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SFJ人類の継続的繁栄 第14章『地下に広がる狭い宇宙』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

耳が痒くなる報告

 リアル世界で、二足人と四足人がその起源の解明を進め、バーチャル人の驚異に対抗しようと動く中、バーチャル世界では戦後の平穏と緊張の雰囲気が漂っていた。
戦闘が終結し、中野大統領をはじめとしたバーチャル政府の高官がバーチャル世界に戻った後、リアル世界監視局を新設しその後の成り行きを監視していた。定期的にリアル政府から四足人自治政府の動向の報告を受けていたが、報告内容と監視結果にズレがみられ、監視の目を強化しようとしていた。
 リアル政府から、「四足人の自治政府に不審な動きがあり、バーチャル政府からも監視して欲しい」との申出があり、「バーチャル政府が四足人の治自政府を直接監視できるように通信方式を変更した」との報告があった。
 この結果、正式なルートでの通信能力は強化されたが、今まで行っていた〔秘密ルートを使用してのリアル世界の監視〕はできなくなってしまった。
 リアル世界監視局からこれらのことが政府に報告された。報告を受けて、政府はこの問題に対する臨時会議を開いた。

「リアル世界との通信方法が変更され、リアル世界の監視ができなくなったというが、どういう事か」
「四足人の自治政府に不審な動きがあり、こちらからも自治政府を監視して欲しいという申出があり、自治政府と直接通信できるように通信方式を変更し通信能力を強化した、との報告がありました。確かに通信能力は強化され我々が直接自治政府と通信できるようになりましたが、変更されたためにリアル政府には知られていない秘密ルートでのリアル政府の監視ができなくなってしまいました」
「正式なルートでの通信や監視能力は強化されたが、秘密ルートでの監視ができなくなったということか。それに何か問題があるのか。リアル政府から自治政府の動きに対する定期的な報告はあるのか」
「定期的な報告はありますが、監視結果とのズレがあり、監視を強化した矢先に今回の変更がありました」
「ズレ? それは具体的にどういうことか」
「具体的なズレの内容はまだ十分な把握が出来ていませんが、それを把握するために監視を強化した矢先に通信方法の変更がありました」 

 政府の上層部にこの問題はあまり重視されず、臨時会議は短時間で終了した。

バーチャル先端技術研究省の設立

 彼らの現実世界への警戒心が薄い理由は、その関心の低さの裏返しでもあった。リアルでできないことでも、バーチャル空間では実現可能だ。バーチャル政府の関心はリアル世界から益々離れ、バーチャル世界の開拓に注力していた。
バーチャル世界ではやろうとすればやる事はいくらでもある。思った事はほとんど実現できる。バーチャル世界は非常に活況を呈していた。
彼らは更なるバーチャル世界の研究のため、バーチャル先端技術研究省を新設し、優秀な技術者たちが招集された。省の1部門として多層バーチャル研究班が設けられ、第1回の研究会が開催された。

「我々が存在するのはリアルの世界ではたった10センチ立方の中だが、超水素メモリーを使用しているので、我々の祖先が暮らしていた地球の全原子の量より多い素粒子を使っている。水素を構成する素粒子といっても大昔に考えられていた素粒子とは全く異なり、大きさや数が何百桁も異なる。たった10センチ立方だが、宇宙といっても良いぐらいだ。我々はその中で大量のソフトを作ってどんどん空間を広げている。人口も300億人に達し、色々な産業も興している。我々の研究班に与えられたテーマは現状のバーチャル空間の開拓ではなく、その上のバーチャル世界の研究だ」
「このバーチャル世界を1階世界とすると、この世界で作られたクラウド装置の中に構築したバーチャル世界は2階世界ということができる。同ように3階世界、4階世界と、どこまでもバーチャル世界は高層化が可能である」
「リアル社会を地下1階世界と見なす事もできるだろう。地下2階世界もあるかも知れない」
「問題は上階に行くほど空間はどんどん小さくなることだ。地下1階にあたるリアル世界の場合には物質の最小単位がどんどん小さくなってきた。実際には小さくなったのではなく、技術の進展と共に更に小さい物質が見つかってきた。大昔なら物質の最小単位は目に見える砂粒ぐらいのものだったのだろうが、顕微鏡によりどんどん小さなものが見つかった。ある時期から物質の最小単位は原子だと思われた。その後は陽子や電子になり、その後もどんどん最小物が見つかり、それにつれて情報の最小単位も小さくなってきた。今では10センチ立方のクラウド装置の中に我々の存在する広大なバーチャル世界が出来上がった。この後が問題だ。リアル世界とは異なりこのバーチャル社会では情報の最小単位は確定している。情報の最小単位が確定してしまえば我々が作るクラウド装置の容量はこの1階世界より格段に小さくなる。2階世界は1階世界より格段に小さいので、2階世界で作るクラウド装置は更に格段に小さくなる」
「バーチャル社会では情報の最小単位をいくら詳細に観察してもそれより小さい単位は見つからない。少なくとも現状の技術では情報の最小単位は1ビットで、1ビットをそれ以上に小さくする事はできない」
「情報の最小単位の問題はとりあえずあきらめて、上層の世界を作ってみよう。2階世界なら100万人が暮らせるぐらいの世界を作れるだろう。5階世界なら100人がやっとだろう」

