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SFB人類の継続的繁栄 第17章『1300年の営み』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

第3世代人類のリーダーの現在

 第3暦1300年、第3世代の人類が誕生してから1300年が経過した。第3世代の人類が誕生して最初のリーダーとなった阿部氏、その後、ナンバー2だった井上、人類の英雄とも呼ばれる上田、庶民のヒーロー荒木といった面々が、その座を代わる代わる引き継いだが、それはあくまでも表面的な変化にすぎないともいえた。

「人類のリーダーといえば誰か?」

 全人類にそんな問いを投げかけたならば、その多くが今も阿部氏の名が一番多く挙がるだろう。そんな阿部氏の現在の役職は宇宙政府のトップである。宇宙政府大統領だった。実に1300年間トップとして君臨しているわけである。
 しかし、一言で「君臨しつづけている」とはいっても、細かなことをいえばそれは事実と異なる。正確には、現在の阿部氏は13代目の阿部氏である。
 第3世代の人類には明確な死はない。しかしながら100年前に経験した個人記憶は100年後には完全に消去されるようなっている。これは、第1世代、第2世代の人類は生と死を繰り返し、命をつなぐようになっていたので、これに習って脳機能をプログラムしたからである。
 したがって13代目の阿部氏には、第2世代の人類からバトンを受け取るために懸命に努力した当時の第3世代の人類誕生直後の直接的な記憶は全くない。無論、そのことは人類史に詳細に記録されており、13代目の阿部氏は当然、初代の阿部氏の活躍の様子は知っていた。このことは阿部氏だけでなく誰でもが知っていた。
 第3世代の新人類に移行するとき、顔と声と記憶は継続され、性別が与えられ、年齢は一律30歳の体に作られていた。
阿部氏は男性を選んだ。またマイナーチェンジ制度を利用して、外観上は50歳になるように改造した。政府のトップとして威厳を持つためである。外観上の年齢は50歳となったが、マイナーチェンジ制度では性欲まで変更することはなく、30代の性欲を持っていた。 また、秘書の女性と結婚し、結婚後、その女性もマイナーチェンジにより40歳の外観に変更した。相手の外観も40歳と平均より10歳高いが、元々が美人なため阿部氏の性欲には影響しなかった。
 100年前の記憶が消失するとはいえ、それ以降の記憶はあるため、阿部氏は人類の継続的繁栄の精神を一貫して持ち続けていた。そのためもあり、宇宙政府のトップである阿部氏は、一時期問題となった地上政府との電力問題も円満に解決できた。大統領は選挙で決められるが、その多くの期間において政府の長であったので、立候補さえすれば選挙のたびに他の候補に勝利し、1300年もの間、実質的な政治のトップの座にいた。
 阿部氏も長期休暇を取り、地上を観光したりスポーツを堪能したりすることはある。このときは俊敏体の体を選び、時にはマイナーチェンジ制度で20代に若返り、それなりの娯楽に興じることもある。
 このように政府の要人が体を乗り換えて休暇を楽しむ場合、警備員が同行することはなかった。ただし、万一旅先で事故にあう場合も考えて、乗り換える体や旅行先について事前に報告することが義務付けられていた。 

第3居住棟コロニー事故

 宇宙政府の大統領執務室は、第3居住棟として建造された円盤状の建造物に設けられていた。この建造物は800年以上前に作られたものである。
ある日、その第3居住棟コロニーで大事件が起こった。小型の隕石により第3居住棟に取り付けられていたカウンターウエイトが吹き飛ばされてしまったのである。カウンターウエイトを失った第3居住棟はゆっくりと落下し始めた。
 あわてて姿勢制御エンジンを下方に向けて全開し、落下を止めたが、今度は徐々に上昇を始めた。メインワイヤが緊張し、800年以上も前に製造され、劣化していたワイヤが切れてしまった。
 新型移動室が設けられた第4居住棟との渡り廊下は破壊し、第3居住棟は宇宙に向かって上昇しだした。姿勢制御エンジンの調整ではなかなか安定させることはできなかったため、少しずつ地球圏から離脱をはじめたのだった。
 宇宙をさまよう第3居住棟を元に戻すことは困難である。このままでは150人の政府関係者を乗せたまま、宇宙をさまようことになる。ただ、データ化して体を乗り換え脱出すれば助かる。できるだけ早く全員脱出しなければならない。
 第3居住棟の内部には体を乗りかえるための移動室は、普段はあまり使われていない旧型のものが一つしかなく、1人ずつ乗り換え作業が行われた。旧型なので1人3分かかり、150人の脱出には8時間を要す。その間に電波の届かない領域に飛ばされないように、姿勢制御エンジンを操作し続けた。
 順番を待っている多くの政府関係者は、重要な機密書類を次々と他の宇宙基地や居住棟に向かって投げ放った。特に重要な機密情報は今も紙書類で扱われているのはいささか滑稽ではあるが、デジタルデータよりも漏洩リスクが低いという理由で採用されていた。そんな多くの重要書類は網捕獲砲により捕獲された。
今のところ、何とか宇宙居住区の上空、5km以内を漂っている。しかし、姿勢制御ロケットをこのまま使い続けると、5時間後には燃料切れになってしまう。
 はじめは手順どおりに顔と声のデータも取得していたが、時間を節約するために、途中から顔と声のデータは本人のデータを取得せずに、他人のデータを使い回しにした。記憶データさえ正しく送信されていればあとはどうにでもなる。
 最後の50人については悲惨だった。行き先や体を選んでいる余裕はなかった。性別もこの際どうでも良い。とにかく全員が無事に脱出することが重要である。
 ある女性は、山奥の冒険旅行センターに送信された。この旅行センターは開発中のため作業用超大型男性の体が置かれていて、その体に乗り換えてしまった。顔や声には別の女性のデータが流用されていた。
か細い女性声の、かわいい女性顔をした作業用超大型男性が急に動き出し、周りの人に事情を説明しだした。最初は何が起きたのかわからず周りの人もうろたえたが、テレビをつけると宇宙での大事故が報道されていた。
 事情がわかり、この女性は宇宙政府の別の建物に送信された。体には今までと同じ中型女性体が使用された。しかし彼女の場合これだけでは終わらなかった。顔と声が本人のものではなかった。
 彼女の顔や声のデータはどこにも残ってなかったが写真だけは残っていた。その写真を基にマイナーチェンジ技術により基の顔に戻すことができたが、声については完全には戻すことはできなかった。

