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SFC人類の継続的繁栄 第15章『第2地球復旧プロジェクト』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

再び地上へ

第4暦1万400年、月貫通トンネルの工事開始から300年が経過した。32億人全員の体が出来上がり、住居もその他の建造物も完成した。32億人全員が超小型の体から以前の普通サイズの体に戻った。
 上田政権は〔第2地球復旧プロジェクト〕を組織し、第2地球の復旧計画を発表した。小惑星の衝突により第2地球に歪が生じ、巨大地震が発生し、小惑星の衝突前に急遽製造した仮設移動基地は破壊されていた。
地上には、月から第2地球に行くための何の足がかりも無くなっていた。そのため第2地球復旧計画は次のように計画された。

  1. 隊員2名、カーボン変成機、バッテリー、半導体製造措置、小さな移動基地建造に必要な資材などを小型宇宙船にのせ、破壊された仮設移動基地の近くに運ぶ。
  2. 2名の隊員により、最小限必要な機能を持つ、小さな移動基地を建造する。
  3. 移動基地の周囲から使用可能な人体を18体探し、移動基地にセットし、18名の隊員を地上に降り立たせる。
  4. 20名の隊員により、壊れた仮設移動基地や付帯設備からカーボンを取りだし、カーボン変成機と半導体製造装置とを使用し、ソーラーパネルや小型重機、小型車両などを製造する。
  5. 簡単な開拓基地を設営する。
  6. 周辺を探査し、黒鉛鉱山を見つける。
  7. 黒鉛を採掘し、人体や必要な機材を製造する。
  8. 製造した人体に、隊員が月から乗り換える。 

 このように、2名の隊員と最小限の物資を宇宙船で運び、地上に移動基地を建造し、放置された人体に18名が乗り換え、その後は地上の鉱山から黒鉛を採掘し、人体を製造し、開拓基地を拡大する計画であった。
 計画は無事に進められ、地上の小さな開拓基地に20名の隊員が揃った。探査隊員として6名が選出され、3台の小型トラックにより開拓基地の周辺を探査した。開拓基地の周辺では降灰は少なく、地震による損傷も小さく、多くの設備は修理可能な事がわかった。
黒鉛鉱山を見つけるために探査範囲を広げたが、近くに鉱山は見つからなかった。さらに探査範囲を広げると、降灰の堆積量が多くなり、しかも堆積した降灰は固化していた。開拓基地から離れるにつれ、堆積量は増し、強固に固化している事が明らかになった。
 この調査結果が月の担当技術者に報告された。担当技術者は、第2地球には液体がないのに、降灰が固化している事に驚き、固化の原因について考え、ある仮説を立てた。
 月面の天文台から第2地球の様子を観察した。小惑星の衝突によりできた巨大なクレーターを精緻に観測した結果、技術者の仮説は当たっていた。衝突した小惑星には大量の液体が含まれていたようだ。衝突により気化した液体は降灰と反応し、降灰を強固に固化させたようだった。

新たな計画に向けて

 衝突の反対側の、この開拓基地周辺では降灰量が少なく固化の程度も軽度だが、衝突地点に近づくほど強く固化している事が、望遠鏡の観察から明らかになった。この調査結果を受け、第2地球復旧プロジェクトは計画を見直し、新たな計画作成に向けて議論した。

「少なくとも、今開拓基地にある装備では、第2地球から黒鉛を採掘するのは無理がある」
「第2地球で黒鉛が採掘できなければ、月から黒鉛を送るしかない。送ろうにも宇宙エレベーターを建造する事ができない」
「宇宙船で大量のカーボンを運ぶのでは効率が悪く現実的でない。宇宙船を使用せずに、大量のカーボンを地上に運ぶ何か良い手立てはないだろうか」
「月面には宇宙エレベーターがあるので月面の宇宙基地まで運ぶのには問題ない。問題はその先だ」
「月面の宇宙基地から第2地球の宇宙基地へ運ぶのにはほとんどエネルギーがかからない。もっとも第2地球の宇宙基地その物がない」
「第2地球の宇宙基地を仮想し、そこから地上に落下させればエネルギーは全くかからない。無論、地上にものすごい速度で衝突し、ちょっとしたクレーターができてしまうが」
「旧地球のように第2地球にも大気があれば、大気を使って減速できる。しかし第2地球には大気がない」
「落下させる空間だけでも大気があれば良いが、そのような都合の良い事はできないか」「全く不可能ではない。地上から10万メートルの円筒を建て、そこに大気を入れれば大気による減速が可能になる」
「いくらカーボン技術が進化したからといって、そんな巨大な塔は作れない。材料もないし、たとえ作っても地震で壊れてしまう」
「材料をあまり使わずに地震に強い夢の方法はないだろうか?」
「カーボン変成機で非常に丈夫なフィルムを作る事は可能だ。非常に薄くすれば材料は少なくて済む。フィルムで10万メートルの円筒を作るのはどうだろうか。フィルムで作った円筒ならば地震が来ても崩れる事はない」
「それは良いアイデアだが、フィルムで円筒を作るための骨組みはどうするするのか。円筒を作るための骨組みを建てるのは、結局塔を建てるのと同じだ」
「骨組みを使わないで円筒を建てる方法は何かないか。たとえば上空から吊るすのはどうだろうか」
「宇宙エレベーターと同じで、吊るすためにはとんでもない高度にカウンターウエイトを設置し、その間をワイヤで繋げなければならない。宇宙エレベーターを作ったほうが早い」
「たとえば直径10メーターの内側円筒と、それより少し大きい外側円筒を作り、両端を封じ、そこに気体を入れてパンパンにすれば良いのでは」
「それはすばらしいアイデアだ。その線で検討しよう」

