エネルギーをほとんど必要としないクーラーの思考実験を行う過程で、ひとつ気になることがありました。それは、クーラーには除湿機能が備わっているということです。
思考を深めていく中で、人間は同じ温度であっても感じ方が違うことに気づきました。たとえば気温30度は暑いと感じますが、水温30度のお風呂はぬるく感じます。この感じ方の違いは、なんとなくそういうものだと思ってしまうことも多いと思いますが、この感じ方の違いを意識することは『空調服™』誕生には欠かせない重要なことでした。
この感じ方の違いは、「水と空気の熱の伝わり方の違い」に理由があります。「そんなことは小学生でも知っている」という人もいるかも知れませんが、知識として知っていても、それを使いこなせなければ意味がありません。少なくとも、この知識を使いこなせるようになったのは『空調服™』開発において小さくない一歩でした。
水は密度が高いため熱を伝えやすく、体温より低い30度という温度ではぬるく感じます。一方で、空気は密度が低いため熱が伝わりにくく、体温が逃げにくくなります。そのため、気温が高いと体内から排出された熱が体表面にたまり暑く感じるということになります。
人間は、この体の熱を逃がすために汗をかきます。この汗が蒸発するときに温度を奪っていくのです。気化熱という熱のことです。注射のときに消毒用のアルコールで肌を拭くとひんやりしますが、あれは消毒用アルコールが水よりも蒸発しやすい性質があるからです。
一方で、ただの水は湿度が高いとなかなか蒸発してくれないので、湿度が高いと蒸し暑いと感じます。うちわを使って風を当てると涼しく感じるのは、この体表面についた汗などの水分が蒸発するからでもあります。
クーラーは空気を冷やすので、その過程で空気中の水分が液体になります。それが排出されるため、結果的に空気の湿度が下がることになります。ちなみに暖房の場合は、空気の温度が上がり飽和水蒸気量が増えることで、相対的に湿度が下がるという仕組みです。これはどの暖房器具でも起こる現象です。
考えてみれば、この世に存在するほとんどの冷却装置はこの気化熱を利用していることに気づきます。エアコンはもちろん、うちわや扇風機、冷蔵庫、冷凍庫、原子炉の冷却も気化熱を利用しています。違うのは冷媒として何を蒸発させているかにすぎません。うちわや扇風機は汗、クーラーや冷蔵庫などの冷却装置は代替フロンなどの冷媒用につくられた化合物質、原子炉の冷却装置は河川や海の水ということになります。
この気化熱を生み出すために使われているエネルギーは、地球温暖化とも無関係ではありません。夏場の消費電力量が高いのは都市部に住んでいて電気代を払っている人ならばだれもが実感しているところだとは思いますが、日本全体でみてもエネルギー使用量のピークは夏場です。最もエネルギーが使われない春先と比べると、1.5倍にもなるそうです。そして、その原因は夏が暑すぎるからにほかなりません。
エアコンの普及などにともなって都市部のヒートアイランド現象が進み、それによりさらにエアコンの普及が加速され、消費エネルギーも増えるという循環です。このようにしてエアコンがあることが平準化されることで、日本の夏は暑くてエアコン無しでは生きられない、熱中症の危険とその対策が毎年叫ばれるような季節になってしまいました。
私は、この循環に歯止めをかけるためには、気化熱を生み出す別の方法を考えなければならないことに気づきました。