この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
人の影響力と歴史の関係
「次期問題検討プロジェクト」は、過去の人類史を調べることにより、人類が幾度か絶滅の危機に瀕しながらも継続的な繁栄に至ったのは、第3世代の人類を自ら誕生させた、阿部氏らの功績によるところが大きい事がわかった。同時に第3世代の人類が太陽系ごと消滅させたのは、ほんの小さな出来事がきっかけになり、その影響が拡大し太陽系の消滅につながった事もわかった。
そんな中で、プロジェクトのメンバーは、第1世代の末期に、ほんの小さな事が拡大する事を記したとあるメモに注目していた。歴史における個人の影響力について言及したものであった。
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サッカーにおけるサポーターの力についての雑記
ワールドカップ出場決定
2017年8月31日のワールドカップ最終予選で日本代表はオーストラリアに2-1で勝利し、6大会連続6度目のワールドカップ出場が決まりました。埼玉スタジアムで59,492人もの人が観戦したそうです。私はそれほどヘビーなサッカーファンではありませんが、日本がワールドカップに出場できるという事は大変うれしく、そしてまた、観戦に足を運んでいただいた59,492名の方々には大変感謝しています。
あなたが観戦していなかったら
もし、埼玉スタジアムで観戦した59,492名のうちのたった1名の観客が来なかった場合、日本が負けていた可能性も4割ぐらいあると私は考えています。
その1名であるあなたがこの試合をこのような形の勝利に導いたのは確実であり、これからその理由を説明します。以下の説明はこの試合に限らず、あなたが観戦する事による影響について説明します。
その前に以下の説明に使用する【試合展開】や【ゴール時の状況】のように【 】で囲った用語について説明します。
【試合展開】とは通常に使用する試合展開の意味ではなく、選手、ボール等の、グラウンド内の極微細な位置や動きなどを含めた完全なる展開であり、多数のビデオで精密に録画した場合のその全ての正確な展開の事です。
同様に【ゴール時の状況】もゴールした時間、ゴール時のボールの位置、ボールを蹴った角度や速度などゴール時の全ての正確な数値化可能な【情報】を表します。
全ての状況、選手のコンディション、試合中を通しての気温や風向きの変化など、全ての状況が完全に同じでも、キックオフ時に右に蹴りだした場合と左に蹴りだした場合、その後の【試合展開】は当然ながら全く変わったものとなるでしょう。
サッカーの【試合展開】の取りえる数は無限にあります。たとえ試合の得点が結果的に同じであっても、【試合展開】や【ゴール時の状況】は全く異なるのです。
過去に世界中で行なわれているサッカーの録画全部を比較しても、ボールがゴールを割る時の状況、ボールの位置や角度、スピード等【ゴール時の状況】が完全に同じものは絶対にありません。
あなたの影響力
観戦に足を運んだあなたの試合への影響力により、キックオフ時に蹴りだす方向が左右逆になる事は非常に考えにくいですが、あなたが応援に行く事により、あなたの影響力がたとえ、どんなに小さいとしても、試合開始時の選手の立ち位置に最低でも0.001mm程度の影響は与えるでしょう。
その立ち位置の変化による影響は試合中に急速に拡大し、けって影響が縮小する事はなく、途中から選手やボールの動き、すなわち【試合展開】が全く変わってしまいます。
サッカーの試合で、パスする時、1mmズレればパスされた相手は次の相手にパスする時、たとえば10mmズレてしまう(ここでいうズレるとは真正面に対しずれるという意味ではなく、影響を受けない場合に対してのズレである)。10mmズレたボールを受けた相手はドリブルし3秒後の位置がたとえば1メートルズレ、パスする相手が変わってしまう。その後は全く【試合展開】が異なるのは容易に想像できるでしょう。
ちなみにサッカーやバスケットで両チームが力を合わせて全く同じ【試合展開】になるような遊びの試合を考えてみましょう。いくら練習しても全く不可能である事は言うまでもありません。何かがほんのわずか異なればその後、完全に元に戻す事はできないからです。
あなたが応援に加わると【試合展開】には決定的な影響を与えるが、ほぼ半分は相手方に有利に影響します。
しかしながら、結果的にオーストラリア戦ではあなたが観戦したため前半41分に浅野があのような形でゴールを決め、後半37分に井手口があのような形でゴールしたのです。
あなたが観戦していなくても試合が変わらない可能性
もしかしたら、あなたが観戦しなかった場合でも日本が2-0で勝ったかも知れません。しかしながらその確率は10%以下でしょう。浅野と井手口がゴールを決め、2-0で日本が勝利したかもしれません。しかしながらその可能性はおそらく0.1%以下でしょう。
もしそのような事があったとしても前半41分に浅野がゴールを決め、後半37分に井手口がゴールを決めるという、分単位の時間まで一致した可能性は0.00000001%以下でしょう。
もしそのような事があったとしてもアシストした、あるいは彼らの前にボールに触れた選手が同じ選手の可能性は0.0000000000001%以下でしょう。
さらに決めた時間のズレが0.001秒以内、ゴールした時のボールの位置のズレが1ミクロン以内、角度のズレが0.001度以内、ゴール時のボールのスピードのズレが0.001%以内、となる確率は、このように0.00000をならべて確率を表現しようとすると、おそらく世界中の紙を集めても書ききれないでしょう。
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このメモはプロジェクトメンバー間に小さな論争を引き起こした。あるメンバーはこのメモから運命や因果というような宗教的な議論を展開し、別のメンバーは原始的な物理法則について述べたものにすぎないと重視しなかった、また別のメンバーは量子力学的な微視的な視点に興味を示し、またある者は個人の自由意志や人類の集合意思にまで論を拡大させた。
このメモは延々と続いていて、下記のような内容も記されていた。
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歴史上の人物、事件について
織田信長がいなければ江戸時代も無かったし現在の日本も無かった。また本能寺の変で信長が殺されなかった場合も同様である。その点で本能寺の変は歴史の転換点だという事ができる。本能寺の変は確かに歴史上目だった事件だったが、ある意味で歴史の変換点はどの時点でもほぼ平等に存在する。
そもそも信長の親がいなければ信長は生まれない。信長の親の夜の営みの時、たとえば信長の祖父に付いた蚤が刺さなかったら刺した場合と体勢が異なり、受精したとしても大量の精子のうち別の精子が受精し、信長の父は生まれない。したがって信長の祖父に付いた蚤がその時刺したか刺さなかったかが歴史の転換点という事もできるし、その蚤の親蚤の行動も歴史を動かしている事になる。
同様にヒットラーがいなければ、あのような形の第二次世界大戦や、ユダヤ人の大量虐殺は無かった。この事に対しては異論を持つ人はほとんどいないでしょう。「織田信長」と同様にそもそもヒットラーの親がいなければヒットラーは誕生しなかった。
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次期問題検討プロジェクトはこの2つのメモを精読し、阿部氏が人類を救った事は間違いないが、それ以前の歴史がわずかでも違っていたら阿部氏が誕生しなかったともいえること。そして、一方では阿部氏が人類を繁栄させることがなければ、小さな出来事の影響が拡大し続け、太陽系の消滅にまでつながらなかった可能性があるともいえることが、漠然とだがわかってきた。
しかしながら議論は迷走し、最終的には「これらのことがわかっても、プロジェクトの検討課題の解決にはつながらない」とし、原点に戻り現状の分析を行うことにした。