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SFE人類の継続的繁栄 第5章『新たな家族』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

実験とコンタクト

 阿部政権は問題調査プロジェクトに、微小生物と会話し政府の考えを伝えるように命じた。共生された技術者もプロジェクトに加わり、微小生物との会話の方法について議論し、実験を行った。
 まず、新たに参加した共生されたメンバーの中から実験台となる被験者を募る必要がある。議論中に2名が実験台に手をあげた。
 
実験は次のようなことが行われた。手始めに2名の被験者の微小生物に対して大声で呼びかけを行った。予測通り何の反応も無かった。大きな危機を感じないと微小生物は眠りから覚めないのであろう。1人の被験者が自ら頭を柱にぶつけてみた。少し痛かっただけで何も起こらなかった。
 このような実験をさまざまなシチュエーションで試したが、なんの反応も変化も現れなかったため一旦、実験は中断され、微小生物を目覚めさせる方法についての議論が行われた。

「彼らは普段何もする事はないのだろう。私の脳からわずかな電力を奪い満足度を最大にしたまま寝ているのだろう。何か大きな危機があるとはじめて目覚めるようだ。頭を柱にぶつける程度では目覚めることはない」
「大きな危機を作るにはどうすれば良いだろうか。わざと危機を作った場合、一歩間違えれば大事故につながりかねない」
「脳内操作により直接脳内に危機を作り出せば良いのでは」 
「それはいわばバーチャル危機だ。リアルな危機には的確に対応できるようだが下手にバーチャル危機を作れば思わぬ反応があるかもしれない」
「眠りから起こすだけで良いのだが、被験者の2人には悪いが、何が起こるかわからないので椅子に縛りつけさせてもらおう」

 このような議論を受けて技術者が5段階の強度の脳内危機を作り出すソフトを作った。そして1人の被験者を椅子に縛りつけ脳内モニター装置が接続される。危機強度3までは何の反応も無かった。危機強度4に引き上げると突然目を大きく開け、顔に緊張が走った。
すかさず目の前にメッセージを記したボードを掲げ、同時に大声でメッセージを読み上げた。すぐに顔から緊張はなくなった。
こんどは優しい声で丁寧にメッセージを読み上げた。被験者はゆっくりとうなずき話し始めた。

――あなた方の言う事はほぼその通りだ。被験者がきつく縛られて痛がっている。何もしないからゆるめてほしい。

縛りを緩めたあと、プロジェクトのリーダーが「被験者がもう1人いる。この被験者の脳に共生しているあなたの仲間を呼び起こすにはどうしたら良いのか教えてほしい」と言うと、縛られている被験者は「私なら簡単に彼を呼び起こす事ができる。解いてほしい」と言った。
椅子から開放された被験者が、別の被験者の耳元で奇妙な声で話しかけた。2人の試験者同士で奇妙な会話か始まった。しばらくして被験者が人間の声で話し始めた。

――失礼した。2人、といっても人間ではないが2人という事にしよう。2人で相談し、あなた方の質問に何でも答える事にした。ほぼあなた方の考えている事は正しいが、疑問があったら何でも質問してほしい。

リーダーが「ほぼ正しいということですが、どういうことが正しくないのですか」と問いただす。被験者は、一瞬逡巡したような様子を見せたが、すぐに穏やかな口調でこう答えた。

――失礼ですが我々の知能はあなた方の知能の千倍以上はあります。あなた方に説明しても理解できないでしょう。ただこれだけはいえます。我々はあなた方の脳に取り付いて、時には脳を操作しているが、けして不利な事は行ないません。我々はあなた方と共生しているのです。あなた方が死の淵に立たされた時だけ我々は最大の知力を発揮してあなた方を助けている。あなた方が死亡すれば我々も死亡する。我々にとって現状は理想的な状態だ。あなた方の電力の0.001%をもらっている。それだけは許してほしい。

共生されていないメンバーの1人が「我々の内5億人はあなた方と共生していない。我々5億人にも共生してもらう事はできないか」と聞く。

――それはできない。我々はあなた方と1対1で共生している。つまり第3地球の我々の人口は75億といえる。

「あなた方が来たところから5億人をこちらに連れてくる事はできないのか」

――それは不可能だ。通信手段がない。この第3地球上の仲間とも基本的には連絡できない。唯一できるのは先程行った奇妙な会話だけだ。基本的に我々は仲間を作らずに単独で生きている。

