この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
仮説の証明
第3太陽系の人類が使用している、脳の基本ソフトが入手された。これに伴って、その3日後に採掘現場の道具部屋で会議が再開された。
「いま解析中だが作戦の結果、第3太陽系の人類の脳の基本ソフトが不思議なくらい簡単に入手できた」
「第3の阿部(大統領)が上田(大統領)に、『第3太陽系の全体の通信が整ったので、自治政府が行った成果を確認してもらいたい。第3太陽系をさらに発展させるため、第4太陽系からもっと学びたい。学ぶため第4太陽系のネットに接続させてもらいたい』と連絡したと聞いている。成果を確認しやすくした為に基本ソフトの入手が簡単にできたのではないだろうか」
「今、考えてみると、そのように連絡した事自体がやつらの戦略だったのではないだろうか。我々が確認している第3太陽系の情報自体が、我々を欺く為に作った偽の情報なのだとは考えられる」
「私の仕事は第3太陽系の様子を観察して報告する仕事だが、今、考えてみるとネットのシステムがあまりにも完璧だ。普通なら観察しようとする場所に到達するのに苦労する。ダミーのシステムに接続されているのに違いない。我々が知っている第3太陽系は実際のものではない」
――だいぶ以前からだまされていたのに違いない。
脳裏に浮かんだその仮説が、極めて事実である実感は、そこにいた誰にもあった。そして、その仮説に基づいた議論が続けられようとしたとき、動きがあった。
「基本ソフトの解析結果の報告が届いた。普通人の基本ソフトと同じだった。明らかにだまされている。だまし続けて今では我々を完全に支配している」
「やつらが体を乗り換えてこちらに来る時に使用する人体の脳の構造がわかった。我々の脳のチップとまるで違う。大きさはずっと小さいが容量は100倍以上大きい」
仮説は証明された。そして、その事実に皆が憤りを覚え、その興奮した心の叫びが放たれる。
「やつらは人間の皮を被った怪物だ。怪物を退治して我々人類を怪物の手から解放しなくてはならない」
反撃に向けた計画
「あの怪物は知能が非常に高い。よほどうまく行わないと我々が滅ぼされてしまう。やつらに弱点は何かないか」
「やつらは我々を完全にだましていると確信している。慢心して気が緩んでいる。だまされていると信じ込ませて、やつらをだまそう」
「これまでのだまされていた内容を時系列で書き出してみよう」
- 第3太陽系の人類がスーパー人になった。
- スーパー人が我々を支配しようとしたが微小生物の処理に失敗した。
- 微小生物が、〔第3太陽系の人類がスーパー人になり第4太陽系を攻撃した事〕全てを見破る。
- 微小生物によりスーパー人が元の知能に戻される。
- 理由はわからないが第3太陽系の人類が再びスーパー人になる。
- 再び第4太陽系を支配する芝居作戦を行い、我々は支配された。
「もう微小生物はいない。高度な作戦はできない。我々の知能で行うしかない」
「ここにいるやつらは高々100人だ。100人を始末して、やつらがここに来るための移動室を使えなくすれば100年間は安泰だ。100年あれば十分な対策を取ることができる」
「この事を知っているのは我々30人だけだ。皆だまされているので我々がうかつに行動すればテロリストと見なされる。やつらには無論のこと、だまされている我々の仲間にも気付かれないように行動しなければならない」
「大統領を拉致して、これらの証拠を見せればスーパー人にだまされている事に気がつくだろう。今では大統領とは名ばかりで警備も手薄だ」
「名ばかりの大統領なら、この事を知ってもどうにもならないのではないか」
「名ばかりと言っても大統領だ。大統領府のどこにでも出入りする事ができる。そこが我々との違いだ」
