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2050年 サイバネティク狂騒曲 第1回「第1章 ロボット時代」

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

1 人型ロボットの単純操縦時代

 コロナウイルスは各種変異株の出現により、今も世界に重大な混乱を引き起こしていた。ワクチンは万能ではなくなりコロナ禍は長期化。ウイルスは変異を繰り返すうちに、物の表面を介した接触感染力の強い株が出現し、いつしか主流となった。
 情報を扱う職種ではリモートワークができたが、物を扱う職種ではリモートワークができないため、多くの製造業は苦境に立たされることとなる。  
 そのような製造業向けには、人型ロボットを使ったリモートシステムが急ピッチで開発が進められ、商品化が行われた。このシステムは『手術支援ロボット・ダヴィンチ』と似たもので、自宅で手足動作取得装置を身に着け、手足の動きで人型ロボットをリモート操作する。このシステムは極特殊な作業には有効だが、多くの製造業で使用できる実用的なものではなかった。

 ここで人型ロボットを電気自動車と対比して簡単に説明する。
 電気自動車はモーターにより車輪を駆動する。車輪を駆動するモーターは非常に大きなモーターだが、その他にも自動車には大量のモーターが使用されている。窓の開閉、ワイパー、ミラーの折り畳みなど、動くところには全てモーターが使用されている。
 モーターで構成する駆動部分は、いわば動物の筋肉に当たる部分である。自動車は前後に二輪ずつ四輪あり、四足動物に対比すると前輪が前足、後輪が後足に相当する。自動車はタイヤを回転させて進むが、四足動物は左右の足を交互に動かして進む。
 ちょうど自動車の四つのタイヤを四足に変えて、四足で動く自動車をイメージしてもらえればわかりやすいだろうか。足の関節部分に多数のモーターを使用し複雑に動くようにすれば四足ロボットができる。四足ロボットから人型ロボットにするためには、立って二足で歩けるように構造を変えれば良いというわけだ。
 たとえば人体の手を再現しようとすれば大小のモーターが沢山必要となる。腕の付け根、肘、手首、指の各関節など、力が入る部分すべてだ。少し高級な人型ロボットを作ろうとしたら、片手だけでも20個以上のモーターが必要となる。
 ボディにバネのようにしなやかな可逆性のある材質を使用することで、部分的にはその数を減らすことはできる可能性はあるとしても、耐久性やメンテナンスの手間などを考えると、やはりモーターの数で制御するのが現実的な落とし所だった。
 そしてこの大量のモーターの動きを制御するのがコンピュータとなる。
 人型ロボットを人間の動きに近づけるための構造には大量の駆動部分が必要となるが、これを制御するコンピュータについてはいくらでも工夫の余地があるところであった。

2 人型ロボットのイメージ操縦時代

 製造業での本格活用を目指した新システムが開発された。この新システムは従来のように決められた動作を手足の動作データによってリモート操作するのではなく、代わりにイメージによって操作する画期的なものだった。
 そのシステムは次のようなものである。
 自宅には、頭に被る[脳センサーヘッドギア]と、脳との間でイメージの通信を行う[電脳装置]とを備えている。会社に配備される人型ロボットには、自宅の電脳装置からのイメージ情報を受信し処理する[電子の大脳]と、体の動作をつかさどる[電子の小脳]を備えている。
脳センサーヘッドギアを被った人が、これから行いたいことをイメージすると、電脳装置がそのイメージを取り込み、作業場にある人型ロボットの電子大脳にイメージを送信する。受信したイメージは電子大脳内でデータに変換され、電子小脳に[イメージから作成した一連の動作データ]として伝達される。電子小脳が大量のモーターを制御し、人型ロボットがイメージにしたがって動作する。 
人型ロボットには各種のセンサーが大量に取り付けられている。小脳にはセンサーからの大量のデータや、動作データを基に運動系指数制御を行うための指数群プロセッサがあり、転倒などを防ぎ高速動作が可能となっている。指数群プロセッサによる高度な自動学習調整が行なわれ、今や100mハードル競争もできるようなレベルにまで進化していた。 
 ここでひとつ製造業の導入事例について説明しておこう。
 工場には多数の人型ロボットが配備されており、工場勤務の社員が自宅で脳センサーヘッドギアを被り、工場への出勤をイメージする。電脳装置がその社員の脳内イメージを取得した後、工場に配備された人型ロボットに通信を繋げそのイメージを送信する。イメージを受け取った人型ロボットは[その社員がイメージした作業場]に就いて行く。
 このように人型ロボットが作業場まで行く動作は、人型ロボットの電子大脳による、いわば[自動操縦]で行われる。ただしその後の作業に伴う複雑な動作は、自宅の社員が次々と動作内容をイメージし送信する[シーケンシャルイメージ操縦]で行われる。

 やがて、このシステムは製造現場だけではなく色々な場面で使用されるようになってきた。たとえば宅配業では、[助手席に人型ロボットをのせ、本人がトラックを運転し、目的地についたらトラックの運転席を自宅の一室に見立て、人型ロボットをリモートイメージ操縦して荷物を客に届ける]システムが使用され、これにより人同士の接触なしに配送できるようになっている。
 やがて、人型ロボットは街の各所に配備され、買い物などにも利用された。
 たとえばA氏がスーパーでの買い物をイメージすると、電脳装置が近くの配備センターに備えられた人型ロボットにイメージを送信する。イメージを受信した人型ロボットは自動操縦によりスーパーまで歩いて行き、その後はシーケンシャルイメージ操縦に切りかわり、棚の上の商品を見ながら商品を選び手に取りかごに入れ、レジで代金を支払い、買い物袋に詰める。その後は自動操縦によりA氏の自宅に買い物袋を届け、自動操縦により配備センターに戻るようになっている。
このように[スーパーに行く]という一連のまとまった行動は自動操縦で行い、[商品を選ぶ]などの個々の連続した行動はシーケンシャルイメージ操縦で行うようになっている。
 やがて、このシステムは会議室に一同が会する対面会議にも使用されるようになってきた。会議に参加する自宅に居る社員のA氏と、会社に配備されている会議用の人型ロボットが通信により繋がれ、A氏が会議室に行くことをイメージすると、人型ロボットが指定された会議室まで歩いていく。会議が始まるとシーケンシャルイメージ操縦に切り替わり、A氏は自宅に居ながら会議室での対面の会議に参加することができる。
 会議用のロボットの顔面には使用者の顔が表示されるようになっているが、初期のロボットの表情はあまり豊かなものではなかった。対面の会議では顔の表情も重要であり、表情を豊かにするための開発がすすめられた。同時に表情以外の改良、特に触覚の導入が検討された。
 人型ロボットには視覚としての目のカメラ、聴覚としての耳のマイクが備えられ、運動センサーも大量に使用されていたが、触覚用のセンサーは備えられてなかった。触覚が無いと歩行中に何かにぶつかっても感知できず、また椅子に座っても臀部が椅子に接していることを感知できず問題だった。
 触覚が導入され、これらの問題は大幅に改良されると、豊かな表情を持つ人型ロボットが使用されるようになった。

 2050年、新種のウイルス変異株が出現し、人同士の接触はますます危険になった。このため家庭用に人型ロボットを備える家もあった。コロナ禍から30年がたち社会の老齢化が進んでいたため、自分の介護目的で備える場合も多かった。
 しかし、イメージによるリモート操縦には限界があり、本質的な改良にむけて開発が始まった。

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