この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
きっかけは隕石
第3地球に小さな隕石が大量に落下した。大気の濃いこの星に燃えきらずに隕石が落下する事はめったに起こらない。この星の人類は記憶を残したまま活動を停止していたため、この不思議な光景を見ていた者は誰もいなかった。
隕石落下後しばらくして、活動を停止していた人体が次々と起き上がった。この星に移住した人類が活動を停止してから100年後のことである。これによって、75億人が生き返った。
生き返った彼らは、マッチングシステム運用後の不自然な状況を話し合い、マッチングシステムがこのような状況を引き起こしたと認識した。
一方で隕石の落下がなかった人口の少ない半球側にいた人間は活動を停止したままだった。
政府機能が回復したことにより田上政権はマッチングシステムの廃止を決定。5億人が活動を停止したままになっているのを知り、蘇生ソフトを開発し、5億人にインストールして目覚めさせる。こうして80億人全員が生き返った。
80億人全員に、人体から通信機の除去とマッチング関連のソフトの除去手術が行なわれ、社会全体がマッチング導入以前の状態に戻った。マッチング用AIに改造していた直並列通信用の巨大コンピュータも元どおりに戻し、第4太陽系にこの間の状況を連絡した。
第3地球は完全にマッチングシステム運用前の状況に戻ったが、マッチングシステムを廃止したにも関わらず、大半の人から記憶のミスマッチの問題はなくなり、カップル間も家族間も職場や地域社会でもミスマッチの問題がなくなった。しかしその事についての話題は出ず、田上政権の支持率も高いまま、何の問題も発生せず坦々とした日常が続いていた。
地上には多数の隕石が落ちていたが、これを気に留める者は誰もいなかった。平穏な単調な暮らしが続いたが、大半の人々の満足度は低下することはなかった。この異様なまでの平穏さについて政権内で議論され、〔平穏調査プロジェクト〕を組織した。第3惑星に到着してからこれまでにいたる過程をプロジェクトのメンバーが議論し、時系列で整理した。
- 第3太陽系に到達し、第3地球に降り立った。
- 計画通りインフラを整備し人体を製造し次々と人を目覚めさせた。
- 降り立ってから200年後に最後の1人が目覚め80億人全員揃った。
- この間にも直並列通信を用いて第4太陽系と50年毎の情報交換を行っていた。
- 平穏な生活が続き満足度が若干低下し田上政権は再び満足度指数検討プロジェクトを組織した。
- プロジェクトによりカップル間の記憶のミスマッチ問題が取り上げられ、最終的には通信を用いての80億人全員の記憶のマッチングシステムを行った。
- 社会全体から記憶のミスマッチによる問題がなくなり満足度は向上し、田上政権の支持率も向上し、人々はだんだん心が鷹揚になった。
- 80億人全員が記憶を残したまま活動を停止してしまった。
- 100年後、突然75億人が目覚めた。
- その後マッチングシステムを廃したが突然目覚めた75億人にはミスマッチの問題はなく、大半の人々の満足度も高いままである。
整理後、議論が始まった。
目覚めの謎
「全員が寝てしまったのは明らかにマッチングシステムの問題である。今から考えると80億人全員の記憶をマッチングする事は原理的に不可能だった。マッチングさせるためには全員から新たな不都合記憶が発生しないようにするしかなかった。必然的に脳の活動を停止するようになった。明らかにソフトのミスだ。ミスというより元々無理な事だった。しかし100年後に75億人が急に目覚めた理由がわからない。目覚めた後にマッチングの問題が起こっていない理由もわからない」
「AIが目覚めさせたのでは」
「AIがそのように行なう事は考えられない」
「きっと第4太陽系の住人が助けてくれたのだろう」
「直並列送信用のコンピュータをマッチングシステムに利用するので、今後は通信できない旨を最後に連絡した。もしかしたらその結果どうなるかに気が付いて、ロケットで助けに来てくれたのかも知れないが、それならその証拠があるはずだ。少なくとも何らかのメッセージは残っているはずだ」
「通信によりAIマッチングシステムを操作して助けてくれた可能性はないか」
「マッチングシステムに変更したのでその可能性はゼロだ。直並列通信ソフトは非常に複雑で高度なものだ。少しでもソフトを変更すれば通信には全く使用できない」
その日の夜、プロジェクトの1人のメンバーはこの日の議論について気になり、100年後に急に目覚めた不思議なこの事件について自宅で熟考した。
