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SFA 人類の継続的繁栄 第6章 『完全な社会と進化の終焉』1

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

第2暦500年ごろの地球社会

 人口50億人、平均身長1m、出生率2.01、GDPに対する社会保障費の比率は0.03%となった。介護施設はほとんど無くなり、病院も外傷を治療する外科とメンタルケアを行う精神科だけになった。情報技術や遺伝子医療技術といった、人類の継続的繁栄を脅かすと考えられているようになった技術分野は、大学の科目から完全に排除された。
 人々の生活は、21世紀初頭に比べ大幅に改善された。週休3日、1日の就業時間は約6時間、子育てには手間がからず、スマートフォンのようなデジタル情報端末の利用は大幅に制限され、現実世界における趣味やスポーツ、芸術や恋愛、セックスを堪能するようなある意味で人間らしいとされるようなオーガニックな社会となった。
 エネルギーのほとんどは原発で発電され、航空機も含め、運送手段のエネルギーも電気使用が当たり前となった。人体の縮小化に合わせて、自動車も飛行機も小型化され、空き地の多くには成長の早い改良木が植林された。この結果、世界の総使用エネルギーは21世紀初頭に比べると90%削減することに成功していた。
空気中の二酸化炭素は改良木により固定され、二酸化炭素の排出はマイナスに転じ、地球温暖化はピークを過ぎ、何とか乗り切れるようになってきた。ただし、これまでに温暖化が進んだことによって、この時点では21世紀初頭に比べると世界の平均気温は4度上昇していた。
 この4度の温度上昇はとても大きいものだった。気象は大きく変化し、自然災害は大幅に増加したが、この点でも身長の縮小は役に立った。身長に合わせて建物自体が小さくなった事により、暴風雨に対する建物の強度が増した事と、体が小さくなった分、暑さに強くなったためである。
 技術面では、エネルギー産業は高速増殖炉を中心とした原発だけになり、他の危険技術の研究は禁止されたが、危険技術につながらない技術、特に空気中から回収した炭素に関する研究は大いに奨励された。

炭素活用サイクルの成立

 炭素に対する研究は、主に次の三つの面から研究された。
 ひとつは、①「より効率よく空気中から二酸化炭素を回収する技術」である。これは成長の早い、炭素固定能力の高い改良木の開発に絞って研究された。遺伝子に関する研究は原則禁止されていたが、改良木に関する遺伝子組み換えの研究だけは容認されていた。
先ず成長の早い竹が着目され、竹の遺伝子を組み込んだ改良木が開発され、生産性の面から平地に植林された。この改良木は1年で高さ約6m、直径約20cmの太さに成長し1年後に伐採された。
この当時は、まだ木から効率よく炭素を取り出す技術は確立されておらず、多くの木は伐採後そのまま貯木されていた。
 次に、貯木された②「改良木から効率よく炭素を取り出す研究」である。これは、最後の③「取り出した炭素の活用方法に関する研究」とも関連をもってすすめられた。
改良木から効率よく炭素を取り出す技術が確立された場合、大量に貯木された改良木から大量の炭素が製造されるので、特に炭素を構造材として使用する研究が活発に行われた。21世紀初頭に本格的に使用され始めたカーボン繊維や当時研究段階にあったカーボンナノチューブの延長上の研究である。
 この研究の目的は、構造材として鉄や木材などの替わりに炭素を主原料とした、カーボン社会を実現する事にある。金属等の採掘も徐々に制限され、カーボンを中心にした完全リサイクル社会を目指していた。
 第1世代の人類が地球から掘り出した化石燃料により、空気中に排出された二酸化炭素を、改良木を介して回収し、大量の炭素を備蓄し、構造材料として広く使用する。炭素の回収、備蓄、使用の三点セットによって、炭素を中心とした社会を目指すというのが大枠のコンセプトとなっていた。