 先の議論を受けて、プロジェクトはこの案を実現化するための検討に入った。まず、最新のカーボン変成技術で製造可能なフィルムを用いた塔の設計を行い、直径10メートル、高さ10万メートルの二重フィルム式円筒を製造する為に必要なカーボンの量を計算した。結果はとても無理だとわかった。第2地球にある使用可能なカーボンはこの量の2割にも満たなかった。この計算結果を受けて次の議論が始まった。

「もっとずっと小さくしなければならない。高さ1万メートル、直径5メートルなら第2地球にあるカーボンだけで作れるが」
「高さ1万メートルでは空気が漏れてしまう」
「空気である必要はないし、空気を作る事も不可能だ。空気と別の気体、もっと比重が大きな気体を作ればよい。カーボンを変成して重い気体を作るのは可能だ」
「1万メートルで減速させるのは、突入時の摩擦による温度が高すぎるのでは」
「現在のカーボン技術はものすごく進んでいる。温度については何とかなる」
「はるか上空から直径5メートルの円筒の中心付近に落下させる事ができるだろうか」
「位置の制御技術については、月貫通トンネルの検討過程ですごく進歩した。十分に可能だ」
「円筒を膨らませる気体は、同じ気体を使用するのか。そもそも気体を入れたら膨らむだけで円筒にならないだろう」
「円筒にする技術は簡単だ。内側と外側のフィルムを所々で接着しておけば簡単に解決できる。円筒に詰める気体も減速用の気体とは別で、非常に密度の低い気体を用いれば良い。気体の密度はカーボン変成技術でどのようにでもなる」



空気塔の構造

「気体の密度がどのようにでもなるのなら、空気塔の中に使用する気体も、高さによって異なる密度の気体を使用すれば良いのでは。空気塔内での速度は突入時が最も高速だ」
「密度の低い気体では空気塔から漏れてしまうのでは」
「全体の気体の高さが1万メートルより低くなるように設計すれば良い。最も低い部分では非常に密度を高くして、上空に行くにつれ密度が低くなるようにうまく設計すれば良い。同じ気体を使っても当然上空では密度が低くなる」

 このような議論の下、空気塔は設計され建造された。 
宇宙から投入されるカーボンの塊の形状にも工夫を施し、気体と摩擦する底部や側部は耐熱性が非常に高く、内側は熱伝導率が低くなるように変成された。
この空気塔の完成により、第2地球復旧プロジェクトは、計画を一部見直して進められた。

二重存在の復活

 隊員は3,000人に増員された。しかしながら開拓基地には50人分の宿泊設備しか設けなかった。仕事が終了すると、20名の夜間要員だけ残し、全員月の自宅に帰宅するからである。
月で働く隊員がいる家庭には、プロジェクトの予算により簡易な移動基地に相当する移動室が備えられていた。第2地球の復旧に従事する隊員は、月の自宅から1秒ほどで月の移動基地に出勤し、地上で4時間働いて月の自宅に戻るようになっていた。第2地球の復旧のために働く隊員への、特別の配慮である。  
 6人家族全員が第2地球で働いている場合の、朝の出勤風景は次のようである。

  1. 最初に出勤する1番出勤者が移動室に入り、第2地球の移動基地に連絡する。自動的に必要な人体が移動基地に準備され、準備完了の信号を返す。
  2. 1番出勤者が移動スイッチを押し、第2地球の移動基地に準備された体に乗り換え出勤する。
  3. 次に出勤する2番出勤者が、自宅の移動室に取り残された1番出勤者の人体をかたづけ、自分が移動室に入り第2地球に出勤する。
  4. 最後に出勤する6番出勤者が5番出勤者の人体をかたづけ、自分が移動室に入り、第2地球に出勤する。
  5. 移動室には6番出勤者の人体がそのまま残されている。
  6. 自宅の移動室に残されているのは6番出勤者の人体なので、仕事が終わって最初に月の自宅に戻る事ができるのは6番出勤者となる。

家族の中に第2地球で働く人が1人の場合は問題ないが、人数が多いとこのような厄介な問題が生じる。この原因は、少ない予算で簡易な自宅用移動室を設置したためである。月の自宅から直接第2地球の職場に出勤でき便利だが、第2地球で働く人が家族の中に2人以上いる場合には不評だった。
移動問題プロジェクトと合同で、今後、全世帯に移動室を導入する際の実験の意味も含め、改善実験を行う事にした。この問題の根本的な原因は、移動室に残された人体を自宅の他所に移す事や、次に帰宅するための家族の人体を移動室にセットするためには、人の手で行う必要があるからである。
 この問題の解決に向けて再び二重存在問題が検討された。二重存在問題とは、人が別の体に乗り換える場合、乗り換えた後に残った人体の脳をリセットし、同じ人が二重に存在しない事を大原則とする事である。
 しかし命に関わる危機が発生した際に、特例として新しい体に乗り移った後も、前の人体の脳をリセットせずに、1人の人間が二重に存在する事が、これまで幾度か行なわれてきた。またこのような経験から、二重に存在しても大きな問題はなく、大原則の位置付けそのものが揺らいでいた。このような状況を踏まえ、合同プロジェクトは、第2地球の復旧にも特例として二重の存在を認める事にした。

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