「仲間なしで単独で生きてゆくのは寂しくないか」

――さびしいという概念はない。満足度が最高ならばそれ以上はない。

 そう答えた被験者の表情は、少しの曇ったものもなかった。

微小生物との付き合い方

 問題調査プロジェクトが再開され、微小生物との会話について分析した。念のため今回の会議には寄生されたメンバーは外された。

「想定した通りだった。寄生でなく共生だ」
「彼ら同士の連絡もないようだ。先日の被験者同士の奇妙な会話が唯一の連絡手段のようだ。いずれにせよ宿主を介してしか連絡できないようだ」
「単独でいるのなら彼らが人類に悪巧みを行なう事は不可能だ。何か大きな事を行うためには全員で情報を共有しなければならない。そのためには75億人全員が集まらなくてはならない」
「75億人の全員集会はありえない。大規模な集会のみ気をつければ良い」
「いずれにせよ共生された人間だけで大規模集会を行なう事はない。人数が多ければ共生されてない人もいるはずだ」
「脳が操作され、1人が10人に連絡し、10人が100人に連絡する、という方法で情報を共有する事はありうる。ただし75億人を集めて何かをする目的が考えられない。我々5億人を殺しても何のメリットもない」
「共生されていない我々が政府を掌握している。阿部大統領に乗り移ったら大統領を操られる」
「大統領1人に乗り移っても何もできない。奇妙なことをやり出せばすぐにわかってしまう。大統領だけでなく政府関係者全員に乗り移って奇妙な政治を始めても、共生されていない我々にはわかってしまう」
「我々に乗り移られたら誰もわからなくなる」
「たとえ我々5億人全員に乗り移られたとしても、微小生物が脳から出て行った5億人が正常人になる。問題はない」
「第1世代、第2世代の人類、つまり有機物でできていた人類には大量の菌が共生していた。共生無しでは生きていけなかったようだ。寄生でなく共生ならば全く問題ない」

 プロジェクトの報告を受け、阿部政権は、密集側半球に十分な住宅と職場を提供し、過疎側半球に住んでいる共生されていない住人に、共生者の多い地域への転居を促す政策を行った。これで微小生物の集会を監視する事が可能である。
 共生された75億人は微小生物による脳内操作により満足度を引き上げられているが、共生されていない5億人は、「自分たちが全人類80億人を微小生物から守る」という使命感で満足度を上げていた。

新たな家族との新たなルール

 宿主の人間の身に危険が迫った時に脳を操られるのは良いが、そうでないときに勝手に脳を操られてはかなわない。彼らは単独で生きているといっても、時には連絡を取る必要がある。人体をどのようにシェアするか、ルールを決めなくてはならない。
微小生物が宿主の人間に対し次のように提案した。

  1. 人体に微小生物専用の極小さな会話装置を取り付ける。
  2. 1秒間に1ミリ秒だけ微小生物に脳を使わせる。
  3. その短い時間に、必要に応じ人間には聞こえない信号で高速の会話を行う。

技術者が、「会話に使う信号は電磁波か」と聞くと、「電磁波のようなものだが電磁波ではない。我々が知っているが人間には知らない事はいくらでもある。人類の継続的繁栄が理念なら余計な事は知らないほうが良い」とアドバイスをした。
 微小生物が共生した人体は、99.9%は人間として機能し、0.1%は微小生物の連絡手段として機能し、時々微小生物と人間との通訳者として機能する。
 5億人の非共生人から75億人の共生人を見た場合、0.1%だけ知能が低いという見方もできるが、両者でなり立つ社会への実質的な影響はなかった。しかし、政府の運営や重大機密を扱う機関は引き続き非共生人が行う事になっていた。
 第3地球に降り立ってから700年が経過し、第5暦700年となった。微小生物と寄生されている人間とのルール、共生人と非共生人とのルールが決まり、第3地球の社会は安定してきた。
 眠っていた100年間は第4太陽系と通信ができなかったが、これまで12回の直並列通信による大容量会話が行われ、ある程度互いに事情はわかっていた。 
第4太陽系との〔交流検討プロジェクト〕が発足し、微小生物に、「第3地球から第4太陽系の第4月へ行くためのロケット等のアドバイス」を求めた。微小生物は「25光年離れていても実質的に瞬時に行ける方法はあるが、第4太陽系に行って昔の自分たちに会ってどうするのか。こちらのほうが我々と共生しているのでずっと強い立場にある。相手に恐怖心を与えるだけでないか」と言った。このアドバイスによりこのプロジェクトは終了した。
確かに、微小生物との共生がなった現在は、第4太陽系の80億人よりも、第3太陽系の80億人のほうが比較にならない強い立場にあった。

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