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SFD人類の継続的繁栄 第2章『第4世代人類の安全保障』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

脳セキュリティ

 政府による方針が各関係者に通達され、脳を感染から守るための〔感染対策プロジェクト〕が発足した。
プロジェクトのメンバーが感染対策ソフトを試作した。しかしそのソフトは別のメンバーにより簡単に破られてしまった。強力な感染対策ソフトが必要である。
プロジェクトは関連技術者を、ハッカー側と防衛側の2つのチームに分けた。防衛側がより強力な感染防止ソフトを作成した。しかし、それもハッカー側によりすぐに破られてしまった。問題点を改良し再び感染防止ソフトを作成した。しかしそれでも破られてしまった。何度か試みたものの、完全な感染防止ソフトの作成は不可能、との結論に達した。
 現在の第4世代の人類は、通信による脳と外部とのつながりはなく、今回の感染は微小化した知的生物が直接脳に感染したものだった。したがって〔脳内に入れなくすれば良い〕との結論になり、次の議論が行われた。

「脳を物理的に覆う事は簡単だが、体を制御している信号線は体の各所に張り巡らされている。これを完全に覆う事はできない。信号線に感染しても、ある程度は脳を制御できるだろう」
「できたとしても一部機能しか乗っ取る事ができないのでは」
「それはわからない。高度な知能を駆使されて、脳の内部を操作されるだろう」
「操作できるか否か調査してみればいい」
「たとえ『出来ない』という調査結果となっても、それは我々の技術では出来ない、という事にすぎない。とにかく双方向通信は危ない」

 このような議論のすえ、送信神経と、受信神経を切り離す事にした。そして、次に脳内モニターを行うための外部に露出したコネクタの対策の議論に入った。

「モニター用のコネクタが外部に露出しているのはとんでもない事だ」
「しかし脳内を外部からモニターできるようにする必要がある。絶対に必要だ」
「コネクタを覆うカバーを取り付ければ良いのではないか。微小生物にはカバーは外せない」
「微小生物は知能が高いほど、より微小化している。カバーの隙間から入るかも知れないし、脳内モニターを行うためにカバーを開けた時に浸入するかも知れない」
「それならコネクタでなくアンテナを使った非接触方式を使用し、そのアンテナを体に埋め込めば良いのでは」
「アンテナの感度をわざと低くすれば脳内への通信には大きなパワーを必要とする。大パワーの送受信機は本質的に小型化する事はできない。大きな装置は微小な体では操作できない」

 このように「微小な体では大きな物を操作できない」という根本的な方法で対策を行う必要があるとの結論となった。
 感染対策プロジェクトから政権に対策案が報告された。政権内でさらに検討した結果、この考え方で行う事に決定した。150億体にこの手術を行う事は大事業である。

そこにある、圧倒的な隔たり

 巨大な敵に対する検討も行った。検討した結果が次のように報告された。

———-
 進化した知的生命は無機物からなり、エネルギーは電気である。電気は太陽光か質量電池により豊富に作り出す事ができる。水や食料は必要ない。知的になるほど体を小さくできるので領土問題も存在しない。したがって戦争を起こす必要がない。戦争を起こすのは食料や水や領土が必要な、中途半端な知能の、有機物の体をもつ生物である。
 第1世代の人類のような中途半端な知能を持つ、有機物からできている生物が宇宙に存在し、それらが我々に戦争を仕掛ける事はありえる。合理的な思考ができないものは、何をするかわからない。知的な巨大生物は理論的にありえないが、中途半端な知能の有機物で出来た巨大生物は考えうる。このような生物が攻めてきた時に備えるには原爆があれば十分である。問題なのは超微小知的生物である。この感染対策は絶対に必要である。

———-

 このような報告を受け、150億に上る人体に感染対策の手術が実施された。
 微小化した生物との会話が始まった。全面的に謝罪を受け入れる事、今後はよき隣人として平和に共存する旨を伝えた後、「我々第2地球人の情報はほとんど全て知られてしまったが、あなた方の事についてはメッセージで知り得た事を除いて何も知らないので、あなた方の事も教えてほしい」と連絡した。

――説明できる事は何でも説明するので、遠慮なく質問してほしい。

 そんな返事が来たので、まず惑星に住む住民の数について質問した。その返事は、大変興味深いものだった。

――けして隠す意味ではないがこの質問に対する返事は大変難しい。強いて答えるなら50億ともいえるし、1つともいえる。現状の我々には第2地球でいう人口という概念はない。微小化する前は無論それに似た概念があった。その時の人口は50億人だった。微小化する過程で、人口について議論したが、人口を増やす意味もないし存在する事自体意味もない。しかしながら50億人は非常に幸福な状態、あなた方の言う満足度という点では非常に高い状態だった。このような状態の50億人がすでに存在するので、既得利益という点で、これを放棄させる事はできない。しかしながら質量電池の危険問題でエネルギーはわずかな太陽光だけになったので、体を微小化せざるを得なくなり、最終的に満足度を維持したまま微小化して、ある意味で1つの集合体になった。

