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SFE人類の継続的繁栄 第10章『遠くの天体への通勤問題』

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

遠天体への遠距離通勤

 第4地球政府の技術部門は第4月に集結していたが、万一の巨大爆発事故の可能性を考慮して、活性物質の開発・製造拠点を第4地球から54億km離れた、第4太陽を公転する小天体である遠天体に移転する事を決めた。
 大量の実験装置や移動設備などと共に、1000体の人体を超大型宇宙船に搭載し、30名の宇宙船員と100名の開拓隊員が乗船し遠天体を目指して出航した。500日後に到着し、運んできた荷物を降ろし、基地を設営し、30名の開拓隊員を残して宇宙船は第4月に帰還した。
 開拓隊員は基地を整備し、活性物質関連の各種施設を建造する。また移動設備を設置するなどして、活性物質関連技術者を迎える準備を整えた。
 この遠天体に勤務する技術者は自宅の移動室から遠天体の職場に出勤する事になっていた。ただし片道だけで5時間を要するので、月曜日の朝、自宅の移動室から遠天体の職場に出勤し、木曜日の昼頃、職場の移動室から第4月の自宅に帰宅するように計画されていた。
 しかしながら、この通勤時間には不満も多かった。遠天体への勤務を命じられた技術者達は5時間の通勤について話し合った。

「いくらなんでも5時間は長すぎる。その間、何をしていれば良いだろうか」
「何をするといっても、その間、信号として宇宙を光速で飛んでいるだけだ」
「今までは移動時間は長くても数秒だったので、信号の時の状態を考えた事はなかったが、5時間となると話は別だ。信号になって宇宙を飛んでいる時はどのような状態なのだろう。なんとなく不安だ」
「その間スマホをいじったり本を読んだりできない事は確かだ。記憶のデータの状態で存在しているだけだ。記憶を記憶装置に記録して、その記憶装置を光速で移動するロケットに載せているのと同じ状態だ。完睡しているのと同じだ」
「5時間の移動の間は完睡状態だが、無論夢を見る事もないし時間を感じる事もない。移動室の移動ボタンを押した瞬間に遠天体の職場に着くように感じるだろう」
「我々の記憶である信号が消失したり壊れたりする事はないだろうか」
「第4地球と遠天体の間には数箇所中継基地があり、電波は増幅されるので問題ない。超高度なデータチェックが行われ、データが壊れた場合はすぐわかる」
「チェックされた記憶データが人体の脳に移されたら完了信号がこちらに送信され、こちらで完了信号を受け取ってからこちらの人体の脳が初期化される」
「記憶データが遠天体に着くまでに5時間かかり、完了信号をこちらで受けるのに5時間かかる。合計10時間も移動室にいなければならないのか」

 この議論は有志によって報告書にまとめられ上層部に報告された。従来の移動の手順をそのまま使用できない事がわかり、移動関係の技術者による会議が行われ改善方法が議論されることとなった。

「従来の方法では5時間もかかる。そのままでは遠天体の出勤用には使えない。10時間も移動室に待機していなくてはならない。改善策が必要だ」
「移動室で待機していないで部屋に戻ってくつろいで、10時間経ったら移動室に戻れば問題ない。このままでも良いのでは」
「その間に眠ってしまったらどうするのか」
「移動室に完了信号受信ランプとリセットスイッチを追加して、完了信号を受信したら完了信号受信ランプを点灯させ、10時間より遅れて移動室に入ってもランプが点灯していれば自分でリセットスイッチを押すように改造すれば良い」
「従来は短時間だったからすぐに完了信号が返されて自動的にリセットし、待機モードになるようになっていた。果たして自分で自分を待機モードにできるだろうか」
「これ以上の改善は無理だろう。マニュアルにそのように書いておけば、たとえ何かあっても我々の責任にはならない。これで行こう。以上で今日の会議は終了」

 遠天体の施設の整備が済み、遠天体勤務専用の移動室が自宅に設置され、遠天体への勤務が始まった。 

通勤ノイローゼ

 事件が発生した。
ある技術者が作業台の混合容器にA物質とD物質を入れ混合したことがきっかけだった。
あちこちに配置されている変化瞬間観測装置から警告音が響き渡り、作業台が徐々に活性物質に変換する様子がモニターに映し出された。
周りの技術者はその技術者を突き飛ばし、変換停止剤を吹きかけた。活性物質への変換速度は下がったが、活性化は完全には止まらなかった。
急いで4人で作業台の脚を持ち緊急放出用ロケットに投げ入れた。活性化が進行中の作業台を積んだロケットは宇宙へ飛び去った。30分後にロケットごと大爆発し、強力な光が遠天体に降り注いだ。
 原因は極初歩的な人為的ミスである。しかも信じがたいミスである。A物質とD物質を混合したら活性物質に変換するのは当たり前である。しかもそのD物質を作ったのは事故を起こした当人であり、4日前に関連技術者全員を集めてD物質の取り扱いの注意説明をした者は、事故を起こした当人である。 
 そのため、事件直後はその技術者がわざと行った事件と決め付けられ、すぐに束縛された。取り調べの尋問に対して当人は訳のわからない事を話すばかりだった。
 すぐに脳内モニターが行われた。モニター結果、前回の3日間の勤務の記憶が完全に欠落していることが判明した。D物質を作った事も、D物質の注意説明をした記憶も完全に欠落していた。その代わり勤務をしていたはずの3日間に大満足した遊びの記憶が残っていた。
 警察と脳内モニター医師により厳しく取り調べられ、調書が作成された。