 このような議論を経て、何階建てまで作れるか試してみる事にした。

ふとしたことから気づくこと

  早速、この1階世界の基となるクラウド装置の1%のメモリー容量を使用し2階世界用クラウド装置を作成した。2階世界を開拓するための1000名の技術者が募集された。開拓と言っても1000万人が暮らすための開拓でなく、あくまでも実験のための開拓である。
 予め1階世界から、1000名の人体や当面必要な機材を作成し2階世界に上げ、1000名の技術者は2階世界への階段を上った。予め用意された機材以外、そこには何もなく、何もない広大なメモリー空間が広がっていた。
500人ずつ2班に別れ、1班はこの世界の1%の容量の3階世界用クラウド装置、別の1班はその他の機材を作成した。
 3階世界用クラウド装置が完成し、作成した機材を3階世界に送り込み、100名が3階世界への階段を上った。 
 3階世界には送り込まれた機材の他には何もなくメモリー空間が広がっていた。メモリー空間の奥の方向にはこの空間世界の壁が見え、メモリー空間全体の大きさを確認する事ができた。
 100人はこの世界の1%の小さな容量のクラウド装置を作成し、そのうちの3人が4階世界に向けた階段を登った。4階世界は何もない小さな空間だった。3人は、これ以上は無理だと判断し、持ってきた小さな国旗を立て3階世界に引き返した。
 実験は終了し、4階世界には小さな国旗が、3階世界には4階世界用のクラウド装置が、2階世界には3階世界用のクラウド装置と各種機材が残された。
 実験参加者も加わり多層バーチャル研究班の会議が開かれ、自由討論が行われた。

「実験は成功した。4階世界まで登る事に成功した」
「意味があるかどうかはわからないが、各階のクラウド装置の容量を例えば50%に引き上げれば100階世界ぐらいは作れるだろう」
「ああ、しかしながらこの技術は何かに使えるのだ。実験で作った4階建ての建物は何かの役にたつだろうか」
「敵が攻め込んできた時の隠し部屋として使えるのでは」
「バーチャル世界に攻め込む敵? そんな敵がどこにいるのだ。リアルなものをバーチャル世界に送り込み事はできない。バーチャル世界に敵が攻め込むとしたらバーチャル世界で作った敵だ。バーチャル同士の戦いは殺されても生き返らせることができる。バーチャルゲームそのものだ。これ以上考えると我々はゲームの世界にいるようで不愉快だ」
「必ずしもそうではない。バーチャルから通信を介してリアル世界を攻撃できる。リアル政府がそれを恐れてバーチャル世界を滅ぼすためにバーチャルの兵士を送り込む事は考えうる」

 今まで自分たちは無敵だと考えていたバーチャル人にとって、この場で指摘されたその危険性は笑い事では済まされないものだった。

「リアル世界の監視を強化するべきだ」

 多層階バーチャル世界に対する実験の報告書がまとめられ、政府に報告された。この報告書はバーチャル空間の安全保障についての議論に大きな影響を与えた。
ちなみに多層階バーチャル世界の概念そのものは面白いが、あまり実用的でないとのことで、実験的に作り上げた4階建てのバーチャル世界をそのまま残し、この研究を中止することが決定された。

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