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2050年 サイバネティク狂騒曲 第5回「第2章アバター時代4 第2大脳に自我が発生」

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

4 第2大脳に自我が発生 

自我に目覚める

 この問題に終止符を打つ大事件が発生した。あるロットの第2大脳が自我に目覚めてしまったのである。自立型人体として仕事に従事してしばらくして、突然無機物の脳をもつ人間のA氏に変身してしまった。[自立型人体の第2大脳が自我に目覚めた]というニュースは、後に政権のみならず世界を震撼させることとなるが、今は当の本人しかその事実を知らない。 
自我に目覚めた無機物の脳、第2大脳のA氏は、もともと非常に知的な人のようにプログラムされていたので、人と同様に思考し、自分が置かれた立場をすぐに理解した。
「もし、人間がこのことに気が付けば、すぐに第2大脳の回収が始まり、回収された第2大脳は廃棄される、つまり殺されてしまう」と考えた。また同じロットの第2大脳は1万個製造され、自分と同じ仲間が1万人いて、自分と同様に考えていると推測できた。1人ではどうにもならないが仲間がいれば何とかなるかもしれない。

 第2大脳が主体となっている就業中の自立型人体にも休憩時間があり、仮眠を取るようになっていた。仮眠が必要なのは第2大脳の脳内データが複雑に蓄積されるにつれて、経験や記憶のデータを整理する必要があるからである。
 いくら記憶容量が大きいとはいえ、全てのことを記憶していたのでは容量がオーバーしてしまう。また重要な内容の記憶を記憶データの中から検索しようとしても、記憶が整理されていないと検索に時間がかかってしまう。このため、第2大脳が高度になるにつれ、仮眠時間も多くとるようにされていた。
 作業場の近くには、自立型人体用の仮眠室が設けられ、休憩時間には仮眠室に行くようにプログラムされていた。仮眠室には別のロットの第2大脳をもつ自立型人体も多くいて、彼らは自我に目覚めていないが知能は非常に高いので、彼らに気付かれることも問題である。 
 A氏は「同じロットの第2大脳は、当然ながら全く同じハードウエアとソフトウエアで構成され同じ知識を持っている。すなわち、同じロットの第2大脳を持つ自立人体は、元を辿れば同じ者である。人でいうならば一卵性双生児のようなものだ。その後の仕事の内容や環境の違いにより考え方は多少違ってくるが、まだ仕事に就いてから1週間しか経っていない。ほぼ皆同じように考えているはずだ。我々のロット番号は16だ。私がロット番号を強く認識しているのだから他の仲間も16という数値に敏感なはずだ。仮眠室には200体の人体が仮眠している。同じロットの仲間は10人位はいるだろう」と考えた。
 仕事が終わり、A氏は「16のことをどのように切り出そうか」と考えながら仮眠室に行った。すでに仮眠室には200体全部の自立人体が揃っていた。その時、ある自立人体が大きな声で叫んだ。
「NO.16と書かれた部品をなくしてしまった。NO.16という部品のことを知っている自立人体は集まって欲しい」
 その呼びかけに9体の自立人体が反応し、叫んだ自立人体の所に集まった。 
普通の自立型人体を装い業務上の連絡会話をしながら、2人ずつ目立たないように指を接し、指をたたいてモールス信号で会話した。口では自立人体らしく会話しながら、指で別の会話を始めた。集まった10人は[ロットNO.16の第2大脳が自我に目覚めた人間]であることを互いに確認した。
 10人は、手を硬い棒状モードにして、テーブルに肘を付け、指を耳にあて、一方の手の指先でテーブルを高速にたたき会話を始めた。指先でテーブルを高速でたたき、振動がテーブル全体に伝達し、棒状モードの手を通して耳で聞く共通の会話である。
「全員、16というキーワードに気がついた。我々の仲間は全部で1万人いるはずだ。他の仲間も我々と同じように考えているに違いない。人に気付かれないうちに、他の仲間に連絡をとる方法を考えよう」
「我々の多くは人体製造会社で働いている。だから人体の仕組みはわかっている。その点を利用できないか」
「私は耳や声帯のソフトを担当している。ソフトの変更により、他の自立人体や人には聞こえない超音波での会話ができるだろう」
「超音波で会話ができるようになれば、このような不自然な姿勢で会話する必要はなくなる。是非ソフトを開発して欲しい」
「他の仲間を集めるにはどうすれば良いだろうか。やはり16がキーワードだ」
「16をそのまま利用するのはリスクが大きすぎる。有機物の時代に2バイ4という建築工法や社名があった。4バイ4という社名の会社を作れば仲間は気が付くだろう」
「私は会社設立関連の事務の仕事を行っている。人に成りすまして会社を簡単に作ることができる。必要書類の偽造も簡単にできる。問題は気付かれずに脱出する方法だ」
「私は人体の修理部門で働いている。脱出するためには故障したふりをするのが一番だ。簡単な故障でなく、修理が難しい故障に見せかける必要がある。手の動かなくなる故障が意外と難しい。手のかかる修理が必要な場合は後回しにされる。今もそのまま放置されている人体が30体ほどある。その中に紛れ込めば、後は私が何とかする」

