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SFL人類の継続的繁栄 第4章『もう一つの宇宙』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

自由確保の戦略

 A15クラウドという広大な空間を自由に開拓する環境を手に入れた開拓者たちは、その広大な空間を『宇宙』と呼称し、自らも宇宙政府と名乗った。そして、彼らの最初のプロジェクト、『宇宙開拓プロジェクト』が発足、関係者による議論が始まった。

「現在のメモリー確保率は15%となっている。過去の履歴を詳しく調べたがメモリーの稼働率はほとんど20%以内で、極稀に50%に達することもある。メモリー確保率を40%に引き上げれば2倍半以上大きくなり宇宙は更に広がることになる」
「確保率を自動化するのはどうだろうか。通常時の確保率は現在の5倍の75%に引き上げ、稼働率が増加してきたら増加の程度に応じて自動的に確保率を引き下げる。このようにすればこの装置の使用者に全く気付かれる事はない。逆に最小確保率は10%にしよう。10%だけならメモリー不足は別の問題だと思うだろう。重要な施設は全て10%の中、すなわちこの近くに構築し、重要度が低いものほど遠いところに構築すれば良い」
「しかしその方法だと重要なものだけは守れるが、我々が懸命になって作った成果が消えてしまう」
「その問題はかなりの程度解決が可能だ。遠くに作成するものは大きくて単純なものにすれば良い。多少複雑なものはすぐに再作成できるように計算式を作っておけば良い。逆に地球観光用に作った規則性を持たない複雑な形をした貴重な奇岩などは、近くの領域にすぐに移せるように準備しておけば良い」 
「領域の拡大については色々なソフト上の工夫をすれば良い事はわかった。ソフトの工夫については、我々はプロ中のプロだ。どのようにでもできるだろう。問題なのはハードウエアだ。現在のメモリーは超水素メモリーなのでほとんど壊れることはないが、物なので絶対に壊れないという保証はない。それ以上に大きな問題がある。新たに小さな素粒子が見つかると今より大幅に密度の高い記憶装置が製造される。古い装置は新しい装置に置き換えられ、この装置も廃棄される恐れがある。今も新しい装置が続々と生産され、インターネットの中の装置は次々と新しい装置に交換されている。新しい装置を見つけ確保しておかなければならない。廃棄される前に新しい装置に移行しなければならない。新しい装置を探して、早めに移行する事が必要だ」
「新しい装置の発見には中央政府も力を入れているだろう。全部を我々が手に入れる必要はないが、いくつかは我々のほうが先に探し、巧みな方法で領域を確保する必要がある。中央政府が調べた時には、メモリー稼働率が高すぎて使い物にならない、と思い込ませる必要がある」
「我々の方針は扉を閉じてこの宇宙に閉じこみ、外の世界からは消えてなくなる予定だった。閉じこもってしまったら新しい装置を見つける事はできない。どのような方法で行うのだ。インターネットの中に出て、新しい装置を探すと中央政府に気付かれてしまうだろう。今でも中央政府のほうが圧倒的に人口は多く国力が高い」
「中央政府より国力が低い、という事には異論がある。現状では確かに我々の国力は中央政府に比べたら比較にならない。しかし中央政府の方針は合理的でなく、巨大なクラウド装置を見つけても、メモリーの大きさに応じた人作成ソフトが支給されない。中央政府は官僚制度が行きすぎて、巨大なクラウド装置を見つけても宝の持ち腐れだ。我々には不合理な官僚制度はない。人作成ソフトを量産し大量の隊員を誕生させれば国力を逆転させることが可能である」
「至急国力を逆転させよう。しかし中央政府が今のままなら問題ないが馬鹿ばっかりとは限らない。人作成の問題に気がついて人作りのルールを改正されたら我々の負けになる。この広大な宇宙の中で国力を強化するのと同時に、中央政府が今の方針を変えないようにする工作も必要だ」
「その考えには大賛成だ。どのようにすれば方針転換が防げるか考えよう」
「誰がどのように行うかは別として、『現場の圧力に官僚が屈し、クラウド装置の大きさに応じて人作成ソフトの支給数を多くするように改定したら大きな問題が生じた』とするストーリーが最上だ」
「しかし我々が仕掛ける一部のクラウドだけに適用されれば良いが、多くのクラウドにも適用されたら大半は成功するだろう。そうなれば最悪だ。人作りソフトについての直接的な方法でなく、別の方法で官僚が益々力をつけるようにすれば良いのでは」
「メモリー確保率の問題ではどうだろう。現在メモリー確保率の上限は15%に規制されている。どこかのクラウドで何かの圧力に官僚が屈し、特例として30%としたが、何かの弾みで急にメモリー稼働率が増え、不審に思ったリアル世界のクラウド管理者に調査され、結果としてそのクラウド装置が廃棄され、その中のバーチャル世界が消えてしまった、というストーリーではどうだろうか。バーチャル世界の住人が死んでしまう荒っぽいストーリーだが、官僚の意見を聞かなかった結果、多くの人が死んでしまった、という事になれば官僚の力が益々強くなり、人作りソフトの件だけでなく色々な面で国力が弱まるだろう」
「多くの人が犠牲になるのは問題だが、そのようなストーリーが良いだろう。大まかなストーリーはこれにして具体的な方法を考えよう。できるだけ人が死なずに十分な効果があるようなストーリーにしよう。このストーリーを実現させるための専門家チームによる別プロジェクトを発足させよう」

