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SFE人類の継続的繁栄 第4章『神がかる人類』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

神業の危険回避

 第3地球では、インフラ工事の増大により鉱山では黒鉛採掘が活発に行われていた。今までのように記憶は保存されていないため、脳が破壊すれば即、死亡である。しかし危険を伴う作業への対応は遅れていた。そのため鉱山作業員は慎重に作業を行っていた。
 たとえば、こんな事態が起こった。重機を使って深い採掘穴の上から鉱石を引き上げる作業中に、重機がバランスを崩して落下しそうになったのである。
作業員が重機毎深い穴に転落する寸前だった。見ていた誰もが駄目だと思った。しかし、重機に乗った作業員はシャベルをたくみに操りバランスを取り、奇跡的に転落を免れた。その操作はとても人間とは思えぬ巧みな操作だった。その時の様子が監視カメラに記録されていた。
 この奇跡的な出来事が大きな話題になり、監視カメラに記録された映像は広く放映された。あまりにも巧みな操作だったので、事故回避調査委員会が組織され、重大事故を防止した巧みな操作について分析が行われた。
バランスを崩した原因は、作業員のちょっとした操作ミスにより重機が少し傾き、その対処方法が的確でなかったためだった。しかし、その後の対処は人間の業とは思えぬ計算しつくされたものだった。事故を起こした作業員にこの映像を見せて説明を求めた。作業員は重機が傾いたところまでは覚えていたが、その後の事は記憶になかった。本人も「こんな巧みな操作は考えられない」と言っていた。
 この不思議な現象について脳内専門医師と専門技術者が検討を行った。危機に陥った時馬鹿力を出すように、「脳が超高速に動いたのでは」との意見も出たが、「とてもそのようなレベルの話ではない」ということで、その時の潜在記憶を調べるために脳内調査を行なう事になった。
従来なら記憶は一旦記憶記録装置にコピーし、そのデータを解析する方法が取られていたが、記憶のコピーが禁止された今ではそうする事ができず、脳内の記憶を直接調べるための脳内分析ソフトをインストールする方法がとられた。
 脳内にこのソフトを入れて分析するのは危険が伴う行為であり、ベテランの医師により行われた。一通りの調査の結果ではその時の潜在記憶は見つからなかった。さらに脳内の深い部分を調査しようとしたが、その脳内分析ソフトにはそこまでの機能はなく、医師は自分の脳にも信号端子を接続し、キーボードをたたき、ソフトを修正しながら調査を再開した。
 再開後しばらくして医師の顔に苦悩の色が漂い、やがて大声を発した。周りにいた技術者達は医師が暴れるのを懸命に取り押さえた。技術者が医師の電源スイッチを切ろうとしたところ、医師は急に冷静さを取り戻した。
医師は電源スイッチを切るのを遮ると、猛烈な勢いでキーボードをたたき始めた。医師が回復したのは、それからしばらくしてからだった。結局、作業員の脳内には重機を神業操作したときの潜在記憶は残っていなかった。 
 人間の業とは思えぬ勢いで医師がキーボードをたたき、自分自身を助けたこの奇跡の出来事はさらに注目をあつめ、この医師も交え大規模な調査を行った。
医師には苦しくなり、大声を発したところまでの記憶があったが、神業でキーボードを叩いていた時の記憶はなかった。しかしキーボードにはキー操作記録機能があり、入力記録が残されていた。丹念に入力記録が調査され、そのときに医師が行ったキー操作の内容が解明された。解明された内容はまさに神業としか思えない内容だった。

