この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
綺麗すぎた第2都市
その翌日、空は澄み渡っていた。
サルからヒトへと進化した人類。その草創期において、エネルギーを物質に蓄える“弓”という技術はまさに画期的であり、以降の技術発展における大きな飛躍だった。そして、それから60万年の時を経て、大いに進化したといえる第3世代人類においてもその技術の偉大さは変わらなかった。地球が地球としてある限り物理法則は変わらないし、人類はどんなに進化しても人類だった。
計画は早速実行される事になった。急ピッチでカーボン変成器によって製作された大型の弓は、ちょうど古代の攻城兵器バリスタのような感じである。技術部門とインフラ部門の関係者によって各部品が携えられ、観測地点である山頂まで運ばれた。
組み立ては1時間ほどで完了することとなり、すぐに最初の矢が試し打ちされる。矢は予定地点より1kmほど逸れた。そこから気候条件の計算や弓の取り付け角度の調整が行われ、しばらくして次の矢が放たれた。
望遠鏡で確認すると予定地点に矢全体が埋もれていた。その後、次々と矢は放たれ、望遠鏡で埋もれ具合を確認し記録した。8割方の矢は矢全体が埋もれていたが、半分程度しか矢が刺さらない場所が10カ所ほどあった。どの場所も周りに比べ少し盛り上がっていた。
下山後、観測データはパソコンに入力され、矢の刺さり具合から都市全体の強度マップが作成された。半分程度しか矢が突き刺さらなかった10カ所には、その下に建造物、おそらくビルの屋根があると推測された。
こうして第2都市に堆積した灰は固化してない事が確認でき、本格的に発掘される事になった。山頂に据え付けた望遠鏡で道路建設予定地を観察すると、途中に川らしきものがあり、その周辺にはコケらしきものが生えていた。このような観察データに加え、第2都市から見つかると思われる車両の輸送も考慮され、はじめから対面通行できる5メートル幅の道を作る事が決められた。
道路工事は順調に進んだ。途中に小さな川があり、そこには橋が架けられた。その橋から200メートル程の所で、遠距離からでの観測では発見できなかった第2都市に向かう埋もれた道路と交差した。
そこで新規道路の建設計画は変更され、この埋もれた道路を活用する事になった。道路に堆積した灰を取り除くだけで良いので、工事のスピードは増し、短期間で第2都市の中心部まで開通した。
第2都市の中心部を発掘し始め、建物の損傷が小さな事に驚いた。第1都市の破壊された状況とは、あまりにも異なっていたからだ。一言でいえば、
「この第2都市は綺麗すぎた」
そして、それはこれまでの想定を覆す、別の可能性を示唆していた。
第1都市の破壊は、小惑星の衝突による直接的な破壊ではなく、小惑星衝突前後の混乱の中で、戦乱等により破壊されたということである。
第3世代人類のライフライン
発掘が進むにつれ第2都市は十分に活用できる事がわかると、拠点移転への議論が盛り上がった。安全ではあるが手狭で息苦しいさがある“洞窟”での暮らしよりも、慣れ親しんだ “都市”での暮らしを望むのは人の感性としては当たり前のことだった。
その後、周辺環境や少し手を入れれば使えそうなインフラなど、居住するのに適当なのかの判断に関わるデータが報告され、今後の生活における多様なシミュレートを踏まえながら引っ越しの検討がなされる。
最終的には満場一致で、第3世代人類の拠点は、この第2都市へと移される事が決まった。
「本格的な移転作業には、本格的な道路が必要だろう」
議題が今後の具体的な方針に向かうと、そんな意見が出てくるのは当然だった。
道路の強化工事を行うためには、洞窟と第2都市との中間地点に中継基地を設ける必要がある。その適当な候補地に検討課題は移っていく。最終的に、道路から200メートル離れた 平地に中継基地を建設する事となった。中継基地までの200メートルの支線工事をインフラ部門5名が担当する事になった。