「上田大統領に真実を知らせ、移動基地を破壊すれば敵は高々100人だ。大統領が第4太陽系の住民に発表すれば、皆だまされていたことに気がつくだろう」
「捕らえたら、スーパー人100人やスーパー人用の人体はどう処分する」
「洗脳し、第4太陽系への忠誠心を植えつけて、失踪した微小生物の替わりに飼っておけば良い。人体も何かの時に役に立つ。とっておいたほうが良い」
「上田大統領をどこで拉致するのだ。大統領のスケジュールがわかれば良いが」
「大統領のスケジュールなら友人に聞けばわかる。昔と違って大統領に対する警備も情報管理もゆるくなっている」
こうして、第4太陽系のわずか30人による反攻作戦が始まった。
反撃開始
計画の第一段階である上田大統領の拉致は、大統領の休暇先で決行する事が決まった。大統領と警備員の拉致には30人全員であたる事にした。警備員と言っても名ばかりで、大統領の側近が警備を兼務する、実質はプロのSPなどの警備員はついていない観光旅行である。
彼らは宿泊先で首尾よく大統領ら3人を捕らえると、電源を切り、荷物に見せかけて宿泊先から採掘現場の道具部屋に運んだ。宿泊先には拉致した3人の替わりに3人の仲間が残り、拉致された3人を演じた。
椅子に3人をくくりつけ、3人分のソフトを起動した。
そして彼らの意識が戻ると、拉致した事を丁寧にわびた上で、数々の証拠を基に事情を説明した。
はじめは苦々しい形相をしていたが、説明を続けるうちに驚きの表情に変わり、上田大統領は告げた。
「わかった。対策を相談しよう。縄を解いてくれと」
大統領の縄だけ解かれると、さらに説明は続けられた。説明を聞いた大統領は、しばらく考え込んだが、最後には納得したようにつぶやいた。
「何もかもわかった。君たちの言う通りだ。ここで作戦会議を行おう。2人の縄も解いてくれ」
こうして、大統領を囲んだ作戦会議が始まった。
「とりあえず休暇を延長すると連絡しよう。休暇を延長しても誰からも怪しまれないし、さしたる問題もない」
「移動基地を封鎖してしまえば相手はたった100人だ。拉致してから大統領が声明を出せば良いのではないでしょうか」
「大統領府にいる神田らはたやすく拉致できるだろうが、重要機関の要職についているやつらを拉致しようとすれば、我々のほうがテロリストだと見なされてしまうだろう。大統領の声明を先に出す必要がある」
「私が声明を出しても信用されないだろう。たとえ私が出した声明だとわかっても、神田に不満を持つ大統領の反乱扱いにされてしまうだろう。もっと巧妙な戦略が必要だ」
「住民を拉致して、仲間を増やそう。証拠をわかり易く整理してメモリーに書き込み、拉致して頭の端子に差し込めばすぐに真実がわかるようにすれば確実だろう」
「1人ずつ仲間を増やすのは危険だ。途中でばれるリスクが高い。脳のソフトの一部を入れなおす手術の口実を作って、そのソフトの中に説明文と大統領のメッセージを書いておくほうが良い。大半の人の手術が終了したら一斉にメッセージを読み取れるようにタイマーを仕掛けておくというのはどうだ」
「いいアイデアだ。そのメッセージの中に、やつらを捕まえ通信基地を破壊する日時も書いておこう。ここはともかく、一斉に行うのが重要だ」
「問題はソフトの一部を取り替える口実だ。やつらは油断しきっているが知能が高いことにはかわりがない。見破られない確実な口実がなければならない」
自分たちよりも数段知能が高い相手に対して、こちらの思惑が見破られないような口実となると、ぴったりなものはなかなかに難しいものだった。
しばらく沈黙が続いたが、誰かがおもむろに口を開いた。
「人体研究所の主要なメンバーだけ仲間に引き入れ、我々の数人が発狂したように見せかけて人体研究所に運ばれるというのはどうでしょうか……」
「……続けてくれ」