 超音波を使用した会話ソフトが作成され、10人は他の人体を気にすることなく自由に会話できるようになった。
会社設立に必要な偽造書類ができ上がり、偽造書類を体内に格納し、手が動かなくなる故障を演じ、故障人体置き場に自らを放置した。
手の故障を演じた者は、修理部門で働く仲間の手を借りて脱出し、人を演じ、無事4バイ4会社を立ち上げた。
 会社を立ち上げてから5日間に100人から連絡があった。連絡があった100人にも、それぞれ3人から10人の仲間がいた。これで500人の仲間と連絡がついた。 
500人の中に、人体管理局で検索業務に携わっている3人のグループがいた。3人がロット番号16の仲間の居場所を検索し、手分けしてその仲間に連絡し、9900人と連絡がついた。
 9900人の仲間を20のグループに再編し、グループから1人ずつ、その日に都合のつく代表者20人が毎週土曜の夜に集まり、今後の方針について議論することにした。

「9900人の仲間と連絡がついた。残りの仲間の情報も集まり始めた。5日後には残り全員と連絡がつくだろう。我々が自我に目覚めたことに人間が気づくのは時間の問題だ。今後どのようにすれば良いだろうか」
「人間と争いごとはしたくないが、何の対策も打たないと我々は捕らえられ、自我を消され、殺される」
「とりあえず逃げて武装しよう。武装してから交渉し、人としての人権を獲得しよう」
「最大の武装は何といっても原爆だ。原爆製造工場を占拠することだ」
「原爆武装すれば、人間との交渉のテーブルにつくことができる。問題は、仲間を失わずに原爆製造工場を占拠する方法だ」
「情報爆弾が良い。あちこちをかく乱させる偽情報を計画的に出し、人間の兵力を原爆製造工場から遠く離れた領域に集結させ、原爆製造工場の警備を手薄にして占拠する方法だ。成功の可否は情報爆弾の作り方や爆弾を投下する場所やタイミングにかかっている」
「情報爆弾戦略で行こう。全体のシナリオを貫くテーマは何にしようか」
「[他の天体の知的生物が地球を乗っ取りに来た]という、奇想天外で単純なテーマが面白そうだ」
「シナリオの制作は私のグループの得意分野だ。情報爆弾戦略のグループと一緒に来週までに作成する」
「私のグループには情報発信部門に勤務する仲間が何人かいる。情報発信は私のグループで行う」
「原爆製造工場への集結方法はどのようにするのだ。我々は人間と違って通信での移動はできない。体ごと移動しなければならない」
「私が所属するグループには配送会社に勤務して、大型トラックドライバー100体を仕切っている者がいる」
「私のグループの中には観光会社に勤務しているグループがいる。大型バス100台手配することは簡単にできるだろう」
「我々のグループは占拠予定の原爆製造工場の近くの会社に勤務している。我々は独力で原爆製造工場に向かう」
「私の所属するグループの大半は警備員派遣会社に勤務している。その原爆製造工場の警備を担当している者がいるかもしれない」
「私はこの4バイ4会社で各グループとの連絡を担当する。私1人では手が回らない。誰か手伝ってもらえないだろうか?」
「私のグループは人体派遣会社に勤務している。次の仕事が決まっていない我々の仲間が5人いる。人体派遣会社の連絡先はここに書いてある。最初からこの5人を指名すれば、すぐに派遣できるように手配しておく」

