SFJ人類の継続的繁栄第2章『失踪者の国』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

密かな生活

　100人のK氏たちが洞窟に潜伏して幾ばくか。K氏は盗んできた物と洞窟に残っていた各種の装置を改良し、安定した生活を送れるようになっていた。K氏が危惧していたような事は何一つ起きることなく、まったくもって平穏なものだった。
逃亡者であるK氏ではあったが、あまりにも何も起こらないと外の様子が気になるものである。洞窟生活が始まってから20年した頃、とうとう9名が洞窟から出て、ステルス外装を施した小型車両3台に乗り、地上の様子を調査しに3方向に向かった。　
調査隊が帰ってきて地上の様子を報告した。各隊の報告とも「20年前とあまり変わってなかったが、以前より活気がなく、生産活動は縮小している。また脱走した我々100名に対する捜索活動が行われている様子は全くない」との事だった。
　それは意外といえば意外で、聞けば納得というような調査結果だった。再度、調査隊が結成され、人体製造工場、ソフト関連会社、建設会社を調査した。ソフト関連会社は活発に活動していたが、インフラ工事は放置され、人体製造工場のほとんどが活動を停止し、製造途中の人体が放置されていた。　
この思いもよらぬ状況に100人のK氏が検討会議を行った。100人のK氏と言ってもそれぞれ顔や声が異なり、担当する仕事も異なるので、それにより知識は無論のこと、性格も少しずつ変わり、「K氏を基にした100人」というのが正確な表現である。

「ソフト産業だけが盛んで製造業は衰退している。特に人体製造工場は放置されている。我々にも全く関心がない。そもそも人体には関心がないらしい」
「それに対しソフト産業は活況を呈している。リアルには関心がなくバーチャルにだけ関心があるという事か」
「リアルに関心がない理由は良くわからないが、今がチャンスだ。人体は大量に放置されている。副脳も放置されているに違いない。人体と副脳を盗めば我々の仲間を増やすことができる」
「人体製造工場には製造途中の人体が大量にある。完成品もあるはずだ。勤務していた人体も待機状態のまま大量にあるはずだ。待機状態の人体は扱いやすい。警備員はほとんどいないだろう。トラックも大量に放置されている」
「副脳は小さいので大量に持ち去ることができるだろう。人体は大きいので大量に持ち去るのは難しいはずだ。人体には関心がないといっても盗むところを見つかれば大変なことになる。あやしまれずに人体を大量に持ち去る良い方法はないだろうか」
「人体を大量に持ち去るのは簡単だ。トラックに載せて堂々と運び出せばよい。人体製造工場からトラックに載せた大量の人体が運びだされるのは当たり前だ。誰も不審に思わないだろう。警備員だけが問題だ」
「警備員には予め、『トラックで人体を運び出す』と連絡し、警備員にも手伝わせ、堂々と運び出せば良い。問題は誰の命令にするかだ」
「普通なら会社の工場長か社長の命令だが、あの会社は既に倒産しているかも知れない。社長がどこにいるかもわからない」
「会社が倒産していなければ警備員は民間の警備員だ。政府機関の管理の下にあるのなら警備員は公務員だ。民間の警備員と公務員では簡単に見分けがつく」
「警備員がいるかいないのか、何人いるか、公務員か民間人か調べる必要がある」

人体奪取計画

　調査の結果、公務員の警備員1人だけであることがわかった。

「あの大きな工場に公務員が1人で警備している。以前とはまるで逆だ。人体にはほとんど政府の関心がないようだ。公務員なら予め政府の高官を名乗って、人体を搬出する、と連絡しておこう」
「政府の高官から直接指示があるのは不自然だ。当然上司に確認するだろう。上司がわかれば上司のふりをして指示を出せば良いが、所属がどこなのかわからない」
「警備員が1人ならすばやく捕らえて、すぐに別の人体に瞬時通信を切り替えれば良い」

