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SFC人類の継続的繁栄 第5章『迷走する記憶』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

不都合記憶を除去する「新たなアイデア」

 不都合記憶を除去するフィルター技術に着目した関連技術者の中に、この技術を別の技術に応用できないかと考え始めた者がいた。

――たとえば非常時などに、複数の人を1人の人に統合する事に応用できるのではないか。

 こんな思いつきに興味を持った技術者たちは、このアイデアについて議論した。

「月の探査のように1人を10人にして再び1人に統合する場合、今回は短時間だったので大きな問題にならなかったが、10年間10人のまま暮らし、10年後に1人に統合する場合を考えると、記憶の量が大きくなりすぎる。また10年も別に過ごしていれば似ていても他人と同じだ。他人の記憶の統合など不可能だ」
「月の資源採掘時に山田氏は2年間も50名で存在していた。2年では統合に問題なく10年だと統合不可能だというのは合理的な考え方ではない」
「時間だけの問題ではない。山田氏の場合、50名全員が月での採掘という同じ作業をやっていた。同じことをやっていたので統合に問題がなかったのだ」
「記憶などあいまいだから10年間10人のケースならあまり問題ないとも思えるが、全く他人ではそれぞれの記憶がばらばらなので統合はできない」
「全くの他人は無理だが、たとえば6人の家族を統合する事ならできるのではないか。家族内の個人記憶には共通した部分が多いのだし」
「家族で小さな事業をしている場合は別だが、ほとんどの場合、家族と言っても皆それぞれの仕事や職場がある。家族内の統合も無理だ」
「家族内でもプライベートはある。たとえば記憶統合で過去の浮気が発覚してみろ、頭の中で喧嘩が始まるぞ。家族内でも無理だ」
「そういった浮気の問題こそ不都合記憶除去フィルターで解決できるのではないか」
「家族も所詮他人の集まりだ。他人を統合する事は無理だ。不都合だらけで、フィルター処理後はほとんど何の記憶も残らない」

  結局、「他人を一人に統合するなんて無謀であり、これ以上検討の余地もない」との結論に至った。
  他人を1人に統合するのは難しくとも、不都合除去フィルターは別の面で利用できるのでは、という別の議論が始まった。

「ただ、浮気したという記憶を消せるというのは、目の付け所が良かったかもしれない。考え方を少し変えれば、除去フィルターにより、過去の不幸な出来事、たとえばトラウマの類を除去できるということにもなる」 
「確かにそれは良いアイデアだ。フィルターにより不都合記憶は全部除去できる」
「トラウマを除去するのは良いが、不都合記憶を除去すると、過去の失敗から学習した効果もなくなり、同じ失敗を繰り返す可能性もあるだろう」
「学習効果を維持したまま、不幸な過去の記憶を除去できるだろうか」
「今のフィルターではそれはできないが、フィルターを改善すればできるだろう」
「記憶の操作だから、良し悪しは別として何でもできる。不幸な過去を幸福な過去に変えるのはフィルターを使わなくても簡単にできる。個人記憶に、『今も、今までも幸福だ』という記憶を強く持たせるだけですむ」