AIが目覚めさせたのはありえない。第4太陽系からの救助もありえない。自然に回復する事はさらにありえない。残りは第三者が助けてくれた事しか考えられない。第三者といっても相当な知能がある者しかありえない。非常に知能が高いというと微小生物しかありえない。第2太陽系の一番遠くの惑星に住んでいた微小生物と同じような知的微小生物しかありえない。
ここまで考えて、小隕石が大量に落下していた事を思い出した。大気の濃いこの第3地球に小隕石が燃え切らずに落下するなどありえない。小隕石は知能の高い微小生物のロケットに違いない。小隕石型のロケットに乗り、我々の脳に寄生して脳を元に戻してくれたに違いない。明日、小隕石を調べれば何もかもはっきりする。
これらの事をメモに残そうとしたところ、急に眠気に襲われ眠ってしまった。翌朝目覚めると、何を書こうとしていたか、いくら思い出そうとしても全く思い出せなかった。
人類永続プロジェクト
田上政権は平穏調査プロジェクトとは別に〔人類永続プロジェクト〕も発足させた。どのように救助されたかわからないが、マッチングシステムにより100年間脳が活動を停止されていたからある。今後、二度とこのような人類滅亡につながる事が起こらないシステム作りが必要である。
人体の所有についてはマッチング問題が発生する以前から第2地球の制度にあわせて厳格に管理されていた。人口は80億人、正規に本人が所有する人体は登記された1体だけで、その他の装置としての100億体の人体は職場やスポーツセンターなどの施設に備えられ、それぞれの法人の所有物として厳格に管理されていた。
人体の製造は政府の最重要機関である人体製造省で行われ、第3地球全体の人体数は180億体に厳格に管理されていた。
人類永続プロジェクトによる議論が始まった。
「あのような致命的な事件が二度と起こらないようなシステム作りが必要だ」
「結局、巨大なコンピュータとつながっているうちにコンピュータにより殺されたようなものだ」
「しかしどうして100年後に目覚めたのだろう」
「その件は別のプロジェクトが調査している。人類の永続的な繁栄という原点に戻って議論しよう。第1世代、第2世代の人類は有機物でできていたが、我々の体は機能や形は同じだが無機物でできている。この点については元に戻すことは不可能である。しかし体を乗り換える移動についてはあまりにも前世代の人類とかけ離れている」
「本来の人類にできるだけ戻そう。体を乗り換える移動方式はやめよう」
「体を乗り換える移動を禁止すれば、移動には交通手段が必要となる。自動車産業などが
復活する」
このような検討結果をまとめ政府に報告書を提出し、政府はこれをあっさりと承認した。政府のこの大幅な方針転換に対し住民投票が行われ、正式に法制化された。
この決定を受けて人類永続プロジェクトによる検討が再開された。
「余った装置としての100億体の処分はどうするべきか。また、3ヶ月の移行期間が設けられている。一部では今でも体の乗り換えが行なわれている」
「どの体を正式な自分の人体とするべきか。原則的には登記されたものが正式な自分の人体だが、100年間の眠っていた時に使用していた人体を正式な自分の人体とするほうが自然でないだろうか」
「そのようにしよう。余った100億体の人体は壊すのはもったいない。事故で損傷した時の予備用に残しておけば良い」
「それではまた乗り換える事が可能になる。違法業者も出てくる」
「体だけは予備用に残して、脳を外しておけば悪用される事はない」
以上の検討を経て、次のように行う事が決定された。
- 100年間眠っていた時に使用した人体を正式な自分の人体とする。
- 予備用の100億体の人体から脳を取り除く。
- 脳を取り除いた人体は人体製造省が一括管理する。
- 重篤な怪我をし、修理が困難な場合は、元の体から脳だけを取りだし予備用の人体に移植する。
- 人体から取り出した脳をはじめ、移動基地、記憶記録装置など体を乗り換る移動と関連するものは全て廃棄する。
計画は実行され、全員の頭から記憶通信装置が外され、関連ソフトが脳から除去された。
これにより生活は大幅に変わった。
- 道路や鉄道網の建造のための交通インフラ工事が急増した。
- 自動車産業が復活した。
- 人々は自分の体が損傷しないように気をつけるようになった。
- 重篤な体の損傷に対しては、予備用の人体への脳の移植手術が行われた。これは脳が人の主体なので、脳を移植するというよりも、脳に体を移植するという方が正しい。
生活様式は第1世代、第2世代の様式とかなり近いものになった。無論飲食や呼吸をする事はないが、人々は電車や自動車や自転車などで通勤し、病気にはかからないが不注意による怪我は時々発生し、軽症ならば病院で手当し、重症ならば体の移植手術を行った。
自我や命の宿る主体の概念も記憶から脳にかわり、死の概念も「脳が壊れてしまえばその人は死ぬ」という第1世代、第2世代の概念に近づいてきた。