MENU

Novel

小説

SFJ人類の継続的繁栄 第4章『不快な現実』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

あとの祭り

リアル世界でK氏の末裔たちが物質文明を立ち上げている最中、クラウド装置内のバーチャル世界は益々発展していた。300億人総がかりで新たなソフト作りを行い、ある意味でリアルより鮮明なバーチャルの世界作りに励んでいた。政府の方針によりバーチャル世界の舞台は自然豊かな地球となっていた。地球は複雑で色々なものが存在する。その地球を再現するソフト作りに終わりはない。
 また日常生活で使用する情報機器などの設備類もできるだけバーチャルさを消すために21世紀初頭の物に近づけることにした。
実質的に敵や競争相手がなく、不都合が生じた場合でも修正が可能なバーチャル世界は、政府にとってまことに都合が良い社会だが、ほとんど何の努力も必要としないことが最大の問題である。この点、地球開拓という、ほとんど終わりのない目標がある事はまことに都合が良かった。
全てが大容量メモリーからなるクラウドの中にあり、そのクラウドシステムが破壊したらすべてが終わりである。そのため隕石防衛システムに異常がないか、敵の襲来に備えた軍事基地のシステムに異常がないか、クラウドの外のシステムも監視していた。
 一方で、物体至上主義を最大の理念とし、通信や情報に対して大幅に規制しているこの星のリアル政府にとっても、隕石防衛システムが正常に動作しているか否かは最大の関心事の1つである。その為、隕石防衛システムと通信でつなぎ、時々システムの様子を監視していた。

 バーチャル世界の担当者がいつものように隕石防衛システムを監視していると、異様な光景が目に入ってきた。何かの展示室のような部屋の中で、沢山の人が何かを見ている様子が映っていた。担当者は最初、バーチャル世界で作成したデータが混信したのだと思った。しかし観察を続けると混信とは明らかに異なっていた。担当者はこの映像を記録し、上司に報告した。上司がグループのメンバーを集め、この映像について議論した。

「作成中のデータの混信ではない。リアル世界で生活していた時代の何かの映像ではないだろうか。それにしても異様な光景だ。大勢の人が何かを覗き込んでいる。覗き込んでいるのは10cm程度の箱のようだ。人体は昔我々が使用していたものと同じようだが、何かが違う」
「頭の形が少し異なるようだ。この構造だと瞬時通信は用いていない。我々が第6太陽系のこの衛星で暮らし始めたときの人体のようだ」
「それにしてもおかしい。この映像が作成された時期はいつ頃なんだ」
「作成時期は現在となっているが現在のはずはない。送信された時間が表示されているのだろう」 
「もっと詳しく調べる必要がある。今でもその映像は流れているのか。流れているのならその映像をここのモニターに映すことができないか」

 会議室の大型モニターに信号が接続され、映像を見ながら議論した。

「映像に途切れ目や繰り返しが見られない。現在の様子が放映されているようだ。映像の右下に何か説明書きが書いてある。我々と共通の言語の様だ。あの場所を拡大してくれ」

 説明書きには〔400年前まで我々と一緒にいた我々と同等な知能を有する人間がバーチャル世界を作り、この10センチ立方の装置の中のクラウド空間の中に暮らしている。現在の人口は300億人〕という説明が書かれていた。

「これは我々のことではないか。重大事態だ。すぐに大統領にこの部屋に来るように連絡しろ!」

 自分たちが見世物にされている現実に、その場にいる一同はパニック状態になっていた。

仮想空間における現実の把握

 急に呼び出しを受けた大統領は、不快な面持ちで会議室に入ってきた。

「私をここに呼びつけるとは、戦争でも始まったのか。どんな重大事態だ」
「戦争どころではない重大事態です。このモニターを見てください。この映像は現在の映像です。小さな箱を見ているのは我々の元の仲間のリアルな人間のようです。あの小さな箱の中に我々の宇宙があるようです。画面の右下には説明書きがあり、『400年前まで我々と一緒にいた、我々と同様な知能を有する人間がバーチャル世界を作り、この10センチ立方の装置の中のクラウド空間の中に暮らしている。現在の人口は300億人』との説明が書かれています」

 この説明を聞き大統領は仰天し、しばらく言葉を失った。ほどなく冷静さを取り戻し、「この映像を政府の大会議室に流してほしい。君たちから説明してほしい」と言った。
 しばらくして政府の主要幹部が大会議室に集まると、担当者が映像内容を詳しく説明した。この説明に大衝撃を受け、しばらくの沈黙のあと議論が始まった。

