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SFC人類の継続的繁栄 第4章『第4世代人類の基盤』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

月のクレーター開発の準備

 月面から試験採掘された貴重物質のサンプルは〔月のクレーター開発計画プロジェクト〕の担当技術者により入念に分析された。分析結果は期待通りだった。また、採掘担当技術班は採掘した隊員からクレーターの様子や採掘作業について入念に聞き、記録した。
こうして第1次月探査・試掘の詳細な報告書と採掘計画書が作成された。
報告書と計画書の要約は次のようなものである。 

     

  1. 第1次月探査・試験採掘は成功した。
  2. このクレーターには大量の貴重物質が含まれ、その量は5億人の人を誕生させるのに十分な量である。
  3. 5億人を誕生させるために必要な貴重物質の量は、物質Aが2t、物質Bが500kg、物質Cが100kg。
  4. 本格的な採掘には小型重機数台と、月面輸送用小型トラック5台が必要。
  5. 第2地球の宇宙エレベーターと月の宇宙エレベーターの能力増強が必要。
  6. 月面の宇宙基地と第2地球の宇宙基地との間の物資輸送用には、第1次探査に使用した小型ロケットをそのまま使用可能。
  7. 物質Aについては純度90%、物質B、Cについては純度30%以上にするための、月面基地での粗精錬作業が必要。
  8. 準備期間3年、月面での作業期間2年。
  9. 開拓隊員50名、精錬隊員10名、管理隊員2名、月面エレベーター隊員2名、その他の隊員10名、総勢74名。
  10. 大型の50人の開拓隊員は、第1次探査隊員の山田氏1人がその体に乗り込む。
  11. 10名の精錬隊員は、精錬技術者1人がその体に乗り込む。
  12. それ以外の隊員については今後決める。

 なお、開拓隊員の50名の顔と声が皆同じだと混乱するので、山田氏自ら50名それぞれ別の顔と声との仕様を決め、名前も顔や声に合わせたニックネームを使用する事にした。
 上田政権はこの計画書を承認し、5年計画の〔貴重物質獲得プロジェクト〕がスタートした。
 3台の小型重機、5台の小型月面トラック、精錬関連装置、その他各種の機材が製造された。第2地球側と月面側の2台の宇宙エレベーターの能力増強工事も行われた。
 こうして3年間の準備期間は予定通り進行し、準備が整った。

再燃する二重存在問題

 準備期間中に、法制度上の厄介な問題が浮上した。計画では大型の50名の開拓隊員には第1次探査隊員の山田氏がその体に乗り込む事になっていた。月面基地には第1次探査時に使用した10体だけ残っている。したがって大型開拓隊員用の40体を新たに第2地球から月に運ぶ必要があるが、大型の40体を一度に運ぶのは現状の宇宙エレベーターの能力を考えると不可能で、まず5体を月面に運び、15体に山田氏が乗り移る予定だった。したがって残りの35体を月面に運んで山田氏が乗り込むとき、山田氏は地上に残っていなければならない。
 しかし、現行法では、元の本人を残したまま他の人体に乗り移る事は禁止されている。あくまでも乗り換える事が必要である。元の場所と移動先の場所に、同時に同じ人が存在する事には矛盾が多く、禁止されている。
 このように法制化されているので、山田氏が15体の人体に乗り換えると、地上から山田氏が消えなければならない。地上に山田氏がいなくなれば、残りの35体の体に山田氏が乗り込む事は不可能であった。
 この問題の解決策が協議された。
開拓隊員に別の隊員が加わる案も出たが、山田氏は開拓隊員としてずば抜けた能力を持っており、第1次探査を山田氏1人が10体の人体に乗り換えて行った実績から考えても、この案は退けられた。
 月面基地に移動した15人の内の1人の山田氏が、残りの35体の体に乗る移る案も提案されたが、月面基地でこれを行うには色々な関連する装置を月面基地に送る必要があり現実的でなく、この案も退けられた。
 プロジェクトのリーダーはこの状況を政府の担当者に説明し、特例として山田氏の二重の存在を認めるように働きかけ、政権内部で協議の上、特例として認められた。
 これにより、地上に山田氏を残したまま、月面基地に大型の体をした山田氏を15名誕生させることができた。その後は計画通り行い、機材が次々と月面に運ばれ、15名の山田氏により月面基地の整備が行われた。山田氏本人が地上にもいる事により、月面基地と地上との連携もスムースになり、月面基地の整備は順調に進行した。
 第1次基地整備が完了し、2体の月面エレベーター担当者用の人体、20体の山田氏用の人体、1体の管理隊員用の人体が月面基地に運ばれた。2名の月面エレベーター担当隊員が月面基地の体に乗り換え、1名の管理隊員も月面基地の体に乗り換えた。
山田氏は20体の体に乗り移り、月面の隊員は35名の開拓隊員、2名のエレベーター担当隊員、1名の管理隊員の総計38名となった。
その後15体の山田氏用の人体や残りの人体も運ばれ、それぞれの隊員が乗り込み、月面の隊員は全員そろった。

