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SFC人類の継続的繁栄 第14章『月を貫く』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

大は小を兼ねるが……

 体が小さいと色々と不便である。外で行動する時、体や車両が小さければ、歩行でも車両でも移動に時間がかる。月面には小さな凸凹があり、体が大きければ問題ない凸凹でも小さな体には大きな障害となった。
そんな体が小さい事に対する不満が出てきていた。
この不満に対し体を元の大きさに戻す事が政府及び議会で検討された。体を元の大きさに戻すためには人体は無論の事、住宅から何から何まで作り直す大事業が必要である。この大事業を行えば確実に政権の支持率は上がる。しかしこれを実現しようにも、現在採掘しているクレーター鉱山にはそれに必要な量の黒鉛はない。別の鉱山を見つけなければならなかった。
 月面の各所を探査した結果、工場も何もかにもが集中している唯一の巨大都市のあるこのエリアの反対側に、貴重物質を含む黒鉛の大鉱山が見つかった。
採掘に必要な重機や大型人体は月面を半周して運べば良いが、掘り出した黒鉛を月面を半周して運ぶのは大変である。効率よく黒鉛を運ぶ技術が必要である。  
月面を半周する、摩擦の非常に小さなスライダーをカーボン変成機で製造し、黒鉛を入れる運搬箱の底の摩擦も小さくし、スライダー上を滑らして運ぶ案が浮上した。真空中では空気抵抗がないので、摩擦がほとんど無ければわずかなエネルギーで運搬できる。しかし、そもそも月面を半周するスライダーを作る量のカーボンがない。
奇抜な運搬案が浮上した。この都市から月の反対側まで、まっすぐにトンネルを掘り、そのトンネルから黒鉛を落下させ、都市側で受け取る方式である。この可能性を検討する〔月貫通トンネル検討プロジェクト〕が組織され、議論が行なわれた。

月貫通トンネル計画

「月は中心部まで冷えている。中心部を貫通させる事は可能だ」
「開発中の、比重1万の物質を掘削機のビットに使用すれば、硬い岩石でも細かく削り取れる。削り取った岩石の粉を微細化して、壁面から岩石の内部に高速打ち込みを行えばトンネルの壁を強化壁にできる。高速打ち込みには、第2地球に来る時に使用したイオンロケットの技術を応用できる。強化壁を自走する掘削機を作り、カーボン変成機で2本の送電ワイヤを作りながら掘削機に電源を供給すれば良い」
「たとえ貫通トンネルが出来ても月には極わずかだが気体がある。その気体による減速を補うためには、加速してトンネルに投入しなければならない」

 このように検討が行われ、実験を行い、実行する事を決定した。掘削機が製造され、掘削作業が始まった。回転カッターに取り付けられた比重1万の物質で作られたビットにより、岩石は高速で削られ直径2メートルの孔が開けられた。削った岩石を微粒化し、イオンロケット技術を使用し微粒子を壁面に打ち込み強化壁にして、その強化壁を掘削機の走行部が自走して、わずか5000時間で反対側まで到達した。
 こうして、都市と都市の反対側の鉱山地帯とを結ぶ、月の中心を通る貫通トンネルが完成した。