阿部氏の受難

 阿部氏についてはもっと悲惨だった。責任感の強い阿部氏は、部下の制止にも関わらず最後まで指揮を執っていた。いよいよ燃料が尽き、阿部氏も脱出することを決めた。
 阿部氏も地上の観光地に送信された。使われた体は小型女性だった。声や顔も女性のものだった。最後の十数人は、同じ女性の顔と声が使いまわしされていた。
 阿部氏にとって女性の体に乗り換えたのは初めての経験だった。1人の犠牲者も出さずにこの大事故を収束できたので、阿部氏はほっとして気が緩んでいた。その日は宇宙政府に連絡せずに、観光地のホテルに宿泊し、女性として一夜を楽しもうと考えていた。
 部屋に入りテレビをつけたところ、それどころではなかった。どの番組でも宇宙の大事故が報道されていた。当然ながら阿部大統領が行方不明だと報じられていた。阿部氏は最後まで指揮を執っていたことも報じられていた。最後まで指揮を執っていたので、助からなかったとの報道もあった。
我に帰った阿部氏は、あわててホテルの受付に事情を話し、宇宙政府に連絡するように頼んだ。しかし取り合ってもらえなかった。阿部氏とは全くかけ離れた女性の顔と、かぼそい声での説明に対し、ホテルの受付係は冗談だと思った。
 あまりにもしつこかったので、念のため地上政府に連絡した。地上政府も念のため宇宙政府にこのことを連絡した。宇宙政府も混乱していた。連絡を受けた担当者は、阿部大統領は助からなかったと思い込み、地上政府の担当者からの、わけのわからぬ説明に取り合わなかった。担当者は、阿部大統領に関する色々な情報に忙殺されていた。
 地上政府の担当者から「一応連絡だけはした」とホテルに連絡が入った。ホテルの受付から阿部氏にそのことが伝えられたが、無論それは阿部氏が期待していた返答ではなかった。
 再び受付に説明する阿部氏だったが、ホテルの受付も内心「おかしな客がきてしまったものだ」と困り果てていたが、あまりしつこいので根気負けして地上政府の担当者に再度連絡した。
 阿部氏は「自分に代わってくれ」と、受付係にかぼそい女声で頼んだ。仕方なく受付係は阿部氏に電話を渡した。阿部氏は地上政府の担当者に事情を説明した。阿部氏とは全く似つかないかぼそい女声での説明に、始めのうちは冗談だと思った。
 ただ、あまりにも熱心な説明だったので、念のため阿部氏だということを証明できる話をするようにいった。阿部氏は今回の事故の様子、最後まで指揮を執っていたことなどを話し始めた。しかし、それらのことはテレビ等で報道されていて、阿部氏の特定には役に立たない。そのことを阿部氏に伝えると、阿部氏は16桁の番号を口にし「この番号を宇宙政府の幹部に伝えればわかる」と断言した。
 担当者は再び宇宙政府に連絡した。今度は別の担当者につながった。16桁の番号のことを説明すると担当者は「調べるので少し待ってほしい」と言い、2分後に興奮して「その人は阿部大統領だ」と大きな声で返した。
 地上政府の担当者も事情がやっと飲み込めた。ホテルに「その人は確かに阿部大統領だ。すぐに迎えに行く」と連絡した。ホテルは大騒ぎになり阿部氏に謝罪した。写真を撮ろうとする人も現れた。阿部大統領は当然断り、ホテル側は厳重に阿部大統領を警護した。
 宇宙政府の上層部に、地上政府から阿部大統領についての正式な連絡が入った。宇宙政府はこの情報に安堵し、地上政府に、阿部大統領を至急保護し、宇宙に送るように要請した。
 地上政府は、阿部大統領の顔と声のデータについて問い合わせた。この顔と声のままで阿部大統領を宇宙に送り戻すのは失礼である。今後の大統領の威信にも関わる。
 大統領の顔と声は万一に備えデータ化され保存されていた。保存データを一旦地球に送信し、地上政府の移動室から記憶データと共に大統領の正式な顔と声とが宇宙政府に送信され、しかるべき体に乗り移り、威厳を持って帰還することができた。
もともと宇宙に政府を移したのは、超巨大地震に備えてのことだったので、この大事故をきっかけにして、エネルギー省の分室と宇宙空間開発庁だけを宇宙の政府庁舎に残し、地震が収束し安全になった地上に本政府を戻した。
 また、今回のような事故が再び発生しないように、メインワイヤ等の点検や交換がおこなわれた。しかし宇宙居住区への関心は薄れ、これ以上宇宙の建物の建造は行わない方針が打ち出され、宇宙は電力供給基地、観光地、無重力を利用した特殊研究の場としての位置付けが益々強くなった。また、ソーラーパネルの耐用年数とメンテナンスの問題から電力を地上でも発電する検討が再開された。
 しかしながら質量電池の開発は遅々として進まず、また、貴重なカーボンを使用する火力発電には反対の意見が多く、そのため原子力発電を使用することになった。第3世代の人類にとって、放射線はほとんど問題ではなかった。

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