MENU

Novel

小説

SFB人類の継続的繁栄 第8章『第3世代人類の新たな一歩』1

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

一般記憶メモリー運用の見直しとステータス方式

 第3暦100年。人口が100万人まで達し、第3世代の人類に共有される一般記憶は膨大な量となっていた。一般記憶の共有は、高度な活動には欠かせないものとなっており、それらの記憶を蓄えた外部メモリーはいわば第3世代人類における第二のDNAともいえるものになりつつあった。
一方で、彼らはこれまでの人類とは違い、物事を完全に忘れるということがない人類だった。そのため部分的には余計だったり、無駄だったりと思われるような記憶さえも蓄積され続けていたのである。
 もちろん、第3世代人類が共有する一般記憶を保存する外部メモリーは、発掘された遺物によって拡充され、その容量をかつてないほど大きくしていた。しかしながら、人口増加に伴って共有記憶も指数関数的に増加し、その容量は限界にまで達しようとしていた。このような事態に際して人類政府は、一般記憶の取り扱いについて、これまでのやり方を見直し、新たな運用を迫られたのである。
 政府が考案した新たな政策は、おおよそ次のようなものだった。
 段階的に共有データを細分化し、一般的な記憶を中程度に共有する一般人と、各分野の専門知識を共有する専門家や、主に重要な機密事項を共有する官僚などに専門分野ごとの知識集団を作るというものである。
 データの細分化は次のように行われる。新たに人を誕生させる時、個人記憶用メモリーにはチューニング用ソフトが書き込まれ、チューニングにより自我に目覚めさせた後、共通の小さな誕生専用の記憶が書き込まれる。
 ここまでは従来と同じだが、その後にランダムに決められた二つのステータス情報が追加記録される。二つのステータス情報とは専門分野と階級であり、これにより細分化された身分が決まる。二つのステータス情報により、通信情報へのアクセス可能分野や範囲が決まり、事実上、生まれながらにして職業や階級が決まるというものだ。
ステータスは本人にもわからないが、専門分野と階級により、通信によるアクセス可能範囲が決まるので、自然とステータスに応じた仕事を選択するようになる。ステータスの存在自体が超機密情報なので、政府のトップの一部だけにしかこの方式は知らされない。つまり、この政策は極秘裏に進められたのである。
 その理由はいうまでもない。個人の能力が才能によって左右され、かつ階級によって情報公開における不平等が生まれるからである。公表などすれば、すぐさま政府は批判にさらされるどころか、暴動にまで発展してもおかしくない政策だった。
 このステータス方式の政策は、多くの人で構成される社会を、安定的に運営するために考えられた方式であり、生まれながらに能力等に差を持たせる事により、余計な摩擦を防止できる合理的なシステムではある。
 しかしながら、身体が有機体でなくなった第3世代人類とはいっても、人類であることは変わりない。一般記憶を共有することで集団意識が強固になり、個人の自我はかつての人類と比べ薄まっているとはいっても、まるで個人の存在理由があらかじめ決められるようなこの政策を説明されて、それを受け入れる者など1%に満たないだろう。それを受け入れるのは、管理する側に立てる者たちだけである。

第3世代人類における記憶システムの現状

 現状、第3世代の人類における記憶回路システムは、概ね次の3つに分類される。
まずは個人が有する記憶メモリーだ。個人の経験や感情、あるいは趣味趣向といった個性の基盤となるような極めて個人的な記憶である。これは、個人の体内に内蔵されており、他者とのリンクもネットワークも存在しない、完全にパーソナルな記憶である。誰かにそれを伝える方法があるとするならば、完全にアナログなコミュニケーションや芸術表現という方法になる。これが彼ら第3世代人類の個性の源となっているともいえる。
次に、一般記憶の補助メモリーである。これも個人の体内に内蔵されている。先の通信障害による災害を教訓に、たとえ通信に不備が出た場合でもパニックにならない最低限の一般記憶が入っている。こちらは容量が限られるために最低限の一般記憶しか収められておらず、一般記憶補助メモリーについては年に数度更新が基本敵に自動で行われる。希望者は補助メモリーのアップデートを手動に切り替えることも可能である。
最後に、人類全員が共有する一般記憶メモリーである。人類の英知が集められたものであり、その量は膨大である。簡単な火の起こし方からカーボン変成器のメンテナンスの使い方、ABC予測の解析方法、これまで記録されている人類の歴史といったありとあらゆる知識が詰め込まれている。体内にある小型通信機を通じて、これらの知識を実感ある体験、経験として理解し、使いこなせるというものだ。
たとえば、第2都市の発掘作業の記憶などは、この一般記憶にアップロードされているため、これまで発掘に参加していない者でも、どこで何が発掘されたか感覚的に“覚えている”し、その場所への道順も思い出すことができるのである。
この一般記憶へのアップロードは、当初は自動で送受信が行われ、特別な選別もなくほぼあらゆる記憶が一般記憶へ送られ覚えられていた。しかし、それでは「すぐに容量が足りなくなる」との提言を受け、その後は条件に基づいたある程度の選別が行われるようになった。
まず、都市の発掘やインフラ整備、周辺環境の調査など、人類にとって重要な事柄にも共有義務があった。また、市井の間で重大な発見があったとき。あるいは偉業、その反対に犯罪なども記憶されることがほとんどだった。
さらに、文化的に人々の関心の高いエンターテインメントなども多く記憶されている。現在の一般記憶メモリーは逐次更新されていく、いわば経験型マスメディアのようなものでもあった。
そして、もちろん政府の議論の内容や意思決定については一般記憶に記憶されることが義務付けられていた。

