この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
人生における最高のスパイス
性行為に対する、リセット方式と相互影響方式の導入にあたってさらなる実験が行われ、導入時の仕様は、相互影響方式については影響度を2とする事、リセット方式に関しては完全な記憶の消去でなく、おぼろげな記憶を残す〔ソフトリセット方式〕に変更する事が決定された。
メンバーから、「痛みを快楽に変更したらどうなるのか」との意見がでた。性行為ソフトの改良に大きな成果をなした快楽調査プロジェクトは悪乗りし、誰かが実験台になるのなら試す事になった。言い出したメンバーが、「実験により体がダメージを受けた場合に十分な回復措置を施す」という、当たり前の条件付で実験台になる事を申し出た。
この実験は簡単である。痛み信号を快楽信号に変換する簡単なソフトの追加を行うだけで良い。実験結果は予想どおりだった。実験開始後まもなく、被験者が自傷行為を始めだした。すぐに実験は中止され、引っかき傷はきれいに修復された。
リセット方式については、性行為以外の、別の娯楽や快楽についての応用も検討されたが、たとえば観光などの記憶をリセットしてしまうと、同じ観光地を何度でも観光する事につながる。観光はそれなりの費用がかかり、最終的に社会負担の増大にもつながるので、性行為のみに留める事にした。性行為にほとんど社会負担が伴わない。
政府は全地球人にこの手術を行う事を決定し、発表した。
まず、最終実験としての位置付けも兼ねた、1000組のカップルに対する第1次手術の希望者を応募した。応募者が100万組にも達したので、地区を限定して応募をやり直した。それでも応募者は5000組に達した。抽選で1000組が選ばれ、第1次手術が実行された。
手術を受けたカップルに対して取材が殺到した。取材に応じたカップルは一様に手術結果を絶賛した。その報道により手術希望者がさらに増加したが、政府は1000組の経過観察を慎重に行うことを決め第2次手術を先延ばしした。もし不都合な事態が生じたら政権の命取りになるからである。
1年間の経過観察の期間には全く問題は生じなかった。第1次応募者を対象とした50万組の第2次募集が行われ、第2次手術が行われた。これも全く問題なかった。希望者の増大に対応すべく1000箇所の指定病院で手術ができるように手術設備を増強した。設備の増強といっても、所詮ソフトの追加だけであり、政府の負担は微々たるものである。
1年間で、人口の80%にあたる全ての希望するカップル4億人に手術が施された。
手術未実施者の多くは月面で働く隊員だが、手術はカップルが対象だったので、人口の5%をしめる単身者は対象外だった。
単身者の中にも、正式のカップルとして登録されていないが同棲している者もいた。また性行為を商売とする店に通っている者も多くいた。単身者に不満が広がり、単身者も手術の対象とする事か決定され、希望者を募った。大半の単身者は応募し手術を受けた。効果は絶大で多くの単身者が結婚した。
このようにして第4暦600年には、全人口5億人全てに性行為に対する大幅改良手術が完了した。
性風俗店と催眠術師
快楽調査プロジェクトに参加していたメンバーの中に、男性客を対象とした、性行為を商売にする店に通っている技術者がいた。その技術者は自分では有能だと思っていたが、プロジェクトが自分の能力を評価してくれない事に不満を持っていた。
性行為を商売とすること自体は違法ではなかった。しかしながら、その店のオーナーは手術の効果によって単身者の多くが結婚し、プロによる性行為よりもパートナーとの性行為に満足感を得るようになった現在、来客の減少に憂いていた。
オーナーは店通いをする技術者にそのことについて相談した。不満を抱いていた技術者は、多額の報酬を条件にオーナーにある提案をした。店で客がホステスと性行為をする時に、相手から受ける影響度を引き上げる提案である。現状は手術により全員2に設定されているが、店で性行為をする時に、客に気付かれないように6に引き上げる提案である。