続発する奇跡

 人体を乗り換える移動が禁止されたため、鉄道や自動車が主な交通手段となったが、大気の非常に濃い第3地球では飛行機も手ごろな交通手段だった。大気が濃いためスピードはあまり出せないが、小さな翼でも大きな揚力を得る事が可能である。 
都市毎に小さな飛行場が整備され、都市間の移動には飛行バスや個人用の小型飛行機も使われるようになった。大気が濃いため最高速度は時速100km程度だが、100km離れた隣の都市に1時間で行ける便利な乗り物である。そのため上空には多数の飛行機が飛び交い、事故も時々発生していた。
 ある時、大型の飛行バスと個人用の小型飛行機の翼が接触し、小型飛行機の翼が半分近く折れ、急速に斜めに落下し、見ていた誰もが墜落を覚悟した。
 信じがたい光景だった。主翼を半分近く失った飛行機は無事空き地に着陸した。操縦士は軽症を負っただけで命に別状はなかった。
 他にも各所で死亡事故寸前の事故が起こったが、奇跡的に死亡事故は回避された。事故の当事者も、自分で事故を回避したにも関わらず、なぜ回避できたのかわからなかった。
 無論、死亡事故も多数発生していた。不思議なことに死亡事故は全て過疎半球側の5億人から発生していた。自然に目覚めた75億人から死亡事故は1件も発生せず、蘇生ソフトにより目覚めさせた過疎半球側の5億人から多数の死亡事故が発生していた。
この奇妙な現象に対し「蘇生ソフトが悪影響しているのでは」との意見もあったがこれは全くの見当違いである。むしろ75億人から死亡事故が1件も発生していない事が全く説明のつかない問題である。しかも75億人側は、多数の人が死亡してもおかしくない事故にあいながら、神がかり的な力で自ら死亡事故を防いだのである。
100年間の眠りの間に75億人の脳が改良されたとしか思えない。しかし脳内モニターにより何ら改良跡は見つからなかった。そもそもそのような神がかり的な能力を発揮するにはソフトの改良だけでは無理がある。脳細胞の数が桁違いに多くなくてはとても無理である。

 このような不思議な現象を解明するために、〔奇跡の力解明プロジェクト〕を発足させた。
 先ず、奇跡の力を持つ75億人と持たない5億人について比較調査を行った。75億人側を第1グループ、5億人側を第2グループとして、2つのグループからそれぞれ1000人ずつ選び、徹底的に調査した。
脳内モニターでは2つのグループに差はなかった。しかし両者には死亡事故以外にも次のような大きな違いがあった。

  1. 第1グループでは家庭内のマッチングの問題が発生していない。満足度も非常に高い。第2グループではマッチングの問題はあり、満足度の低下も見られる。
  2. 〔体を乗り換える移動の禁止〕の国民投票では、第1グループでは全員が賛成したが第2グループでは大半が反対した。

このように比較すると、明らかに第2グループのほうが正常であり、第1グループが異常である。今後の調査は5億人が住む正常な過疎半球側の人間が行う事にした。
プロジェクトの調査結果が政府に報告され、付帯意見として政府の運営は正常な過疎半球側の人が行うように記された。田上政権もこの重大な〔人類の継続的繁栄を脅かされかねない事態〕を前に、政権を正常人に任す事を決め、過疎半球側から阿部氏が選ばれ、阿部政権が誕生した。主要な政府機関の長も正常人が就任した。
 特殊な能力を持つ異常人といっても、自分が危機に瀕したときのみ神がかり的な力を発揮するだけで、それ以外に特に問題を起こす事はなかった。田上氏や田上前政権の関係者もアドバイザーとして政権内に留まった。

神の正体

 阿部政権は正常人をメンバーとする〔問題調査プロジェクト〕を組織した。プロジェクトは問題の調査と当面の対策、正常人と異常人との違いについて議論した。

「自分の命の問題があったときにのみ神がかり的な能力を発揮する。逆に言えば普段は全く普通である。強いて言えばマッチングの問題がなく、満足度が高い水準をキープしている事だけが正常人と異なっている」
「神がかり的能力について唯一考えられる事は、非常に高い知能を持つ微小生物が寄生したとしか考えられない。宿主の人間が死んでしまうと寄生している生物も死んでしまうので、大事故にあったときだけ桁違いな知能を発揮して事故を回避しているのに違いない」
「そうだとしたら彼らは何の目的でどのようにして第3地球に来たのだ」
「第2地球の微小生物の場合と同様に、微小化しすぎて何もできなくなり、寄生の道を選んだのに違いない。寄生というより共生と言ったほうがよいだろう」
「ロケットに乗って来たのならいくら小さなロケットでも彼らの力ではロケットを片付ける事はできない。何か証拠が残っているはずだ。それを探そう」
「我々の過疎側半球には来なかった。過疎側半球には無く、密集半球側に有るものだ。人口密度が多いところには多くのロケットで飛んで来たに違いない。人口密度が多いところで落下物を探そう」