 第2暦1000年頃になると、炭素固定は次のように行われた。 
 改良木を更に改良したスーパー木が開発された。スーパー木の多くは作業がしやすい平地に植林された。スーパー木は良質な肥料を与えると、半年で高さ8m、太さ直径50cmにまで成長する。伐採したスーパー木から炭素が取り出されると、炭素を取り出した後の残留物は粉砕され、スーパー木の肥料として再加工後に使用される。
 つまりスーパー木植林システムは、太陽光をエネルギーとし、二酸化炭素を大気から吸収し、植林地から水とスーパー木由来の肥料を吸収し、二酸化炭素を炭素に固定する理想的な方法である。二酸化炭素以外の原料やエネルギーは、水と、太陽光と、炭素を取り出す際に必要な電力だけである。
やがてスーパー木の水耕栽培が実用化され、このサイクルは更に効率を増した。
 この炭素固定システムは、太陽光の強い中東で盛んに行われた。昔、中東で原油を大量に採掘し燃料として使用され、空気中の二酸化炭素濃度を増加させたが、この頃は逆に化石燃料により増加した二酸化炭素をスーパー木により回収し炭素に固定している。
 中東には、このシステムを行うための原発が多数建設され、中東は、炭素社会を実現するための巨大な炭素製造工場に変貌した。
 その後、核融合炉が実用化されると、太陽光の替わりに人工光が使用され、水耕栽培とあわせて、高緯度地域でも炭素製造の巨大工場ができ、大気中から二酸化炭素濃度は急激に減少していった。
 このシステムはスーパー木を介して、電力により大気中の二酸化炭素を回収しカーボンに固定するもので、第1世代の人類が化石燃料により電気などのエネルギーを取りだし、大気中の二酸化炭素濃度を高めた事に対する、真逆のシステムである。

命をつなぐダイヤのリング

 人間以外の動物は、死後は腐って自然界に戻る。世界の人口は50億人に固定され、平均寿命は100歳なので、毎年5千万人が死亡する。従来通りに墓を作り続けていけば、土葬では墓の場所がなくなり、火葬ならば二酸化炭素が放出され、地球温暖化防止の妨げとなることは以前から指摘されていた。
物については、構造物は炭素が中心になり、その他の物もほとんどが炭素由来のものとなり、ほぼ100%リサイクルが可能となった。しかしながら人間だけはこのリサイクルの輪から外れていたからである。
 一方で、これまで続けられていた人々の慣習、文化、宗教と密接に関わる事柄であり、「はい、そうですね」と変えてしまうわけにもいかなかった。たしかに、人間の死体の処理に有機物分解プレートを使用すれば、水と炭素と酸素とその他の微量物質に分解され、大量に発生する水や酸素は自然界に戻すことができる。炭素は各種素材の主原料として使用し、その他の微量物質もそれぞれの分子に仕分け、リサイクルの輪の中に入れる事ができる。しかし、これでは従来からの故人の死をいたむ行為、故人に思いを馳せる行為からかけ離れてしまうことでもあった。
 墓の土地の確保が難しくなった頃から、この対策が本格的に議論された。検討の結果、人間の死体も有機物分解プレート技術を使用したリサイクルの輪の中に入れ、その代わり、遺体から取り出された炭素の内の1グラムを使用し、当人や遺族の希望による球状やリング状のダイヤをつくり、そのダイヤの表面に当人や遺族の思いを描き、小さな墓に保管する方法が採られるようになった。
 ある時期から、その家代々の小さな墓には直径1mmの棒が備えられ、遺体から取り出した炭素を、中央に孔を開けた薄いダイヤの円板状リングに加工し、リングの片面に両親の名を刻み、もう一方の面に伴侶と子供の名前を刻み、その棒に差し込む事が一般的になった。つまり、そのダイヤのリングは親のリングと接し、子供が死ぬと子供のダイヤのリングが接する、命をつなぐダイヤのリングである。 
 

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