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SFL人類の継続的繁栄 第7章『インターネットのパトロール』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

インターネット生物との共存

第4太陽系では、重要施設の破壊とその原因となるバーチャル生物との対立という、思ってもみない事態を、また別のバーチャル生物に仲介してもらうことで乗り切った安堵感に包まれていた。しかしながら、インターネット上に別の生物がいて、これと共存していくという事態に、これまでと考え方を変えていかねばならないことも確かだった。

「やっと大問題が解決し、バーチャル世界にいる宇宙政府と自称する頼もしい仲間もできた。バーチャル世界は、我々が管理している大量の記憶装置のうちの大き目の記憶装置を基にした世界だが、メモリー量が巨大なため1000億人が居住している広大な世界のようだ。我々の祖先が住んでいた地球の自然も再現し、観光産業の目玉になっているようだ。領域の9割はまだ手付かずで1000億人でもまだまだ仕事は尽きないようだ」
「それに比べ宇宙政府の指揮下にある自治政府の人口は100億人で、開拓するメモリー領域にあまり余裕がなく、活気もあまりないようだ。あまりやることがないと不満がたまる。宇宙政府の指揮下にあるので我々には口出しができないが、彼らにも生きがいのある仕事を与えられないだろうか」
「彼らが最も得意とするところはクラウド装置の中ではなく、インターネットの中で働くことだろう。彼らにインターネットのパトロールをさせる事はできないだろうか。バーチャル生物は人間だけとは限らない。インターネットに他のバーチャル生物が住みつく事は大いに考えられる」
「インターネットのパトロールには問題ないが、パトロールだけではわからない事も沢山ある。記憶装置や重要な装置の中まで見ないと、あまりパトロールの意味がない」
「重要な装置の中は機密がたくさんある。彼らに機密を握られては逆効果だ。宇宙政府と違い、彼らは信用できない」
「装置の中までパトロールさせるが、機密を握られない良い方法はないだろうか。パトロール中の様子をカメラで監視するのはどうだろうか」
「彼らはバーチャルだ。監視カメラでバーチャルは監視できない。バーチャルの世界を監視できるのは監視用のソフトだけだ。しかし監視用のソフトを悪用されると機密の流失につながる恐れがある」
「記憶装置の調査が終了し、何も問題がなかった場合は彼らの記憶から機密の記憶を消去すれば良いのでは」
「生命の本質は記憶である。いくらなんでも記憶を消去するのは大問題だ」
「必ずしもそうとはいえない。生活上の一般記憶の消去には人道上の問題があるが、仕事でつかんだ機密の消去なら問題ない。仕事上で知ってしまった、知りたくもない機密をいつまでも抱えているほうがストレスが溜まる。仕事が終われば仕事の事は忘れたほうが良い。無論仕事で得た仕事のやり方の記憶まで消してしまえば、いつまで経っても新人のままで成長しない。しかし知りたくない、知る必要もないない記憶は消去したほうが良い。地球上で暮らしていた我々の祖先も、仕事が終われば仕事を忘れるために酒を飲んだりしていたようだ。しかしここには酒などない」  
「結局彼らに機密装置の中の隅々まで点検してもらい、仕事が終われば不要な記憶を消せば良いということか。とにかく宇宙政府にこの案を提案してみよう。宇宙政府もこの案に賛成してくれるだろう。宇宙政府から命令してもらわないとならない」

 第4太陽系政府が宇宙政府に、宇宙政府の指揮下にある自治政府に担当させる仕事の1つとして、インターネットパトロールについて提案した。両政府の専門家に検討させることで合意し、両政府共同の庁舎に合同検討委員会が設置された。