 翌日メンバーは人口が密集している中心街に行き落下物を探し、隕石のようなものが多数ある事に気がついた。大気の濃いこの星の地表に隕石が燃えきらずに落下する事は考えられない。彼らが乗ってきたロケットに違いない。研究所に持ち帰り調べたが、今まで見た事もない物質で出来ていて、飛行原理も全くわからなかったが10万度に加熱しても溶けなかった。彼らが乗って来た飛行体に間違いない。
100万人のボランティアを募り、この物体の落下場所を調査した。予想通り人口密度が高いところには多くあったが、過疎側半球側には全く無かった。これで全てのなぞが解けた。
これまでの調査結果と推測を次のように整理した。 

  1. マッチングシステムにより第3地球の80億人全員が眠ってしまった。
  2. 100年後に隕石型ロケットにより75億の微小生物が密集側半球に飛来した。
  3. 微小生物が75億人の脳に寄生し、脳を制御し眠りから目覚めさせた。
  4. 寄生目的はエネルギー源である電気を人間の脳から供給を受ける事にある。
  5. 微小生物は人間とは桁違いの知能をもつ。
  6. おそらく常時は満足度を最大にして眠っていて、宿主に死につながる危機が生じた場合にのみ桁違いの知能を用いて人間の脳を操作し、神がかり的な危険回避の行動を取らせている。 
  7. 寄生された75億人にマッチングや満足度低下の問題がない事も、微小生物らが行っていると推測される。
  8. 人類永続プロジェクトの検討結果が〔体を乗り換える移動方式の禁止〕になったのも、その報告書を田上政権があっさりと承認した事も、国民投票で75億人全員が賛成側に回った事も、全て微小生物による脳内操作によるものと推測される。
  9. 予備用の100億体の人体から脳を外すように決定した事も、宿主の人間の体が損傷し、予備用の体に取り替える場合、これまでのように脳を持つ予備用の人体に記憶だけ移されてしまっては、宿っている宿主の脳は微小生物毎処分される。そのため宿っている脳を取り出し、その脳に対し体を移植するよう仕向けるために行ったと推測される。

 これらが事実だとすると次のような結論となる。

  1. 宿主が死亡すると脳に寄生している微小生物も生きていられない。従って宿主が死なないように宿主の命を守る。寄生でなく共生である。
  2. 人類永続プロジェクトのメンバーの脳を操作し、宿主の体が大きく傷つき体を予備用人体に交換する時には、脳はそのまま残るように予備用人体から脳を外すよう決定させた。
  3. 宿主の満足度が低下しないように時々脳内を操作している。
  4. 宿主にとって微小生物が脳に共生している事はプラスの要素である。
  5. 微小生物が共生していない5億人にとっても、共生している75億人と共に暮らす事は人類滅亡の回避につながるプラスの要素である。

 以上のような検討結果がまとめられ、阿部政権へと報告された。この報告を受けて政権内部では、さらなる議論が行われた。

「プロジェクトの調査結果に矛盾はないようだ。調査結果が正しいものとして今後の対策を議論しよう」
「共生された75億人は安全だが、我々共生されていない5億人には、死の問題と体を乗り換える移動が出来なくなった事の不便さだけが残ってしまった」
「それは当面仕方がない。微小生物を除去しようとするのは絶対避けなければならない。除去しようとすると微小生物は自分を守るために宿主の脳を操作し、我々5億人を排除するだろう。共生されている人を攻撃したり、窮地に追い込める事も避けるべきだ」
「共生されている75億人とは無論の事、微小生物とも仲良くやっていく事が肝要だ。微小生物と会話し我々の考えを伝えよう」
「その前に田上氏側にも率直に調査結果を伝えよう」

 阿部政権は前大統領の田上氏に率直にこの事を伝えた。田上氏側もこの合理的な検討結果に納得し、当面現状の体制を維持する事を確認し、両者協力して微小生物との会話へ向けての努力を行う事にした。

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