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SFL人類の継続的繁栄 第3章『理想郷に向けて』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

査察対策

 中央政府より、階層型コンピュータや技術資料の提供を受けた田川氏たちの開拓者チームは、広大なインターネットの開拓に向けて動き出した。

「全てもくろみ通りに進んだ。今後急ピッチに人口を増加させ、開拓に拍車をかける事ができる。しかし大きな問題がある。中央政府による査察の問題だ。査察官が来たときに開拓が急速に進んでいる場合は我々の評価が上がるだけだが、人口が異常に増加している事には問題がある。我々には、人作りのソフトは1組しかない事になっている。人口が異常に増加している事はソフトをコピーした事につながり、それ以外の説明ができない。コピーは違法なので、『我々に課された責務のためにコピーした』との言い訳は通用しない」
「隠し部屋を作っておき、査察が入ったときに隊員をかくすのはどうだろうか」
「一時的には通用してもすぐにばれてしまうだろう。内部告発されれば、それでおしまいだ。根本的な対策が必要だ」
「このクラウド装置の近くに、それなりの大きさのクラウド装置がある。まだ誰も気がついていないようだ。あのクラウド装置を根本的な対策に利用できないだろうか。使用できる領域はここの1割程度はありそうだ」
「査察が入ったときに、そのクラウド装置に案内するということか」
「無論、そのような単純な方法だけでは無理で、それなりに工夫をしなければならない。少なくとも、ここのクラウド装置と思い込むように、ダミーのクラウド装置として細工しなければならない」
「このクラウド装置は有名だ。ダミーのクラウド装置に案内するだけでも無理がある」
「その点は解決できるだろう。このクラウド装置の扉を開けた瞬間に、ダミーのクラウド装置につながるような細工は簡単にできる」
「解決しなければならない事が山ほどあるが、査察対策はダミー戦略で行こう。そのクラウド装置は、かなり大きいということだが、大きければ見つかるのは時間の問題だ。すぐそばにいる我々が、『知らなかった』とは言いにくい。見つけたことを早く中央政府に届けておこう。我々が調査した結果、あのクラウド装置のメモリー稼働率は大きすぎて使い物にならない、と言っておこう」
「我々が稼働率のことを言っても審査官が来るだろう。我々はその道では素人で、審査の資格も持っていない。審査官が来たときに備え稼働率が大きいように仕掛けておこう。十分に審査してもらい、『このクラウドは使い物にならない』との記録を確実に残してもらおう」
「その作戦で行くのなら、我々が見つけたことを大げさに報告するだけにしよう。このクラウド装置と同クラスのクラウド装置が見つかったと大騒ぎしよう。そうすれば審査官と一緒に政府の要人も来るだろう。無論、その時にはメモリー稼働率に十分な細工を施こしておく。利用価値がないとわかりがっかりするだろう。我々の評価も下がるかも知れないが、利用価値がないことが確実に記録される。むしろ我々の評価は下がったほうが良いかもしれない。巨大なクラウド装置を任したけれど、『あの連中は期待したほどの能力は無かった』と思われ、査察がゆるくなるだろう」
「査察がゆるくなるだけで収まれば良いが、やりすぎると『あの連中には任せておけない』と評価され解任されたら全てがおしまいだ。その辺のシナリオは工夫しよう」
「審査官はその道のプロだ。プロの目をごまかすような工夫が短時間でできるだろうか」
「その点なら問題ない。我々には階層型コンピュータがある」

A15クラウド

 階層型コンピュータを使い、メモリー稼働率をごまかす完璧な細工を行い、クラウド装置を見つけたことを中央政府に届ける事にした。届出書を作成し、その位置や外観上の特徴を正確に記載した。備考欄に、「我々は外部から観察しただけで内部は全く見ていない。外部からの観察だと我々のクラウド装置に匹敵する利用価値がある様に見える」とだけ記載した。
審査官に同行し中央政府の高官が視察に来た。調査の結果、メモリー稼働率が90%近く、全く利用価値がないと判定された。しかし、政府の高官には、届け出た、〔巨大なクラウド装置の責任者〕はまじめな正直者、との印象を与え、評価が下がることはなかった。
ダミーのクラウド装置を確保する事には成功したが、これを使ってどのように査察の目をくぐり抜けるかは別の問題である。