パトロール方法の検討

「自治政府に担当させる仕事として、第4太陽系政府により、『インターネットのパトロール業務』が提案された。我々は合同でこの提案について検討し、問題がないか精査する事になった。インターネットのパトロールはこのリアル世界やバーチャル世界を守る上で非常に重要な仕事である。同時にインターネットの中には重要な機密が全て入っている。インターネットやそれにつながっている重要な装置の隅々まで、他の生物、バーチャル生物やリアル生物が巣を作っていないか調べる必要がある。隅々まで調べる事はパトロール員が最重要機密に触れる事になる。重要機密は当然外部に漏洩してはならないので、パトロールの後パトロール員から機密情報の記憶を消去しなければならない。人道上の問題も含め具体的な消去方法や抜け道がないかを検討するのがこの委員会の目的だ。最重要機密の漏洩は我々の世界の命運を左右する。我々に課せられたミッションは非常に大きい。あらゆる面から議論して欲しい」
「記憶の消去うんぬんの前に、重要機密を知ったパトロール員が逃げてしまい、どこかの悪党集団に機密を売ってしまったらどうするのだ。どの世界にも悪党はいる。初めから悪党集団とパトロール員がつるんでいる可能性もある。この場合は最初から機密を盗み出すのが目的なので色々と作戦を立ててくるだろう」
「そのようなパトロール員を排除する事はできないのか」
「審査を厳しくすればある程度は排除できるだろうが、本格的な悪党集団は審査の目をくぐってくるだろう。そのようなパトロール員がいることを前提として考えねばならない」
「悪党集団の中には知能の高い悪党が指揮する集団や、政府とつながりのある集団もあるだろう」
「悪党集団にいくら知恵者がいてもパトロール員が知恵者でなければ対策ができるだろう。馬鹿は知恵者を演じる事はできないが、その逆はできる。パトロール員全員を、悪党集団から送り込まれた知恵者と考えたほうが良い」
「我々が作る機密漏えい防止のための方法を考えてみよう。悪党集団も我々がどのような方法を採るか考えて、その上で作戦をたてるだろう」
「攪乱作戦も考えておかないとならないのでは? 通信網を切断するなどで攪乱し、混乱に乗じる方法もある」
「攪乱作戦についてはインターネットの管理者に任せよう。ハードウエアのトラブルまで考えていたらきりがない。先ずはパトロール員が行う一般的な仕事手順を書き出そう」

  1. 自宅のあるクラウド措置から担当エリアの支社に出勤する。
  2. 担当範囲にある装置の鍵を渡される。
  3. パトロールを行い、全ての装置の内部を点検する。
  4. パトロール終了後、支社に戻り鍵を返し日誌を書く。
  5. 担当者が記憶除去装置によりパトロール員の記憶から機密情報を消去する。
  6. クラウド装置にある自宅にもどる。 

「日誌をつけるのは問題だ。日誌の管理者を管理しなくてはならないし、日誌から機密情報を消さなくてはならない」
「各装置の内部に2つのボタンを設けよう。1つは点検済のボタンで1つは緊急ボタンだ。異状があれば緊急ボタンを押す。押すと第4太陽系のインターネット管理室につながり、異常内容を報告すれば良い。たとえ機密事項に関する事でも連絡先が第4太陽系なら安心だ。これで日誌を書かせる必要はない」
「機密情報が消去される前に悪党仲間に連絡されたらおしまいだ。連絡できないようにする必要がある」
「連絡ツールを持たせないようにすれば良いのでは」
「パトロール中に緊急事態が起こったらどのように連絡するのだ。装置内で起こった問題なら緊急ボタンを押せばネット管理室につながるが、装置外では連絡する事ができない」 
「装置内ボタンの代わりに、ネット管理室だけに連絡できる連絡ツールをパトロール員に持たせておけば良いのでは?連絡ツールに点検済のボタンを設け、装置内でそのボタンを押す事によりその装置を点検した証拠にできないだろうか」
「それが良い。これなら装置の改造はしなくて済む」

