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SFC人類の継続的繁栄 第9章『第4世代人類の春』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

快楽調査プロジェクトの発足

 20億体の人体ができ上がった後は、人体作りの仕事がなくなる。「ならば別の公共事業をつくればいい」というのは短絡的な考え、いや酸化、つまり劣化が存在する世界観の考え方であった。ソーラーパネルの製造もインフラの整備も、真空中では物はあまり劣化しないので、大きな産業として維持する事ができない。一方で、仕事や使命が無ければ社会の活性度が低下する。どうすれば人類の活性度を保ち、安定した社会を維持できるのか。近い未来に必ず訪れるだろう課題を前に、次期問題検討プロジェクトは引き続き頭を悩ませていた。
 この課題に対する解決策を模索した結果、2つの案が浮上した。
1つは「月の開拓事業」である。月は第2地球と同様に、第4世代の人類の生活の場として利用できそうである。また引力が小さいので、それを利用したレジャー施設も考えられるし、観光地としての活用も考えられる。
2つ目は快楽度をさらに増して、快楽を得る事を最大の生きがいにする案であった。
 この2つ目の課題をより検討していくために、次期問題検討プロジェクトの中に〔快楽調査プロジェクト〕が設立された。このプロジェクトには多くの医療関係者も参加し、人類の快楽プログラムがどのように機能しているのかを実験・検証することになった。
まず、快楽に対するソフトをどのように修正すると、どのようになるかの検証実験が必要である。そして実験には実験台となる被験者が必要であった。
 実験後元の状態に戻す、という条件で、プロジェクトのメンバーから被験者を募集し何人かがこれに応募した。
 実験の手順は次のように行われることになった。

  1. 1.被験者に実験の内容を開示して承諾をえる。
  2. 2.被験者の記憶と脳内ソフトを全て記憶装置にコピーする。
  3. 3.被験者の脳内ソフトを実験用脳内ソフトに入れ替える。
  4. 4.実験用脳内ソフトに置き換えた被験者を、経過観察する。
  5. 5.実験終了後、被験者の脳内ソフトと記憶を消去し、記録装置に記録されている元の脳内ソフトと記憶とを脳に戻す。
  6. 6.被験者から実験中の状態について聞かれた場合、あまり悲惨な場合は別の内容を話す。

 「6」に対しては、実験中とはいえ、あまり悲惨な状態や、あまりにも奇妙な行動をそのまま話しては、被験者に「嫌な事を体験した」という不快な記憶を残すからである。
 最初の実験は、快楽体験のリセット実験である。これは被験者が好みそうな4コママンガを作り、そのマンガを見て被験者が大笑いをした後そのマンガの記憶を消去しリセットし、再び同じマンガを見せ大笑い後再びリセットする、という事を繰り返す実験であった。

快楽実験の開始

実験が開始された。予定通り被験者はマンガを見て大笑いした。リセット後も同じマンガを見て大笑いした。この実験は脳内モニター装置と接続したまま行われた。大笑いするたびに満足係数は増加した。満足係数の増過度は少しずつ小さくなったが、毎回同じように大笑いした。10秒間隔で1時間行い、360回の大笑いを繰り返し、休憩のため一旦中断した。
中断後1分も経たないうちに、被験者が「マンガを見せてくれ」とせがんできた。実験の再開は1時間後だと告げると被験者は怒り出した。完全に中毒症状である。この実験はこれで終了する事になり、被験者が暴れだす前に被験者のスイッチを切り、手順どおり被験者の記憶は元に戻された。
元に戻った被験者は実験の様子について医師に質問した。医師は、実験の様子をありのままに説明し、それを聞いた被験者は苦笑いをした。
 この実験中の各種データは、脳内状態記録装置に記録されていた。医師と担当技術者によりデータが分析され、発症したのは、10秒間隔という短時間に繰り返したためで、時間を置いて行えば中毒症状にはならない、と予測された。
 次に被験者を5人に増やし、各人それぞれ興味のあるマンガや笑い話が作成された。今度の実験は適正な大笑い間隔を見つけるための実験である。1時間毎、2時間毎、5時間毎、10時間毎、20時間毎に一回、大笑いする被験者が割り振られた。この実験中は脳内モニター装置を外し、実生活を続けながら行う事にした。
「時間が来たらそのマンガや笑い話を読む事、それ以外は通常に生活する事」と説明され、5人の脳内プログラムが書き換えられ実験が開始された。
 実験開始後5日(50時間)が経過した。1時間間隔の被験者が体調不良になった。医師は脳内モニターを接続し各種指数を調査した。中毒の初期症状が見られ、この被験者の実験はここで中止した。
10日経過後、医師は残りの4人に体調について質問した。4人とも「特に異常はない」と答えた。念のため医師は脳内モニターを接続し4人の状態を確認した。2時間間隔の被験者に、初期症状らしき小さな変化が見られた。医師は、体調が少しでもおかしくなったら受診するように、とその被験者に言った。
 20日経過後、4人は医師に呼ばれ体調について質問された。2時間間隔と10時間間隔の被験者が「体調がおかしい」と申し出た。10時間間隔の被験者は「ちょっとしたトラブルがありそのストレスのためかも知れない」と付け加えた。医師が4人を診断したところ、2時間間隔の被験者には明らかな初期の中毒症状が見られ実験はこれで終了した。10時間間隔の被験者には、この実験に関連する事柄には何も異常はなかった。
 50日経過後、残りの3人の被験者が医師の診察を受けた。3人とも全く異常は見られなかった。医師はプロジェクトにこの実験結果を報告した。リセット間隔については「5時間以上間隔をあければ無害」との結論に達したが、このシステムを実行する場合は、念のため10時間間隔とする事とされた。
また技術者と医師による詳しい解析の結果、このリセット方式によるリセット時間の間隔と中毒症状との関係は、大笑いだけでなく他の快楽、たとえば性行為による快楽にも共通する事がわかった。