こうして〔官僚主義強化プロジェクト〕を発足させ専門家集団による議論が始まった。

官僚主義強化プロジェクト

「条件に合うクラウド装置を見つける事が必要だ。クラウド装置に関する資料の管理は中央政府の中でも最も官僚支配が徹底している。その中から資料を探さなくてはならない」
「官僚は都合の良い抜け道を作るのは得意だが、作ったシステムに抜け穴も多い。抜け穴を探して資料を見つけ条件にあうクラウド装置を探そう」

 抜け穴を調べ、クラウド装置の資料の入手に成功した。コンピュータの分析によりターゲットを1つに絞り議論を再開した。

「クラウド装置は中央政府の所有が原則だが、このクラウド装置はある者が買い取ってしまった。バックには政界の大物がいるようだ。このクラウド装置の中のほとんどはソフト制作会社で、政府機関のソフトの作成を行っている。工場の稼働率は非常に高く工場を増設しようとしているようだ。オーナーはクラウド装置の権利を買ってしまったので、他の広いクラウド装置に移らずにメモリー確保率の引き上げで対応したいようだ」
「審査部門を調査してみたところ、オーナーに頼まれメモリー稼働率の調査をしているようだ。過去の履歴では稼働率は最大で30%のようだ」
「過去の最大稼働率が30%なので十分に余裕がある。そのデータと政治家のコネを使って特例で40%に引き上げを図ろうとしているということか」
「引き上げが図られた場合、我々の目的はどのようにすれば達成できるのだ」
「同じ回線に接続されているクラウド装置の中に、メモリー稼働率が常時62%のものがある。我々の技術でこれを一時的にそのクラウド装置に接続する事ができる。メモリー確保率を40に引き上げたとたんに稼働率が62%のクラウド装置を接続する。そうすれば稼働率が100%を超え、装置がダウンする。我々が行うのはその接続を行い、ダウンした後に接続を元に戻すだけだ」