記憶除去問題

「パトロール中の緊急事態はこれでOK。装置を点検した証拠もこれでOK。ネット管理室にだけにしか連絡できない事もこれでOK。あとはパトロール員の頭の中の記憶だけだ。支社にもどり機密情報を消すまでは頭の中に機密情報が残っている。これだけはどうにもならない」 
「良いアイデアがある。装置内の情報は装置内だけで終わらせれば良い。装置内に異常があれば、緊急ボタンを押しネット管理室に連絡できる。連絡が終了すればその装置内での仕事が終了する。その装置を出るために内側から鍵を開ける時に装置内での記憶全てを消去すれば良い」
「技術的には問題ない。1点だけ難しいのは他の情報と装置内の情報とをどのように区別するかだ。装置から外に出た時から一定時間前の情報を消すだけなら簡単だが、時間で決めてしまうと肝心な秘密情報が残ったりその装置に入る前の情報が消去される事もある。支社に戻って記憶情報除去装置を使う場合では記憶の情報を分析して機密情報だけ消去する事ができるが、記憶除去装置を装置一つ一つに設置する事はできない」 
「問題ない。装置に入るときには外側から鍵を開け中に入ったら鍵を閉める。装置を出るときには内側から鍵を開け外に出たら外側から鍵を閉める。外側から鍵を開けた時点から、点検が終了し内側から鍵を開ける時点までの記憶を一律に消去すれば良い」
「それはすばらしいアイデアだ。技術的に簡単だし完全に機密が守れる。パトロール員から見れば、装置に入るために鍵をあけた瞬間に内側から鍵を開けて外に出たことになる。異常があった場合はネット管理室に連絡できるが、装置を出たらパトロール員は何も覚えていない。完璧なやり方だ」
「まだ1点問題がある。悪党集団とパトロール員がグルの場合だ。悪党集団のメンバーが、ある装置、5番装置としよう。5番装置にもぐりこみ内部で工作活動をしていたとする。パトロール員は5番装置に悪党仲間が工作活動をしているのを知っているので、5番装置に入った後、点検済ボタンを押しただけで出てゆく。悪党仲間は5番装置の中でじっくりと工作活動ができる」
「その対策はパトロール員の担当範囲を毎日変えれば良い。パトロール員にはどの装置の中も記憶にないので、毎日持ち場が変わっても問題ないだろう。誰がどのエリアを担当するかは事前に決めておかず、当日乱数表を使って持ち場を決めれば良い」
「まだ問題がある。パトロール員自身に5番装置の中を操作させる場合はどうなるのだ。パトロール員は予め5番装置の中はどうなっているか知らされている。担当エリアが5番装置のあるエリアになった時に実行されてしまう。5番装置の中がどうなっているかわかっていて、どの部分をどのように操作するのも教えられている。5番装置に入ったら装置の中は教えられたようになっている。操作する場所も教えられた場所にある。教えられたとおりに操作した後、点検済ボタンをおして出てゆくだけで良い」
「この対策は単純にエリアを多くするだけで良い。瞬時通信でパトロール員はどこにでも行ける。3つの太陽系には大小10兆個以上に装置がネットに接続されているだろう。1日の点検数を100個とすれば1日で全て点検するためには1000億エリアになる。パトロール員も1000億人必要だ。自治政府の人口はたった100億人しかいない。自治政府の住民を総動員しても毎日点検するのは無理だ。10日に1度しか点検できない。このほうが大きな問題だ。点検の間隔が10日間ならその間に何でも行う事ができる」
「自治政府の住民を全員パトロールに当たらせれば、悪事を企てる時間もなくなる」
「まさか自治政府の役人にまでパトロールさせる事はできない。動員できるのは多くても全人口の半分の50億人だ。50億人なら20日に一度しか点検できない」
「パトロール員には脳内検査を義務付けるのはどうだろうか。あやしい者はパトロール員から排除すれば良い」
「脳内検査の強制実施には問題がある。自治政府は我々に負けたがそこまではプライドが許さないだろう」
「強制実施ではなく、検査の自覚の伴わない方法なら問題ないだろう。装置の鍵を外側から開け、外に出るために内側から鍵をかけるまでの記憶は消去される。これには全く反対はないだろう。このときに同時に脳内検査を行えば良い。無論脳内検査には特別のソフトが必要なので全部の装置に取り付ける事はできないだろうが、取り付けコストにもよるが1%ほどの装置に取り付ければ良い。また、あやしい者には重要な装置を担当させずに簡単な装置を数多く担当させれば良いだろう」
「記憶除去装置に比べれば検査だけなのでほとんど費用はかからない。1%の装置に取り付けるのは問題ないだろう。しかしあやしい者に担当させる装置はどのようにエリア分けすれば良いだろうか。重要でない装置ばかりあるエリアはほとんどない」
「エリアという概念を変えれば良い。インターネットにつながっている全装置が点検の対象だ。インターネットは瞬時通信でつながっているので遅延はない。第3太陽系の端にある装置と第5太陽系の反対側の端にある装置とを同じエリアとして扱うこともできる。何れにせよどの装置とどの装置を1つのエリアに入れるかを決めることが必要だ。装置の登録リストをコンピュータにかけてエリア分けすれば良い。査定システムとも連動しよう。あやしい者は簡単な装置を多く扱わせ給与も安くする。信頼できる者には重要な装置を扱わせ給与を高くする」
「今までの議論をまとめてみよう」

