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SFA 人類の継続的繁栄 第10章 『200年後への旅』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

記憶移行計画の滑り出し

発掘された資料には、あまりにも詳細にAIロボット開発における技術的内容が記録されていたので、そのロボットを再現するのは容易に思われた。また新誕生システム運用開始当時から、人型ロボットは単純作業に使用され、この時代も多少改良された人間型ロボットが広く使われていた。脳に当たるコンピューター部分は他の電気製品と同様に21世紀初頭基準に戻されていた。ロボットが自我に目覚めた事件は西暦2080年の頃だったので、21世紀初頭基準に戻されているこの時代に広く使用されているロボットと自我に目覚めた当時のロボットとの間には60年ほどの開きがあるはずである。
プロジェクトのメンバーは、文献にある「自我に目覚めたロボット」に使用されているハードウエアと、現状のロボットのハードウエアを比較した。幸いなことにプロセッサーは小型化されているものの仕様は同じで、メモリーは微細化により容量が50倍になっているだけだった。
 21世紀初頭基準の技術と2080年のロボットに使用されたプロセッサーとメモリーの間に仕様上の違いは無く、大きさだけが大幅に違っていたのは幸いだった。21世中に微細加工技術は大幅に進歩したものの、プロセッサーやメモリーといった基幹部品は、大量生産による部品コストの大幅な削減に注力されてきた結果であった。性能の向上のためには、この規格化された安価なプロセッサーやメモリーを多量に使用するほうが実用的だと言う判断が働いたようだ。

またこの時代のロボットは、人間と同様かそれ以上に器用な手足を有し、体には炭素由来の材料が使用されているので軽量かつ堅牢だった。そのため特に胴体には50倍のメモリーとそれに伴う回路部品を収納するスペースが十分にあり、そのスペースに50倍のメモリーを格納することにした。このようにして、自我に目覚めたロボットとほぼ同様の仕様のロボットが製作された。
ハードの仕様が決まれば、いよいよソフトウエアのチューニング作業に入ることになる。チューニング手順などは文献に詳細に記載されていたので、それを基に行われた。この様にロボットへの記憶移行計画の滑り出しは順調に進行した。
このロボットは50台製造された。このプロジェクトのメンバーは60名あまりだったが、先ずはメンバーの中からこのロボットに記憶を移す希望者を募った。意外にも希望者は少なく20名だけだった。希望しなかったメンバーの1人にその理由を尋ねたところ、こんなふうに答えた。

「本当に自我を持てるのかどうかわからない。もし自我をもって人間と同様だったとしても、ロボットなら死ぬ事はないので永遠に生き続けてしまう。これはこれで嫌なことだ」

終焉3日前に目覚めた次世代の人間たち

次に、残り30台へ記憶を移植する希望者を募集する事になった。このプロジェクトの生みの親である上部機関の5名にこのプロジェクトが成功したことを報告、そしてその現状を説明すると、上部機関の5名の内、阿部氏、伊藤氏、上田氏の3名がロボットへの記憶移行を希望した。
残った27台のロボットについてどのようにするか、上部機関の5名とプロジェクトのメンバーで検討がなされた。極秘プロジェクトのため「他に希望者を募るのは危険」という意見があり、残りはすべて廃棄する事も検討されたが、結局次のようにする事となった。
27台のうち20台は、何かあったときの予備としてチューニングしないままシェルターに格納、7台は1人の同じ記憶を移す事にした。この7台とあわせて8名分の記憶を移す対象者について検討がなされた。
結果は、基が同じ人間が8名になると自分が正当な記憶継承者などとの争いが起こると困るので、あまり自己主張の強くなく、かつ合理的な考えをもつ江口氏が選ばれた。かつて「30歳双生児」のレポートで示唆されたことと同じような賢明な判断だった。
並行して秘密裏に建造していたシェルターは、この半年前に完成していた。また今後数百年シェルター内で暮らすことも考え、ロボット人間の修理に必要な材料や機材、当面の活動に必要な各種機材、それと最も重要なロボット人間の食料に当たる電源を供給するための質量電池等がシェルターに搬送された。
このシェルターの建造や機材等の搬入に関わった人には高額の給与が支払われることになった。また、詳細はもちろん知らされることはなかったが、人類最後の極秘な国際プロジェクトであり絶対に外部に漏らさないように硬く口止めされ、そのための誓約書まで用意された。

終焉の日の3日前。プロジェクト関係者の65名は全員シェルターに集まり最後の準備を行った。そして、いよいよ記憶移行作業が開始された。すでに23人の記憶はコンパクトな記憶媒体に記録されている。あとは、この記憶媒体を差し込みロボット人間の起動スイッチを入れるだけである。ロボットの声は当人の声に変換してあったが、体や顔まで当人に似せて作る余裕が無かったので、ロボット人間が目を覚ましたときに誰が誰だかわからなく混乱するのを防ぐために、ロボットの胸部には各人の顔と名前とがプリントされた。ロボットへの移行者の中には顔が皆同じな事に不満を言うものも現れたが、「どうせ時間はたっぷりある。あとは自分たちで顔を直すなり、改良すれば良いだけのことだろ」と他のメンバーの一言に納得させられることになった。

自分との別離と未来への旅路

26名人の第3世代の人類となる予定のロボット人間の起動スイッチが入れられた。同時にかすかな起動音が65名の人間たちの耳に聞こえてくると、26名のロボット人間のまぶたが順に開かれた。
「よう、俺。調子はどうだ」
 メンバーの皆が少し逡巡する中で、伊藤氏がロボットの自分に声をかける。
「そうだな、俺が目の前にいるのは不思議な気分だが……、まあ悪くないかな」
 ロボット人間の伊藤氏がそう応えると、静かな歓声にも似た声が周囲からあがった。
それから、他のメンバーも互いにロボット人間であるメンバーと挨拶を交わしていく。本人同士の挨拶ではロボット人間の声や話し方が自分とまるで同じなので、上田氏などは思わず涙を流していた。そして、互いに見つめ合うと2人は硬い握手を交わした。
「それでは頼みます」
「身体はロボットになったけど、立派にやっていきます」
移行は順調に完了したのは確かだったが、ちょっとした事件もあった。江口氏を引き継いだ8名のロボット人間が、揃って当惑した様子だったのである。それは仕方ないことでもあった。8名とも全く同じ声質で、自分で言おうとしていた事をお互いに話そうと思った瞬間話し出すからである。最初の一言はほとんどハモっていた。
ただ、それは予め予想されたことでもあったので、そんな様子を見ていた他のメンバーはそんな風にお互いが戸惑っている様子がおかしくて、クスクスと笑っていた。

65名の人間がシェルターから出た後、内側からシェルターが閉められた。そして、26名のロボット人間は専用の椅子に座ると、自らタイマーをセットして電源を再びOFFにするのだった。
人類が再起動するのは200年後のことである。

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