切り替わり、簡単な家事などを行い、ソファーにくつろぎ帰りを待つ。同様に、BさんもDさんに変身し職場に出勤する。瞬時通信で切り離された家に残されたBさんの人体はA氏の人体と同様に制御脳が留守番モードになっている。
 このように、自分の脳がどこにあるかわからない雲脳になった後も、以前の生活と全くかわりがなかった。変わったのは隕石により死の恐れがなくなった事だけだった。

それから50年が経過した。一家6人の組み合わせは超高性能な階層型コンピュータが決めた組み合わせなので、当時は性格や能力など全てを考慮した最適な組み合わせだった。それから50年経過した今でも大半の家族は更に絆を深めていたが、ごく一部には例外もあった。人は経験による影響を受けるのだから、それは当然といえば当然の話であった。

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