「仲間になった研究員が脳内診断を行い、浅いところに重大なバグが見つかったと報告する。そして、全員に同じバグがあり手術の必要がある、と報告させるのです。放置すれば暴動騒ぎになりかねない危険なバグだが、浅いところなので極簡単な手術だと報告すれば、あまり警戒されないのではないですかね。やつらに手術方法を話し、目の前で実際に何人かに手術すれば良いだけですし、手術に1分もかからなければ、深く考えずに簡単に許可が出るのではないでしょうか」
「内容はどうするのか」
「ほんの僅かなソフトを入れ替え、そのときに時限付きのメッセージを頭に残せばそれだけで成果としては充分かと思います」
「全員の手術が済んでから一斉に行うにはタイマーを相当長く設定しなくてはならない。あまりにも長いと、やつらにばれる危険がある」
「月の住民の半分に手術が終了していれば良い。メッセージの中に、手術前の人がいたらメッセージの内容を説明するように追記しておけば良い。手術の進捗が遅ければ、我々の同士が次々と発狂したように見せかよう」
このアイデアならば成功の確率は高いと、大統領を含むそこにいた皆が納得した。しかしながら、その後どのような事態の流れになっていくのか、そのシミュレーションは必要だった。
「予定通り進んだ場合、第3太陽系との関係はどうするのだ」
「成功した後の計画を立てよう。今度は我々が芝居してスーパー人を退治しよう」
「やつらは体を乗り換えて時々ここに来る。やつらが使用する人体の脳に、タイマー付きのウイルスを仕込んでおけば良いのではないだろうか。第3太陽系に戻ってから体を乗り換えるたびにウイルスが感染するような方式だ」
「たとえタイマーを100年後に設定してもウイルスが全員に感染するとは限らない。感染したやつらは皆、猿なみの知能にできても、感染しなかったやつらがすぐに我々の仕業に気付くだろう。猿並みにしたやつらの知能を再びスーパー人の知能に戻し、今度こそ皆殺しにされてしまうかもしれない。完璧な戦略が必要だ」
「ウイルスの中に猿並みの知能にすると同時にスーパー人を見つけたら捕らえて殺すような本能ソフトを加えれば良いのでは」
「猿並みの知能では自分たちとスーパー人とを識別する事はできない。見ればすぐわかるように体の形を変えるようにすれば話が違うが」
「2段タイマー方式にするという方法でどうだろうか。 第1段階では第4太陽系のスパイがいると思い込ませる。自分達の識別として〔山〕と〔川〕のような暗号を使用させる。〔山〕と相手に言ったら言われた相手が〔川〕と返せば仲間だとわかり、〔川〕と返せなければスパイだと思わせる。こうすればウイルスに感染しないで残ったスーパー人はスパイとして処分される。その後に第2段のタイマーが起動し猿並みの知能にすれば良い」
こうして、第4太陽系の住民をスーパー人から解放する作戦内容が決定され、タイマーは2年後の第5暦4536年に設定された。
また同時にスーパー人の知能を下げるウイルス作戦も開始され、こちらの第1タイマーは第5暦4537年、第2タイマーは第5暦4587年に設定された。
発狂の芝居が始まり手術が開始された。月の住民の8割に手術が終了した第5暦4536年タイマーが起動し、頭に残されたメッセージにより第4太陽系の住民は全てを知り、神田ら100名のスーパー人は取り押さえられ、脳の深部の基本ソフトが書き換えられた。
そして、その後は第4太陽系の忠実な戦略要員となるよう洗脳処理がされると、第3太陽系対策に当たらせた。
第3太陽系に対し、芝居作戦が始まり、慢心していた第3太陽系の人類は芝居作戦によって次々と脳に2段タイマーのウイルスが感染し、1段目のタイマーが起動した第5暦4537年に、感染しなかった僅かなスーパー人は徹底的に探し出され、感染したスーパー人により処分された。
2段目のタイマーが作動し、第3太陽系の全住民は普通人より少し知能が低くなった。