月貫通トンネル

 貫通トンネルの検査が行われた。まず光学的検査が行われ、光学的には完全に直線だった。光学的には直線でも、力学的に直線とは限らない。月の密度に大きな偏りがあれば、垂直に落下させても、途中で密度の高い側に曲がってしまう。万一、月の中心点を通ってなかったら致命的である。 
力学的実験は、実際にこのトンネルにより反対側に物を落下移動させるのと同様に、鉱山側のトンネルの開口部から実験球を落下させ、都市側でそれを捕らえる方法で行うが、万一捕らえる事に失敗したら大変である。実験球が鉱山側に落下してしまい、トンネルの中で上下の移動を繰り返し、わずかに残る気体により抵抗を受け振幅が小さくなり続け、ついにはトンネルの中心部で静止してしまう。
力学的実験には細心の注意が必要である。力学的実験を行う前に、トンネル内の真空度を正確に計測する必要がある。
真空度計をトンネルに投入し、各深さでの真空度を測定した。測定した各地点のデータから秒速30メートルでトンネルに落下させれば、反対側に到達する事がわかった。思った程、空気抵抗は大きくなかった。
 秒速30メートルで垂直に打ち込む方法が検討された。最初はバネを用いた打ち込みを検討したが、その方式では微妙な調整が必要であり、黒鉛の輸送用に使用するのには実用的でない。
必要とする初速度が秒速30メートルと小さいため、鉱山側のトンネルをそのまま上空に延ばし、引力により初速度を得る方法に変更することにした。この方法では、延長されたトンネルの中央部から自然落下させれば良いので、完全に垂直に打ち込む事ができ、メンテナンスも楽である。
 30メートルの初速を得るための、塔を建造する事になった。塔の投入口から落下させれば、落下物は都市側のトンネルを飛び出し、3メートル上空に達するはずである。上空に飛び出し、速度を失った黒鉛を捕らえる事は容易である。
 担当技術者による塔の設計が始まった。塔の垂直度調整を担当する技術者が頭を抱えた。垂直度の調整は簡単ではなかった。この様子を見ていた別の技術者が名案を思いついた。塔を作る代わりに、その分、都市側のトンネルを短くする案である。これなら調整は必要ない。
この案は当然採用され、都市側のトンネル周辺を深く掘る工事が行われた。この場合も鉱山側から投入された黒鉛は、都市側のトンネルの端から3メートル飛び上がるように深さが調整された。
 力学的実験が開始された。実験用球体にはトンネルの壁との間隔を精密に測定する装置が組み込まれていた。鉱山側の投入口から自然落下により投入された実験用球体は、計算どおりトンネルの端から3メートル飛び上がった。ひとまず実験は大成功である。
 トンネル内を移動中の実験用球体から、トンネルの中心からの位置データが詳しく送信された。送信されたデータを分析した結果、やはり月の密度は一様ではなく、100km落下した地点で、中心から80センチずれる事がわかった。トンネルの直径は2メートルなので、80センチのずれは致命的である。
この対策の検討が行われ、簡単に解決方法が見つかった。投入後10メートルに達した時点で垂直から0.02度斜めに落下させれば良い事がわかった。このための10メートルの案内板を0.02度斜めに取り付け、再実験を行った。今度は別の地点で中心から10センチずれる事がわかった。10センチなら許容範囲で、この方法を本採用する事に決定した。

貫通トンネルの開通と諸問題の解決へ向けて

 貫通トンネルが使用可能と分かり、人体を元の大きさに戻すことが正式に決定された。第4世代の人類から不満が出ていた、体の大きさの問題は解決される事になった。またこれへ向けての各種工事も開始した。
体の大きさに対する不満の解消と、肉体労働の伴う大型公共事業により人々の満足度を上げる、上田政権にとって一石二鳥の大事業である。また政権はこの大工事のスケジュールを、きわめて長く設定した。必要度の低い付帯設備の工事も行うようにした。早く工事が済んでしまえば、人々の目標がなくなり、満足度が低下する事が実験により明らかだったからである。
 都市の反対側の黒鉛鉱山から貴重物質を含んだ黒鉛を採掘し、直径1mの球体に成型し、月貫通トンネルにより都市側の工場に運び、普通サイズの人体の製造が始まった。それに合わせて住居等の建造物の本格的な工事も始まり、社会の活性度は上昇してきた。 
工事用の普通体を先に作り、普通サイズの人が工事を行えば能率よく進むが、上田政権にとっては工事が早く終了しない事が重要であり、「工事用に先に普通体の人を作ると、普通サイズの人と超小型の人が混在し危険であり、不平等にもなる」という理屈の下、全員分の人体の製造が終了するまでは、特殊な作業以外には超小型の体で工事を行う事を決定した。この方針に違和感を覚えた人も多かったが、〔平等〕という名の下に大きな批判はなく、工事は300年計画で非常にゆっくりと進められた。
 懸念していた事故が発生した。都市側のトンネル出口に到達した黒鉛の受け取りに失敗してしまった。事故はすぐに鉱山側に報告され、鉱山側の事故担当者は元の体に自分の記憶を残したまま、すぐに事故処理用の体に乗り移った。事故処理用のロケットに乗り込み、取り逃した黒鉛が鉱山側に戻るタイミングに合わせてロケットをトンネル内に発射した。 
ロケットは都市側に落下し始めた黒鉛に追いつき、ロケットのパワーを上げ黒鉛の落下速度を加速させた。加速された黒鉛はロケットごと都市側のトンネルの出口を6メートル上空に飛び上がった。今度は受け取りに成功し、事故は収束した。
 事故は収束したが、トンネル内でロケットを使用した事により、トンネル内の真空度は低下し、わずかに空気抵抗が増加した。トンネル内の真空度を計測し直し、計測結果に合わせて都市側のトンネル出口の位置を5メートル下方に移された。

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