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SFC人類の継続的繁栄 第13章『感じ方の正体』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

早口の理由

小惑星の衝突という第2世代人類を滅亡に追い込んだ危機を脱するために避難を開始した第4世代人類だったが、その避難に際して人類が2億人あまりの従来タイプと、30億人の超小型タイプにわかれると、事態は一層の混乱をみせた。
これを収束させるために組織された「大小問題検討プロジェクト」において普通サイズの人から見た、超小型の人についての議論が始まった。普通サイズの人からすれば、超小型の人は体が小さく、声が高い。体が小さく声が高いという認識は脳で行われるので、その認識はそのままでも、その認識そのものに意味を無くすように、脳のソフトを変更する方式が提案され議論された。
しかしながら、そのようなソフトには大きな副作用があり、現実的でないとの結果となり、副作用の生じない方法について議論を重ねた。大小の認識そのものを無意味にするのは、人間としてのプログラムの根本的な部分の変更なので副作用の問題があるが、〔単に見え方や聞こえ方のソフトの変更〕なら根本的問題はなく副作用は生じない、との結論に達した。
視覚に対する議論では、普通サイズの人が超小型の人を見たときに普通サイズに見えるようにするためには、視覚ソフトの簡単な修正で可能、との結論に達した。
次に声についての議論が始まった。超小型の人の声は高く、早口である。高い声については聴覚ソフトを変更する事で簡単に解決する事が可能である。しかしながら早口については簡単に解決する事ができない。
技術者の1人が「脳の機能は同じなのになぜ早口でしゃべれるのか」と疑問を投げかけた。この疑問に対し、超小型の技術者たちが早口で議論を始めた。議論しながら自分達の早口の様子を観察し、次のような結論に達した。

1.口や発声器官が小さいので、声が高いのと同様に話す速度が速くなる。
2.話す速度が速くても、脳の性能は同じなので、口の速さに脳が追従できず、多くの内容を話しているのではなく、多くは同じ内容の繰り返しである。

 

この解決方法として、早口は構造上の問題なので解決できないが、「一語一語を区切って発声する事はソフトの調整で容易に可能」との結論に達した。
ある技術者が意識的に間を置いて話してみた。すると今までの早口と違って話の内容がわかり易くなった。
プロジェクトは検討結果を次のようにまとめ、上部機関に報告した。

 

1.超小型の人体が普通サイズに見えるように、視覚変換ソフトを追加する。
2.高音を普通音に変換する、聴覚変換ソフトを追加する。
3.超小型の体を使用している場合、一語一語に間をおく発声ソフトを追加する。

 

 これらを行う事により、超小型の人体を使用している本人もその相手の普通サイズの人も、全ての人が普通サイズと認識するようになり、誰が超小型の体を使用しているか誰も認識できなくなる。また、万一普通サイズの人が超小型の人を踏みつける事故が起こらないように、危険防止ソフトも追加する事にした。
 この検討結果には月の住民による大きな反対はなく、政府により正式に実行する事が決定され、実行された。
 なお、この技術は循環家族問題にも応用された。循環家族問題とは、たとえばAカップル、Bカップル、Cカップルの6人家族の場合、AカップルにとってBカップルが自分達の子供で、Cカップルが親のように、それぞれのカップルが親と子を持つことを認識するようにプログラムされている。しかしながら現状では見た目も声も親子の関係には見えない。大小問題を解決した技術を循環家族問題解決のために視覚と聴覚のソフトに応用する事にした。
 このソフトを使用する事により、実際には同じ大きさで同じような年齢でも、親が子を見たときには子供のように小さくかわいく見え、声も子供の声に変換して聞こえる。逆に親を見たときには自分の年齢より25歳程年長に見える。このソフトが大々的に導入されることにより循環家族問題は大幅に改善されることになった。

新たな大小問題

 大小問題が解決すると、普通サイズの人体を使用していた月の住民の間にも、安価な超小型の人体に乗り換える人が続出した。しかし従来から月に居住する住民の多くは、レジャー施設の建造等の肉体労働に携わっているので、そのまま普通サイズの人体を使用する人も多く、新たな大小問題が生じた。
 カップルの中で、女性の職業が事務職で超小型の体に乗り換え、男性の職業が肉体労働のため普通サイズの体をそのまま使用している場合、家庭生活にはほとんど問題はなかったが、性行為を行う場合には当然ながら不都合が生じた。
この問題の解決のため、肉体労働従事者には職場では普通サイズの人体を無料で使用できるように法改正した。これにより大半の人が超小型の人体を使用し、労働する時にのみ普通サイズの人体を使用するようになった。普通サイズの人体は、〔建設現場等で使用する道具〕としての位置付けとなった。
月の建造物の多くも、超小型の人体に応じた大きさに変更され、1人あたりのエネルギー使用量も大幅に減少した。