密室会議

 ステータス方式の導入準備は、政府内の一部で秘密裏に行われ、政府トップによる最終審議に入っていた。電波を完全に遮断する密室で、メンバーが直に対面で検討をすすめるという、極めてアナログな会議方法であった。
 「……かのようにして現在、我々人類の一般記憶が危機にあり、新たな改革が必要なのです」
 そう話終えた計画推進派のトップは、かつて二人になったサブリーダー井上のひとりである。もうひとりの井上も計画に同調していた。そして、ここにいるメンバーの中で数少ない反対派のトップは上田だった。
 「色々と疑問なのだが、まず一般記憶へのアクセス権限を制限する意味がわからない。問題はキャパシティにあるのであって通信負荷が原因でない。であれば、情報を細分化してそれを制限する必要はあるのか」
 そんな上田の疑問に、井上が少し苛立った口調で答える。
 「現状、そのキャパシティが限界になりつつあるのは、バカみたいにくだらない記憶が次々に一般記憶にあげられているからだ。アクセス権限を制限すれば、これを厳選できるし無駄も減る。私も、軽薄なアイドル歌手の名前を覚えていなくてすむ」
 「どんなに輝かしい成功の記憶でも、その裏側にはいくつもの無駄な失敗の記憶がある。こういったものを無くしてしまって、本当の成功の記憶といえるのだろうか。くだらない記憶があるからこそ、素晴らしい記憶もあるというものじゃないか」
 なだめるように上田がいうが、少し熱くなった様子の井上は怒鳴るように言い放つ。
 「人類全体の記憶なのだぞ。それがバカどものおもちゃにされて危機的状況なのに、少しは真面目に考えたらどうなんだ」
 井上の形相に会議室は一瞬静まり返る。上田も井上の真剣な気持ちは理解できた。ただ、理屈としてやはり納得はできていない。
 「気持ちはわかるが、それならば一般記憶をアップする側だけ制限を今より厳しくかければいい。みんなに開かれているからこその一般記憶だろ」
 上田の意見は、正論だった。それを井上もわかっていたし、人類の大多数が上田の意見に賛成だろう。だからこそ、この議論は密室会議で行われているのである。
 しかし、井上は人類を管理する者がいなければ、このままでは人類は再び破滅への道に進んでいくと考えていた。そして、それを防ぐができるのは優れた統治者による先導であるとも。
 井上は少し呼吸を整えると、上田にではなく会議に参加している全員に向けて話しはじめる。
 「一般記憶には高度な技術的知識が含まれています。それを歪んだ個人メモリーを有した者に使わせたらどうなるか想像してみてほしい。子どもの火遊びじゃ済まないことが私は起きてもおかしくないと思います。そこに制限をかけることは、治安維持やひいては人類の継続的な繁栄のためには……」
 「“やも得ないこと”か」
 その演説を遮るように上田が大声でそういうと、井上は驚いた様子で上田を見る。普段、温和な上田が声を荒げたからであった。
 「……だから、階級や才能を生まれる前から決めちまうステータス方式なんて考えたのか。お前は神にでもなったつもりか」
 上田はそう言い放つと、井上を真正面から見据えた。そして、そう言われた井上も上田を見る。火花が散る。
 「両者の意見はわかった。一度まとめよう」
 そんな二人の様子を見て口を開いたのは、これまで黙って議論を聴いていた議長である政府トップの阿部である。この議長の一言で、両者は席に座り直す。
 「まず井上君の案は、一般記憶の管理についての課題を改善する策だ。容量の無駄遣いを無くす資源問題という視点、あとは危機管理という視点から一般記憶へのアクセスを制限する必要があるということだね」
 「簡潔にいえば、そのとおりです」
 「上田君の反論は、その管理方法が人類への人権侵害にならないか、また社会を混乱させるリスクへの危惧ということでいいかな」
 「ええ、そうですね」
 阿部は二人の意見を確認すると、次に他のメンバーに意見を求めた。促された他のメンバーからは、さまざまな疑問、意見、懸念、提案が出され、それから議論は夜まで続いた。
 「では明日正午に再び集まって、最終答弁の後に議決としたいと思う」
 阿部がそう皆に告げると、異議は出なかった。そして「最後になるが」と、阿部が付け加え、皆に向かって告げる。
 「この件は我々政府にとってはもちろん、人類にとっても大きな決断となるだろう。かつて第2世代最初の人類となった“ベニ”という女性は、まさに井上君が提案しているステータス方式のようなシステムから生まれた。最初はそのシステムにも批判もあったが、目的が明確かつ有益であったがゆえ人類社会で受け入れられ、第2世代人類60万年もの繁栄の礎となった。今回の案が、我ら人類にとって同じようなものになるのか。それを今一度考えてほしい」
 この阿部の一言をもって会議は解散となった。

小説一覧

© Ichigaya Hiroshi.com

Back to