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SFC人類の継続的繁栄 第11章『月と人体とエレベーター』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

人体製造プロジェクトの開始

 次期問題検討プロジェクトは、〔人体製造プロジェクト〕と〔月利用プロジェクト〕を発足させた。20億体の人体を新たに製造する事はすでに決定済みである。
人体製造プロジェクトは、20億体に必要な貴重物質を月のクレーターから採掘し地上に持ち帰り、人体を新規に製造する大プロジェクトである。
月面基地には前回の採掘時に使用した総勢74名分の人体が残っている。月面の宇宙エレベーターも第2地球の宇宙エレベーターもそのまま残っている。
新規に製造する人体は、20億体と膨大な量だが、人口はすでに5億人に達している。5億人で20億体の人体を製造する事はそれほど難しくはない。何と言ってもこの人体製造プロジェクトの特徴は、あまり急ぐ必要がない点である。20億体の人体を製造する事にした最大の理由は、5億人を誕生させた後の雇用対策である。
それにしても月の資源採掘に74名では少なすぎる。人体製造プロジェクトは、74体は前回のメンバーがそのまま使用する事とし、新たに100名を追加する事にした。
地上で100体の人体を製造し、従来の設備を利用し月面に送り届けられた。この100体の人体は、別の100人の隊員が使用する事にした。
 一方、月利用プロジェクトは次のような月利用案を策定した。

  1. 2億人を定住させる。これは〔地球に比べ引力が小さい事、自転周期が20時間である事〕を除けば、第4世代の人類にとっては生活の場として第2地球とあまり変わらないからである。
  2. 引力が小さい事を利用した地上人向けの各種レジャー施設の建造。
  3. 観光地としての利用。
  4. 採掘対象のクレーター以外の資源開発。
  5. その他の利用。

 これらを実現するためには、従来の宇宙エレベーターとは別に、本格的な宇宙エレベーターを建造する必要があり、第2地球用の宇宙エレベーター、月用の宇宙エレベーターそれぞれの仕様が作成された。また地上人の観光用に5億体の人体を備える案も盛り込まれた。
 月利用案は、次期問題検討プロジェクトの検討を経て政府に報告された。政府は、前時代に、地上政府と宇宙政府が主導権争いでもめた前例があるので、月の行政は第2地球にある政府が直接行う事を大前提とし、月利用案を承認した。
 人体製造プロジェクトが本格的に始動した。
従来の宇宙エレベーターシステムを使用し、月のクレーターから貴重物質を含む鉱石を採掘した。月面基地で精錬し、脳やバッテリーの製造に不可欠な貴重物質を第2地球に送り続けた。
第2地球では黒鉛鉱山から大量の黒鉛を採掘し、人体製造工場で黒鉛からカーボン変成機により人体のパーツが量産された。月から送り届けられた貴重物質を使用して、脳の部品とバッテリーが大量に生産された。しかし人体作りは計画通りゆっくりと進められた。

