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SFB 人類の継続的繁栄 第3章 『文明の再生』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

無から有は生まれない

 探索及び発掘プロジェクトに横たわる、いわゆる兵站問題。その解決のためには、新たな資材と労働力が必要とされ、探索や発掘には現地でのエネルギー補給という課題もみえてきた。これらの問題は、リーダーを中心に綿密な検討が行われた。
 「質量電池は今ではあまり使われていないシェルターに設置されているものを使用すれば良いが、移動基地をつくるカーボン材料がない。カーボンが無ければ移動基地も移動式ドームも作る事はできない」
 「やはり時間がかかっても、地下通路を掘ったほうがいいんじゃないか」
 「50kmもあるんだ。工事の安全性にも問題があるし、その方法でもカーボンを節約できるかは怪しいところだ」
 議論はなかなかまとまらなかったが、生活部門のメンバーの思い切った提案によって流れが変わった。
 「あのシェルターは現在ほとんど使用していない。シェルターにまだ備蓄してあるものは全てここスタークフォンテンに移し、シェルターを閉鎖すればシェルターとこことの道路は必要なく、それに使われているカーボンを使用できる。この際シェルターの内装などに使用されているカーボンや金属材料もできるだけ回収すれば良いのでは」
 この提案は、現状では唯一稼働している第2世代の遺物であり、200年経った今でも重要な拠点を捨てることを意味していたが、大いに合理的な提案でもあった。そしてその後の議論の結果、最終的に採用されることになった。

 生活部門、技術部門も含めた、ほぼ全員がこの作業に加わった。一週間後、大量のカーボンと金属板が洞窟「スタークフォンテン」に運ばれた。スタークフォンテンの作業面積はすでにシェルターの20倍になり、さらに60倍程度まで拡大することが可能であった。そして、スタークフォンテン内の作業場で、移動基地と移動式フードが製造されることになった。
 また、この道路建設のためにインフラ部門は80人に増強され、50km先の埋もれた都市に向けて道路作りがスタートした。道路建設は次の様に計画された。

1)先ず1台の重機が移動可能な幅2.5m道路を作り、所々を人と重機が交差できるように、また重機が反転できるように4m幅にする。
2)埋もれた都市との間に2.5m道路を開通させる。
3)埋もれた都市の状況がよければ相互交差できる5m幅の道路を新規に作る。

 道路はその場所の堆積した灰などの状況により異なるが、多くの場所では堆積した灰を重機で踏み固め、洞窟から採掘した石灰と堆積した灰と山から採掘した砂利を混合し、固めた堆積灰の上にコンクリートを敷く方法がとられた。
 移動基地は40人が就寝できる広さとした。
 休息、特に睡眠の大切さは第3世代の体においても重要であった。第3世代の体はカーボンで作られ、脳は基本的にはコンピューターなので寝なくても活動でき26名が目覚めた当初は休まずに働いたが、日が経つにつれ頭が混乱してきた。次々と情報をメモリーに記録していくと重要な情報が埋もれてアクセスしにくくなる為だった。取得した情報の整理が必要だった。
 また従来の人間とかけ離れた、睡眠をとらない生活は違和感があり、脳をチューニングして就寝中に情報を整理する、第1世代、第2世代の人類と同じようにする事が必要との結論に至った。以降、生活部門と技術部門がチューニング方法を検討し、従来の人間と同様に睡眠をとる為のチューニングが施されたのである。