方法の決定

  1. パトロール員として自治政府から50億人を採用する。
  2. インターネットにつながっている装置のリストを作り、重要な順にABCの3ランクに分ける。
  3. 重要度の低いCランクの装置は300個ほど、Aランクの装置は30個ほどを1つの点検エリアにまとめ、全部で1000億の点検区画を作る。
  4. パトロール員の信頼度に応じ3つのランクのどれかを担当させる。
  5. パトロール員に第4太陽系のネット管理室にのみ連絡できる連絡ツールを持たせる。
  6. パトロール中に緊急事態が発生したらネット管理室に連絡する。
  7. 装置の点検中に異常が見つかればネット管理室に連絡する。
  8. 点検が終了したら点検済ボタンを押す。
  9. 装置から外に出るために内側から鍵を開けた瞬間に装置内での記憶が消去される。
  10. 装置の約1%に脳内検査ツールが設置され、装置を出るときに検査され、信用度がランク分けされ、信用度に応じて点検エリアと給与が決まる。
  11. どの点検区画を担当するかは出社当日に決める。
  12. 点検間隔は20日に1度程度。

「点検間隔が長すぎる。この間に何が起こるかわからない。別の対策が必要だ」
「無論、各装置には重要度に応じた異常検出ソフトがインストールされている。このソフトの強化で対応するしかない。異常検出ソフトが何らかの異常を検出したものだけ点検の対象にしたら良いのでは」
「それでは今までとあまり変わらない。今までは異常検出ソフトが反応すれば外部から詳しく検査したが、外部からの検査の替わりに内側に人が入る検査に替わるだけだ」
「外部から検査するのと内部に人が入って検査するのは全く違う」
「異常を検出したものを中心に、先程まとめたルールに則って検査するようにしよう。そうすれば点検間隔は大幅に短くできる」
「それが現状で出来るベストな方法だろう。しかしこの方法にも致命的な問題がある。異常検出ソフトの場合はいくら異常が少なくても、ソフトが業務に飽きてしまう事はないが、人間の場合はまったく別だ。いくら点検しても何の異常も見つからなければやがて点検に飽きてしまう。『どうせ何も異常が見つからない』と、ろくに点検せずに点検済ボタンを押してしまうだろう。これに対する対策は絶対に必要だ」
「それならわざと異常を発生させれば良い。簡単に見つかる異常や、なかなか見つからないが重大な事象につながる異常など色々と織り交ぜて作っておけば良い。異常を沢山見つけた者には査定を上げ、あまり見つからなかった者は査定を下げれば良い。そうすれば一生懸命点検するだろう」
「金のための点検だとわかれば、必要な時は懸命に点検するだろうが、必要のないときは手を抜くだろう。ゲームの要素や遊び心も加えたほうが良いということだ」
「それはそれで問題だ。飽きてしまうし、使命感がなくなりモチベーションが低下する」
「モチベーションの低下を防ぐ最も良い方法は、実際に点検ミスによる事故を起こさせることだ。安全対策を施した上で古くなり交換予定の重要装置を爆破させよう」
「それは一時的には大きな効果があるだろうが、万一それがやらせだとわかったら大問題だ。点検ミスにより事故を引き起こしたパトロール員の処遇についても問題だ」
「この問題は我々の知恵では解けない。何れにせよ正解はないだろう。階層型コンピュータで最良の方法を見つけてもらおう」 

 階層型コンピュータの最上層に、インターネットに起因する事故を最小限にする方法を計算するように入力し、中間層には各種のデータや議論の経過を入力した。階層型コンピュータの最も苦手とする問題である。
パトロール員にこの事を公開する事を条件として、事故の種を仕掛けた事による被害額を横軸に、インターネットに起因する全ての事故による総被害額を縦軸にしたグラフが表示された。仕掛けた被害額がゼロ、すなわち横軸がゼロの点から右に移動するにつれ総被害額は小さくなり、あるところを境に被害額が増加に転じていた。この計算結果に応じ、総被害額が最小になる点を目指して点検ミスによる事故を発生させる事にした。
 事故の総被害額を最小にする方法は見つかったが、あくまで事故のみの計算であり、この方法による効果と知的生物が記憶装置などに巣を作る事とは別問題、と指摘する技術者が多くいた。しかしこの点を議論した結果、仕掛けた事故の基を見つけ出す方法と、知的生物の巣を見つけ出す方法はほとんど同じである事がわかり、この方法で問題がないことがわかった。

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