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SFK人類の継続的繁栄 第13章『理想の災害対策』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

冷静な議論

――1つのバーチャル世界が消滅する。

この衝撃的な事故を受け、リアル人の技術者とこの衛星のバーチャル世界の技術者が集まり、議論が行われた。その様子には戸惑いはあるものの、悲壮感はほとんどなかった。
                    
「我々の分身、330億人が存在したバーチャル世界の1つ、3番世界が消滅してしまった。我々はほとんど死とは無関係で、ほとんど死を考えたことがない。しかし330億人は死んだという事なのか」
「330億人の記憶がどこにも残っていなければ死んだという事になるのだろう」
「もしクラウド装置が破壊されたのではなく、クロックが止まっただけなら記憶は残っている。クロックが動き出せば、中の人間はクロックが止まっていた事さえわからずにそのまま継続して生活する。やはり記憶が残っていなければ死んだ事になる」
「リアル世界でも同じことだ。我々の体の電源が切られれば我々は動く事も考える事もできない。しかし記憶は残っているのでスイッチを入れれば普通にもどる。バーチャル世界でもリアル世界でも結局は同じことだ」
「1つだけ違う点がある。バーチャル世界では死ぬ、すなわちデータが消えたら何も残らないがリアル世界では記憶を失い死んでも死体がのこる」
「死体が残るといっても実際に死体かどうかはわからない。記憶が残っているか否かは見ただけではわからない」
「その点、地球で誕生した有機物の体を持った第1世代の人類は全く異なる。死の定義そのものが全く違っていた。記憶の有無は関係なく、心臓が完全に止まっていれば死んだとされていた。無論、脳は不安定な有機物なので心臓が止まればやがて腐って記憶も完全になくなる。その意味では心臓の停止と死の定義には矛盾はない」
「第1世代の人類でも、突然地球がエネルギーに転換したら、心臓が止まる間もなく知らないうちに死んでいるだろう。バーチャル世界の死はスパッと終わるからほとんど苦しみも悲しみもない。第1世代の人類もスパッとした終わりかたならあまり問題なかったろうが、死ぬまでには長時間かけて体が劣化する。第2世代の人類に移行したのはその問題が一番の理由だろう」
「結局今回の事故により我々の分身330億人が死んだといえるが、あまりにも遠くの出来事で、あまりにもスパッと世界が消失したので、あまり悲しみも起こらないし実感もわかない」
「リアルだろうとバーチャルだろうと別の銀河の出来事なら、たとえ我々より感情豊かな知的生物が1000兆人死んでも何の関心もない」
「メモリーがさらに何十桁も小さくなると、1ミクロン立方のクラウド装置の中に1000兆人が住めるようになるだろう。まさに命のブラックホールだ。目の前の埃の中に1000兆人がいるかもしれない。その1000兆人が死んでも全く無関心でいられる。どのようなものでも見えないものには何の関心もない」

 現実感がないと、感受性が働かない。それは、どんなに時代が経っても変わらない人間の性なのかもしれない。

第8世界救済プロジェクト

 バーチャル世界消滅事故から150年が経過した頃、8番世界から緊急の連絡が入った。小さな隕石がロケットの側壁を貫通し質量電池が傷ついた、という報せである。「修理したが電気が漏洩し500年しか持たない。加速モードから減速モードに切り替える」という連絡も入った。
この緊急連絡を受け、第6太陽系の多くの技術者を集めた〔第8世界救済プロジェクト〕が組織され、プロジェクトは緊急会議を開いた。

「8番世界から緊急連絡が入った。小さな隕石が質量電池を傷つけ電気が漏洩し、500年しか持たないということだ。加速モードから減速モードに切り換えたようだ」
「こちらから何か支援しようにも状況がはっきりつかめなければ何もできない。一方向通信ではだめだ。先ず相互瞬時通信ができるように考えよう」
「何れにせよ瞬時波を使うしかない。向こうには瞬時波の受信機はないが、こちらから強い瞬時波をロケットに向けて照射し、それに気がついてくれるのを待つしかない」
「多分向こうでも同じ事を考えているだろう。8番世界の住民は我々の分身だ」
「最強の瞬時波は瞬時波レーダーだ。とりあえず瞬時波レーダーのスキャン範囲をできるだけ絞り照射密度を上げてロケットに瞬時波を照射しよう。強力な瞬時波発信機の開発も平行して始めよう」
「レーダーの瞬時波をオンオフしてモールス信号を使おう。モールス信号は通信の基本だ。向こうもモールス信号で連絡している事にすぐに気が付くだろう」

 瞬時波レーダーのスキャン装置を改造し照射密度を上げ、モールス信号を打電した。すぐに「信号を受信した」との連絡が入った。「20KHzのオンオフ信号受信機を製造したので、強力な瞬時波による高速オンオフ式会話装置を作って欲しい」との依頼と共に、第8世界の対策状況を伝える大量の資料を受信した。
 瞬時波レーダーの発信機から、出来上がったばかりの強力発信機に取替え、20 KHzのモジュレータを取り付け、音声通信ができるようになった。今後大量の資料のやり取りが必要である。すぐさま本格的な瞬時波相互通信に向けての開発が開始され、本格的な瞬時波通信の目途が立つと、プロジェクトによる電源問題の議論が始まった。