山田の功績

 50名の開拓隊員が小型重機を使用して鉱石を掘り出すと、小型トラックで鉱石は月面基地に運ばれる。そして、運ばれた鉱石は10名の精錬隊員により精錬される。精錬された貴重物質は、2名のエレベーター担当隊員により月の宇宙基地に荷揚げされ、月面の宇宙基地から小型ロケットにより第2地球の宇宙基地に運ばれる。
このようにして、貴重物質は宇宙エレベーターにより次々と地上に荷下げされた。
 地上の精錬技術者により貴重物質の含有量が分析され、月面基地の精錬隊員に分析結果が報告された。また、地上の山田氏は鉱物学者と精錬技術者のアドバイスを受け、月面の山田氏に採掘する鉱石に対する情報を伝え、また月面の山田氏と地上の山田氏との間で採掘の方法の改善などが話し合われた。
 地上に山田氏が残った効果は大きかった。月面での作業は2年を予定していたが、必要とする貴重物質は1年半で必要量確保され、計画より早く採掘作業は終了し撤収作業に入った。
 撤収前に、プロジェクトの主要メンバーと政府の関係者との会議が開かれた。月面作業が予定以上に早く進んだ最大の要因は、開拓隊員全員が山田氏だった事、また地上にも山田氏が残った事にあり、山田氏は今後も天体開拓には欠かせない重要な存在である事が確認された。
統合して1人に戻る山田氏に、天体開拓という職業柄万一の事態が生じると今後の月面開発に大きな支障をきたす。また、山田氏の功績をたたえる意味もあり、月面上の山田氏を25名ずつA、Bの2つのグループに分け、Aグループの25名と地上の山田氏を統合して地上の山田氏の人体に戻り、Bグループの25名の山田氏を統合し地上に新たに用意した人体に乗り換える、つまり山田氏が地上に帰還する時には2名とする事が提案された。
 功績をたたえて2名とするこの申し出を地上の山田氏は快諾した。ただし、「今ここにいる私は月面の25名の私と統合後も今の家族とこの職場のままにして、別の25名の統合による新たな私には、新たな職場と家族を設けてほしい」との希望を申し出た。この山田氏の申し出は、リスク対策の観点でも都合が良く、別の25名の統合により新たに誕生する山田氏には、ふさわしい家族と職場を用意する事になった。
 こうして5億人分の人を誕生させるために必要な物質が月から採掘され、人類政府は〔5億人誕生プロジェクト〕を発足させた。貴重資源は確保されたものの、その実現に向けては人体の大部分の材料となるカーボンを大量に採掘しなければならない。またカーボン変成機や半導体製造装置等も増産する必要がある。現状の50万人を、いきなり5億人にまで増やすことは現実的ではない。
 この計画は、第3世代の人類が採った方法を参考にして、50年計画で行なう事になった。

第4暦500年

 5億人誕生プロジェクトが実行され、第2地球に6人が到着してからわずか500年で、人口が5億人余に達した。上田政権は、この先をどのようにするかを決めるための〔次期問題検討プロジェクト〕を発足させた。
最大の問題は、ほとんどの住民が人を新たに誕生させるための仕事に従事しているので、5億人が誕生した後は一気に仕事がなくなり、多くの人が職を失う問題である。
プロジェクトで長時間検討した結果、「ほとんどの産業は人を誕生させるための産業でありこの産業を維持しなければならない」との共通の認識となった。
しかし人口を増やし続ければ、いつか破綻が生じる。この矛盾を解消するために、「人口は増やさないが、人体は製造し続ける」という提案がなされたである。
このような案が提案された背景には、次のような事情もあった。
当初は、遠くへの移動するために体を乗り換える時のルールとして、1人が別の1つの体に乗り換える事が法制化されたが、月面の開発時に、1人が複数の体に乗り換える事が特例として認められた。これは大変便利な方式であり、月面の開発以外でも必要に応じてこの方法は認められ、事実上、1対1の乗り換えの原則がなくなったという現実を踏まえての提案であった。
また、人口の何倍もの人体があると、次のような利点がある。
たとえば、休暇で観光旅行をするとき、5カ所の観光地の人体に乗り換えると、一度に5カ所を観光でき、統合して1人に戻ったとき5カ所の観光の思い出が残る。レジャーだけでなく、緊急な仕事が入った場合や膨大な仕事をしなくてはならない場合、複数の体に乗り換えて仕事を行う事も可能になる。
また人類の滅亡につながる緊急事態が発生した場合、人体が用意されていれば短時間で大量の人を誕生させ、緊急事態に対応させる事ができる。
 次期問題検討プロジェクトのこの提案は政権内部で検討され、提案どおりにこれを進める事になった。また、プロジェクトによる、次のような付帯提案も実行する事になった。

     

  1. 新たな人体製造の主目的は、現状の産業の維持であり、徐々に他の産業を育成する。
  2. 一般人が同時に使用できる人体は、人体の製造量を勘案し、2体からはじめ、20億体ができ上がった時点では、5体までとする。
  3. 個人の人体の所有は認めない。

レジャー等に使用する人体は、そのレジャー運営会社が装置として所有する。

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