人の幸福と性行為

 この実験の成果は大きかった。性行為にこれを適用すれば、毎日行っても、毎回新鮮な性行為を体験する事が可能になる。性行為にリセット方式を導入する方向で、さらなる検討が行われた。
 検討の結果、否定的な問題が見つかった。第4世代の多くの人は性行為を体験済みであり、すでにマンネリ化したカップルにこのシステムを導入してもあまり効果がない事がわかった。このシステムを性行為に導入するためには、体験済みの人の記憶から、体験済みの性行為の記憶を消去するフィルターを組み込む事が必要であった。
 快楽調査プロジェクトは、性行為の快楽について、リセット方式以外についても検討する事にした。性行為中に相手が盛り上がってきたとき、それを感じた相手も盛り上がり、相互に盛り上がりの影響を与える、相互影響度に関する実験を行う事にした。
この実験の被験者の募集については難航した。メンバーの中に応募するカップルがなく、一般のカップルから募集する事にした。最初から実験内容を詳しく説明すると応募者がいなくなる恐れがあり、具体的な実験内容は伏せて募集した。
10組が応募した。実験の概略を説明したところ6組が被験者になるのを取りやめ、4組の被験カップルが残った。
実験用のソフトが作成された。相手の表情を目で捉え、相手の声を耳で聞き、脳で相手の盛り上がり度を計算し、相手から受ける影響により自分の快楽度を引き上げるソフトである。現状の第4世代の人類では相手から受ける影響度はゼロとなっている。これを0~9までの10段階の内、最適な影響度を調べる実験である。
 被験者があまり実験を意識しないように、実験場所は一般のホテルを利用した。部屋の各所に小さな観察用カメラを目立たないようにセットされた。実験の手順はリセット方式の手順と同様だが、この実験では、被験者に小さな脳内モニター通信機が取り付けられ、ホテルの別室で脳内情報をモニターし、また脳内を操作できるように改良された。
実験は、いきなり最強の9レベルから行われた。影響度9にセットした被験カップルを残し、医師らは退室し別室で待機する。医師は通信により被験カップルの脳を操作し性行為を促した。
2人は寝室に行き、ベッドに横たわり性行為を始めた。最初は穏やかに始まったが、だんだんと盛り上がり、急激にエスカレートした。このまま実験を続行するのは危険である。医師は脳内操作により性行為を中止させた。
手順どおりに2人は実験前の状態に戻された。しかし体にはがダメージが残った。2人はとても疲れていた。バッテリーは異常に消耗していた。
2人は医師に、「何があったのか」と説明を求めた。医師はソフトに異常があり、実験はすぐに中止した、と説明し謝罪した。2人に高額な見舞金を支払い、被験カップルと快楽調査プロジェクトの間でこの事を秘密にする契約が結ばれた。
 医師や担当技術者により、このときの脳内データが分析された。影響度を最強の9にした事で盛り上がりが暴走した事がわかった。
 影響度を2にして、次の被験カップルに同様の実験を行い実験後2人の感想を聞いた。2人は「大変満足した」と話し、また、このまま元に戻さないでほしいと哀願した。2人から実験プログラムを外し、影響度2とした正規のソフトに交換し、経過観察を行う事にした。
 10日後、医師と担当技術者により脳内データが分析され、何も問題はなく良好な結果だった。この分析結果が快楽調査プロジェクトに報告され、残りの2組についても同様な実験を行い経過観察する事が決まった。1組の被験カップルには影響度を3、別のカップルには影響度を1とするソフトが組み込まれ、経過観察が行われた。
 3ヶ月後、3組の被験カップルに対し、この間の様子の聞き取り調査と脳内モニターが行われた。予想通り、幸福度指数の上昇度は影響度3の被験カップルが最も高かった。聞き取り調査の結果も同様だった。被験者全員から「元に戻さず、このままの状態にしてほしい」との申出があった。
実験前の状態に戻す事にはそもそも無理があった。実験前に戻せばこの3ヶ月間の記憶も消えることになる。快楽調査プロジェクト側の選択肢は、影響度を0にするか、このままにして経過観察を続行するか、の2つしかない。このまま経過観察を続行する事とし、その旨の契約を3組と交わした。
 相互影響方式は、有効で実用的な方法である事がこの実験で確認された。性行為に関しては、リセット方式と相互影響方式の2つの大きな成果があり、具体的な導入方法の検討に入った。
両方を導入すると、性行為の快楽が大きくなりすぎ、依存症に陥る危険性がないか、との指摘がでたが、実験により得られたデータの分析から、その心配はない事がわかった。しかし、一時的にせよ性行為ができなくなるのを嫌って、たとえば出張命令を拒否するような事も考えられる。また「性行為どころではない緊急事態が発生した場合はどうなるのか」との意見があった。
 これらの意見も踏まえ、性行為に対する2つの方式を導入する時には、〔使命優先ソフト〕を追加導入する事が決まった。使命優先ソフトとは、緊急事態が発生した場合や出張等の命令がでた場合、「性行為など行っている場合ではない」という強い使命感が発生し、自動的に性欲を停止させるソフトであった。

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