残されていたトラック

 懸命な作業により、ついにスタークフォンテンと50km離れた埋もれた都市とをつなぐ道路が開通した。インフラ部門の作業は道路作りから都市の発掘作業に移った。堆積した灰の一部は雨により固化したり、逆に雨により堆積灰の大半が流された場所もあった。闇雲に堆積した灰を取り除くのは合理的でなく、その都市の幹線道路を見つけ道路を復旧する作業から始めた。
 最初にこの埋もれた都市から発掘されたのは道路上に放置されているトラックだった。傷つけないように丁寧にトラックを掘り出した。トラックは灰に埋もれただけで小惑星衝突による大きな傷跡は見られなかった。衝突点の反対側のこの場所には小惑星衝突による直接的な被害が及ばなかったようだ。もし安楽死に繫がる麻薬を服用せず、人類滅亡の瞬間まで見届けようとした人がこの都市にいたならば、水や食料が尽きるまでは生存できただろう。
 掘り出したトラックの状態を見て一同は勇気付けられた。このトラックが動くか否かをめぐって賭けをする物もいた。人間らしさへ向けての脳のチューニングが、賭けという、いかにも人間らしい行為に繫がった。
 灰は車内まで入り込んでいた。慎重に車内の灰の除去作業が進められた。車内の清掃と同時に車体、特に駆動部の清掃も行われた。3時間の清掃作業の後、作業リーダーが運転席に乗った。その場にいる全員が、期待感を持ってそれを見守った。
リーダーが運転スイッチを押した。しかしトラックは動かなかった。しかし何人かがスイッチを押したあと異音がしたのに気が付き、「何か音がした」と大声で叫んだ。リーダーが再びスイッチを押した。音は聞こえなかった。
 技術部門からの出向者の1人がこの様子を冷静に観察していたが、なにかに気がつくと少し興奮して説明しだした。
 「バッテリーは生きている。おそらく駆動系の中まで灰が入りモーターが回らなかったのだ。異音はモーターに大きな力がかかった時の音だろう。最初にスイッチを押した時モーターに過大電流が流れブレーカーが切れたため2回目にスイッチを入れたときには何の反応もしなかったのだ。バッテリーも電気系統も生きている。分解掃除すれば動く」。
 この説明に賭けに勝った者はもちろん、負けた者も含め一同歓声をあげた。

再生への道

 洞窟「スタークフォンテン」とこの都市とを結ぶ70kmの道は完成したが、徒歩で往復するのにはあまりにも長い距離である。このトラックが使えれば一挙に計画が前進する。現在、唯一の運搬手段として使用できるのは重機1台だけである。この重機では片道7時間もかかり、また物を運搬するようには作られていない。トラックが使えるようになれば、大量の荷物を1時間で運べるようになる。ぜひとも分解、整備を行って使えるようにする必要がある。
 一刻も速く分解、整備の準備を始めてもらうように、通信手段を持たない彼らはこの朗報を本部まで走って伝えた。
 この都市に集結しているインフラ部門の次の最大のミッションは、この動かないトラックを洞窟まで運ぶことになった。技術部門からの出向者が数名、このトラックの隅々、特に駆動系を観察した。やはり動かないのはモーターと車軸との間に詰まった灰のせいである。
 灰をこの場で取り除けば無理すれば動くかも知れない。しかしそれではこの貴重なトラックの要部を傷つけてしまうかも知れない。幸いにもこのトラックの構造は単純なFF方式で、後輪は単にタイヤが回転するだけである。そこで重機で前輪を浮かし洞窟まで運ぶ事となった。
 トラックは重機に牽引され洞窟に到着した。作業場では技術部門の全員が待ち構えていた。駆動系の分解は簡単だった。モーターと前輪とを連結するシャフトを外しシャフトに付着した細かな灰を丁寧に落とした。
 バッテリーはかなり消耗していたが、これはバッテリーが劣化したのではなく、小惑星の衝突時点にもともと残量が少なかっただけで、質量電池から充電するだけで良かった。電気系統にも大きな問題はなかった。外したシャフトを戻せば修理は終了した。あとは試運転である。
技術部門のリーダーが運転席に乗りブレーカーのリセットボタンを押し、スタートボタンを押した。ペダルを踏むと勢い良く走り出した。こうして第3世代の人類は運搬手段を1台獲得した。
 前線基地の置かれたこの「再生への1号都市」ではこの間も幹線道路から灰を取り除く作業が行われていた。屋根の一部と思われるカーボン板がいくつか見つかった。人骨も見つかった。人々は人骨を前に黙祷し、空き地に葬った。
 新たにトラックも見つかった。このトラックは車体の前部は大きく壊れていて、駆動系やモーターが修理不可能なのは明らかだったが、奇跡的にバッテリーは無事だった。壊れてはいるものの、このトラックの車体の多くは貴重なカーボンである。重機はまだ戻っていなかった為、トラックの解体は人力で行った。
 この作業中に朗報が届いた。この「トラックが再生した」との朗報はこのトラックにより前線基地に届けられた。前線基地は歓声に沸いた。

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