MENU

Novel

小説

SFJ人類の継続的繁栄 第1章『仮想現実社会の可能性』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

些細なきっかけ

第6太陽系、石英星で暮らす人類、その全ての脳が人体から切り離され、クラウドの中に分散して存在するようになってから100年が経過した。隕石による人体の破壊は時々発生したが、当然命を落とす者はなかった。人体は瞬時通信により操つられる道具となり、人体を含め物体への関心が薄れてきた。
 人体製造省は廃止され、代わりに脳データ作成省と装置製造省が新設された。人体の製造は続けられたが、他の装置の製造と同様に装置製造省が管轄した。
 脳データ作成省のソフト作製部門の技術者が集まり、物体の伴わないデータだけの社会について議論した。

「新技術によりソフトの開発に人体は必要なくなった。人体を使用しなければならないのは物を扱う場合だけになった。しかし現実はこのように人体を使って議論を行っている。物を扱う場合は別として、それ以外の場合には人体を使わない社会がありえるのでは」
「そのためにはそれなりのソフトを作る必要がある。顔や口が無くても議論はできるが、顔の表情がわからなければ、リアリティーがない。コミュニケーションというものは、言葉だけで行っているわけではないからな。ボディーランゲージやスキンシップは大切な要素だ。まあ最低でも表情がわかる顔、あとは口や耳がないと会議ができないのは確かだ。リアリティーといっても十分なソフトを作れば、実際に物体である人体を使っているのと同じことだが。体が有っても無くても最終的に脳が受け取る内容が同じならばいい。如何に良いソフトを作るかが鍵だ」
「物体があるのと同様なリアリティーの高いソフトを作るのは大変だが、大変だからこそ大きな産業になる。例えば観光産業などは、リアルではあり得ないような物をソフト上で作る事ができる。ソフト産業は巨大な産業になりうる」
「巨大な産業になるような巨大で緻密な風景を作るのには膨大な容量のメモリーが必要となる。メモリーは物体だ。1つの人体を作るのにも大量のメモリーが必要だ」
「人体などたいした量のメモリーは必要ない。現在、超水素原子メモリーを開発中だ。間もなく1つの水素原子で1テラバイトのメモリーが完成する。水素が10kgもあれば数千億人が生活できる巨大メモリー空間を作ることができるだろう」
「それだけのメモリー空間を作ればそれ以上メモリーを増やす必要はない。その巨大メモリー空間を宇宙だと見なせば良い。宇宙ならばそれ以上に拡大する必要はない」
「メモリーの増設の必要がなくなっても、メモリーは物体だ。物体ならばメンテナンスが必要だ」
「メモリー等のメンテナンスのために必ずしも人体は必要ない。高度な自動メンテナンス装置を作れば良い。無論その装置自体が壊れた場合に備えて自動修復機能を取り付け、無限に動くようにする必要はあるが。無限といっても太陽が消滅したら電源が途絶えておしまいなので100億年持つようにすれば十分だ」
「メンテナンスだけではすまない。いくらソフトが進んでもソフトだけの世界では有事に対処する事はできない。敵に対する武器の操作も必要だ」
「物体としての人体は使用せずに、人体を全てソフトで作った場合でも、バーチャルな人体が通信により活性爆弾砲を発射する事は可能だ。リアルな武器は必要だがリアルな人体は必要ない」

 各種の実験や検討を経て、リアルな人体を必要としない、人体も日常生活もメモリー空間に作成する事が提案され、政府内で長時間検討した結果、国民投票を行う事になった。
投票の結果、大多数の賛同の下、リアルな人体は放棄し、ソフト上に人体や家庭や職場や娯楽施設や観光地や、全ての社会を作る事になった。

バーチャルへの移行

 従来の一家6人制度、2人6脳4体制度を維持したまま150億の雲脳からなる25億の家族が社会全体毎メモリー空間に移行する事になった。2人6脳4体制度といっても、4体の人体はリアルな人体ではなく、雲脳と同様にメモリーのクラウド中に作成する人体である。
 脳データ省のソフト製造部門の技術者が集まり、クラウドの世界への移行計画を議論した。

「失敗の許されない大事業である。綿密な移行計画が必要だ」
「我々は今、150億の雲脳だけはクラウド中に移行しているが、人体や家庭や職場やその他の生活の場は全てリアルな世界に残っている。現実にこの会議もリアルな会議室内でリアルな人体を使って行っている。これらを全てクラウド中に移行させるのは膨大な作業が必要だ。雲脳をクラウドに移行させたのとは訳が違う。脳は脳ソフトと脳内データだけなので簡単な作業だったが、人体のような複雑でリアルな物体をデータに置き換えるのは大作業だ」
「とりあえず人体を20体ほど作ろう。150億体の人体のコピー元としては20体で十分だろう。まず男女を1体ずつ作り、それを10体ずつコピーし、大きさなどを変更し保存すれば良い。自宅も10個ほど作ろう。1つだけ作成し10個コピーし保存しておけば良い。職場も20ほど作ろう。全てソフト開発会社で、1つ作成して20個コピーすれば良い。あとはこれらを運用するシステムソフトだ。全てが出来上がったら少しずつクラウドに移行し、移行した全員で完全移行に向けてのソフト作りを行おう」
「ソフトとは別に超水素メモリーを使った大容量記録装置や自動修復装置の製造、活性爆弾砲などのハード面の整備も必要だ」

 このような議論を経て、次のような移行計画が策定された。

  1. 隕石防衛システムを強化する。
  2. 活性爆弾砲を作り、クラウドから操作できる防衛システムを構築する。
  3. 2つのシステムを維持させるためのハードウエアを開発する。
  4. 男女の人体を一体ずつ作成し、それぞれ10体コピーし修正し保存する。
  5. 自宅を1つ作り、10個コピーし保存する。
  6. 職場としてソフト制作室を1つ作り、20個コピーし保存する。
  7. 運用ソフトを作成する。
  8. 運用システムを起動し、一部の人体への瞬時通信を中止し、クラウドへ移行させる。
  9. 職場も少しずつクラウドに移行し、移行者全員がソフト作りに参加する。
  10. 最終的に150億人全員をクラウドに移行させ、従来のリアル世界より充実したクラウド上の世界を実現させる。

政府により移行計画は承認され、計画に沿い、クラウド上の世界作りが開始した。
開始から100年が経過し、クラウド上のバーチャル世界が完成した。

小説一覧

© Ichigaya Hiroshi.com

Back to