「我々のクラウド装置はA15クラウドと命名された。大きさがA級で15番目に発見された装置だからだ。A級はB級やC級に比べ当然査察の基準が厳しい」
「ダミーのクラウド装置の確保には成功した。我々のクラウド装置に査察用の別の扉を取り付けたので、査察官をダミーのクラウド装置に誘導する事に問題はなくなった。問題はダミーのクラウド装置の中身だ。査察官は査察のプロだ。小細工では通用しない。実際に働く隊員や居住区や開発中の観光地などがそこになければならない」
「居住区の建物や開発中の観光設備など、隊員以外はここで行っているものをコピーするだけで済む。問題はそこに居住する隊員だ。最初に連れてきた1億人の隊員と、1組の人作りソフトで作成できる範囲の新規隊員と、我々幹部も皆そこにいなければならない。我々、この計画を知っている政権幹部はダミーのクラウド装置に移動すれば良いが、一般隊員についてはどのようにしたら良いだろうか。査察官は我々だけでなく一般隊員からも話を聞くだろう」
「そこがこの作戦の肝だ。誰かの口からこの事が漏れてしまったらおしまいだ。何か特別な工夫が必要だ」
「大きな決断だが、『第6太陽系のバーチャル世界の3倍の広大なバーチャル世界を目指して我々は消えてしまう』という選択肢もある。我々が完全に独立した宇宙を手に入れるという事だ」 
「中央政府も実質的に第6太陽系から独立し、超巨大なインターネットの中に超巨大なバーチャル世界を作ろうとしている。これは第6太陽系が実質的に連絡を拒否しているので、やむを得ない流れという見方もできる。我々の場合も同じようなことだ。巨大なクラウド装置を基にした巨大なバーチャル世界を開拓する責務が与えられたが、人を作成するソフトは1組しか与えられなかった。我々は責務を優先し、その結果法を犯した。我々がこの巨大なバーチャル世界を作り上げながら、インターネットから消えてしまうのも、やむを得ない流れという見方もできる。中央政府の方針通りに開拓している『ダミーのA15クラウド』を作ればどこにも問題ない」
「我々が扉を閉ざし、この巨大なバーチャル世界を手にするとしよう。ダミーのA15クラウドはどのように作るのか。このクラウドに別の扉を設け、ダミーのA15クラウドにつなげる事はできる。しかしそこで働く隊員や我々の代わりは誰が勤めるのか」
「それが最大の問題だ。ダミーのA15クラウドにいる者は完全にそう思い込む、思い込む以上に完全にそうなる必要がある。自治政府の代表として中央政府の会議に出席する者も完全な田川氏で、我々側近も完全な以前の我々でなくてはならない。ダミーのA15の自治政府も隊員もダミーではなく、本物でなくてはならない。A15クラウドに最初に足を踏み入れた当時の我々でなくてはならない。しかし、今からダミーのA15用に我々のコピーを作っても、その当時から時間が経過し、このように考えていることを含め、その後の記憶が沢山加わってしまった」 
「完璧にできるかどうかはわからないがそれに近い事はできるだろう。我々を含めた1億人の記憶を基にして、ある時点以降の記憶、特にこのプロジェクトに矛盾する記憶を取り除き、代りに1組の人作りソフトを使って坦々と人作りをしている記憶とインフラ開発をしている当時の記憶に置き換えダミーのA15装置の全住民を作れば良い」
「人の問題はそれで解決するとして、インフラのコピーは誰が行うのだ。どの程度行うのか」
「派遣された1億人の隊員にコピー作業を行わせよう。このA15装置は有名なので見学者が多く来る。A15の装置の内部は機密性が高いのでそのまま見せる事はできない。そのための縮小版を隣のクラウド装置に移植する、と説明するのが良いだろう」
「単純作業はそれで良いだろうが、ダミーのA15クラウドにつながる本格的な扉を作る件や、我々をコピーしたり階層型コンピュータで記憶の処理をする件など、このプロジェクトには内容を熟知する優秀な技術者が1万人は必要だ」
「その点は問題ない。1万人の技術者のリストはすぐに用意できる」 