7以上に引き上げると影響が暴走する恐れがあるが、6ならば暴走する事なしに絶大な効果を発揮する、との自信があった。
技術者はこのための脳内操作装置を開発した。催眠術と見せかけた脳内操作の手順をオーナーに詳しく説明した。オーナーは最も指名客の少ないホステスに対し、今後は催眠術師として勤務するよう命じ、その手順を伝授した。
客が来店すると、客に「行為を盛り上げる催眠術」として、催眠術師から脳内操作が行われた。この催眠術に見せかけた脳内操作の効果は絶大だった。この店の評判が高まり来店客が急増した。性行為後は「催眠術を解く」という名目で、催眠術師から脳内操作が行われ、影響度は2に戻された。
オーナーはホステスを増員し対応したが、催眠術師は1人のままだった。あまりの忙しさに、1人の客に催眠術を解くのを忘れてしまい、その客は影響度6のまま店をでた。
店の評判は益々高まり、来店客が多くなりすぎ大幅に値上げした。影響度6のままの〔影響度6男〕が次にその店に来た時にはすでに大幅に値上げされていた。影響度6男は値上げを知らず、それほどの持ち合わせもなかったので、仕方なく別の安い店に行った。影響度は6のままなので、その店でも相手のホステスが驚ろくほどすごかった。影響度6男は、あまりの快楽に店に通い続け金が少なくなり、さらに安い店を探して通い続けた。どの店でも影響度6の効果は絶大だった。
「影響度6男」事件の顛末
貯蓄を使い果たした影響度6男は、それでも少ない稼ぎを自転車操業のようにつぎ込み、さらに安い店に通い続けた。中毒症状は末期に近い状態で、思考能力や運動能力にも明らかな異変があったが、それに自分では気づけないほどダメージを受けていた。
そして、ついに事件を引き起こす。
本来、そこまでのサービスは行わない店に行き、無理やり性行為を行い店とトラブルになった。店はすぐに警察に通報し、駆けつけた警察官によって事情聴取などの一連の捜査が行われた。被害にあったホステスに聞き取り調査が行われた。調査結果があまりにも異様だったので、警察は快楽調査プロジェクトにアドバイスを求めた。
影響度6男は任意同行ながら警察に捕らえられ事情聴取が行われた。そして、この事情聴取の内容と、聞き取り調査の内容は快楽調査プロジェクトに報告された。
プロジェクトは、影響度6男の脳内調査を行った。警察の報告から予測していた通り、影響度が6になっている事がわかった。警察の調査により、影響度6男と催眠術の効果が評判となっている店とがつながった。
警察はその店に立ち入り調査を行い、ホステスに聞き取り調査を行なった。ホステスは一様に催眠術の効果のすごさを語った。ホステスには多額の給与が支払われ、また、もともと性行為が好きな女性が多かったので、大きな不満は言わなかったが、脳にかなりダメージを負った者もいた。
催眠術師から事情聴取を行った。催眠術師は、催眠術だと思い込んでいた手順を説明した。脳内操作が行われていた事が明白になり、オーナーと技術者は逮捕された。違法脳内操作は最も重い罪であり2人の死刑が確定すると、2人の脳からこれまでの人生の記憶が完全に消去された。
この手術により、性行為の快楽は一様に引き上げられ、そのため得られる快楽はカップル同士に限ったものではない。そのため職場での不倫騒動も多発した。
プロジェクトはこの問題を解決すべく、頻繁に性行為を繰り返す相手にのみ影響度が有効となるプログラムを開発し、希望するカップルには無料でこの手術を行う事にした。
不倫問題を抱えているカップルの多くは、浮気癖のある相手に手術を強要した。多くの場合にはこの手術により浮気癖がなくなり円満に解決したが、すでに浮気相手に夢中になっている場合には逆に浮気相手への影響度が有効になり、カップルの破綻につながる事もあったのは皮肉なことであった。