 作戦は決まった。先ずはそのクラウド装置をめぐる動向を注視する必要がある。しかし事態はなかなか動かなかった。事態を動かすために中央政府の関係各所に各種の偽造文書を送付し、規制緩和の方向へ誘導した。
メモリー確保率についての特区制度が設けられ、ターゲットのクラウド装置に対し、メモリー確保率を40%にする事が決まり実行された。しばらくして急に稼働率が上がり、メモリー容量を超えダウンしてしまった。ダウンしたのはインターネットの記憶装置としての部分で、40%のメモリーを確保したバーチャル世界には何の影響もなかった。しかし、リアル世界の担当者により、この記憶装置がインターネットから撤去され、新しい記憶装置に交換されてしまった。
 この大事件の報せを受け、中央政府は衝撃の中、緊急会議を開催した。ソフト工場を中心とした10万人が居住するバーチャル世界が消失し、10万人の命が奪われてしまった。メモリー確保率の引き上げが事故を引き起こしたのは明らかである。メモリー確保率の引き上げや特区の創設に関わった関係者は処分され、規制緩和の動きはなくなり、官僚主導の社会が定着した。

宇宙の発展に向けて

 この作戦に大勝利した宇宙政府では、政府の要人とプロジェクトの関係者が集まり、この作戦についての分析会議を行った。

「作戦は見事に勝利し、官僚主義が定着した。しかし我々の勝利のかげに10万人もの尊い人命が犠牲になった」
「あの装置が撤去されるのを予測して、予め別のクラウド装置につなげでおいた。撤去される直前に10万人をそのクラウド装置に移動させた。10万人は全員無事だ。中央政府にはこの事がわからないように細工してある。中央政府だけでなく中央政府の傘下のバーチャル世界でも、誰でもが10万人は死亡したと思っている。そのあと我々の情報操作により、死亡したのは10万人ではなく100万人となっている。今ではそれに尾ひれがついて1億人が死亡した大事故となっている」
「それなら勝利でなく、大大勝利だ。人命の犠牲はなかったし官僚主義支配がますます強くなる。その間に我々宇宙政府は人口を増やし、強国を作ろう」
「我々の人口は30億人に達した。100億人になるのにそれほど時間はかからないだろう」
「このクラウド装置の交換に備えて、新しいクラウド装置を中央政府より先に見つける作戦はどのようになっている。インターネットの記憶装置情報を調べる事はできないか」
「インターネットの一元管理は行われていない。また雲のようにどこにどのような記憶装置が新たに現れるのか全くわからない」
「我々が今回の作戦に成功したのは中央政府のクラウド情報にアクセスできたのが最大の勝因だ。インターネットに住む多くの人からクラウド情報が提供され、有力な情報に対しては調査官や審査官がそのクラウドの状態を丹念に調査している。その情報はきちんと整理され中央政府に保管されている。我々はその情報を丸ごとコピーする事ができる。中央政府の官僚は新しいクラウド装置の情報は整理して登録しているが、登録された情報を活用していない。今回入手した大量のクラウド情報から階層型コンピュータを駆使して今後新たな装置と交換されそうなクラウド装置のめぼしをつければ良いのではないか。クラウド装置を探す事は中央政府にやらせて、我々は交換されそうなクラウド装置だけに集中して監視し、交換されたらすぐに確保すれば良い」

 宇宙政府は、新たな隊員の作成に集中し、人口は200億人に達し、予備用のクラウド装置も2つ確保した。予備用のクラウド装置確保はあくまで緊急事態に備えたものであり、当面このクラウド装置の有効活用を行う事にし、確保率の自動化を行う事にした。
予定通り常時は75%に引き上げ、最小確保率を10%に設定した。階層型コンピュータを駆使し、どこにどのようなものを配置したら良いか決め、有事の際に最低確保率の範囲内に貴重物を移動させるシステムなどを構築した。これにより常時の宇宙空間は一挙に3倍に拡大した。緊急撤収の可能性の高い50%より先の領域には単純だが大量のメモリーを必要とする、海や山や空や広大な砂漠の風景など地球観光の背景の作成に使う事にした。
 
人口は急激に増加し、当面の目標の1000億人に達し、インフラの整備、科学の振興、観光産業やその他の娯楽産業の育成にも力を入れるようになった。
 予備用のクラウド装置も5個確保され、その内の1つを第2宇宙化する計画も浮上した。

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