  1. 自宅から出勤後、10時間後のリセット操作を行わなかった事。
  2. リセット操作を行わなかったため待機モードで待機せずに、遊び歩いていた事。
  3. 遊びに大満足したまま帰宅日を迎えた事。
  4. 大満足の記憶が消失するのを恐れ、移動装置の記憶選択の部分のソフトを書き換えた事。
  5. 結果的に前回の出勤中の記憶が消失し、その代わり大満足の遊びの記憶が残った事。
  6. 前回の出勤中の記憶がないので大事故を引き起こした事。

 この調査結果を受けて、自宅から遠天体に勤務する他の技術者にも聞き取り調査が行われた。ほぼ全員に共通した意見としてこの移動システムは問題があり、特に10時間後に自分でリセットスイッチを押し、自宅にいる自分自身を待機モードのロボット状態にするのには抵抗感があるとの結果だった。
 これらの調査結果により、無論、事故を起こした当人に最大の責任があるが、移動関係技術者、特にこの方式を最終決定した会議の議長にも大きな責任がある事がわかった
 議長は解任され、新たな議長を選出し移動関係技術者による対策会議が開かれ、このような事件を2度と起こさないシステム作りへの議論が始まった。

新たな通勤システム作り

「今回の大事件には我々にも非常に大きな責任がある。二度とこのような事件が起こらないようにシステムの改善が必要である。勤務中の記憶を消失し、その間の遊んだ記憶を残したのは最悪である」
「他の技術者の聞き取り調査により、自分でリセットスイッチを押さなくてはならない点が最大の問題だと判明した。第1世代の人類の場合で考えてみるとリセットスイッチを押すことは自殺することと同じだ。自分でリセットする方式は絶対に採ってはならない。また10時間も待たなくてはならないのも大きな問題だ」
「自宅の移動室に入り、移動スイッチを押した時点で記憶を残したまま仮眠状態になり、10時間後に完了信号を受信したら記憶を消して待機モードにすれば、それだけで解決するのでは」
「あの遠天体に勤務する人が一家に1人の場合ならそれで良いが、2人以上いる場合には、出勤した人が移動室を出ないと次の人が移動室に入る事ができない。人数分移動室が必要になってしまう」
「ソフト上では記憶を残したまま移動室から出て行く事は可能だが、10時間後に移動室に入る順番が問題だ。次々と出勤した場合、必ずしも出勤した順番に完了信号が出るとは限らない。10時間後といってもそれより数分はかかる。移動室に入ろうとしたらまだ人体が残っている事もあるだろう。また他の人の完了信号と取り違う恐れもある。よほどソフトを緻密に作らなくては大きなトラブルが発生する可能性がある。金がかかっても1人1人専用の移動室を設けたほうが良い」
「移動室をメイン回路部分と待機室に分け、待機室だけ人数分設ければ良いのでは? 待機室には移動スイッチと完了信号受信ランプと帰宅ランプと記憶信号端子だけを配し、メイン回路部から各待機室への分配だけ間違えないように注意して作れば良いのでは?」
「それでは遠天体への出勤者が3人の場合について、この方法で行う様子を箇条書きしてみよう」

  1. 3人同時でもばらばらでもかまわないが、それぞれ自分専用の待機室に入る。
  2. 各人が移動スイッチを押す。
  3. 記憶を残したまま各人専用の待機室で仮眠状態で座っている。
  4. 10時間と数分後、各待機室に完了信号受信ランプが点灯する。
  5. 完了信号を検知し点灯するのと同時に、記憶が初期化され、待機モードのソフト入れ替えられ、座ったまま待機状態になる。
  6. その週の仕事が終わり、遠天体の移動室から記憶と共に帰宅信号が送信され、帰宅信号を受信したら帰宅ランプが点灯し、同時に待機ソフトから受信した記憶データに入れ替えられ、本人が自分の待機室で目覚める。

遠天体用の移動室は全て新方式のものに変更された。この新たな方式は使用者の評判も良かった。こうして、遠天体には活性物質関連の技術者を主に、月や地球から2000名が通勤し、各種特性の活性物質が試作されることとなった。

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