無事返答があったため、このようなやり取りが続いた。

「我々の全人体は150億体である。我々全ての脳細胞数に対し、あなた方全ての脳細胞数は何倍程度か?」

――5万倍以上だろう。

「我々も半導体製造装置のようなものを改良しメモリーを超微細化工しているが、ざっと計算するとあなた方のメモリーの密度は我々の1億倍以上ある。そのような高密度なメモリーの製造は半導体製造装置の改良で可能なのか」

――メモリーという概念は同じだが、製法はまるで違う。製法を第2地球の言語で説明する事はできない。とにかく情報の最小単位は物質の最小単位と同じであり、物質の最小単位はあなた方が知っている素粒子よりもずっと小さい。原理的にはまだまだ桁違いに高密度化ができる。しかし我々はこれ以上に密度を上げる事はしない。これ以上知能を高くする意味もないし、これ以上人口を増やす意味もない。
 
 微小生物のこれらの説明に対し、関連技術者達は驚きながらも、次のような議論がなされた。

「我々は情報の最小単位は最も小さな素粒子だと思っていたが、第2世代の人類から何十万年も技術の進展をとめられている。我々の知識は第1世代末期の、何十万年も前の知識だ」
「たしかに素粒子よりずっと小さなものが存在する事は否定できない。我々が知らないだけだ。我々の知能では絶対わからないだろう」
「そうとは言えない。我々は技術の進展を禁止されているから当然技術は進展してない。我々の祖先の第1世代の人類も最初は何もわからなかったが、最後にはここまで来た」
「技術が進展するのは知能だけの問題ではない。人類には器用な手があり文字を書くことができ、本という外部記憶装置が進化を加速し、ネットという巨大な外部記憶装置網、コンピュータという外部演算装置ができたからだ」 

 微小生物が持つ圧倒的な技術と人類との技術差を前にして、彼らは再び人類とその軌跡を見つめ直すことになった。

第4暦2万2000年 新たな開拓プラン

 第2地球の復旧は完了し、各種手術で進化した第4世代の人類は、第2地球と月とを合わせ50億人が暮らし、乗り換え用の各種人体は100億体に上った。
 万一に備えた強力な原爆の製造と感染対策は完了し、平穏な日常が続いていた。人体には各種改造が行われたため、平穏な日常にも関わらず人々の満足度の低下は少なかった。 しかしミッションがあまりにも少ないのは問題である。上田政権は新たなミッションを見つけるために、再び〔次期問題検討プロジェクト〕を組織した。プロジェクトの議論は次のように進行した。
  
「次期問題といっても何があるのだろうか。人々の満足度は高いままだ」
「満足度が高いのは脳内レジャーの大幅解禁もあるが、何と言っても性行為に対するリセット方式、影響度方式の採用が大きかった」
「不都合記憶除去フィルターも大きい。他にも沢山改良した」
「脳ソフトの改良についてはこれ以上必要ないだろう」
「敵に対する対策も行った」
「それでは我々が洗脳され続けている、人類の継続的繁栄という原点に立ち戻って考えては」
「第2世代以降、我々の祖先が絶滅の危機に瀕したのは2回の小惑星の衝突と活性化による太陽系の消滅だ。活性化の件は質量電池の放棄で解決した。解決したといっても、この近くの別の知的生命体が活性化の問題を引き起こしたら、それまでだが」
「それは例の惑星の微小生物の事か」
「そうではない。あの連中は無害だ。それより小惑星の衝突の問題はどうなのだ」
「小惑星の衝突は、旧地球と第2地球で起こった。月には衝突してない」
「それは大きさの問題だ。月は小さいので小惑星が衝突する確率はずっと小さい」
「それなら遠くの小さな天体に分散して住めばよい。たとえ第2地球がやられても分散すれば絶滅の恐れはない」
「遠くの天体への移住は面倒くさい。人々の満足度は高いので、今は大げさな事業は必要ない」
「それなら隣の惑星ならどうだろうか」
「大きすぎて引力が強すぎる。それに大きければ小惑星の衝突の確率が高くなる」
「ならばの惑星の衛星ならどうだ。隣の惑星には3つの衛星がある。そのうちの1つを選んでは」

このように進行し、隣の惑星の衛星への移住提案報告書をまとめた。
 報告書の要旨は次のようである。

1. 人体については不満もないし、これ以上改良の必要もない。
2. 人類の継続的繁栄という理念にのっとった事業を行う必要がある。
3. 人々の満足度は高いので、大きなミッションの大事業を行う必要はない。
4. 戦争はないだろうが、万一の場合に備えた対策はすでに完了している。
5. 活性化による消滅の問題は質量電池を放棄したので問題ない。
6. 唯一の絶滅、あるいはそれに近い事の起こる可能性としては小惑星の衝突である。
7. 月のような小さな天体には小惑星が衝突する確率が低い。
8. 第2地球の1つ外側の惑星に3つの衛星があり、そこへの移住は十分に検討の価値がある。

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