 このような議論の末、フィルターによるトラウマの除去実験を行う事になり、正式に〔フィルタープロジェクト〕が発足した。

記憶除去実験

 この実験には実験台となる被験者が必要である。技術者の1人が実験台になる事に手をあげた。まず、現状のフィルターの性能をテストする事にした。被験者は自分の起こした事故によるトラウマの内容を自ら話した。現状のフィルターは不都合記憶を自動的に除去するようになっているので、指定したトラウマのみを除去する方式に仕様を変更し実験した。
 1回目の実験が始まった。指定方式のフィルターにより、被験者の個人記憶からそのトラウマ関連の記憶だけを除去する実験である。フィルターで処理後、医師がそのトラウマの有無について被験者に質問すると「全くない」と被験者は答えた。事故の事を聞くと、その記憶もなかった。
 色々と聞き取り調査したところ、その事故による学習効果も失われ、また同じミスを起こしかねない事もわかった。予想通りの結果だった。被験者の個人記憶は一旦、実験前の状態に戻された。無論、被験者の記憶には1回目の実験内容の記憶は残っていない。
 医師と担当技術者は、次の実験に向けてフィルターを改良した。2回目の実験は、この改良したフィルターを使用して行われた。フィルターを変えただけで、実験内容は同じである。結果はトラウマが消え事故の記憶も消えたが、狙い通り学習効果だけ残った。
 被験者の個人記憶は、ふたたび実験前の状態に戻された。医師はそのトラウマだけでなく他の嫌な記憶について記録するように被験者に言った。被験者は5つの内容を記録した。
 3回目の実験が始まった。この実験は、除去するトラウマの内容を指定しない〔自動除去仕様〕に改良したフィルターを用いた実験である。被験者の個人記憶を改良フィルターで処理した後、被験者の脳に戻された。
 医師が被験者に色々な質問を行った。被験者の脳から最初のトラウマと新たに記録した5つの嫌な記憶も取り除かれていた。被験者もこの状態に大変満足し「このままにしてほしい」と申し出た。
実験を一旦中断し、1ヶ月間、被験者の経過観察を行った。被験者の周囲の人から被験者の状態について聞き取り調査が行われた。周囲の人は一様に「前より明るくなり快活になった」と言ったが、一部の人は、「時々羽目を外すようになった」、「急に落ち込む事もある」、「つい先日の仕事の事を忘れている」等の問題点も付け加えた。
 問題点を詳しく調査し、分析を行った上で、フィルターのソフトと付き合わせ、ソフトの一部を修正した。
 医師たちは嫌がる被験者を説得して、4回目の実験を行った。被験者はこの結果にも大満足し「今度こそこのままにしてほしい」と言った。再度、経過観察が行われ、前回の問題点は解消し、新たな問題点の発生もなかった。
 プロジェクトメンバーの1人が「被験者が1人では少なすぎる。もっと増やすべきだ」と自ら手をあげた。他のメンバーも賛成し、5人が同時に実験台になり、実験が行われた。実験結果は完璧だった。しかしながら、「我々は、いわば同種の人間だ。もっと広く色々なタイプの被験者を集めて確認すべきだ」というような意見もあり、課題は残ってはいた。
 ひとまず、現状は良い成果が出ているということでプロジェクトでは実験報告をまとめ、上部機関に報告した。上部機関は本格的な検討プロジェクトを設置し、大規模な追試を行う事にした。秘密裏に各種職業、各種ステータスの被験者を集め、追試を行った。
 追試結果も極良好で、大半の被験者が、「このままにして元に戻さないように」と申し出た。これらの被験者は家族の同意を得て、そのまま長期の経過観察を行う事になった。
 このプロジェクトの内容と実験結果が政府の上層部の耳に入った。政権内でもこの件を検討する事になった。

フィルター技術の社会への影響

 この頃の政府は上田氏を中心とする長期政権が続いていた。政権内に長期政権を批判する江田派が台頭し、政権内で対立が生じていた。上田政権はフィルター技術を人気取り政策に利用する事を考え始めた。
 政府は大々的にフィルタープロジェクトの内容を発表した。体験制度をつくり希望者を募集した。過去のトラウマに悩む人々を中心に、沢山の応募があった。問題が発生すると裏目に出てしまうので、はじめは慎重に応募者を選別しフィルター手術が行われた。術後の状態は全員極めて良好だった。応募者に次々と手術が行われ、ほとんど全員が大満足していた。第1回目の体験希望者への手術は成功裏に終了した。
 あまりにも評判が良かったので、第2回目の募集には定員の30倍もの人が応募した。この結果もすこぶる良好で、希望者全員に手術が施された。最終的には反対勢力のわずかな政治家を残し、この星の人類のほとんどに手術が施され、ファイルタープロジェクトは大成功し、上田政権の支持率も急騰した。今後誕生させる人の脳には、ファイルター機能を最初から設ける事が決定され、第4暦300年には全人口5億人全員のフィルター手術が完了した。
 このフィルター方式はあまりにも良かったので、さらにソフトを改良する事を希望する多くの声が上がったが、プロジェクトで深く検討した結果、これ以上の改良は難しく、また危険性も指摘され、脳のソフトの改良はこれ以上行わない事が正式に決定された。 
 大多数の人は「これ以上のソフトの改良は行わない」という、政府の決定に納得したが、一部の人は更なる改良、特に快楽増強を望む人もいた。この状況を知った大小の悪徳業者が、独自のソフトを数々開発した。無論、脳の改造は厳禁されていたが、希望者に対し高額料金のやみ手術が行われた。あるソフトの移植手術を受けた人は、快楽が行過ぎて廃人状態に陥ってしまった。また別のソフトの手術を受けたカップルは、性行為にふけって生活ができない状態に陥ってしまった。
 政府は悪徳業者を厳しく取り締まり、厳罰に処した。政府は廃人状態に陥った人々に救済の手を差し伸べ、再度フィルター手術を行う事にした。しかしプロジェクトの関係者はこの救済手術に反対した。フィルター方式はトラウマや過去の不幸な記憶を除去するものであり、快楽の記憶を除去する事ができないのは明からである。
 プロジェクトの反対にもかかわらず、フィルター手術が行われた。無論、快楽による影響は取り除けず、やみ手術を受けた人の多くは、行き過ぎた快楽の悪影響が徐々に進行し、思考停止状態に陥り、死亡同然の状態になってしまった。
 このように事実上死亡した人体の脳からは記憶が全て除去され、新たに誕生する人の人体として使用された。

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