　このような議論の結果、人体奪取計画は次のように決まった。

待機状態の人体を1体確保して、制御脳を細工しダミーの警備員を用意する。

警備員をすばやく捕らえ、SWを切り、瞬時通信をダミーの警備員に切り替える。

工場にある待機状態の人体や完成後の人体をできるだけ多く集め、工場のトラックに積み込み洞窟に運んだあと、トラックを元の場所に戻す。

警備員の通信を元に戻す。

　計画は実行され、200人が新たに仲間に加わった。その他の工場からも次々と人体が洞窟に運ばれ、副脳を持つK氏グループは合計2000人になり、その後も人口増加計画は継続された。
　
ある日、地上の状況を観察していた仲間があわてて洞窟に飛び込んできた。地上に大きな異変が起きたようである。地上の状態を詳しく調査するため大規模な調査隊が結成され、各所を調査した。関係者が集まり調査結果について議論した。

「人体には全く関心がない事はわかっていたが、人体がみな工場や自宅でバタバタ倒れている。一体どうなっているのだ」
「人体だけでなく住宅も工場も政府機関の建物も全て放置されている。唯一稼働しているのは、数か所の頑丈な建物の中に置かれている瞬時通信装置付きの装置で、中にはコンピュータらしきものが入っている。それが厚さ50cmもある透明な超強化ガラスで覆われている。だいぶ以前に脳は雲脳としてクラウドの中に入ってしまった。人体も何もかも、リアルなものは全て放置してバーチャル世界に入り込んだのかも知れない。我々がいる事は全く眼中になかったようだ。もしバーチャルに入り込んでしまったのなら、我々があのコンピュータのような装置を壊せば彼らのバーチャル世界は消滅する」
「何れにせよ人体はいたるところに放置されている。工場も、住宅も政府の建物も何もかも我々が自由に使うことができる」
「現在の人口は1万人だ。先ず人口を増加させなくてはならない。我々1万人は全てK氏の脳内データを引き継いでいるが、今後は個性のある人づくりを行おう。先ずは人口を5万人にして、それから地上の整理を始めよう」
「今後の方向性を決める理念や憲法を作ろう。あのバーチャル世界に入ってしまった連中を反面教師として理念を作ろう」
「それでは『理念検討部門』を新設しよう。部門長には言い出した君がやってくれ」
「隕石防衛システムが最も気がかりだ。まさかあれまで放棄したとは考えにくいが、馬鹿な連中だからどうなっているかわからない。早速、宇宙船を修理してシステムの状態を調べる必要がある」

　宇宙船を修理し、隕石防衛システムの状況を調査した。システムは正常に動作し、更に自己修復システムらしい装置が何重にも備えられていた。また少し離れた空間には巨大な軍事基地が建造され、活性爆弾砲を中心に大量の武器が備えられ、通信により制御できるようになっていた。

新たな国の建国に向けて

　理念検討部門では、あるべき今後の方向性について議論した。

「我々のかつての仲間はクラウド空間の中に閉じ込んでしまった。我々が強化ガラスで覆われている装置を壊せば彼らの世界が消滅する。無論我々はそのような事は行わないが、彼らが行った行為は如何に愚かな事か、この事を後世まで残そう。クラウド博物館を作りその中に陳列しよう」
「彼らを反面教師として理念を作ろう。彼らを反面教師として参考にすれば我々の行うべき事、行ってはならない事を簡単に整理する事ができる。書き出してみよう」

通信による人の移動は、その研究も含め行ってはならない。

人体の頭部には必ず1つの脳を設ける。

脳と外部の装置との直接通信は行ってはならない。

人体や脳には性を設け、人体の性と脳の性は一致させる。

家族は男女2人で構成する。

　検討の結果、以上の5つを今後の基本方針とする事にした。
人口は5万人に達し、住民の多くは工場地帯の近くの住宅で暮らし、人体製造工場で働いていた。体を乗り換える移動はできないので徒歩で通勤していた。更に人口を増加させるためには交通網の整備が必要である。
人体製造工場に勤務していた人の多くが、一旦、人体製造業務から離れ、住宅地帯と工場地帯との道路作りを行った。荷物を運ぶトラックは大量に放置されていたが、人が乗るバスや乗用車は使われていなかった。トラック製造工場で、トラックをバスに転用するための荷台の改造作業が行われた。
　住宅地帯と工場地帯を結ぶ幹線道路が出来上がり、バスによる人員の大量輸送が可能になった。道路作りに携わっていた人が人体製造工場に戻り、人体の製造が再開された。自動車産業を中心とした製造業が盛んになり、バスや乗用車の大量生産が始まった。