「映像を見る限り説明内容に間違いないようだ。事実である事を前提として議論しよう」
「クラウド記念館という言葉も読み取れる。あそこに展示されている四角い箱は我々がバーチャル世界に移行するために超固体水素メモリー技術で作った多数のクラウドメモリーの一つなのだろうか」
「そうではないらしい。メモリーを更に高密度化し、我々が作った多数のクラウドメモリーを全てあの箱の中に入れてしまったようだ。技術的にはたいしたことではないが、せっかく分散させて設置したのに1つにまとめられてしまった」
「誰がそれを行ったのだろう。見学している人たちはだれだろう。我々以外にこの天体には人はいないはずだ」
「いてもおかしくない。一体化した脳から離れた者が多数いた。ほとんどは別の家族に引き取られたが」
「100体の人体の失踪事件もあった。あの頃我々はバーチャル世界への移行を目指し、物や人体にはほとんど関心がなかった。クラウド世界存続に関わる2つのシステム、隕石防衛システムと、強力な敵の襲来に備えた活性爆弾砲の2点については十分に対策したが、他のことには関心がなかった。100体の人体の失踪事件はうやむやにしてしまった」
「あの100体の人体が起こした事件に違いない。100体というより100人だ。100人が我々の知らない間に人口を増やし、この衛星を乗っ取ってしまった。我々は僅か10センチ立方の小さな空間に閉じ込められ、見世物にされてしまった」
「現実感がわかない。我々が今開拓している領域は壮大だ。宇宙とはいえないまでも昔我々の祖先が住んでいた地球を丸ごと開拓している。これほどの大空間を開拓しているのに、『我々の開拓している大空間はあの10cmの箱の中だけの存在』ということに理解ができない」
「それがリアルとバーチャルの違いだ。情報だけで構成できるバーチャル世界はメモリーが小さくなればいくらでも小さくできる。情報の最小単位はどこまで小さいのかわからない」
「リアルとバーチャルについてはそこまでにしよう。対策が必要だ。映像で見る限り彼らは我々のことをバーチャル世界に入った愚か者だとしている。彼らは情報や通信を極端にきらい超リアルな物質世界を築こうとしているようだ。そのために我々の活動している空間をできるだけ小さく見せかけて、我々を反面教師として利用しているようだ。リアル政府にとって、我々の存在は国民に物体至上主義を植え付けるための好材料だ。大きな別の問題が起こらない限り、我々が存在する10センチ立方のクラウドを壊す事はないだろう。しかし将来はどうなるかわからない。我々の命運は完全に彼らに握られている」

第6太陽系奪回プロジェクト

「対策を立てるためには彼らの状況を十分に把握する必要がある。我々はバーチャルだが通信を使えばリアルなものを制御する事ができる。しかし彼らは物体至上主義で、ほとんど通信は使っていない」
「彼らは、我々がバーチャルの世界に入り込んだ反動で、バーチャル的な事は非常に毛嫌いしている。通信もそうだ。しかし彼らにも隕石は大きな問題だ。だからこそ隕石防衛システムの監視に通信を利用している。その通信を使って我々の置かれている立場を知る事ができたのだろう。今後の対策も通信が鍵だ。彼らが通信をもっと多くのところに使うようにさせることが必要だ」
「我々の最も得意なところであるソフトを使って、逆に彼らを支配する事はできないだろうか」
「無論、可能性はある。しかしその前に通信をつなげることが鍵である。支配とは別の話だが、我々がいくら巨大なバーチャル空間を開発しても、彼らがメモリー技術を進展させ、もっと小さな空間、例えば1ミリの空間に我々を閉じ込める事もありうる。今でも十分に惨めだが、1ミリの空間に閉じ込められたら更に惨めだ」
「メモリーの微細技術はどこまでも進化し、超巨大なメモリー空間が超微小な見えない空間に存在することもあり得る。情報のブラックホールだ。とにかく通信をつなげさせることを急ごう」
「通信をつなげさせる方法はその道の専門家と戦略家が必要だ。われわれ政治家が議論をしていてもなかなか前に進まない」 

 通信の専門家、隕石防衛システムの専門家、戦略家が招集され、〔第6太陽系奪回プロジェクト〕が組織された。プロジェクトの壮大な名称とは真に異なる、10センチ立方の世界を守り抜くためのプロジェクトである。
          
「彼らは通信とつながっていない。当面彼らを直接コントロールする事はできない。我々は隕石防衛システムと活性爆弾砲だけはコントロールできる。まさか活性爆弾砲を使うわけには行かない。隕石防衛システムを利用して何かできないだろうか?」
「隕石防衛システムは自由に操作する事ができる。隕石をかわす事はむろんのこと、隕石を目標地点に落下させる事もできる。リアル政府の建物等に落下させて恐怖心をあおる事も簡単にできる」
「恐怖心をあおっても何の解決にもならない。しかし隕石を目標地点に落下させる技術は何かに応用できるかもしれない。この点に集中して考えてみよう」
「工場地帯に度々落下させれば命の危険を感じ、頭に副脳がある人間が働く事はしないだろう。人体を通信でつなぎ働かせるだろう」
「工業地帯は沢山ある。隕石が度々落下する場所から安全な場所に引っ越すだけだろう」
「裏側半球側から表側半球側に採掘した物質を運び、精錬処理する工場地帯がある。物体至上主義ならば大いに賑わっているはずだ。裏半球側から採掘した物質を受け入れるのはあの工場地帯しかない。あの付近に隕石を落下させれば人間は避難し、体脳を持つ人体を通信で操り仕事をさせるに違いない」
「副脳を持たない人体など、動かす事はできても我々の戦力として使えるだろうか」
「我々の戦力にするのは人体ではない。人体を操るために通信機能を取り付けた副脳を持つ人間のほうだ」

 プロジェクトは第1弾の奪回計画を策定し政府に報告し、承認された。
そして、早速、隕石作戦が実行された。

小説一覧

© Ichigaya Hiroshi.com

Back to