建設土木といった工事現場は、肉体労働の代名詞のようにいわれるが第3世代人類にとってはどうであろうか。有機的な肉体から、機械的な肉体に替わった彼らにとって、肉体疲労は問題にならない。文字通り肉体のメンテナンスは必要になるが、その作業効率は第2世代人類と比べて大きく向上している。
ただし精神的な疲労感は感覚的に残る。それは第3世代人類に残された人間らしさともいえるかもしれない。
エネルギーの問題が大幅に改善されたとはいえ定期的な充電は必要である。それは第3世代人類にとっての食事と等しい。いや、より重要といえるかもしれない。
かつての人類は水さえあれば、食べることはなくとも1週間以上は餓死することはなかった。それは体内に備蓄された脂肪などをエネルギーに変えることができたからであった。つまり自然界からエネルギーの元を取り込み、自分の体内で作ること、あるいは備蓄することができた。
一方、第3世代人類の肉体にはバッテリーが備わっているが、エネルギー自体を自分の肉体で作り出すことはできない。エネルギー生成は充電という形で、純粋に外部に依存している形だった。
この違いは、彼らにとって大きなものだった。バッテリーのエネルギー残量がゼロになることは、すなわち彼らが行動不能になることを意味する。そのためエネルギー残量が残り2割を切ると制限モードが起動し、それに伴って身体機能に制限がかかり著しく低下することになる。
もちろん第3世代人類の肉体は、エネルギーがゼロになっても、再び充電すれば再起動が可能である。かつての人類のように、眠れば回復するようなことはない。このバッテリー管理の問題が、ある意味で人間らしいストレスなっていたのである。
エネルギー消費量は、当然だがその作業内容の違いによって残量は替わってくる。また、彼らの機械的な肉体においてもそれぞれ細かな個性のようなものがある。たとえば関節駆動の調子が悪ければ、その分エネルギーを余計に消費することにもなるし、気温や湿度など細かな環境の違いによって生じる影響にも個別差はある。そして、その個性が工事を担当する5名のチーム、ひいては第3世代人類全体にどのような影響を及ぼすかまでは高性能のシミュレーターでも計算できるものではなかった。
だからこそ生命活動の源であるエネルギーを充填できる拠点は重要であり、拠点へ円滑な移動を確保する道路建設は重要な任務であった。
大雨の日
ここまでの新規道路の建設は順調といってよかった。堆積灰で覆われた地盤は非常に不安定なためその地ならしに時間はとられたが、天候にも恵まれ予定されたスケジュールよりも早く進んでいた。ただ、物事はそう上手くいくばかりではなく、文字通り雲行きが怪しくなってきたのだった。
突然、大雨に降られた5名の建設担当メンバーは“洞窟” スタークフォンテンへ一時帰還する準備を始めた。堆積灰が雨と混じるとたちまち地面がぬかるみ、工事どころではなくなるためである。
避難への道すがら雨は激しさを増し、次第に滝のような雨になっていった。メンバーは洞窟への帰還をあきらめ、近所に設置されているプレハブのような簡素なキャンプ基地で待機することにした。
「ふぅ、それにしても酷い雨だな。みんなバッテリー残りどうだ」
「自分はまだ余裕あります」
「私は少し減りが早いですが、まだ大丈夫だと思います」
ようやくたどり着いたキャンプでは、各々が雨に濡れた身体を拭いながら口を開く。この簡易的な基地ではエネルギー補給、すなわち充電ができない。その確認が第一だった。
「この雨に、堆積灰。思った以上に酷いな」
「やはり、水はけは問題ですね」
「何にせよ、一度“洞窟”に戻らなければならない。続きは天候が落ち着くのを待ってからだが、この雨で現場に戻ってどうなっているか次第だ」
充電ができない。それは、すなわち食料がないに等しいことであった。かつてのような通信機器が自由に使えるような環境ではない現在の世界では、建設チームが置かれた状況は難しいものだった。
ただ、チームのメンバーはどこか安心していた。簡易的なものとはいえキャンプ基地にたどり着いたことで一息つけた心地があったし、この大雨もそう長くは続かないだろうとどこか楽観していたのである。
そんなとき突然轟音が鳴り響いた。