衝突の日

 ついにその日が来た
第2地球の住民の月への避難は完了していた。第2地球に小惑星が衝突した。衝突のエネルギーにより、衝突地点を中心に第2地球が明るく輝いた。月は第2地球から大量の光を浴びたが、何らダメージは無かった。輝きが終わると、月面から肉眼でも衝突跡が確認できた。
すぐに望遠鏡で詳しく調べた。衝突地点の反対側に急きょ建設した〔仮設移動基地〕は無事だった。仮設移動基地の隣地に建造した、月から電磁波エネルギーを受け取る施設も無事だった。
一方、宇宙エレベーターは壊滅していた。宇宙エレベーターの周りには大量の人体が放置されていた。月に避難した地上の住民が使用していた人体だ。
 ここまでは観察できたが、衝突により発生した大量の灰が広がり第2地球全体を覆い、光学望遠鏡では観測できなくなった。
 選抜された10名の調査隊員が、この日に備えて設けられたシェルター内の仮設移動基地にセットされている体に乗り込み、地上に降り立った。特例が認められ、乗り込んだ調査隊員の記憶が消去される事はなかった。月には小さな体の調査隊員が、第2地球には大きな体の、同じ調査隊員が同時に存在していた。 
 降灰は、今のところこの仮設基地までは達していなかった。月からエネルギーを受け取る設備が灰に覆われると、エネルギーを受け取れなくなる。まずこの対策をしなくてはならない。エネルギーを受け取るための受電アンテナは、送電した電磁波を100%透過するドームで覆われている。またドームには灰を振るい落とすための振動装置が設けられている。
 月から送電が開始された。受電アンテナにより順調に受電され、真っ先に調査隊員が自分の体を充電した。しばらくして灰が降り始めた。ドームが灰に覆われると灰が電磁波を吸収し発熱する。調査隊員は、振動装置を作動させ、ドームを覆った灰を振り落とした。
 地震担当の調査隊員が、仮設移動基地の周辺に振動検知器をセットすると、絶え間なく振動が検出された。小惑星の衝突により第2地球に大きな歪が生じていた。遠くで巨大地震が頻発しているようである。振動データを月に送信し、専門家により振動データが解析された。
「数時間後にこの地域で巨大地震が発生する」
そんな予測結果もすぐに出てきた。月面の司令部からは「至急、月に引き返すよう」命令が下った。
 振動検知器やその他の観測機材をセットしたまま、調査隊員は仮設移動基地を放棄し、月面の自分の体に戻った。月面での短時間の記憶は上書きされ消失した。地上での作業の記憶のほうが月面での記憶よりはるかに貴重な記憶である。
 調査隊員は地上の様子を報告書にまとめた。地上にセットした、振動検知器などの観測機器から絶えず観測データが送信された。データは専門家により分析され、まもなく巨大地震がこの仮設移動基地を襲う事が明らかになった。突然観測データの送信が停止した。仮設移動基地は壊滅したようだ。
 月から第2地球の精密観測が開始された。自転周期にわずかな変化があったが、公転軌道に大きな変化は無く、月への影響はほとんどない事が確認された。第2地球の巨大地震は長期間継続する見通しである。第2地球へは当分戻る事はできない。ただ、戻る必要もなかった。

第4暦1万100年 満足することの正体

 超小型の体に移行してから100年が経過し、社会は安定していた。安定するにつれ仕事が減ってきた。しかし、たとえ仕事をしなくても、一定の給与は支給され、生活に困る事はなかった。再び社会の活性度は低くなり上田政権の支持率も低下してきた。このような状況をうけ、政権は〔満足度指数検討プロジェクト〕を発足させた
 プロジェクトは、仕事と満足度についての調査・実験を行う事をきめ、被験者を募り、各状態での脳内モニターを実施する事にした。具体的には脳内モニターにより疲労指数、痛み指数等、各種マイナス指数を統合した統合不快瞬間指数と、各種プラス指数を統合した統合満足度瞬間指数、及び統合不快蓄積指数、統合満足度蓄積指数の分析を主に行う。実験中の毎日の過ごし方は平均的な過ごし方を適用し、就業中の内容だけを変える実験である。
 なお、この実験は被験者には重要な実験でなく、単なる調査実験だと説明した。重要な実験だとわかると、実験に参加する事自体が満足度指数を上げるからである。
各実験内容と分析結果は次のようである。

・実験1 何の仕事も与えず、ただ座っている。
・実験2 何の仕事も与えず、仕事関係の本を読んでいる。
・実験3 何の仕事も与えず、装置の揃った仕事部屋の中で自由に過ごしている。
・実験4 通常通りのディスクワークを行う。
・実験5 屋外で穴を掘り、その穴をうめる。その作業の繰り返し。
・実験6 採掘現場での、通常の採掘作業

実験1では、予想通り、統合不快瞬間指数が上がり続け、数時間で実験を中止した。実験2では、実験1ほどではないが、統合不快瞬間指数が上がり続け、統合満足度瞬間指数は下がり続け、統合不快蓄積指数も上がり、統合満足度蓄積指数も下がり、2日で実験は中止された。実験3では、実験2ほどではないが、実験2と同様の傾向を示した。実験4では、各指数は普通か、少しマイナス傾向だった。
 実験5では、予想に反し、各指数に大きなマイナス傾向は見られなかった。肉体労働を伴う仕事のほうが、ディスクワークより良いようである。実験6では、各指数は全体的にプラスの傾向を示した。
 採掘現場での実験中に事故が発生した。実験中の被験者も事故処理に加わった。徹夜で事故処理を行い、死傷者も出ず貴重な設備にも重大な損傷はなく、一時は大事故になる危険もあったが、最小限の被害で事故を収束させる事ができた。
 被験者への脳内モニターは事故処理中も続けられていた。各指数は刻々と変動したが、事故収束後の統合満足度蓄積指数は非常に高くなっていた。
 この偶然の実験も含めデータを解析し、人にはミッションが必要で、難しいミッションほど、それを達成したときの満足度が高くなる事がわかった。また体を使った仕事のほうがディスクワークより満足度が高くなる事もわかった。この検討結果は政府に報告され、肉体労働を伴う仕事を作り出す事が政権の支持率の向上につながるという事がわかり、政府は何か重要な公共工事がないか模索した。

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