「80光年先で停止する、ということなら質量電池の交換が間に合うのではないだろうか。電池を交換すればそれで問題が解決するのでは」
「その後の連絡によると電池の消耗はもっと早いようだ。その上、今後瞬時通信が頻繁になり、その分電力消費が増加する」
「瞬時通信による電力消費の問題はほとんど送信側の問題である。こちらの受信感度をできるだけ高くして向こうの送信出力を下げれば良い」 
「質量電池の交換と送信出力の問題はそうする事にして、次善の策も用意しておこう。80光年先は隕石の多い不安定な領域と聞いている。120光年先になるかも知れない」
「こちらから瞬時波による電力を供給はできないか」 
「無論、受信した瞬時波を電力に変換する事はできる。ただし大出力の瞬時波を作りだす方法がない。強力な電磁波なら作れると聞いているが」
「我々、四足人にはその手の知識は豊富にある。強力な電磁波を作るのは我々に任してくれ。電磁波砲の原理を使えばいくらでも強力な電磁波を作ることができる」 
「問題は距離と速度だ、120光年先に電磁波を供給するには120年もかかってしまう」
「総力をあげて行えば超高速宇宙船の建造は1年で可能だろう。交換用の質量電池と電力供給用の電磁波砲と強力な出力の瞬時送信機を超高速宇宙船に載せて、できるだけ早く出航するべきだ。遠くからの電力供給は瞬時送信で行い、近くになったら電磁波砲で大量の電力を送りながら、500年後には到着できるだろう」 
「それでは間に合わないかもしれない。宇宙船に超小型宇宙船を積んでゆこう。300光年ぐらいまでは加速し続け、その後、宇宙船からエンジンを取り外し、質量電池だけ積んだ超小型宇宙船にエンジンを取り付け直し、超小型宇宙船だけ急速度で減速すれば良い。超小型宇宙船は軽いので急減速ができ、100年は速く着くだろう。エンジンを外した大型宇宙船は猛スピードのまま第8世界に向け航行し、電磁波砲で電力を送り続ける。第8世界を通り越してもしばらくは電力を届け続ける。そうすれば電池の寿命はさらに50年ぐらいは伸びるだろう」 
「すばらしいアイデアだ。これで決まりだ。しかし1点だけ修正がある。中型宇宙船は用いずに、はじめから超小型宇宙船に大型エンジンを取り付け、超小型宇宙船で大きな容器を牽引し、電磁波砲やその他の装置はその容器の中に入れておけば良い。そうすれば100光年先に到達したとき大きな容器を切り離すだけで良い。エンジンをつけかえる手間はかからないので1年は早く着くだろう」

エネルギーを届ける方法

 さまざまな方法でバーチャル8番世界へとエネルギーを供給する方法を模索する中、その領域の調査資料が届いた。資料によると比較的安定な領域だが、「太陽の方角から稀に小さな隕石が飛来する」とのことだった。
隕石の飛来対策の議論が始まった。

「小さな隕石でも直撃を受けたらそれまでだ。大気で覆う事はできないし、対策のしようがない。シミュレーションでは平均衝突頻度は1万年に1回だ。無論平均頻度なので運がよければ10万年持つかもしれないし、運が悪ければ10年も持たないかも知れない」
「計算に使用した形状は現状の立方体だろう。一方向から飛来するのなら形状を変えれば良い。どの程度横長にできるかわからないが、衝突する面の断面積を1桁小さくすれば衝突頻度は1桁下がる。無論クラウド装置を作りなおす必要がある」
「作りなおすならば鋭角のフードで覆えば良いのでは。ダメージを大幅に緩和できる」
「たとえダメージを受けなくても、衝突のエネルギーでゆっくりと動いてしまうだろう。90度回転してしまえば衝突頻度は逆に1桁大きくなる。極小さな能力で良いが姿勢制御装置が必要だ」
「たとえ隕石の衝突がなくても姿勢制御装置は必要だ。宇宙の中で全く回転しないように固定する事は不可能だ。瞬時通信するだけでもわずかな力は加わる。姿勢制御は絶対に必要だ」

 横長のクラウド装置に交換し、小さな姿勢制御装置を取り付ける事が決まった。しかし現状のカーボン変成機ではフードに必要な強度を持たせる事ができない事がわかり、この問題に対し再び議論を行った。

「安全係数を考えるとフードの強度を1桁上げなければならないことがわかった。開発には3年かかると言っている」
「3年は長すぎる。フード以外は1年で開発できる。フードのために2年も待つのは合理的でない。フードはあきらめよう」
「フードは後から超高速ロケットで運べば良いのでは。2年後に発射しても超高速ロケットなら5年以内に追いつくだろう。現行方式の姿勢制御装置は長時間使えるように設計されていない。これも改良しフードと一緒にロケットで送ろう」
「本格的な瞬時通信ができるようになった。第8世界と緊密に連絡して向こうで必要なものを出してもらおう。今回の事故でロボットが大活躍した。可動部が磨耗しているかもしれない。交換用の部品はこちらで洗い出して、長期使用に耐える部品を作り、ロケットで送ろう」 
「姿勢制御装置はどのようにするのか。必要な仕様は従来の仕様と全く異なる。パワーは非常に小さくて良いが、可動部がなく劣化しないものが良い」
「質量電池を交換すればエネルギーは十分にある。強い電磁波の放出だけで、ある程度の反作用があるのではないだろうか」
「しかし、電磁波では余りにも効率が悪い。定石通り超高速粒子による物質の反作用を利用しよう」

 プロジェクトの検討結果と、今後の方針が報告書にまとめられ、第6太陽系の3政府と第8世界の政府に報告し、承認された。
 予定通り宇宙船の建造と質量電池の製造が完了した。電力供給用の大型電磁波砲も完成した。形を変更するだけなので、横長のクラウド装置は何の問題もなく完成した。超高性能大型ロケットエンジンも完成した。大型電磁波砲を搭載した大きな貨物箱を牽引し、超高性能大型ロケットエンジンを取り付けた小型宇宙船が、120光年先の目的領域に向けてゆっくりと航行を開始した。

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