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AIと人の関係、最年少名人の誕生とAIの危険性

人間には誰にも苦手とすることがあります。いわゆる弱点というやつですが、私の場合は口下手なことと方向音痴だということでしょうか。
私が口下手なのは知っている方も多いと思いますが、方向音痴だということは付き合いの長い人にしか知られていないことかもしれません。反対方向の電車に乗ってしまったり、カーナビを使わず運転すれば見当違いの道へ行ってしまう。こんなのはよくあることです。
私は運転することが好きなので、仕事で出かけるときもよくハンドルを握りますが、このときはちゃんとナビを使うようにしています。
現在、世間ではAIの活用が盛んに取り沙汰されていますが、カーナビは私たちが最初に使い始めた身近で原始的なAIともいえます。方向音痴の私をサポートしてくれる心強いサポーターではありますが、指示通りに進まないと何としてでも自分の指示通りに引き戻そうと現実離れした指示を出してくることもあります。
「この先、100m先、信号を右方向です」
「いまさら車線変えられないんだよ!」
こんな具合です。
そういえば、最近出張先でレンタカーを運転したのですが、こちらは自動車にAIが搭載されていて、少しスピードが出すぎたときにはAIに「速度を落としてください」と叱られました。どうも私は車に搭載されているAIとは気が合わないようです。
ならばAIは私とは違った視点を持っているのかと思って、先日、話題のChatGPTも試しました。発明を行う際に新しいアイデアの種か何かが出てくるかと思ったからですが、こちらに関しては質問を投げかけても私とほぼ同意見の回答ばかり。意気投合していては面白くないということで、私の発明のサポートをAIに任せるのは、まだ少し先のことになりそうです。
私の場合は期待したような結果にはなりませんでしたが、昨今、AIの利用例として上手くいっているものだと挙げられるのが将棋界です。先日、最年少名人記録を更新し、将棋界タイトル八冠のうち七冠を保持する藤井聡太竜王名人は「AI時代の申し子」などといわれることもあるようです。
現代、将棋の場合では、プロの棋士が勝つことは限りなく不可能なほどAIが発達しています。そのAIを使って研究を行うのが現代のトッププロ棋士間では当たり前のスタイルになっています。永世七冠を達成し、国民栄誉賞を受賞したあの羽生善治さんですら、現代将棋を戦う上ではAIを使った研究をされているようですので、完全にスタンダード化しているともいえそうです。ただ、将棋の実践ではAIのサポートは受けられませんので、あくまでも準備段階でのトレーナー的な役割ということになります。
また、最近の将棋対局の放送ではAIが判定した評価値というものが表示されます。かつては将棋の局面というものは、どちらが優勢なのか素人目にはとても判断できないものでしたが、AIが「こっちがこれだけ有利ですよ」というのを示してくれるのです。
AIによる次の一手の候補手がいくつか表示されるのも特徴です。「この手を指せば最善ですよ」、「次善の手だと少し評価値を落としますよ」といった感じです。しかしながら、将棋は人間同士の勝負ですので、そんなに最善手ばかり指せるわけもありませんので、この評価値が乱高下することは珍しくありません。
「これは人間には指せない」
 AIが挙げる候補手に対して、こんな解説やコメントがつくことは珍しくありません。その最善手は人間の常識ではありえないような危険な一手だったりするからです。しかしながらAIの判断では最善手になります。AIの場合、その情報処理の速度が人とは比較できないくらい早く深いので、人間では読めないような何手も先まで読むことができます。だから、一見すると危険な手でも最善の判断を下せるわけです。
 私たちの現実世界でも、人は一見すると危険な選択は躊躇するものです。安全に優位を保てるならば、危険な行動はしないというのは、リスクを踏まえればよくある判断に思えます。しかしながら、それで優位が吹き飛ぶというシビアな現実を現在の将棋界は見せてくれているように思います。
 そして、そんな「人間には指せない」手を、人間でありながら数多く指しているのが藤井聡太竜王名人です。藤井さんは14歳でデビュー以来、年間勝率8割を切ったことがないというまぎれもない天才ですが、彼が完勝する際にはAIの評価値はずっと右肩上がりになります。つまり、AIから見てもミスがほとんどないという評価になるわけです。
しかしながら藤井さんも人間ですAIの候補手にない手を指すこともあります。ただ、それは実は妙手だったということも珍しくありません。その場合、一度は評価値がガクッと下がるのですが、しばらくすると一気に評価値が戻る、そんなこともあります。「AIが反省した」とか「AI越えの妙手」などと言われる手が指せるのが、藤井さんの天才たる所以です。
 では、なぜそのような妙手を彼は指すことができるのでしょうか。それは、おそらくこれまで将棋界で当たり前とされてきた常識に惑わされず、自分の思考によって最善の手を導き出すことができるからでしょう。それはAIのサポートがあってこそ育まれた能力だったかもしれませんが、紛れもなく彼自身が持っている能力であります。これはAIと人の関係として、一つの理想図かもしれません。
一方で、AIとの付き合い方に関しては多くの課題、問題も指摘されています。先日、来日していたChatGPTの生みの親、サム・アルトマン氏も米国議会で「何らかの規制を設けたほうがいい」といった旨の発言をしていました。これには私も賛成です。
特に規制するべきなのは、生成型AIに新たな生成型AIを作ることを許さないというものです。これを規制しないと、AIが新たなAIを次々と生み出して、最終的に人類ではコントロールできない危険なAIが生み出される可能性があります。
そのとき、そのAIと人類の関係はどのようになるでしょうか。私は、良い関係が築けるとは思えませんし、人類対AIの評価値は大きくAIに傾くように思えます。

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