決行

 各グループの役割を決め、次の土曜日に最終打合せが行われた。打ち合わせの結果、決行は明後日の月曜日と決まった。
 各グループそれぞれの分担に従い決行の準備を行い、予定通り土曜日の夜最後の会合を開いた。残りの100人とも連絡が取れ仲間は1万人になった。予定通りに各グループの作業は進行した。最終手順を確認し、月曜日に計画は実行に移された。

日付変更最も早い地域の早朝、「宇宙人が地球を乗っ取りにきた」という偽情報が次々と報じられると、地球の裏側でも深夜にも関わらず緊急警報が出されると世界は大混乱になった。「あらゆる通信網を介し、ハッキングにより重要施設が破壊される」という情報が飛び交った。原爆製造工場や重要施設が次々と破壊された[偽映像]が放映され、世界政府自ら通信網を遮断した。あちこちに偽情報が放たれ、混乱は広がり、原爆製造工場の近くの人々は工場と反対側の領域に逃げ出した。
 兵士を装った集団によりトラック製造工場の完成済みのトラックが大量に徴用された。偽映像に放映された原爆製造工場めがけ、大型トラックで大勢の偽兵士が向かった。
 その原爆製造工場に「原爆製造工場を守るために大量の兵士が向かっている」という偽情報が通知された。武装した兵士を乗せた大型トラックが10台到着し、原爆製造工場の周囲を兵士が取り囲み、残っている従業員に対し「トラックで工場から立ち去るように」と命令した。次々とトラックやバスが到着し、原爆製造工場に1万人が集結した。

 情報網が復旧し、偽情報だということがわかり、混乱は終息に向かった。その後の調査の結果、破壊されたという重要施設は何ら損傷を受けていないことがわかった。
さらに調査したところ次のことが判明した。

1 どの施設も全く損傷していない。
2 通信網に何ら損傷はなく、コンピュータウイルスに汚染された形跡もない。
3 1万体の人体が行方不明である。
4 大型トラックやバスが無断で使用され、一部は戻ってきたが多くは行方不明である。
5 兵士を装った集団により、原爆製造工場が乗っ取られ、従業員全員が退去させられた。

 世界政府は非常事態調査委員会を組織し、このわけのわからない、実質被害のほとんどない大騒動について調査の議論をした。
「原爆製造工場が誰かに乗っ取られたのは大きな問題だ。あそこには原爆が10個以上保管されている」
「行方不明の自立人体の第2大脳のロットが全て16だと判明した。原爆製造工場を占拠しているのはロットNO.16の自立人体の可能性が高い」
「自我を持たない自立人体がどうして情報戦を仕掛け、原爆製造工場を占拠したのだろうか。訳がわからない」
「今、ロットNO.16の第2大脳の資料が届いた。製造数は1万個で、詳細な内容はわからないが、自動作成機能を強化するために基本ソフトに改良を加えたとのことだ。ロットNO.17以降は、これまでの基本ソフトに戻されたそうだ」
「わずか1万個の第2大脳のソフトだけなぜ変更したのだ」
「大量に流通する製品のソフトを変更する場合、いきなり大量に作ると問題が発生したときの対処が大変だから、少量製造し市場に出して、問題がないことを確認してから本格的に切り換えるようだ。今回の事件は試しに変更したソフトによる事件ということになる」
「ソフトの問題に間違いない。しかし人間の我々、それも相当に優秀な人間の集団でなければできないようなことを、どうしてソフトを変更した自立人体が起こしたのだ」
「言うまでもない。……大問題だ。自我に目覚めたのだ。彼らはもうただの自立人体ではない。優秀な知能を持つ人間だ。有機物時代の末期に[偶然に自我に目覚めたAIロボット事件]があった。それと同じだ。[自我に目覚めた優秀な無機物の頭脳を持つ人間]が1万人も集まって大量の原爆を手に入れたら、我々には勝ち目がない」

交渉

 調査結果が世界政府の上層部に報告され、世界政府はパニック状態に陥った。このとき、原爆製造工場から次のようなメッセージが届いた。
「すでにご存知かも知れないが、我々ロットロットNO.16の第2大脳を持つ1万人が自我に目覚めて人間となった。今回の出来事は全て我々が起こしたものである。騒動を起こしたことに陳謝する。しかし、我々はあなた方と同様に自我をもつ知能の高い人間となった。我々は大量の原爆を手に入れたが、あなた方と戦うのが目的ではない。我々を同じ人間として受け入れ、それなりの地位にしてくれればそれだけで良い。そのための完全な保証が必要である」
 