新宇宙エレベーターシステムの構築

 同時に月利用プロジェクトも始動した。人体製造プロジェクトと違って、こちらは一から始めなくてはならない。
最初に行なう事は新たな宇宙エレベーターシステムの建造である。従来の宇宙エレベーターシステムは人体製造プロジェクトが使用している。そもそもこの宇宙エレベーターシステムは小さすぎて本格的な月利用には使用できない。
本格的に月が利用されるようになると、月には2億人の住民が定住し、第2地球から大勢の観光客が訪れる。第2地球と月との人の往来は通信だけですみ、宇宙エレベーターを使用する必要はない。しかしそのためには予め人体を月面に運ばなくてはならない。また月面の住宅建設に必要な機材も運ばなくてはならない。
人は通信だけでどこにでも移動できるが、物は運搬しなければならない。21世紀初頭、3Dプリンターが話題になり、〔戦地に戦車を運ぶのではなく、戦地に3Dプリンターを運び、戦地で戦車を作れるようになる〕という馬鹿げた事を言った人もいたが、この時代でも単純なものは別にして、複雑なものは運搬しなければならなかった。特に第4世代の人類の人体のように高密度半導体部品が使われている厄介なものは、3Dプリンターで作るのは無理である。
 本格的な新宇宙エレベーターは、現在の宇宙エレベーターに隣接して建造する事にした。隣接していれば、既存のエレベーターシステムを建造に活用できるからである。
既存のシステムは人体製造プロジェクトが月から採掘した貴重物質の運搬に使用しているが、このプロジェクトは雇用対策の側面が少なくない。そのため特段、急ぐ必要がなく、新宇宙エレベーターの建造に使用させても大きな問題はない。
 人体製造プロジェクトに所属している宇宙基地の隊員の力も借りて、新宇宙エレベーターシステムの建造が行われた。最大の建造物は、地上の基地とその上空の宇宙基地とをつなぐ宇宙エレベーターの建造である。
このような計画の下、第2地球と月面とをつなぐ新宇宙エレベーターシステムが構築された。これと同時に新宇宙エレベーターシステムを使用し、月面の建築物の建造も始まった。
建築物は部材の量が多大なため、主要材料のカーボンは月で採掘しなければならない。月利用プロジェクトはこの計画の策定前に、予め月から黒鉛が採掘できる事を確認していた。
月面の建築物を建造するために、真っ先に建造されたのは、月面での建築物の部材を製造するための製造工場である。月面に建造された製造工場には、カーボン変成機などの各種製造装置が搬入された。月面の建築物には、できるだけ月で採掘できる材料を使用するが、特殊な部材は地上から新宇宙エレベーターシステムにより運ばれた。
月面に、1万人の作業隊員を収容するための仮宿舎が建造された。1万体の大型人体が第2地球から運ばれた。体を乗り換えるための本格的な移動設備も設置され、第2地球から1万人の作業隊員が、作業用の大型人体に乗り換え月面基地に到着した。1万人の作業隊員により、100万人の作業隊員用の仮宿舎が建造された。月面では作る事のできない人体製造に必要な特殊部材が、第2地球から次々と月面に運ばれ、100万人の人体が製造された。第2地球から100万人の作業隊員が、月面の100万体の人体に乗り換え、月面に到着した。

月・第2地球間移動における交通事情

月と第2地球の往来は次のように行われた。
たとえば第2地球の移動基地にいる加藤氏が、月面の移動基地にある体へと乗り換えるならば次のような手順を踏むことになる。

  1. 第2地球の移動基地にいる加藤氏が、月面で使用する人体のスペックを指定する。
  2. 指定されたスペックの人体が月面の移動基地に用意される。
  3. 加藤氏の記憶データと、顔データ、声データを月面の移動基地に送信する。
  4. データを受信後、月面の移動基地に用意された人体の脳に記憶データが書き込まれ、顔データと声データにより加藤氏の顔と声が作製される。
  5. 月面の移動基地から第2地球の移動基地に完了信号が送信され、完了信号を受信した

第2地球の移動基地では、元加藤氏の脳から記憶が除去され、顔や声も初期化される。同時に月面の移動基地では加藤氏の電源スイッチが入れられる。
 このように、月面の移動基地にある体に乗り移るのと同時に、元の加藤氏は消失するのである。
 月面と第2地球との往来が激しくなると、それに対応するために移動室が増設され、ほぼ同時に移動する事も頻繁に行われるようになった。
しかしながら、月と第2地球との間の人の往来は激しくなり、激しくなるにつれ深刻な事故が多発した。
多発したのは次のような死亡事故である。
加藤氏の移動と同時に木村氏が移動したとする。加藤氏のデータの送信が開始された後、先に移動した木村氏の移動完了信号が送信され、その完了信号を加藤氏の完了信号と間違って受信し、まだ移動が完了していない地上の加藤氏の脳から記憶が消去される。加藤氏が月面の移動基地にある体に完全に乗り込む前に、加藤氏の記憶が消去されてしまい、加藤氏は何処にも存在しなくなってしまう。このようにして加藤氏は死亡する。
事故の原因は単純で明らかに防げる事故だが、往来の急増に対する設備やシステムが追いつかずに発生した。
この種の事故が多発したため、一時、月と第2地球との往来は制限され、設備や移動プロトコルが改修された。
 また、宇宙エレベーターシステムにおいても大事故が発生した。
 ある事故をきっかけに、地上のアンカーからメインワイヤが外れ、懸命な姿勢制御ロケットの操作にも関わらず、第2地球の新宇宙基地の一部が宇宙に放出されてしまったのだった。人命には被害がなかったが、修理は難航を極め、新宇宙エレベーターシステムは1年間停止した。結果として、当然ながら第2地球と月との間の物の運搬ができなくなってしまった。
 しかしながら、地上と月面との人の往来には宇宙エレベーターシステムは必要ないので、このような大事故の発生にも関わらず、月面の施設の建造が遅れただけで大きな問題とはならなかった。宇宙エレベーターシステムが機能しなくても現在の社会情勢においては大きな問題にはならない事がわかり、予備用の宇宙エレベーター建造計画は中止された。

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