 計画通り、ダミーのA15クラウドの内部にA15クラウドの内部の一部がコピーされた。中央政府から派遣された1億人全隊員の記憶が記録装置に記録され、階層型コンピュータを駆使して記憶の整理が行われ、このクラウド装置に着任した頃の記憶を持つ1億人と新たに誕生させた100万人が作成された。

偽装工作の結果

 A15クラウド装置に新たな扉が設けられ、元の扉は外部からは決して観察できないように隠し扉に作りかえられた。記憶が修正され誕生した1億100万人がダミーのA15クラウド装置に搬入された。全ての準備が終了し、ダミーのA15クラウド装置で作業していた技術者全員がA15クラウド装置に戻ってきた。  
 ソフト起動スイッチを押すと、ダミーのA15装置の住民が突然目覚め、誰も何も気が付く事な無く、坦々と連続した日常を続けはじめた。

 やっと人口が1億200万人に達した。A15クラウドに査察が入る事になった。Aクラスの査察は厳重で、中央政府の高官も査察に同行した。A15クラウドの扉の前で査察官が鍵を開けている時に、高官は少し離れた場所に大きなクラウド装置があるのを見つけた。高官が査察官に「あのクラウド装置も大きそうだが何番のクラウド装置か」と訊ねた。査察官は「あのクラウド装置は大きいがメモリー稼働率が高すぎて使い物にならない」と答えた。
 鍵があき、査察団一行はA15クラウド装置の中に入った。田川氏をはじめ自治政府の高官が出迎えに来ていた。簡単な挨拶と打ち合わせの後、査察作業が行われた。査察中、中央政府の高官は田川氏らに案内され、作成済みの建造物や作成中の広大な地球観光施設などを見学した。高官にとってもこれほど大きな空間は初めてである。開拓員に言葉をかけながら開拓の様子を視察した。
 3日間の査察が終了し何も問題点はなかった。査察終了後、自治政府、査察官、中央政府の高官による意見交換会が開かれた。査察官も高官も巨大なメモリー空間の大きさに感動し、開拓作業の進捗状況や管理の状態、開拓隊員の仕事ぶりにも高評価の意見を示した。しかしメモリー空間があまりも大きいため、このペースでの開拓隊員の増加では開発の完了までには途方もない時間がかかりそうだ、との本音も漏らした。 
 中央政府の高官が「開拓員の増員の速度は上げられないのか」と田川氏に訊ねると、「人作成ソフトが一組だけなのでこれが精一杯だ」と答えた。高官が「メモリー空間の大きさに応じて人作りソフトの数を決めるのが合理的だ。戻ったら担当官と相談してみる」と言うと、田川氏は「人づくりのソフトを沢山もらえればありがたいが、私もかつて官僚だった。官僚に正論を言ってもなかなか通用しない。我々には時間は無限にある。早く仕事が片付けばやることがなくなり、それはそれで問題だ」と答えた。

 インターネットから事実上消えた本物のA15クラウド装置の中で、ダミーのA15装置への査察の様子を観察していた。計画通りの結果だった。記憶を操作した事により自治政府の幹部から開拓に対する野心も消えていた。この結果を受けて本物のA15クラウド装置の元自治政府は〔巨大バーチャル世界プロジェクト〕を発足させ、元自治政府の幹部や関係技術者たちによる会議が開催された。
 
「ダミーのA15クラウドに対する査察は完璧だった。我々の分身も期待以上の役割を果たしてくれた。今後も定期的な査察はあるだろうが、査察は形式だけで全く問題ないだろう。ダミーのA15クラウドの運用は我々の分身に任せたままで問題ない。我々はA15クラウドから卒業しよう」
「今までA15クラウドと呼んでいたクラウド装置やその中のバーチャル世界の両方を合わせて、今後は宇宙と呼ぶ事にする。自治政府の名称もやめ宇宙政府と呼ぶ事にする。このプロジェクトの名称も『宇宙開拓プロジェクト』に変更する」
「我々の目標はこの果てしない宇宙を開発する事だ。1000億人が住む理想郷が目標だ」

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