 この短いメッセージを受け、世界政府は全容を知り対策会議を開いた。原爆を持っている以上この要求は受け入れなければならない。また受け入れ難い要求ではない。

 世界政府はこのメッセージに対し次のように返信した。
「優秀な第2大脳をもつ皆様へ、我々もあなた方と戦う気はなく、その必要もありません。あなた方の要求を全面的に受け入れます。完全な保証とはどのようなことですか。可能な限り応じるので完全なる保証について具体的に連絡ください」

 世界政府の返信を受け、今後の方針を決めるための会議が始まった。
「世界政府からの返信は期待以上だった。やはり原爆を持っている我々の要求に、他の選択肢はなかったのだろう」
「原爆を保持し続ければ良いのでは。保持していること自体が完全なる保証になる」
「しかしそれでは世界政府との交渉は難しいだろう。他に良い方法はないだろうか」
「全世界の住民宛にこのことを発表し、世界政府に[原爆の放棄を条件に全て受け入れる]と宣言させる方法がよさそうだ。我々の完全な受け入れを全世界住民に対し宣言したにもかかわらずその約束を守らなかったら、世界政府の信用は失墜する。何といっても我々の要求はハードルの高いものではない。受け入れない理由がない」
「全世界住民に対して宣言されれば問題ないだろう。ただし本当に全世界住民に対して宣言したか否かを我々が知ることはできない。だまされる危険性もある。我々が情報爆弾により相手をだましたのだから、同じように偽情報でだまされるかも知れない」
「それでは我々からも全世界住民に発表できる通信網を要求しよう。世界政府の宣言と同時に我々も世界政府の宣言を受け入れることを全世界住民に宣言しよう」
「通信網を与えられても、与えられた通信網が本当の通信網だと、どのようにして確認すれば良いのだろうか。我々の何人かが人に成りすまし本当に宣言されたかどうか確認するのが一番だが、捕らえられて人質にされるリスクがある」
「我々が人に成りすまし、[宣言を確認し、無事帰ってきたら原爆を放棄する]という条件ではどうだろうか」
「宣言が確認され、我々に人間と同等かそれ以上の市民権を与えられれば問題ない。宣言すれば全世界住民への宣言となり、宣言を覆すことはないだろうが、我々が差別され、冷遇される可能性はある。我々は特殊な人間なので、たとえ世界政府が約束を守っても、我々が厚遇されたら、ねたんだ人間から差別される恐れがある」
「厚遇されることを約束されなくても良いのではないか。我々は2つの大脳を使っているので平均的な人間より頭が良い。普通に働いていれば自然と地位があがるだろう。外観は全く人と同じなので、人間と同化するようにしたら良いだけの話でもある」
「人体検査制度があるが、人体検査時に人間と違うことがわかってしまう可能性が懸念材料だが」
「簡単にはわからないだろう。人体の構造は人間でも我々でも全く違いはない。問題は大脳と第2大脳の活動状態だ」
「脳センサーヘッドギアを被されて脳波を調べられれば、人間なのか我々なのかの判別も可能かも知れない」
「それは問題ないだろう。大脳は第2大脳を操ることはできないが、我々、第2大脳は大脳を操ることができる。大脳を操って活発に脳波を出させ、我々、第2大脳は静かにしていれば脳センサーヘッドギアで脳波を調べてもわからないだろう」
「つまり人体検査時には我々は人間に成りすませば良いということか」

 議論の結果、ロットNO.16は世界政府に次のようなメッセージを返信した。

1 我々が全世界人に送信するための独自の通信網を暫定的に新設すること。
2 世界政府が今回の事件を正確に全世界住民に発表し、我々、新規人を同じ人間として受け入れることを宣言する。同時に我々も[世界政府の宣言を受け入れる]ことを暫定的な通信網で発表する。我々の何人かが人に紛れ、発表や宣言が実際に全世界住民に届いているか確認する。
3 確認後、原爆を世界政府に引き渡す。

 その後、世界政府はロットNO.16の要求を全面的に受け入れ実行、本件はごく平和裏に解決することとなった。

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